たんぽぽの心の旅のアルバム

旅日記・観劇日記・美術館めぐり・日々の想いなどを綴るブログでしたが、最近の投稿は長引くコロナ騒動からの気づきが中心です。

2019年日比谷シャンテ宝塚ステージ衣装展_星組

2019年12月31日 23時36分10秒 | 宝塚
 極寒の年の暮れ、想定をはるかに上回るつらい一年でしたがエルベで魅せられた紅ゆずるさんと綺咲愛里さんの退団を宝塚大劇場と東京宝塚劇場、ライブビューイングも含めて6回観劇することができた一年でもありました。歌劇の殿堂で華やかな衣装をなんどもみることができたのに加え、今年も日比谷シャンテの宝塚ステージ衣装展をみることができたのはありがたいことです。今年中に忘れてしまいたい書類を片付けきれないまま今年を終わっていくことになりますが懸案だった家の片づけはまちがいなく進みました。モノは減ってきています。生き延びられたことへの感謝をもって一年を終わっていきたいと思います。

 星組新トップコンビの衣装は、『エクレール・ブリアン』の、男役さんたちもみんなドレスの裾をもつようにひらひら?をもっていたのが印象的だったラテンの場面でした。東京宝塚劇場では紅さんの衣装を翻す音が聴こえました。どうなっているのだろうとすごく気になっていましたがこうなっていました。シルクなのでデザインはシンプル。舞空瞳ちゃんの衣装の胸元のほつれが、これを着て踊っていたんだ感たっぷりでした。

 10月12日(土)、最大級の大型台風通過により退団公演の前楽が中止、先日黒木瞳さんのトーク&ショーに出演した紅さんの話では、13日(日)の大千穐楽が中止になる可能性もあったと参加された方々のレポで読みました。前楽中止を最初に聞かされたのは紅さんで11日(金)の終演後に組子に伝えるのでは発表に間に合わないので開演前に伝えなければならなかった。下級生はこの世の終わりみたいになった。ショーが始まる前の空気があまりにも重かったので驚いた。大千穐楽が中止になっても振り替えはないと聞いたが組子に言うともっと空気がどんよりなってしまうので言わなかった、大千穐楽は公演できるにちがいないと思うしかなかったと。ライブビューイングでしたが13日(日)の大千穐楽、無事に幕が上がり紅さんがせり上がってきたときはほんとうによかったと思いました。退団者も組子もファンも成仏できて笑顔で終わることができた、奇跡の大千穐楽でした。一期一会の出会い、無事に4回も観劇できたことに感謝、出会いに感謝。























『この地球で私が生きる場所』_ロッキー山脈に抱かれて(2)

2019年12月30日 18時19分00秒 | 本あれこれ
「バンブ在住(カナダ) ツアーガイド 片岡美香さん27歳

 彼女は幼いころからピアノが好きで、17年間も弾いてきた。だがバンブのアパートにはピアノがない。そこでオフの日は、近くの日本人の家に出向いて子供にピアノを教える。その代わり、自分でも好きなだけ弾かせてもらうのだ。仕事を離れてピアノを弾くとき、彼女は心からくつろいでいるような穏やかな表情をしている。

 その帰りには、スーパーマーケットで買い出し。スーパーマーケットの野菜売り場にはビニール袋が備えつけてある。野菜はばら売りなので、ニンジン一本でもたまねぎ一つでも、必要なだけビニール袋に入れて買える。便利だ。

 住まいは2LDKの広いアパート。同居人もいる。同じ会社に勤める日本人女性の先輩だ。それぞれ自分の部屋があるので、共同生活とはいっても気が楽だ。ひとつの冷蔵庫も左右に分けて使っている。

 家で食べるときは自分で料理をする。この日のメニューは、ナスとひき肉の炒め物。白いごはんが湯気をたてている。バンブが大好きな彼女でも、主食は日本のお米がいちばんと笑う。

 彼女の仕事は、カルガリー空港で客を出迎えることから始まる。この日の客は、栃木県の宇都宮から来た看護婦さんの11人グループだ。飛行機の到着予定時間より2時間半も前に、片岡さんは空港にいる。到着が早まることがあるからだ。空いた時間は喫茶店で、両親や友人に手紙を書いて過ごすことが多い。

