たんぽぽの心の旅のアルバム

旅日記・観劇日記・美術館めぐり・日々の想いなどを綴るブログでしたが、最近の投稿は長引くコロナ騒動からの気づきが中心です。

台湾の空と間もなくお別れ

2019年05月31日 16時56分30秒 | 小さな旅の思い出
無事に出国を終えて搭乗口。遠かった、カートに乗ればよかった。起きたら下痢が続きました。正露丸を三回は飲んだかな。繰り返しお手洗いに行っています。体が冷えきっています。午前中は現地旅行会社が契約している所で足裏と全身マッサージ。心配したほどもみ返しはきていないです。わかっていましたがあまりにも疲れ過ぎ。歯抜けがひどくて食べるのが辛いです。それでも来週から始まります。ホテルに送ってもらった後スマホをみると就業先からの着信がありました。ホテルの人に助けてもらって折り返し連絡。月曜日からよろしくとのことで時間と持ち物の連絡でした。一気に現実。不安と緊張でどうにかなりそうですが後戻りできません。辞退するリスクを承知の上での合格通知。悪いことではないはず。台北はバイクが人口よりも多くて?空気は良くありません。匂いが気になるところもありますが親日的で日本語がわかる人多いし楽しい街。紅さんたちがタピオカミルクティーを飲んだ所はわからなかった、紅さんたちが訪れたお寺はもうひとつのところだったみたい。また来よう。私の度はいつもぎりぎり。疲れ果てながらやっとの思い出空港にたどり着く。今回もそうでした。また無理しましたが次に始めるための旅。また来るね。さようなら台湾の空、ありがとう。帰りたいけど帰りたくない日本に無事に帰国できましように。


台北、なんとか生きています

2019年05月30日 23時01分05秒 | 小さな旅の思い出
昨夜は11時頃就寝、寒かったです、冷房と外気の寒暖差で代謝が落ち、すごく身体が疲れてしまっていることを自覚。抜歯後の歯抜けばばあ状態で小籠包を必死に食べたら今日さらに歯抜けばばあになってしまいました。それでもまた始めるためにわたしはここにいる。日本が植民地化していた面影が残る台湾で、日本語話せるガイドさんに案内してもらってあちこちで日本語を話してくれるの当たり前みたいな顔して旅をしているけどありがたいこと。まあ、お土産屋さんに案内されて買うまで放してもらえなかったりもしますけどね、そりゃみんな商売でしからね。ラストエンペラーから戦争へと時代がどう動いたのか、歴史を勉強しなおさなければと反省もしました。故宮博物館、衛兵の交代式、お茶屋さん、小籠包は昨日自分で入った店と同じでした。ツアー参加がひとりで二人分の量に見ただけでお腹いっぱいになってしまったのは残念でしたが台湾は残した方が喜ばれるのだそうな。龍山寺に祀られているのは三国志でおなじみの関羽で商売繁盛を願うそうな。観音様は太平洋戦争のとき建物は焼け落ちたのに焼けなかったそうで優しいお顔でした。しばらく休憩して夕方は九分へ。千と千尋の神隠しでモデルとなった建物があるので日本人がたくさん訪れるようになった観光地。狭い石の階段とお茶屋さんが風情ありました。韓国人もいっぱい。昼間は陽射しが強くなったかと思うと雨がぱらついたりしましたが倒れてしまうほどの暑さではなかったのでよかったです。真夏は湿度が高くてかなり暑く厳しそうです。近くて遠かった台湾。海外はいいことばかりでなく色々と大変ですがまた来よう。次は秋に来たい。明日のうちに旅日記を書き留めないともうできないでしょう。ホテルに戻ってネットをみると紅さん甲子園の始球式が楽しく終わったみたいでよかった。幸せ。

