記録 2005年2月12~13日
久しく雪山から遠ざかっていた私はなんとなく東北のエリアマップを眺めていた。そこでふと目に留まったのは山容ではなく、ふもとに山をとりまくように点在する温泉の存在であった。さらに山の中腹にある「くろがね小屋」には天然温泉がひかれている。 福島は二本松にある独立峰「安達太良山」である。 二本松には銘酒「奥の松」があるではないか。 雪山の中で温泉と酒。作戦としては勝ったも同然である。
那須火山帯に属する安達太良(あだたら)連峰は、磐梯朝日国立公園の南端に位置し、南から 和尚山、安達太良山、船明神山、鉄山、箕輪山、鬼面山と南北に9kmにわたって連なっている。
この主峰である安達太良山は、別名「乳首山」とも呼ばれる標高1700mの休火山。詩人・彫刻家として有名な高村光太郎は、詩集【智恵子抄】の中で「あれが阿多多羅山、あのひかるのが阿武隈川」(樹下の二人)、「阿多多羅山の山の上の毎日出ている青い空が、智惠子のほんとうの空だといふ」(あどけない話)等を詠み、智惠子のふるさととしても知られている。
出発の3日前にメンバーを募ったのだが、当日集まったのは2人だけだった。早暁の4時45分横浜を出発。 埼玉県の加須を過ぎるころ夜が明ける。 ここで経費節約のため下道の日光街道をひた走ることにした。 明け方はすばらしい快晴であったが、那須に入るころには小雪がちらつく天気となる。奥岳のスキー場には10時30分着。晴れときどき曇りだが気温は低い。 協議の結果ゴンドラで薬師岳まであがることとする。
わずかな荷を背に潅木の生えた雪原を歩き出す。 思ったよりも雪が深いがワカンを着用するほどではない。 森林限界を超えると強風に叩かれる。 厳しい寒気に顔の感覚がなくなってくる。 ウインドクラストした雪面に出くわし、アイゼンを着用。H也はワカンを着けた。だんだんと視界が悪くなり、雪が少なくなってくるとあっけなく頂上についてしまった。 晴れていれば頂上からの眺めはすばらしいはずだが、今は寒いだけ。 写真を撮ってすぐに下山にかかる。 稜線はだだっぴろく視界が悪いのでルートファインディングが困難である。 地図をいったん出すと、畳めなくなるのでカンを頼りに降りていくと道標があった。
谷に入り込むと「くろがね小屋」が見えた。 時間はまだ2時すぎだが、早々と行動停止。
冷え切った体を小屋のダルマストーブで温める。 人ごごち着いたところで、さっそく天然温泉につかった。 浴槽は4人も入るといっぱいだが、硫黄の匂いと湯の花に包まれ「極楽」である。 源泉が山中にあるため、湯量は豊富でもちろん「源泉かけ流し」である。
この小屋は公営らしく、管理人が一人で切り盛りしている。百人は泊まれる広さだが、今日は30人ほどの宿泊客である。ほとんどが中高年60代中心のようだ。
自炊はわれわれともう1組だけだ。H也が腕を奮い、日本酒とワインに酔う。
翌朝も天候はいまいちで上部はガスっていた。あきらめて下山にかかる。 小屋から下は穏やかに晴れていた。スキーがあれば快適に滑れるところだ。 振り返ると安達太良山は雲に包まれている。 今日も寒風が吹き募っていることだろう。 智恵子のみた青いほんとうの空は見られなかったが、しみじみとした雪山であった。 また晩秋の人がいないころに再訪したいものである。