「毎回、お客さんを待っているときは緊張します。どんなお客さんなのかなあって思うと」

 仕事がら、客とは一期一会だとわかっている。それでも短い時間に、いい関係を作りたいと彼女は思う。

 到着口から客が出てきた。片岡さんはいち早く見つけて声をかける。喫茶店でくつろいでいたときとは違う顔になっている。その後は一気に忙しくなった。人数や荷物の確認、バスの運転手との打ち合わせなどをてきぱきとすませ、客をバスに乗せる。カルガリーからバンフまではバスで約2時間。マイク片手に、自己紹介をしながら客の反応を見る。これから2日間、彼女がどうガイドするかによって、ツアー客のバンフに対するイメージが決まる。

 彼女のガイドはわかりやすく巧みである。常に笑みを絶やさず、どんな質問にも即座に答える。

 翌日、バンフは氷点下8度と冷え込んだ。雪が舞って視界が悪い。観光には摘さない天気になってしまった。予定のツアーはこなせるだろうか。片岡さんは、不安そうに空を仰ぐ。だが行けるところまで行くしかない。

 やがて天気も快方に向かう。空は晴れ、最高の風景が客を迎える。客の歓声を聞いて、片岡さんも肩の荷を下ろす。

 雪で薄化粧をした山の間にレイク・ルイーズという湖が見えてきた。エメラルドのようにきらめく湖に吐息をもらす客を見て、彼女のガイドにさらに熱がこもる。

 片岡さんの巧みなガイドの秘密は、日々の勉強にある。自分の経験と資料をもとに、バンフのすべてを記したノートを作っているのだ。町の歴史的背景はもとより、ひとつひとつの山や動物、植物に至るまでイラスト入りで詳細な説明が書き込んである。そんなふうにして作ったノートが数冊たまった。
」「すごくたくさんの知識が頭の中に入っているんですね」
 と観光客に驚かれることも少なくない。
 だが、彼女はバンフが大好きなだけなのだ。

「学校の勉強はしなかったけど、この仕事に関する勉強は好きですね。やっているとどんどん知りたくなります。ガイドの仕事をしていてうれしいのは、お客さんに『こんな素敵な
ところに住めていいね』と言われることなんです。バンフの魅力をわかってもらえたなって思えるから。今のところはロッキー山脈の周辺だけですけど、いずれはカナダ中、どこでも案内できるようになりたいんです」

 そのためにはもっと勉強するつもりだ。将来は移民権を取得したいという夢ももっている。

 日本にいる両親が様子を見がてら遊びに来たことがある。
「最初、両親には一年ぐらいこっちにいるって言ったんです。なんだか言いにくくて・・・。でも今では両親のほうが『どうせなら中途半端じゃなくて、徹底的にがんばりなさい』って。遊びに来たとき、私がいろんな店の人と英語でやりとりしているところや、ここでの生活を自分たちの目で見て安心したみたいです。それに私がいると、また遊びに来られるからって(笑)」

 彼女がいちばん幸せなのは、近くのボウ川のほとりを散歩しているときだという。鳥の群れがが川面すれすれに白い翼を広げて飛んでいく。

「日がさすと川の色が透き通って、とてもきれいなんですよ。天気によって川の色が変わるの。つらいとき、寂しくなったときはよくここに来ます。私だってたまには、寂しいときがあるんですよ(笑)。周りに日本人はいるけど、こうやって海外で仕事をしながら暮らしていると、最終的には自分ひとりしか頼れないと思うんです。だから、自分でも前よりは精神的に強くなったと思うけど」

 今のところ、現実の恋人はいない。「ロッキーが彼」という彼女だが、ロッキー山脈のように雄大で懐の深い恋人が現れるのを待っているようだ。」


この地球で私が生きる場所――海外で夢を追う女たち13人
朝日新聞日曜版編集部
平凡社

『この地球で私が生きる場所』_ロッキー山脈に抱かれて(1)

2019年12月29日 23時32分28秒 | 本あれこれ
「バンフ在住(カナダ) ツアーガイド 片岡美香さん27歳

 カナディアン・ロッキーの中でも、最も有名でかつ最も大きいリゾートタウンが、バンフだ。美しい山々に囲まれ、ボウ川とスプレイ川の合流地点に広がっている。人口4000人のこの町に、夏は1万人もの観光客が訪れる。