無事に台北へ来ました

2019年05月29日 18時57分44秒 | 小さな旅の思い出
昨日は朝ゆっくり起きてしまったので昨夜は眠剤に頼っても二時過ぎまで寝つくことができず今朝は六時半にタクシーのお迎え。仕事にいく弟とかぶってしまったのでバタバタするのを嫌がられましたが鍵神経症からは解放されて全てが無事に間に合いました。空港まで最寄り駅から直通は朝早くは走っておらず途中で乗り換え。三分しかないのに通勤でごったがえすホームが全部一緒なのに一瞬戸惑い焦りましたがことなきを得ました。来週からの書類が昨日までに届いていないのが気になりつつ台北の空へと無事にやって来ました。六年ぶりの海外。近いとはいえ通貨も言葉も違う所へ来るのは大変なこと。台北は涼しく雨が時折降る曇り空。機内でワインをいただき眠ることができたので元気です。先週の木曜日に申し込んだのだから間に合うはずのなかった台湾シャンプー。現地ガイドさんの計らいで先ほど行って来ました。通常は日本で申し込んで自力でサロンまで行くのですがガイドさんが送ってくれたのでひと駅ですが地下鉄に乗りました。慣れれば漢字でなんとかなりそうな気も。20元でした。台北の地下鉄のエスカレーターは右側に立って左は急ぐ人のためにあける。日本の都心と逆ですね。物価は台湾ドルをう四倍にして考えれば日本の物価の感覚。標準語は北京語。台湾語は方言にあたるので話すのは恥ずかしいという感覚とのこと。台湾シャンプーは久しぶりにエッドスパした感じ。400元でした。自撮りはアップしませんが形を作ってくれるところが撮影ポイント。肩も頭もごりごりで疲れがたまりきっていました。ツボを押されるの気持ちよかったです。明日は朝から夜までツアーで一般的な見どころを回るので今夜は早めに休まねばです。昨日抜歯したところ血が止まってきましたがすっかり歯抜けばばあ。食べるのにさらに時間がかかりますがこれからまた外で小籠包にトライ。ファミリーマートにセブンイレブン、サイゼリヤに三越、洋服の青山。日本に近い感じですが日本人がたくさん行く観光地は中国から来るスリの集団もたくさんいるそうです。気をつけねば。タブレットモードで書いているのでとりあえずこれぐらいで。ホテルでWi-Fi、ありがたいですね。

余裕をなくしています

2019年05月28日 21時54分17秒 | 日記
 気温乱降下、今日は昨日よりぐっと気温が低いのにコンビニやドラッグストアは冷房がきつくってきつくってこたえました。体が冷え切ってしまっています。雨の中を自転車でぞれ平日しか担当していないDr.に土曜日にか受診できなくなりそうだと告げるべく、午前中は内科へ、午後は歯医者へ。また抜歯。歯抜けばばあもいいところ。平日は受診できない人にわたしもお仲間入りで、次回は4週間後、それまでけっこうつらい。また次回は抜歯になりそう。収入と時間は両立しません、また平日はなにもできなくなれば余裕はなくなります。なんだかあれやこれやまた忙しい、忙しいになってしまいます。明日の準備なんとかしたけど、すごく朝早いの、大丈夫なのかな、自分。足腰はかなりごちごち。こんな雨の日、レインコートを着て自転車に乗るの大変、フードをかぶってしまうと視界がすごく狭くなるので頭と顔は濡れた状態で信号まち、いや信号どころか白線すらまともにないところを渡ろうと待っていても車はビュンビュン、ビュンビュン、傘さして自転車に乗っている人もいるし、雨の日の道路はより危険だらけでおそろしいです。こんな車社会で自分暮らし続けるのは無理なんだとあらためて思う次第。生まれ育った所を好きになることができません、生まれ育った所に慣れることができません。今すぐまた家賃を払う生活に戻るのはそれはそれで大変なのでまずは家から通勤することを目指します。家賃負担は大きいのでね、でも家賃二か月分より台湾旅行の方が安いとか家賃との比較を弟に持ち出すと中古マンションを買ってローンを払えばよかったじゃないかと言われてしまいます。話はいつもそこになります。過ぎた時間は戻らないのでそこにわたしの至らなさと力のなさを責められても今さらどうすることもできません。生きることにそんなに希望を持つこともできないけれど、終の棲家はどこなのだろうと考えるのもいやで、今は二人のさゆみさんの退団公演を見届けること以外考えられません。それまでは死ねない、だから生きています。
 
 令和になり、できるだけ穏やかな時代になりますようにと願っていますが凄惨な事故、事件が続いています。ミャンマー大使館って、大会社で働いていたとき、もしかしたら文書に名前をみていたこともあったかもと思います。社会病理でしょうか。もう哀しいことは起きてほしくないっていうみりおさんの台詞、どの作品だったでしょうか。ずっと頭の中でリフレイン中。

 駅まで遠いので、明日6時半にタクシー頼みました。郷里が地元のタクシー会社は営業時間外なのだとわかったときはあせりましたが、〇〇市が本拠地のタクシー会社は24時間営業だとわかりひと安心。あー、なんたるさびれた田舎、とかやめましょう。無事に行けるかね、とにかく休みます。行けなかったら笑っちゃうね。成田空港からジャカルタへ行く飛行機に、寝坊して離陸まであとわずかで空港に着くとJALの地上係員が一緒に空港の中を走ってくれたという話、使い捨てにされたのでまともに挨拶することもできないまま去ることになった大会社での思い出話でした。わたしじゃなくて、人の体験談、なんとなく忘れられな話、どうでもいいことでした・・・。

