Con Gas, Sin Hielo

細々と続ける最果てのブログへようこそ。

「怒り」

2016年09月23日 22時58分05秒 | 映画(2016)
ひとり、ひとりの、怒りと、涙。


この映画は重い。並行して描かれる3本の群像劇は、いずれも人間の弱い部分を深くえぐる。

おもしろいのは、この3本が直接繋がることはないということだ。普通群像劇といえば、縁がないような登場人物が意外なところで結び付く脚本が練られるが、本作でそれぞれの関係を取り持つのは、過去に起きたある殺人事件の容疑者ではないかという話の餌撒きのみである。

殺人事件の重要な要素が、犯人が残した血文字の「怒り」だ。東京の中心、千葉の漁港、沖縄の青い海で繰り広げられる3つの日常は、その何処に「怒り」が隠されたのかを探るサスペンスになっている。

それぞれに現れる素性不明の不気味な男。地元の人たちと良好な関係が築かれそうになったときに、弱い部分が露出して事態は思わぬ方向へと動いていく。

弱い部分。それはこのままでいいのかという不安であり、水かさを増した不安はある日突然堤防の高さを越えて溢れ出してしまう。3つのうち2つは「疑い」という形で、そして残る1つがとんでもない「怒り」という形で。

疑いは疑いで、相手を信じられなかった自分に新たな怒りを感じ、泣き叫んだり諦めたりする。押さえきれない感情に翻弄される登場人物が切ない。

話のつくりが巧みなのはもちろんだが、本作の極め付けは俳優陣に尽きる。公開時のYahoo!ニュースで「大河主演俳優が4人集結」とあったが、豪華である以上に、クセのある配役を十二分にこなしてぐいぐいと観る側に迫る力がある。

特に良かったのは、ちょっと足りないような女性・愛子を演じた宮崎あおいだ。これまでの彼女のキャリアにはなかったようなタイプの女性を何の違和感もなく演じる技量はさすがの一言である。

そして3人の怪しい男については、これを揃えた配役の勝利というほかない。いずれもが不気味男オブザイヤーというか、改めて東洋系人種ってこう見えがちなんだと分かったというか。

ただ、映画の演出には苦言を呈さざるを得ない点もあった。犯人のモンタージュ写真はいい塩梅で作ってあったが、防犯カメラに映った映像やほくろが縦に3つ並んだ特徴という報道は悪質なミスリードだと思う。

沖縄の話は、恣意的に政治要素を絡めたととられる可能性はあるが、多い少ないは別として実際に同様の事件が発生していることを考えれば、世の中に数多ある怒りや不安の一つの例として挙げることに不自然さはない。実際、物語として政治的是非に突っ込む描写もない。

堤防を乗り越えて人間関係をぐちゃぐちゃにした不安の洪水は、エンディングでそれぞれの復旧へと向かう。希望の灯をはっきりと見た者、後悔の只中でひとまず歩き出しただけの者と状況はバラバラだが、それでも前を向いて歩きださなければいけない。

安寧な日常があること、それを共に作っている周りの人たちに感謝したい。

(75点)
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 「ライト/オフ」 | トップ | 「ハドソン川の奇跡」 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

映画(2016)」カテゴリの最新記事