 片岡美香さんは、バンフに魅せられて日本から移り住み、ツアーガイドとして活躍している。彼女の仕事は、日本から来る客を空港で迎え、バスでロッキー山脈周辺を案内することだ。バンフの魅力をひとりでも多くの人に感じてほしいと思っている。

 バンフでは大自然のもと、動物と人間とが共存している。住宅の庭に鹿が入り込んで草を食べているのはごく日常的な風景だ。110年の歴史をもつバンフ国立公園でも、動物は手厚い保護を受けている。

「公園で、エルク(大鹿)のオス同士が戦っているのを遠くからみていたことがあったんです。そうしたら林の茂みから急にもう1頭、出て来た。私も一応、メスだからでしょうか(笑)追われたんですよ、すごく怖かった」

 もともと旅行が大好きな片岡さんは、日本の旅行会社に就職した。だがその会社は1年あまりで倒産してしまう。その後はアルバイトをしてお金をためては旅行をしていた。バンフに来たのも最初は観光だった。

「初めて旅行で来たとき、ひらめくものがあったんです。私が探していたのはここだ、と。環境が私に合っているんでしょうね。だからすごくリラックスして生活できる。来たくて来たくてしかたなかったところにやっと来られたという感じ。毎朝、窓を開けて山を見ると、ああ、私は本当にここに住んでいるんだなってつくづく感じます。毎日見ても飽きない景色なんですよね」

 カナダの旅行会社に就職した彼女は、憧れのカナディアン・ロッキーを毎日見られる今の状況を自分の力で手に入れた。」


この地球で私が生きる場所――海外で夢を追う女たち13人
朝日新聞日曜版編集部
平凡社

苦悩していた日々を思い出す_実習記録ノートより(9)

2019年12月28日 20時10分00秒 | 祈り
「平成18年10月28日(土)晴、実習6日目

実習の前半が終了した。生活のリズムが変化したこともあってかなりきつかったが学ぶことは多く、行ってよかったと思う。5日目の夜、自分自身のことをスタッフさん達の前で話せたことで、私のなかでふっきれたものがあったのか、また実習が始まってから胸をかきむしるような葛藤をしてきたことに疲れてしまったからか、「つらいことばっかりじゃないよ、みんな笑ってる、これってすごいことじゃない」というY所長の言葉が響いてきて、鎧を捨てようと思った。今母のことがどう自分のなかでふっきれたのか、言葉では表現できないが、緊張なくフリースペースに入ることができた。笑顔であいさつをかわせればそれで十分だと思った。利用者さんと話をしなければ・・・と思う必要もない。煙草にむせてしまうこともあってほとんどを畳スペースで過ごした。新聞を読んだり、PCを操作したりしながら、なんとなく利用者さん同士の話に耳をかたむけてみる。自分の関わり方は相変わらずわからないが、声をかえられれば話をする程度にして、食事会の後片付けを手伝うなどした。

25日に初来所のFさん(女性)は今日も2時半前後に来所した。テーブルに席をとり、コーヒーを飲んだり、スタッフさんや他の利用者さんと会話する場面もあったので、視線を感じないわけでもなかったが、特にそばに行って声をかけることはしなかった。

Kさん(男性)に声をかけ、FさんとKさんの会話が始まった。行方が気になる。

Fさんの発言に、Kさんが「あなたにそんなことを言われる筋合いはないですよ」と怒りを表現して、二人の会話は終わる。Fさんは「ごめんなさい」を2・3度繰り返しただろうか。その後、それぞれがスタッフさんに先ほどの出来事を話していた。Fさんは私にも「あの人怒らせちゃったのよ」と声をかけてきた。

引き継ぎの時に、Fさんには知的障害があることを知る。最近お父さんが亡くなり、お姉さん、お義兄さん夫婦と同居してはいるが、二世帯住宅で食事も別、彼女の口からは「お姉さん、お義兄さんは敵だ」という声もきかれた。年齢は40代前半か、彼女が目的を見つけて一人の人間として生活していくことができるように手をさしのべるには具体的にどんな方法があるのだろう。家族も含めて支援していくこと、その難しさを感じとる。自立支援、社会参加、ことばはかんたんだが、具体的にどうであればそれが達成できたことになるのだろう、人との関わりの中で、その人がよりその人らしく生きていくとは・・・?1