自分を信じてあげないとね

2019年05月27日 23時18分25秒 | 日記
 なんやかんやで時間がなくなってきてしまいました。まだまだ断捨離は終わらないなれど、ずっとこのまま片付けだけをやっているわけにはいかず前に進んでいくしかないです。家賃負担ないとはいえ無収入のままというわけにはいかないです。社会から孤立したままというわけにはいかないです。だからとうとう辞退するか迷っています、辞退しますとはとうとう言えなかったの仕方ないです。確実なものをすてることはできなかった。みんなそうですよね。仕方ないです。実感ないですが現実は進んでいます。そこについていくしかないです。明後日は予定通り台湾へ。家賃二か月分相当で行くことができます。そこは家賃負担あるなしの違いがすごく大きいわけで、家賃負担ないからパンパンな頭をリフレッシュ。朝早いです。荷造り、まだなんにもしてないの、ようやく埃だらけのスーツケースを拭いただけ。色々とやることはあるよね。本当にこれでいいのかわかりませんが自分を信じてあげないと可哀想。だからこのまま進んでいくしかないのです。明日もお医者さんにいったりとか色々、平日の時間がなくなるので色々。大丈夫、大丈夫なんだよ、自分。

『鎌足』、一幕の終盤からだったし、ずっと泣いていて見逃してしまったところもあるのでもう一回みたいなあ。音楽も良き。

 急に暑くなって、どこもかしこも冷房がきつい。都心でもドトールは特にわたしにとって冷房きつかったのですがドトールレベルでどこもかしこも冷房がんがん。外は都心よりもさらに暑くなります。厳しい夏の始まり。一日一日、事故にあうこともなく、体調くずすこともなく、無事に生き延びていけますように。二人のさゆみさんの退団を見送るまでは死ねないからさ、なんとか生き延びていきたいです。あれやこれやと書きたいことはあれど時間ぎれとなりました。Safeに接続していたワイヤレスキーボード、自転車でガタガタしすぎるせいかこわれてしまいました。メーカーが無償で交換してくれることになりましたが明後日の朝には間に合わない。タブレットモードでもブログ書けなくはないですが、ちとつらいですな。

星組『鎌足』ライブビューイング_カッコ悪い姿が美しかった

2019年05月26日 13時41分57秒 | 宝塚
 眠剤にたよっても明るくなるまで寝つくことができず、夏至に向けて陽がどんどん長くなってきていることもあり不眠に陥っています。就活という言葉がなんだかすごくいやで自分の中で居場所探しと称していますが、帰郷してから六カ月、疲れました。不安と緊張で心身のエネルギーがものすごく削がれます。どう転んでも苦しい、不安ばっかりで少しも嬉しくありません。これが自分にとっての正解なのか、これ以上もたないところまで追い込まれているのだから合格通知が届いたとしても不確実性が高い道に賭けるよりも確実な道を選ぶの当たり前じゃないか、やってみないと分からないからやってみたけどいくつも同時にやるのも疲れました。昨日の自分のダメさを洗い流せるまでにはまだしばらく時間が必要みたいです。ましてや働いたことのない地域でこんなことはもういや。

『鎌足-夢のまほろば、大和し美し-』、当て書きって座付き作家と役者とで作り上げていくものなんだなあとあらためて思いました。史実として今の世に伝わっていることが少ない分、虚と実のすき間をほぼ想像力でうまく埋めた脚本。鎌足はヒーローではありませんでした。ものすごくカッコ悪かった。入鹿を討ったことで斉明天皇から恨まれ、斉明天皇の讒言により中大兄皇子に逆らうことができないまま、入鹿打倒に協力した石川麻呂を謀反の動きありとして討ち取り、石川麻呂の娘を妻としている軽皇子(孝徳帝)の夭逝も鎌足の謀略によるものであった、さらに軽皇子の子である有間皇子も討ち取らざるを得なかった、中大兄皇子の即位を脅かす存在を次々と討ち取っていかざるを得なかった鎌足は中大兄皇子へ向けられる恨みを全て背負うこととなり、少年時代に抱いた志を見失い葛藤し続けます。少年時代共に「改新の志」を抱いた入鹿を、鎌足の放った矢が討ち取ったとき、入鹿の残したことば「一度人を斬ったものは自分が斬られるまで斬って斬って斬り続けなければならない」から鎌足は逃れることができなくなります。ストーリーテラーとして登場する歴史書の編纂者恵尺に、ならば死んで歴史から消えるかと迫られると、「与志古を残しては死ねぬ」と這いつくばりながら目を見開く鎌足。紅ゆるさん、切れ長の目元に日本物の化粧がよく似合い、ライブビューイングカメラアップの全てが美しかった。

