赤ひげのこころ

お客様の遺伝子(潜在意識)と対話しながら施術法を決めていく、いわばオーダーメイドの無痛療法です。

「わが青春の譜」 菅 房雄のシベリア抑留記 ⑯

2018-06-28 11:33:17 | 戦後73年、今伝えなければ・・・

*⑮からの続き

(フト顔見たら)大浦さん。ソ連に入って初めて会った旧知の人。
ワダカーチカ (給水塔)の処で作業して居たと。
(帰国後聞いた処に寄ると、彼、帰国早かった。兄貴の隣の開拓地に入植。
彼の話。「弟どの、昔の仕事。楽していた」 と(兄に告げた)。
彼も帰ったから舎弟も直ぐ帰るだろうと、返信出さなかった由)。

此のワダカーチカに就いては、こんな話が有る。
夜な夜な人魂が飛ぶ。 嘗てノモンハンの捕虜、此の収容所で無念の死を遂げた。
その霊がわれわれ日本人に何かを訴えるのだろうと。
唯物論の国にも人魂が飛ぶのか?

暗黒の冬も過ぎ、亦 春が来た。 今年こそダモイ、夢が膨らむ。
そして亦 移動。 旧八〇八収容所でも(で、あっても)
吾々が移動して、そのまま八〇六収容所と称す。
残留兵が居る厩舎にも開拓の人(が入る)。 奉天副獣医師養成所出身。
俺、亦ここで夜看馬。 馬を追って夜間放牧監視。
北極星真上に見ての夜。父の母の家族の顔、故郷の事ども、
走馬灯の如く駆け回る。 この作業四、五日やったか。

亦 病馬治療に専念。 (彼のカピタンの好意であろう)。
若いミッシャー「嫌だ嫌だと サハリン(へ行き、代わりに) 中年のザグーシが来る。
無学文盲、只サインが出来るだけ。 馬鹿に限って空威張りする。
アベコベにハッパ掛けてやると可哀そうなくらい穏やかになり
「オレは何をすれば好いのか」 と聞く始末。
病馬の草でも刈って来い と言うと、嬉込んで草かり。馬車一杯に積んで来る。

紆余曲折はあったが彼も替わり、今度来たのは煮ても焼いても喰えない奴。
要領の好さにかけては兵隊以上。
三月に一度位、ボロショイナチヤニック(四地区八分所の長 マヨール(海軍小佐)、
ドジョウ髯生やしているので 通称ドジョウと言う)、(が来る)。
彼が来ると夏馬車(繁駕)、冬橇(軽量)の腰掛の下、車のトランク、
よろしくなって居る)に、燕麦一、二袋、来るたびに入れてやる。
恐れ入りました。 受けが好い訳だ。
資本主義国家も共産主義国家も要領を本文とすべし。

而し(しかし)彼の妻、チャイナ系、肌白人特有の白。
髪黒く、瞳亦黒 (チョ-ルネ グラザ 黒い瞳)。
今まで碧眼紅毛 (亦は銀髪)を見慣れた目に一抹の郷愁を誘う。

そんな或る夜、一大珍事が起きる。
例の如く夜看馬。(夜馬の監視兵)朝の作業整列に合わせ追い集める。
幾ら探しても一頭不足。 員数合わず。 が、どんな馬か判らない。
「同志、。(捕虜仲間にもロスケにも。タバリシ(同志)なになにと呼ぶ)
どんな馬か、探して欲しい」 と。 
馬一頭不足となれば夜看馬、帰って寝る処の話じゃない。
二度、三度見て回る。此の馬 №?の馬、と言うなら直ぐ(だが)、
数多い馬の中から居ない馬探すのも容易な事ではない。

  

  *編者注

・兄貴: 筆者の兄。

・弟どの: 筆者のこと。

・彼も帰ったから: 大浦さんが帰ったのだから、弟も直ぐ帰るだろう・・・と。

・返信: 赤十字ハガキの返信。

・ノモンハンの捕虜: 本ノモンハン事件については、本稿⑫の編者注参照。

・奉天: ほうてん。奉天省は、かつて満州国に存在した省。
 奉天市は、現在の中国遼寧省瀋陽市に相当する都市。

・ハッパ掛けてやる:  厳しい言葉をかけて奮い立たせる。気合いを掛ける。
 はっぱ(発破)とは、土木工事などで岩石に穴をあけ、
ダイナマイトなどの爆薬を仕掛けて爆破すること。 亦その爆薬を指す。