Oさん(女性)、久しぶりの来所であるようだ。私が女性だから話やすかったのか、声をかけられた。「心がざわざわして夕暮れに一人でいるのはつらいから・・・」と来所の理由を話してくれた。精神保健福祉関連の事柄に興味をもっているようで、高次脳機能障害とはなんですか、とたづねられたので一緒にY所長に確認した。私がPSWになろうとしている理由については、「身内のことで・・・」と答えるにとどめた。彼女も立ち入ったことをきいてごめんなさいという感じでそれ以上はたづねてこなかった。食事会に参加して帰宅したようだ。

まだまだ切りはないがそれにしてもスタッフさんたちには頭のさがる思いだ。
フリースペースで事務仕事もこなしながら利用者さんの声に耳を傾け、それぞれの様子に気を配りながら、電話応対もしている。
16時に交代で面接相談、電話相談に専任であたり、記録も残さなければならない。
引き継ぎに同席させてもらっていることはとても勉強になる。ポイントのとらえ方にいつも関心させられる。スィッチの切り替えや自分自身の保ち方、そしてこうしたお仕事をされている動機など、次回は是非うかがってみたいと思う。

実習生さんを受け入れることは職員にとっても研修の機会なんですよ、と言っていただけると私自身が救われる思いがして嬉しい。
少し間をあけての実習となるが、日常生活の中での自分も気がつけば何か変化しているものがあるのか、楽しみたい。」

「平成18年11月12日(日)晴、実習7日目

本日の目標

できるだけ笑顔で、そこにいることを楽しめればいいと思う。」

こども店長から10年

2019年12月28日 12時15分05秒 | ミュージカル・舞台・映画
 


 本当は今日上野にいたい人生、さすがに無理で東京が遠い地方民はこうしてみんなSNSみながら見守っているのかな。3年ぶりの舞台、完売になっていたのがインフルエンザや体調不良による連絡なし、未払いのキャンセルが出ているとか、心配です。観劇した方の感想ブログなどよんでいるとさすがの役者魂をみせてくれているみたいで5月の舞台が楽しみで仕方ないです。3年ぶりに舞台に戻ってきてくれて本当に嬉しいです。4月以降の目途全くないけど日生劇場か梅田芸術劇場のどちからに行きたい。清史郎君が帝国劇場の舞台に再び立つ姿を見届けるのが生きる糧。主演舞台の成功を祈っています。

思い出の『スマイル・マーメイド』、パブロから3年。さらに成長した清史郎君に会える日を楽しみに、楽しみにしています。一昨年の7月、『レ・ミゼラブル』上演中の帝国劇場の客席で憲ちゃんと清史郎君に会えたことは人生の宝物。