 与志古を妻にすると中大兄皇子に告げられたとき、声をふるわせ「与志古は志の全て」、一番大切なものをとられたくない、だか主君に逆らうことなど許されないと目を見開いて苦悩するときの表情も凄まじかった。鎌足が試されていることを感じ取り、自分が人質として宮中に入らなければ鎌足の立場は危うくなることに気づいた与志古は、鎌足を守るため、こんなにありがたい話はないではないか、「そうでしょ、鎌足」と鎌足を諭し自ら宮中へと入っていきます。宮中に入ってから、「本当に必要なのは私ではなく鎌足様なのではないですか」「私の体に触れることはできても私の心に触れることはできません。この悲しみは、私と鎌足様、二人だけのものです」(ニュアンス)と中大兄皇子に言い放つ与志古の毅然とした姿もまたとてつもなく美しく、『エルベ』を経てすごくいい役者になったと驚きました。与志古を自分の妻にした交換に采女を一人やろうと鎌足に遣わされたのが安見児でした。普通は結婚できない采女である安見児を妻にできて嬉しくないのか、嬉しいだろ、その喜びを歌にしてみろと中大兄皇子に言われて詠んだのが、万葉集にある「安見児得たり~」という設定でした。そうくるのかと唸りました。安見児の星蘭ひとみさんもすごく小顔で美しい娘役さん、与志古を中大兄皇子にとられて「つらい」と絶望しきった表情で言い放つ鎌足に、「采女になったときから感情をもつことは許れずに生きてこなければならなかった、愛することも愛されることもなく生きてきた」(ニュアンス)、「与志古が羨ましい」と。そんな安見児を絶望しきった表情で抱きとめずにはいられない鎌足、心は鎌足にある与志古を抱きとめる中大兄皇子、二組をオーバーラップされる演出もなかなかだと思いました。

 入鹿を倒し、新しい時代の幕開けとなったとき、初めて日本に元号が定められました。入鹿打倒に協力し、右大臣となった石川麻呂が最初に開いた巻紙?には「令和」と、次に「千穐楽」と、三枚目で「大化」。さりげなく笑いをとっていました。やっと夫婦になった鎌足と与志古の束の間の平穏な時間、食卓を囲む二人の前に並んだ数々の料理は「唐からきた料理人に作られました、名前はホンとか」と与志古。ここでさりげなく退団公演作の宣伝が入っているのですね。中大兄皇子から祝いにもらった青い瓶に入った酒を青いグラスに注ぐ鎌足の指の長さと仕草の美しいことといったらありゃしない。与志古に鎌足様と呼ばれるのはどうも、じゃあなんて呼んでほしいの? いや、あなたは照れる、いやもう一回あなたって言ってほしいとか、鎌足が切れ長の目がなくなってしまうぐらいの笑顔をみせるデレデレのほのぼの場面、鎌足が与志古さん好き過ぎる幸せ場面でしたが、ほんとに束の間。私は観ることできなかったですが、少年少女の頃入鹿との思い出を与志古が語ると現実を突きつけられた鎌足の表情は一瞬にしてこわばります。自分が背負ってしまったものから逃れることはできないのだと知った鎌足の苦悩の表情もまた秀逸。ライブビューイングのカメラがアップで映し出す目の表情がすごかった。日本物にあわせてアイメイクが美しく、どんな目もすべて鎌足の心情そのもの。

 天智天皇から大織冠を授けられ、内大臣に任ぜられ、「藤原」の姓を賜った翌日に逝去した。享年56。 天智天皇8年10月16日(669年11月14日)(ウィキペディアより)