・ボロショイ ナチヤニック: ボリショイは大きな、の意。 ここでは第四地区の意味。
 ナチャニックは収容所長のこと。 ここでは八分所の長。

・マヨール: 人名。

・繋駕: けいが。 繋駕とは馬に曳かせる一人乗りの二輪馬車のことで、
 車輪の付いた駕篭の様なもの

・よろしくなって居る: 腰掛の下が車のトランクのように
 (物を入れられるように)うまくできている。

・チョールネ グラザ: チョールネは黒。グラザーは両目。

碧眼紅毛: へきがんこうもう。紅毛碧眼とも。赤い髪の毛で、目が青い人の意で、
 西洋人を指す。紅毛は江戸時代、オランダ人についての呼称。
ポルトガルやスペイン人は南蛮人と呼称した。

 ・星: 筆者、菅 房雄の旧姓。

 *⑰へ続く。


「わが青春の譜」 菅 房雄のシベリア抑留記 ⑮

2018-06-28 11:32:18 | 戦後73年、今伝えなければ・・・

*⑭からの続き

(彼の警官毒気を抜かれ何事も無) く帰った様子。
一寸離れてみていた此処(こっち)の方が、ハラハラドキドキだ。

其のザグーシどのも、嫌だ嫌だと言っていたが、
「チマダン」 (木製のトランク。大工ボロ儲け。薄い板で長方形の箱作り、
蓋の部分と本体とに切り分け、空き缶で作った蝶番つけて出来上がり。
ロスケと言うロスケ 皆んな作り大嬉こび) 提げてサハリン行き。
(刑の軽くなった囚人、大分行った様子。彼、タシケント生まれと言って居た)。
代わりに若いミッシャー?と言うのが来る。
仲仲理屈っぽいし、馬鹿にされてると思い、僻んでいるので始末が悪い。

ダモイの話も寒くなると消え、雪空と同じドンヨリと曇って失望と諦念。
望郷の念がつのるのみ。
此の頃か 四十年の間(に)風化され定かでないが、
見慣れぬ兵隊の集団移動してくる。
何処から来たかと問えば 沿海州。 択捉島にて武装解除。
北海道を左舷に見て沿海州。 
更に、ダモイと思ったら 飛んでも無い処に来たと、こぼす事頻り。
ダモイの夢潰れ、絶望感のみ。

昨冬出した赤十字のハガキ、ポツポツ返事来るが俺にはない。
家族全滅か?父母は殆ど絶望。 長兄はおそらく召集。次兄は南方。
心頼みは姉と甥(小学生) 小さい子は(どうなった)

満州に於ける惨状を考えれば望むだけが無理だろう。
諸行無常、摩憶測有るのみ。

ノルマ厳しく、ダバイ、ダバイ、ラボウタ、ラボウタ、馬も草臥れたか故障が多い。
伐採の兵が斃れたと。 八〇六の夏。
いつのころから汽車が通り始めたのか、秋かな、冬かな、
乾草盗みに行ったのだから秋頃か? 気が付いたら走って居た。
駅に勤めているロスケに頼まれ 豚去勢。 睾丸貰ってくる。
十数人居る厩舎の兵、此れだけではどこにも足らん、
何かないかと探したら 木クラゲ有り。
睾丸 細切りにして木クラゲ、塩味乍ら美味。

二、三日たった頃か、彼のオカどの、病馬、仔馬、放牧監視に行って茸見つける。
食べたら凄く旨かった と採ってくる。
「オイ、大丈夫か」と聞いたら、昼食時に食べ何事もなしと。
早速炊いて食す。高粱めし(原穀)だったが、本当に旨かった。
サア、ソレが真夜中になったら大変。食した連中皆嘔吐、直ぐ様病院行き。
俺は最後まで喰わず(軽症)で通す。
後日聞いた処に寄ると、われわれの仲間二名死亡。
隣の八〇八(八〇二より移動、鉄道作業)八名死んだとか。

丁度この夏、弥栄の組合で資産係り して居た大浦さんに会う。
我が隊の伐採、線路の向かい側の山。
たまたま馬の昼食監視に行った際、鉄道作業してた兵、我々の処に来る。
フト顔見たら大浦さん。