思い出の『霧深きエルベのほとり』

2019年12月27日 19時20分12秒 | 宝塚

 昨夜お風呂を出たあと就寝の準備をしながら12時ぐらいから1時半までNHKBS放送をみました。コンタクトレンズを外すと極度に弱い眼鏡をかけるしかないのでテレビの目の前にいかないと画面がぼやけてみえず、ほとんとみえていなかったのですがカールとマルギットが出会い二人きりで過ごす幸せな場面、カールが愛想をつかしてふりをしてシュラック家を出ていく場面、カールがマルギットの幸せを願いながら「鴎の歌」を歌う最後の場面などなど、断片的に目の前でみました。1月と2月に宝塚大劇場で観劇したこと、そして3月の東京宝塚劇場千穐楽ライブビューイングが心の中に蘇ってきました。NHKさんの映像すごくきれい。灯台と街の灯りがともるブルーの背景を鮮やかに写し出しながら、カールとマルギットのアップをとらえるアングルが素敵でした。足元の階段も映っていてこうなっているのかと。そして紅ゆずるさんカールの端正なこと、端正なこと。男役の色気と素の大人の女性の色気が同時に成立していながら、マルギットを誘う眼差しと表情はリアル男子以上という不思議さ、でも実際には女性だから生々しさはなく安心してみることができる世界観。不格好なジーンズの着こなしぶり、あらためてさすがだと想いました。対する綺崎愛里さんマルギットの可愛いこと可愛いこと。お嬢様のマルギットにはききなれない荒っぽいカールの言葉に必死に耳を傾ける、ちょっときょとんとしたようなひたむきな表情の愛らしいこと愛らしいこと。素がお人形さん以上にかわいいのはわかっていますが、金髪がよく似合うくりんとした頭のかたちと表情、カールに戸惑いつつ魅かれていくのが手にとるように伝わってきました。娘役としての可愛らしさは技術なんだと思いました。プログラムやル・サンクに掲載された舞台写真ではほとんど掲載されていないマルギットの髪の右側にだけつけている飾りがよく似合っていてマルギットの愛らしさをひきたてていると思いました。観客になんだこの女!!って思わせない説得力が半端ない。半世紀前に初演された作品、特にカールの語る言葉はやはり古いと思いました。でもシェイクスピアを現代英語にすると少しも面白くないときくように、今の言葉にしていたらエルベの世界観は成立しなかったと思います。古きを訪ねて新しきを知る。この作品を平成最後の年に上演するというのはかなりの冒険だったと思います。数ある過去の名作といわれるものの中から、紅さん率いる星組を信じてこの作品をあててくれた上田久美子先生の手腕に感謝、現代のことばにかえることなくそのまま上演してくれたことに感謝。「鴎の歌」を技術的にもっと上手く歌い上げることができる人はたくさんいるのだろうと思いますが、今この歌は紅さん以外の人が歌ってはいけない。役の魂が役者に乗り移った奇跡の大千秋楽を忘れることはない。想定外に苦しみ抜くこととなった一年のなかでこの作品を宝塚大劇場で二度も観劇できたのが今年いちばんの幸せ。東京宝塚劇場のチケット、抽選に申し込んだらもしかしたら当選できていたかもしれませんがわかりません。帰省していなければありなかったことなのでわたしの人生、これでよしとしましょう。これをきっかけに気持ち紅さんにもっていかれました。余裕があれば永遠とエルベ語りしたいし、DVDほしい。紅さんの舞台は人の弱さをさらけだし肯定してくれる、生きるのも悪くないよって思わせてくれる。出会えたことは心の宝物、あの世へ旅立つときのお土産。『AnotherWorld』のDVDもほしいけど荷物減らしがさらに進んでからだなあ。

 

 昨日までの書類が昨日の間にほとんどチェックできていたので、今朝は目覚まし時計をいつもより40分おそくセットして一時間の時間給とりました。弟いましたけどね、外は冷たい風が吹いているので正解でした。足腰へとへとでもう動かない。強い向かい風のなか駅までの道のりは大型車が時間帯とわずガンガン走っているし曲がってくるしでいつも以上こわくてきびしかったです。雨に降られなかったのは幸い。なんとか無事に生き延びました。就労場所で嘱託の人に次はここでさがさない、首都圏に戻りたい理由を話したら豊かな人生ですねって言われました。お金を基準に考えたらこんなに非合理でマヌケな人生ないと思いますが舞台や美術館を楽しむことができる心がある自分は幸せなんですかね。今日清史郎君主演の舞台を上演している上野にいたい人生。関西と関東、両方はなかなかきびしい、ぜいたくいっちゃいかんですね、都心にそのままいたらあれもこれも観劇できたのにと思う舞台がいくつもありますが大劇場は遠い。エルベに出会えたことに感謝の一年、よくがんばったよ、自分・・・。

 エルベ語りまだまだしたい、フロリアンのことがほとんど書けていない。

 

 