 死の前日、杖をつきながら歩く白髪まじりのロマンスグレー、イケオジの鎌足と寄り添う与志古。若き日から晩年までを通してお二人が演じきったのもよかったですね。代々朝廷の祭祀を行う中臣の姓を嫌い別の名がほしかった鎌足、名をあげたかった、ただそれだけだった鎌足なのに気がつけばたくさんの血を流すこととなり、「何も残らなかった」「自分の人生はこれでよかったのか」と問いかけると、与志古が「あなたの志はあとに受け継がれていきますよ」とすべてを肯定してくれます。「悩みました、苦しみました、でも与志古は楽しかった」「共に歩んできたふたりの時間、これでよかったのです」(ニュアンス)と鎌足の人生を肯定してくれます。夕陽のなか、猿岩の前で肩を寄せ合う二人の後ろ姿の美しさよ。星組トップコンビ、どの作品も最後はふたりで手に手をとる幸せな終焉(『エルベ』はすれ違ったけど『エストレージャス』で再会したので・・・)。「不比等には志のすべてを教えました」と天智天皇に告げ、不比等には「父と同じようにではない」「父を超えていけ」と告げる鎌足。不比等は自分が鎌足の子ではないと知っているようでした。言葉にしない互いを思いやる心が行間にあふれているあったかい終盤の場面でした。不比等は平安時代に繁栄をきわめる藤原氏の礎となっていきます。

 カーテンコールで副組長の美稀千種さんが如月蓮さんから受け取った巻物?の表には令和最初のトップスター「紅」、裏には「ゆずる」と。紅さん素で笑ってました。二度目に幕が上がると、ここで笑いが起きると思っていましたと紅さんが言ったのは、愛里さんが「紅」をもっていたから。愛里さん、すごく嬉しそうになんども「紅」「ゆずる」をひっくり返しながら交互に客席にみせていました。その姿の可愛いこと可愛いこと、紅さんがそんな愛里さんを嬉しそうに見つめている姿もまた幸せオーラ満開。次の幕が上がった時には紅さん自ら「紅」を持っていました。「稽古場で悩みました、苦しみました、今日の千穐楽を目指して専科のお二人、星組生と共に志をひとつにしてがんばってきました。鎌足を演じきってみて、悩んだり苦しんだり、それを乗り越えた時にこそみえてくる景色がその先にあるのだとわかりました」(ニュアンス)とあいさつ。沁みました。令和は248個目の元号だそうな。「人は生きる。歴史は、作られる」がキャッチコピーでしたが、今私たちが当たり前のように生きているこの時代は決して当たり前ではなく、こうした過去の礎があればこそで時にはそんなことを思い出すことも大切かなって思いました。「次回大劇場は、紅ゆずると綺咲愛里の退団公演、4月29日より組替えとなった舞空瞳と初舞台生8名が加わり総勢88名でお送りします」と副組長。紅さんが尊敬している松岡修造さんの娘さん星組配属だし、88期の紅さんを送る舞台が88名とはどこまでも引き寄せるものをもっていますね、紅さん。「みなさんお腹もすいてきたことと思います。次回はおいしいお料理を食べていただけるようにがんばります。気をつけてお帰りください」と幕が下りても「紅」をみせてくれていました。舞台のラストシーン、黒い束帯の鎌足が一人で歌い最後は笑顔なの、幸せなエンディングでした。

 「何も残らなかった」-、私、13年間働いた大会社から使い捨てにされることなったとき、そう思いました。アホみたいにどこまでいっても苦しみながら生きている自分、もがきながら生きている自分、いや生きるっていうことはカッコ悪いことなんだよ、人はそうやって生きているんだよ、それでいいんだよ、カッコ悪い姿こそ美しくて尊いものなんだよ、紅さん率いる星組の舞台はこう言ってくれているように思えて涙が止まりません。『アナワ』『エルベ』に続いて、人って悪くないよ、って思わせてくれるの、救いがあるの。そしてすごくあったかい。頭の中飽和状態で次へとついていけてないけど、幸せなオーラをライブビューイングだけど紅さんからもらったからきっと大丈夫なんだよ、自分。そう信じていくしかない。


 如月蓮さんのほんのわずかでしたが、有間皇子の薄幸な少年感、歴史書に紡ぐことしか興味ない『ひかりふる路』のサン・ジュストを思わせるにんまりと冷ややかなた表情の天寿光希さんの恵尺も素晴らしかった。まだまだ書きたいことありますがここらへんで・・・。

(舞台写真はツィッターから拾いました。)

 















郷里の夏は都心よりも暑い、酷暑の予感・・・。
冷房がどこもきつい・・・。



 


星組『鎌足』ライブビューイング_弱き人の姿が尊かった

2019年05月26日 00時14分31秒 | 宝塚
一幕、鎌足が蘇我入鹿を討つことを決意していく場合から観ました。師匠である一樹千尋さんにそこに「大義はあるのか?」と繰り返し問われた鎌足は、蹴鞠する中大兄皇子と出会い「大義をみつけた」と仲間を集め入鹿打倒へと動きます。鎌足の放った矢が入鹿を打つ場面。みることできませんでしたが、少年少女の頃入鹿に矢の手ほどきをされた時の声が被っていました。苦悩しながら矢を放つ鎌足。