 *編者注

・ザグーシ: 厩舎責任者。

・チマダン: ロシア語で固いカバンの事。

・蝶番: ちょうばん。 ちょうつがいに同じ。引き戸や箱の開き蓋などを
 自由に開閉するために取り付ける金具。形が蝶に煮るところから。

・タシケント; タシュケント。中央アジアのウズベキスタン共和国の首都。
 当時はソ連の構成国の一つ。

・ダモイ: 家へ、故郷へ、故国への意のロシア語。
 抑留者たちには故郷や祖国への帰還、帰国の意で使われた。


・赤十字のハガキ: ソ連から抑留者に支給された俘虜用往復葉書(往復)。
 赤十字社を通して内地の家族と連絡を取ることが出来た。 

・揣摩臆測: 根拠はないが自分で勝手に推測すること。

・ダバイ: さあ、とかレッツの意のロシア語。抑留者たちには、早く早く!のように、
 作
業や動作をせかされる言葉に聞こえたようだ。

・ラボウタ: ラボータ。仕事、労働の意のロシア語。

・オカ: 病弱で労働もままならないような弱兵。

・弥栄: 満蒙開拓の第一弾となった満州国の村。

*⑯へ続く


「わが青春の賦」 菅 房雄のシベリア抑留記 ⑭

2018-06-21 11:47:16 | 戦後73年、今伝えなければ・・・

*⑬からの続き

(一晩中かかって貨)車一台分運んでしまう。
二、三日したら自動車で来て、其の乾草持って行ってしまった。
何処か他所に送られる乾草、盗んだものだ。
狐につままれた様な話、本当にあったこと(共産主義国なればこそ?)

御多分にもれず、当厩舎も疥癬が猛威を揮って(ふるって)居る。
瓦斯療法一回に二頭。 密閉した室に入れ頭だけ外に、硫黄を燃やす。
亜硫酸瓦斯。 馬を曳き出すときが大変だ。
ガスマスク使用の筈が、無いとの事で、まだガスの残っている室に入る。
涙が出る、鼻汁が出る、咳が出る。いやはや命がけだ。

ロスケの獣医、トボケて何故晴天の日に行うか と。
土の上に SO+HO=HSOになるからだ と。
ヤポンスキー知っているか ときた。
SO+HO=HSOだろう と言ったら 「プチモ(何故)」。 
SO+O=SO、 SO+HO=HSO  と教えてやる。
冗談じゃない、此処(こっち)の方が程度高いのだぞ。

捕虜関係の監視、軍関係。 囚人は警察関係。 
服は同じ、肩章の色が番うだけ。 最初は分からなかった。
囚人収容所は監視厳重で 犬も使って居る。
其の犬に与える肉とかで、「故障馬して肉納入せよ」と。
四肢を縛って頚の血管を切り 血を採る。
棒でかき回してセルローズ取ると 凝固しない。
水嚢一杯)飯盒に入れ塩少々。 炊くと凄く旨い(但し、出る物色が着く)。
肉も戴く。犬のピンはね、此れも予禄? その犬も喰った。

ある日、シェパード連れてくる。腹部に腫瘍。結束して切除。
人間なら、駄目と言えばやらないだろうが
囚人監視の犬でも 爪で、結束した絹糸取ってしまう。
出血多量で?(死亡)。 われわれの胃の腑 満たしてくれる。
夏冬通して二、三回有っただろうか、馬のペニス輪切りにして焼き、
シベリア竹輪だと、作業帰りの馭兵にやる。
大いに嬉込んで貰ったが(噛み切れずに)歯がたたなかった と。

製材所に、引き込み線入り、線路脇にパン工場出来る。間もなく火事、丸焼け。
当時の列車 薪燃料。 最初の頃、なんで線路沿いに薪積んで有るのかと思った。
煙突の上に金網張ってあったが、火の粉が原因で前記の火事。
まったくお粗末な話。

モザハール、近頃馬鹿にメカシ込むと思ったら 
囚人監視の警察のマダムと出来てしまう。 五、六才の男の子も好く来た。
彼等、乳牛飼っているので、ザグーシどの、馬糧の燕麦運ぶ。
其の中に(うちに)彼の住まいに マダム連れてくる。
夜間ともなれば厩舎当番の兵、一人不寝番。 馬鹿みたい。

ある夜、例の警官来る。 拳銃つきつけマダムどこだ。
此の時一人の日本兵、少しも騒がず 却ってニヤニヤ(木村某義勇隊出身)
彼の警官、毒気を抜かれ、何事もなく帰った様子。
チョット離れて見て居た此処の方がハラハラドキドキだ。