冬の雨は冷たい

2019年12月26日 22時55分55秒 | 日記
 昨夜もなんとか眠剤で6時間ほどの睡眠を確保。弟は今週また休みのようす、昨夜も1時半頃に帰ってきました。就寝前お手洗いにいったので鉢合わせ、また怒られました。洗濯ネットを投げつけられて半年、極力顔を合わせないようにしています。顔を合わせるときは怒られるとき。荷物をさっと片付けて知らない間にひっそりと家を出て二度と戻らないようにできるとかっこいいですが残念ながらまだ荷物いっぱいでトランクひとつでひっそりと去るわけにはいかずです。次に家を出たら戻ることはない、家財処分して解体するお金を出せないかわりに土地が売れたとき入ってくるお金もいらない、弟が死んでも知らないかわりに、わたしが死んでもかまわないでほしい、ローズサークルとか弔ってくれる仲間をみつけたい、などなど朝からつらつらと頭の中をかけめぐった冬の朝、自転車をとめようとしたら爆音たてた大型二輪がはいってきてびっくり、今日もまた家から最寄り駅までの間だけでなんどもなんども怒りが爆発したつらい冬の朝。自分の中にまた怒りの感情がふきだまっていることに気づき、自分で自分の感情をもてあまし気味。大会社で13年間働いていた間と祖その後労働紛争でつもり続けた怒りの感情は結局溶けきれないまま吹きだまっているということなのか。怒りと不満を募らせて毎日毎日汚い言葉をきいているうちにまた再燃してしまったということなのか。なんだか不思議なほんとによくない場所、いろいろと勉強にはなったけれどもういい、もういいけどまだあって明日は年内最後の電話当番。五日間フルはきついので少し時間給とろうかと思っていたけど弟が休んでいる様子なのでやめた。1月から人が減ってさらに大変になるとか内心どうでもいい、仕事内容わかっていない役職者にかわってシフトまで決めていて実質権限をにぎっているみたいな女性職員たち、すごいね、なんとも不思議な雰囲気、人のやったことを漁って間違いをみつけては不満と怒りを募らせていて、助け合っているのか足を引っ張り合っているのか、どっちなのだろう。間違いを指摘されることに敏感になっている空気がいやでたまらない。誰が間違えたかがすごく重要でそれは自分ではないとかの主張がすごい。その空気に染まりたくない、染まらないように自覚したい。

 明日はさらに気温がさがって雨の予報、朝駅に向かうときふらないでほしい、それだけ。自分はいったい何をもがいているのか、何のためにこの世に生まれてきたのか、そんなことを考えても仕方ない。生まれてきてしまった。生きていてよかったと思える瞬間に出会うために生きている、それでいいじゃないか。今わかっていることは母と妹が精神を病んだ家にいるのはよくないということ、主治医の言ったとおりだった。残念だけど住まない方がいい、住めないとわかった。ほとんど歩いていないけど自転車でテーボーがきつくて足腰へろへろ。あと一日。休みに入ったら年内断捨離のことしか考えられない。その前に明日か、つらいな。

 今夜11時45分から思い出の『霧深きエルベのほとり』放送。テレビの見方忘れてしまいました。全部は無理だけどみようかな・・・。

あと二日、きついなあ

2019年12月25日 23時12分43秒 | 日記
 昨夜は眠剤のおかげで六時間睡眠。体がくたくたで限界。今日も朝から車が怖くて悲鳴あげてしまいました。スピード落とさないまま突進してくるのがこわくてこわくて仕方ないわたしの悲鳴が高架下に響き渡りました。あの場所を自転車で通るの数人だろうし、慣れていないのはわたしだけ。悲鳴あげるのわたしぐらいのもんで異様だと思いますが慣れないときつい。きつくてきつくて、テーボーきつくてきつくて涙、体にこたえます。足つりそうになりながら駅に着く頃にはぐったり。自分でなにがどうできるということではないのでどうしようもない。よくみれば空き家だらけ、人生の半分以上離れていて今さら戻ってくるところではなかったということでした。大きな家、わたしはそんなお金出せませんが家財処分して解体するのに何百万ですむのかなあとつらつら思います。その前に自分の荷物整理ですが・・・。

 明日、午後から雨の予報、駅からの帰り道きついということになりますが、明後日の朝まで雨が残ったらさにきびしい。気温はさらにさがってくる。極寒の冬の朝疲れ果てた体でテーボーこえて駅まで自転車は体動かないよう。五日間フル、あと二日、長いなあ、きついなあ、気がつけば帰省によって生きることがさらに苦しくなっている12月の終わり、業務内容あわないのでなおさら苦しい、なんとか無事に生き延びていけますように・・・。