 鎌足はいつも苦悩していました。入鹿を討ったあと、幼なじみの与志古と夫婦になった幸せな時も束の間。鎌足は痛め続けられました。もがき苦にしみ続けながら生きていました。母である斉明天皇の讒言により天智天皇に愛する与志古を人質としてとられると「つらい」と這いつくばりながら、与志古の替わりに与えられた采女の安見児に吐露し、死の前日天智天皇から藤原の姓を賜ると、与志古に「嬉しくない、たくさんの血を流すこととなった自分の人生はこれでよかったのだろうか」と苦悩する姿をみせる。そんな鎌足を信じ続けて、鎌足の生き方を与志古は肯定する。人の弱さを尊さとして魅せてくれた星組トップコンビと星組生に乾杯。

 ごめんなさい『CASANOVA』楽しいけど脚本は薄いなあと思ってしまった生田先生渾身の一作。昨日今日で書ける題材ではなく、座付き作家となったからにはいつか書きたいとずっと胸に秘めてきたものではないのかと思います。紅ゆずるさん、自身の最高をまた更新。上書き保存ではなくて別の名前で保存、より素晴らしいということ。歴史に名を借りた退団発表したトップコンビのための最高の当て書き作品でした。キーボードが効かないのがもどかしいです。

 今日の面接は独りよがりだったの。ここまで来て来年の四月にまた援助職をやりたい、今日は辞退することを直接伝えるために来たと話しました。質問を準備していた面接官三人あきれ顔。裏切ったわけだからそれ以上なにもありませんでした。そりゃそうですよね、前職の経験がどれぐらい生かせるものか少しきかせてくださいと言いましたがそんな話をする場ではないので辞退ならさっさとお引き取りくださいということで、時間をとらせてしまい申し訳ありませんでしたと何度も頭をさげるしかありませんでした。ハロワから面接に行くのは構わないと助言をもらいましたが、電話で辞退を伝えて手紙を書くべきだったのかもしれません。間違えました、わたし。ほんとあほ、あほとしか言いようがない。いい加減な奴に見えても仕方ないです。信用を失くしてしまいました。タイミング悪すぎて下手過ぎる。何を言っても言い訳にしかきこえない。合格通知が来てしまったところを辞退すればよかったのか。その結果どちらも失ったらもっと苦しい。どの道苦しい。おめでとうって言われたくない。これでいいのかわからない。たやってみなければならないと思い動いた結果考える時間がなさすぎた結果です。立ち止まることは許されないですね。生きることは難しい。いつ車に轢かれるだろうと緊急し続け、慣れない郷里に緊急し続け、連休前から試験だと緊張続けてきました。疲れました。これ以上無職で収入なくてどんよりしっぱなしでもいられない。どこに転んでも慣れない環境の中で勝手がわからないまま苦しいです。生きることってむずかしいです。

 そんな後での『鎌足』ライブビューイング、這いつくばりながら生きる紅ゆずる=鎌足、凄まじかった。入鹿を討った鎌足は自分が斬られまで斬っていくしかなかった。主である天智天皇に逆らうことはできなかった。その天智天皇もまた、鎌足を失うことが怖くて即位の祝いの席で、ほしいものをなんでも与えるいってみろと鎌足に問いかけると、ほしいものなどない、与志古を返してもらいにきたと告げて与志古を返してもらえないなら自害することも厭わない鎌足に、与志古と二人でどこかへいけと告げる弱き者であった。鎌足の弱さも天智天皇の弱さも与志古ががっちりと受けとめ肯定する、綺咲愛里さんの与志古の包容力もすごかった。トップコンビの固い信頼関係があればこその舞台。宝塚で小劇場の心ある芝居をみた感覚。『あかねさす紫の花』がそうであるように史実は血で血を洗う争いが繰り返された時代。暗くて重いところを尊く昇華できるのは紅さんのなせる技なり。

 病に倒れた鎌足を見舞いにきた天智天皇は藤原不比等が自分と与志古の間に生まれた子だと気づき、鎌足に頭を下げて去っていきます。静かな瀬央ゆりあさんの佇まいも秀逸。『エルベ』の大劇場客席降りで間近でみたせおっち、小顔美人でした。すごい成長ぶり。与志古とのデュエットの場面美しかった。入鹿の華形ひかるさん、討たれようとする入鹿に、子を守るため背を向けるしかなく鎌足を決して許さないと涙する斉明天皇の有紗瞳さん、歴史の語り部の天寿光希さんも凄まじかった。『エルベ』を経ての星組生の、それそれの役の魂と魂がぶつかりあった舞台、最高オブ最高、メロディーがどこかで聴いたことがあるような気がする、懐かしさ漂う調べで、二幕が始まる前から録音ですがオケが流れていたり、終演後も流れていたり、演出家のこだわりもつまっていました。涙が止まりませんでした。まだまだ書きたいですがこれぐらいにしておきます。