  *編者注

・疥癬: かいせん。疥癬虫(ヒゼンダニ)の寄生によって起こる皮膚病。

・瓦斯療法: ガスりょうほう。二酸化硫黄の気体(ガス)による殺菌消毒。

・水嚢: すいのう。日本軍が用いていた折り畳み式の布製のバッグ。

・馭兵: ぎょへい。軍馬を扱う兵隊。

・モザハール: ザグーシ(厩舎責任者)の名。

・義勇隊: 政府が徴募し組織するのではなく、自発的に先頭に参加する軍隊。
 交戦資格を要する。

・交戦資格: 国際法上適法に外敵との戦闘行為を行える資格。
 正規軍の他に民兵隊、義勇隊にも認められるが、指揮者に統率されていること、
共通の標識を付けていること(たとえば制服着用)などの要件が有る。

*⑮へ続く。


「わが青春の譜」 菅 房雄のシベリア抑留記 ⑬

2018-06-21 11:33:11 | 戦後73年、今伝えなければ・・・

*⑫からの続き。

(それが終わると、清) 掃、ボロ出し。百二十頭も居るので橇で何台も有る。

床にオガ屑敷いてあるので、馬糞コロコロと転がると、
春先 青草ものなら鶯餅そっくり。 夏になったらそれ以上だ。
作業から帰ったら馬に燕麦、塩を袋で与え、まとめて山に追い上げ放牧。
一晩中 枯れ木を燃やし 夜看馬二人。
遠く近く狼(オオカミ)の声。北極星、頭の真上。
綿入れを着てその上にシューパを着て尚寒い。

暮れたと思う間もなく白々と明けて来る。北極の白夜と言うがそれに近い。
明け始めると直ぐ馬に跨り追い始める。
其れが亦なかなかの事。 作業整列に間に合わなくなる。

二度目の春が来た。
先任者、身体検査で弱兵(オカ)診断。消化器が悪かった様だ。
俺が専任になり病馬の治療等々。 体温計り。
八〇三当時、ロスケの獣医から聞いたが、何んせロシア語。
でも、熱型を見ると伝貧(馬伝染性貧血症)、それに違いない と。
八〇一程に真面目にやらなくても結構。捕虜も馴れて来ると要領よくなる。
嘗て満州でも鼻疽馬の清浄区と汚染区に分け、
陽性疑似馬、消耗の激しい伐採地に送ったものだ。

成る程とうなづけるロスケの獣医(も)居るが、
程度の低い奴等、誤魔化すのに苦労は無い。
八〇三当時、他所から来た獣医(技術指導であろう)馬虻駆除。
最初の一頭は水を投与しただけなので大過なし。
彼氏、さも得意げに二頭目、カテーテル挿入。二硫化炭素投与した途端に死亡。誤飲。
なんと未熟な連中。(カテーテルを)肺臓に入れられたのではたまったものでなし。
可笑しいので笑ったら怒る事。 №八〇四 牝、好い馬だったのに。

ロスケも各自、乳牛、豚、山羊等飼育してる。その連中が頼みに来る。
ロスキー ドクトル駄目、ヤポンスキー ドクトルと(ロシアの獣医に)背向ける。
将校服着ているが獣医部下士官 それも駆け出しの。 その程度?

ある日、乳牛を診てくれと。
カンフル注射しようとしたらそれは止めて欲しい。 何故と聞いたら、
若しもの時に肉に匂いが付く。 ミヂカメントソリ(人カル)で好い と。
日本人とは牛に対する観念が違う。 食料として占める位置が高い。
考えさせられる。

余談にそれたが其の冬、乾草一本もなくなる。
床板を齧る(かじる)やら、餌箱やら側壁やら箒(柴木で作る)無くなってしまう。
厩舎当番 嬉込んだ(喜んだ)。排泄少なくなり水も飲まない。勿論馬たち作業なし。
何んせ空腹の馬。 四、六時中目が離せない。

二、三日したら夜中、モザハール(ザグーンの名) 「オイ乾草を持ちに行く」 と。
夜看馬(当番)から、鞍工、われらも早速橇をつけ、
駅 (此の頃汽車が通っていた。貨車五十トン) に行き、乾草積け。
一晩中かかって貨車一台分運んでしまう。

*編者注

・ボロ出し: 馬糞の掃除(ボロは馬糞のこと)。

・夜看馬: 夜間放牧中の馬の監視。

オガ屑: ノコギリで木材を挽いた時などに生ずる目の細かい木屑。

・シューパ: 毛皮の外套。

・作業整列: 朝、作業に入る前に屋外で行われた点呼。

・弱兵(オカ): 病弱者で労働もままならない者への通称。(作業免除OKからか?)