2019年『タカラヅカスペシャル』_ライブビューイング

2019年12月24日 22時51分41秒 | 宝塚
 スカーレットからのソーランそらぐみ!で楽しませてくれたキキちゃんが、一幕ラストの「クンバンチェロ」で最後に登場したとき王者だった。絶対的な王者感にあふれていた。長身、脚長の真風さんとキキちゃんとの並びは芝居でもショーでもすごく相性がいい。ふたりの相性のよさとセンターゼロ番が同時に成立するといいな、今でないとすごくもったいない・・・。

次なる旅立ちのために

2019年12月24日 22時32分37秒 | 日記
 一昨日のタカラヅカスペシャルライブビューイング、みりおさんは六本木の映画館で観劇、飲み物の列に並んでいたものの開演5分前に離脱したらうしろの人に「はじまっちゃうもんねー」と声かけられたのがなんとみりおさんだったいうツィートをみかけてびっくり。六本木ヒルズの中の映画館ですね。東京にいらっしゃるのかあ。紅のゆずるさんは愛里さんと梅田芸術劇場で観劇していたみたいだし、Wさゆみさんの宝塚愛にほっこりなるひととき。クリスマスイブの夜。冷え込みがきびしくなってきました。金曜日、雨の予報ですが冷たい風が吹き荒れるようで、山奥じゃないけどきびしい環境の中を無事に出勤できるのか、無事に帰宅できるのか、不安しかありません。努力とか気持ちの持ちようで変わるとか、そういうことではないのでどうすることもできない、一年をかけてわかった、一応なんとか免許はとったけれど車が苦手で好きじゃないわたしが運転するなどあり得ず、運転しなければここで暮らしていくのは無理だという現実。帰り道、駅の裏口の真っ暗なところで止まってくれた車の後ろにいた車がびゅんと飛び出してきてひやっとしました、たぶん法定速度は守られていない、とばしすぎの乱暴運転が多い、またしても涙と怒り、これが郷里の姿なのだという現実。

 今朝ツィッターで31日までに古本を5冊以上まとめて送ると送料無料で難民支援につながるというリンクをみかけて、次なる旅立ちのために引っ越し用段ボールひと箱分は出そうと心に決めました。自分が残したままにしていた、たぶん昔よんだはずの本たち、父が並べただけで読んだかどうか定かではない本たち、母が遺した線ひいてない本たち、今年に入ってからいっきに整理しましたがまだあります。どうしてもというものをのぞいて整理。荷物を片付けるためにまとまった時間は人生のなかで必要だった。そのために帰省ということにしよう。実際ずっと気になっていたのだから、どこかでやらなければならなかった。今まで背負い続けてきた荷物を軽くして自分の人生をほんとうに生きていくための荷物整理。

 今日就労場所で来年3月までの休みの予定を表に書き込んでほしいと言われて一応観劇予定があるところ、まだ申し込んでいないけど観劇しようかとまよっているところを書き入れました。1月に1日、2月に2日、3月に1日、有給休暇は残り6日間と2時間あるのですが、雪が降ったらアウトなので残しておかなければなりません。ほんとは1月の半ばにも休みたいですが3連休あるし、1月から2月にかけていちばん寒さのきびしい時にはたしてどこまで出勤しきれるのかわかりません。自転車疲労で足腰ごちごちは限界にきているし、冷えもひどくってひどくってきつい。体がもつのか不安しかないです。次の、本来いるべき自分の場所に出会っていくためにはここまできたのだからなんとか完遂することを考えたいですが残り3カ月と3日、どこまで自分は無事でいられるのか、きつすぎました。年をとってからなにもかも一度に変えるようなことはよくなかったですね、便利から不便利になりすぎはきつすぎました。本当にまた家賃を払いながら暮らすことが年をとってきた自分にできるのか、今は全くわかりませんが旅立っていかなければなりません。でもその前にまだあるんですよねえ、もういいんだけどまだあります。

 明日はまだ水曜日、長い一週間、のどの渇きがひどいし気持ち悪いのつらいですが今夜も眠剤一錠で睡眠時間を確保しなければなりません。無事に生き延びていけますように・・・。