『鎌足』の前に緊張・・・

2019年05月25日 11時21分59秒 | 日記
 どうか間に合って正直な自分の気持ちがうまく伝えられますように、どうか電車の乗り換え時間に順調に間に合って『鎌足』、二幕だけでも全編みることができますように・・・。

 これが本当に正解なのかはわかりません。トップスターになってからハッピーオーラを放っている紅さんについていくと、陽のオーラのお裾わけがもらえていうような気が勝手にしています。

花組『‘CASANOVA』_東京宝塚劇場千穐楽ライヴビューイング(4)

2019年05月24日 23時13分01秒 | 宝塚
 断片的な思い出し日記。

 星組に組み替えとなり、次期トップ娘役となることが発表された舞空瞳ちゃん。緊張の面持ちながら、涙をにじませつつ、すごくしっかりとした挨拶でした。明日海りおさん、組み替えが発表された時はすごくさみしかったけれど、「舞空瞳なら大丈夫!がんばって!」とエールを送っていました。トップ娘役就任を心の底から喜んでいる様子、自分が生んだわけではないけど大事な娘をお嫁さんにだすような心境だったのかな。星組は、瞳ちゃん・ひとみちゃんがいっぱいでますます可愛いが渋滞。きっと舞空ちゃんをお嫁さんに迎える礼真琴さんと紅ゆずるさんがあったかく迎えてくれることと思います。

 舞空ちゃん、一昨年秋の『ハンナのお花屋さん』ですでに完成されたヒロイン力を発揮していました。入団まだ二年目と知ってびっくりでした。努力で得られるものではない、華があります。小さい顔と長い手足、娘役になるために生まれてきたかのような容姿の上に、ダンスも歌も安定しています。わたしの中で、花總まりさんの面影が重なります。花ちゃんが一路真輝さんの相手役として、星組から雪組へ組み替えになったのは入団してまだ一年目か二年目の時だったと思います。『白夜伝説』のミーミルで鮮烈な印象を残したあと、大劇場公演『うたかたの恋』で稔幸さん演じるルドルフのいとこのお嫁さんになったあと雪組へ組み替えとなり、二番手娘役の位置で紫ともちゃんの退団公演『ブルボンの封印』に出演。次の作品は『風と共に去りぬ』だったので、その次の『JFK』でトップ娘役として本格的にお目見えでた。男役としては背が低かった一路さんとの背丈のバランスが必ずしもよかったとは言えなかったと思うのですが、『エリザベート』初演という大きな足跡を残すこととなりました。と考えると舞空ちゃんのトップ娘役が特段早すぎるということでもないし、琴さんとの背丈のバランスが悪いということでもないかなと私的には思います。劇団さんが決めたこと。がんばってほしいし、1花ちゃんの10年間トップ娘役として舞台に立ち続けた金字塔を打ち破ることはむずかしいとは思いますが、できるだけ長くやってほしい。タカラヅカスペシャルでキキちゃん(芹香斗亜さん)との並びが再びみることができればとひそかに期待してしまいます。


 コンデュルメル夫人の怪しげな美しさと高音がますます冴えわたっていた鳳月杏さんも組み替え。宝塚大劇場千穐楽のみりおさんの送る言葉を受けて、ふてぶてしくなった自覚はあるということを挨拶で話してました。映像でしか知りませんがもともとは月組生でみりおさんと一緒だったんですね。みりおさん、東京公演千穐楽の前日、鳳月さんから手紙をもらったことを公表。「退団する明日海さんを残して月組に帰るのが心配だ」という内容だったとのこと。「ずいぶん甘くみられたもんだなと思いました。なにも心配はいりません。花組でふてぶてしくなったのはいいですが、腰位置が高いのはいいですが、腰を低くして頭をたれる舞台人になれるよう、せいぜいでがんばってください」とみりおさんらしい送る言葉。鳳月さんが目をまん丸くしながら天を仰ぎ、みりおさんもまた天を仰いで涙をこらえている表情をライブビューイングのカメラがとらえてくれました。