・鼻疽馬: 鼻疽(びそ)菌に感染した馬。
 
馬虻: うまあぶ。別名ウマバエ。単に馬にまとわりつく虻を指す場合もあるが、
 此処ではウマバエ(ヒトヒフバエ)のことか。
ヒトや動物に寄生し皮膚に溜り、ハエ幼虫症を引き起こす。

・カンフル: 樟脳の事。クスノキから得られ、科学合成もされ、中枢神経興奮、局所刺激作用な
 どがあり、嘗ては蘇生藥として知られていた。

・ミヂカメントソリ(人カル): 家畜用の医薬品と思われるが詳細不明。人カルとあるので、
 人工カルシウム(乳酸カルシウム=牛の尿石症の治療や予防薬として使われる)の事か。

・鞍工: あんこう。鞍(くら)や鐙(あぶみ)など馬具を修繕する技術兵。

*⑭へ続く。


「わが青春の譜」 菅 房雄のシベリア抑留記 ⑫

2018-06-18 11:57:41 | 戦後73年、今伝えなければ・・・

⑪からの続き

(その犯人、召集前) 知っていた奴(M)。
噫無情(ああ無情)。
 彼女 知ったら何んという?
彼が此の大隊に居たとは意外であった。

何時頃替わったか忘れたが、ザグーシ、 彼のアバタから
ソ連将校に(交代に)なる。
(騎兵といったから戦車隊)
ノモンハンを好く知って居る。降伏を勧めると蛸壺の兵、手榴弾で自爆した」 と。
ロスケ共 「サムライ ハラキリ」(悪口だと思っている)と好く言っているが、
彼の将校、彼らに説明して曰ク
「サムライ」とは「ナイト」であり、「サムライ ハラキリ」 即、騎士道の意で有ると。
更に彼は一言も吾々に悪口雑言を吐いた事が無い。紳士的である。

ある日、飯盒提げてきて、
「裏山には沢山の苺が有る。 諸君達、此れに一杯摘んで貰いたい。
そして諸君、腹いっぱいに食べて来なさい」 と
私にも経験がある。捕虜とは腹の空くものだ(と)。

ソレッと言うので山に登って見たら、有るは有るは。
木苺、黄色、赤色、喰った喰った。
VitaminnC充分に補給できた故、 幾分身体が軽くなった様な気がする。
栄養失調特有の症状で有る毛穴の真黒が、段々薄らいで来た。

八月半ば、霜。 終わりか、初か?
暗橋
の下、氷溶けず。短い夏も終わり近く、寒くなってくる。

例の如く、ある日突然移動命令。早々に本隊出発
入れ替わりにソ連囚人来る。驚いた事に、吾々厩舎勤務の兵は残留と。
「何故」、「何故」。

彼曰ク。(ソ連の囚人は)程度悪く、馬でも何でも喰ってしまう と。
当分の間、オ前達が彼らの世話をするのだ と。
主客転倒。吾々には到底考えられない事だ。
危惧ではなかった。其の夜、収容所内に有る糧秣庫破られる。
直ぐ次の日、われわれの手で、収容所外に倉庫建てる。

収容所内の水汲み、めし運搬、受領、総て日本人捕虜。
何が何だか、頭可笑しくなる。
作本兵長(工兵下士候) 水汲んで行ったら身体検査。
煙草取り上げられて、頭に来たので、パン盗んで来た と。
此れが共産主義国?

八〇六(ウシモン、峠の意)

本隊に追随したら大分変わって居る。全員は厩舎に入れない。
オレも先任者が入るので厩舎当番容易ではない。
作業から帰った馬、給水、給餌。 夜の給水終わると、直ぐ翌朝用水汲み。
橇に大きな桶をつけ、河から汲んでくる。
マイナス四十度~五十度だろうが (普通、屋外作業、
マイナス四十度に下がると待機。 
このような日がノルマ達成が出来る)
それが終わると清掃、ボロだし。百二十頭も居るので橇で何台も有る。

  *編者注

・ザグーシ: 厩舎責任者のこと。

・ノモンハン: 満州国とモンゴル人民共和国の国境に位置する。
 1939年、満州国の実効支配者である日本軍と、モンゴル、ソ連軍との間に
国境紛争が起き、日本が大敗した(ノモンハン事件)。

・暗橋: 暗渠(あんきょ)の意か?暗渠は地中に埋設された水路の事。

・下士候: かしこう=下士官候補生。幹部候補生には、甲種(将校)と
 乙種(下士官)とがあった。下士候は乙幹とも称された。

・ノルマ達成: マイナス四十度になると一般作業は中止。したがってノルマ達成できない。
 しかし生き物相手の厩舎係りは休めないので、自分たちの方がノルマ達成出来る。

*⑬へ続く。