◎特集北の渓流”里釣り”ガイド[福島]
星くずと雪中露天風呂とイワナ釣り
南会津・鶴沼川二岐温泉
菅 政幸
(『北の釣り』昭和60年3~4月号掲載)
雪解けの具合にもよるが、毎年三月中旬から四月中旬にかけて
必ず一度は二岐温泉を訪れる。
この時ばかりは家族同伴である。
もちろん釣りが目的には違いないのだが、シーズン初めの一日くらいは
女房子供にサービスしておかないと、
今年一年の釣行計画にイロイロと支障をきたすからだ。
白河市から真名子経由で車で五十分、羽鳥湖に着く。
鶴沼川を堰止めた人造湖で、未だ漁業区が設定されておらず、
ワカサギ、コイ、ハヤ、イワナ、ヤマメなど豊富な魚族が地元の釣り人達を楽しませている。
ダムサイトを渡ると丁字路に出る。右は矢吹、須賀川方面からの道路で、ここを左折する。
鶴沼川の右岸沿いに少し下がると、右から赤石川が流入する大平橋に出る。
大平橋から約五キロ下がると左から河内川が入り、さらに二キロ下流で二岐川が流入する。
二岐川を渡るとすぐに左へ上る林道があり、入口に 二岐温泉の看板が立っている。
案内板の地図に従って林道を約五キロ上ると二岐温泉に着く。
東北自動車道方面からの道順は以上のようになる。
いっぽう、会津若松市方面からは、国道121号線を阿賀川(大川)沿いに南下する。
途中芦ノ牧温泉の近代的な温泉街を抜け、
約十キロほど南進すると小野観世音のある小野の集落に出る。
左折し大川にかかる橋から下流を望むと、鶴沼川が合流するところを見ることが出来る。
道は鶴沼川にそって続いている。
湯本温泉に行く道と二岐温泉に向かう林道が落合い、前述の案内板が目にはいる。
二岐温泉には平家の落人伝説があり、珍しいことにその証拠品(?)まである。
その昔、関東で乱を起こし、自ら親王を名乗ったといわれる将門伝説。
その将門が討たれた時に、将門の妻子を連れてこの地まで逃げてきた家臣、永井平九郎は、
いつも大鍋を持ち歩き、追手が迫ってくるとその鍋の中に身を隠し難を逃れたという。
この大鍋をご神体として平九郎死没の地にまつったのが『御鍋神社』であるという。
毎年五月十三日に例祭が催されるが、この祭りだけは今でも地元の人だけしか登拝出来ない。
この掟は厳然としたもので、決して破られることはない、と地元の人たちは真顔で言う。
他に何一つ排他的な面を見せない村人だけに奇異な感じを受ける。
”隠れ里”としての名残なのであろうか、それとも何かほかに特別な意味があるのだろうか。
* * * *
私の定宿である大丸(だいまる)あすなろ荘は、千年以上の歴史を持つ二岐温泉で、
最も古い旅館だそうだが、その歴史のほとんどが謎につつまれている。
様々な言い伝えがあるが、それを裏付ける資料がないのだ。
いつごろの事か、改築の際に
開かずの間から発見されたおびただしい数の古文書の類が外部に持ち出され、
今は宮内庁や京都御所の資料室に保管されているという・・・。
はっきりしているのは、江戸時代末期までは各地の大名など、
一部の要人クラスだけしか二岐の地に入ることが許されていなかった、という事と、
千年余の歴史を持ちながら、今なお二軒の商店と、
最近になってできた民宿を合わせても七軒の旅館しか存在していない、という事実である。
学究肌のあすなろ荘の当主は、自然環境と天然温泉の保護運動に熱心で、
渓流釣りに関しても造詣が深い。
この地区の旅館が南会津東部漁協に稚魚放流の投資をしていることから、
これまで、旅館宿泊者は入漁料無料で優遇されていたが、この制度も
今年(昭和60年)いっぱいで廃止されそうで残念だ、主の佐藤好億(よしやす)さんは話す。
ここでは、最近の旅館や民宿にありがちな、おざなりの山菜料理ではなく、
京の懐石料理を思わせるような 心のこもった手料理がうれしい。
頼めばイワナの刺身や熊肉なども出してくれる。
二岐川
下流部、林道入り口の橋から入渓すると、魚はあまり多くないがヤマメが釣れる。
瀬あり、渕ありの好ポイントが続き、出れば二十七センチ級の良型。
初心者同行の二、三人ほどのグループで、フキノトウなど摘みながらのんびりと釣るのに良い川。
草付きの小石のわきなど、小場所を丁寧に探ること。
二岐温泉の下流にある堰堤まで、約一日コース。
堰堤は左岸を巻くと、林道から上流へ抜ける小道がある。
堰堤から五百メートルくらいの区間は魚影が薄いが、両岸に大石が現れ、
三メートルの小滝が川幅いっぱいにかかっているあたりから急に魚が多くなる。
良型のイワナヤマメが竿をしならせ、渕には群泳も見られる。
どの魚も丸々と太っているのは、
温泉の流入で水温が高く、川虫類が豊富なためだと思われる。
ここから二岐温泉までは一キロちょっとしかないが、
大石小石のポイントが多く、三、四時間はたっぷり楽しめる区間である。
急に視界が開けると、右側にあすなろ荘の建物が川にせり出すようにして建っている。
旅館前の河原に露天風呂があり、釣り支度を解いてそのまま入浴できる。
ここから上流二股橋までのわずかな区間でも良型が釣れるが、
旅館が立ち並び湯けむりが立ち込めて釣趣に欠ける。
橋から上流は一転、険しい渓相に変わり、
いかにも釣れそうな感じになるが、魚は少なく型も落ちる。
二岐温泉から車で二十分ほど林道を上り、御鍋神社付近から入渓すると数が釣れる。
小型中心だが、倒木下の落ち込みや岸のエグレなどを丁寧に探ると時折良型も交じる。
林道が川に突き当たるあたりまでが釣り場で、帰路は川下りの方が早い。
なお、この林道は御鍋神社の先でゲートがかかっており、車は侵入できない。
*以下、第②部へ続く