 みりおさんが使った「せいぜい」という言葉、一般的にはネガティブなイメージですが、ヤフー知恵袋で調べてみると、”「せいぜい」には「精一杯、できる限り」という前向きな意味と、たかが知れているけれど、たいしたことは出来ないだろうけれど、という見下した意味があって、その意図を両極端に解釈されるような言葉です。「せいぜい頑張ってください」を悪い意味に取るかどうかは文脈やその人間関係などで決まると思います”とあります。この場合はもちろん前者の意味ですね。みりおさんだからこその愛情表現。組み替えって一般社会に置き換えれば人事異動なわけで同じ組織体のなかとはいえ例えば事務職から全く畑のちがう営業職に異動するぐらいの大変さがあるわけで、それは長く同じ部署にいればいるほど大変ですね。慣れ親しんだ処を離れ、またあらたに人間関係を築き上げていかなければならない。一番大変だったのは組み替えだったとみりおさん退団発表の記者会見で話されていたと思います。学年が上がってから、前後して月組から花組へと異動してきたお二人。支え合いながら、二人にしかわからない時間を共有してきだんだろうなあと思いました。だからこその愛があふれるみりおさんなりの表現の仕方。「十分にさみしんでいただけましたでしょうか」「平成最後の公演をつとめたことを自信に変えてこれからもがんばります」と、今回もみりおさんらしい言葉が並んだ千穐楽の挨拶でした。

 男役に戻った鳳月さんの、桜の花びらが散った季節に「ジラサレテ熱帯」を聴いたとき、去年の9月まだまだ暑い頃東京宝塚劇場を観劇したことが、日比谷をすっかり離れてしまった今はすごく遠い夢幻だったような感覚になりました。数カ月前のことなのに、もっとずっと遠ざかってしまったような、束の間の夢をみていたのではないかといような感覚になりました。

 6月の横浜アリーナ、2日目にライブビューイング、あるんですね。わたしは当選するとは思っていなかった阪急の先行抽選で一日目が当たってしまいました。ライブビューイングは無理かな。来月3日に就業開始予定となって無事に行けるかどうか、新幹線での移動となるので二日間必要、夜はスパに泊まろうと思っていますがどんなタイミングで申し出ればいいのかと気になるばかり。雪組の日帰りバスツアーもあるしなあ・・・。

 その前に明日は星組『鎌足』の日本青年館千穐楽ライブビューイング。もう行くことはなさそうな日本青年館に思いを馳せつつ観たいですが、その前に無駄だとわかっていてもいこうとしている面接。わたしは受験番号が遅い方なのでたぶん午後いちからスタートしてライブビューイングの時間と被ってしまいました。なんとか二幕だけでも全編観劇できるといいな。面接が終わり次第すぐ駆けつけますが、乗り換えが一回あって駅の数も多いし、電車の本数が都心のようにはいかないので遠いです。紅さんごめんなさい、遅れてしまいますができるだけ急ぎたいです。面接がスムーズに行きますように・・・。21日にプログラムも舞台写真も買って、ネットにあがってくる情報もほぼみてネタバレしすぎもいいところですが楽しみは増すばかり。

 頭のなかパンパンなので少し飛び立ちたいと思い申し込んでみた台湾旅行。旅行会社の申し込み期限を過ぎていましたがBグレードのホテルならOkでした。たった二泊三日ですが2013年以来の海外渡航。なんだか緊張してきました。急に暑くなったし、これで体調を崩したらお話になりません。大丈夫ですかね、わたし。でもこうしていったん日常生活を離れないと、次の就業のための知識が全く頭に入ってきません。ほんとにこれはヤバイっていうぐらい入りません。やるべきことはたくさんあれどなんとか無事に往復したいです。こうしないとモチベーションはあがらないです、正直。もちろん仕事一生懸命やりますよ、もちろんそうなのですが、あとはわたし、二人のさゆみさんの退団公演を宝塚大劇場で二回観劇するという目標のほかは全部ぶっとんでいます。東京宝塚劇場は激戦すぎるし、大劇場、東京宝塚劇場共に千穐楽、ライブビューイングあると思いますが、チケットをとれない可能性大、もしかしたら田んぼの中の映画館ならとれるかもなあぐらいのところ。大劇場も日帰りバスツアーでしかチケット入手できません。ほんとにこれが最後の最後、見納め。あの世に旅立つとき後悔のないようにしたい。まずは明日。『CASANOVA』も『鎌足』もライブビューイング外れた方もいるんですね。人口密度の高い東京は特に激戦。チケットが手に入った自分はこうして無事に生き延びていられることに感謝しつつ、無事にさゆみさんを見届けることができますように・・・。
 










     

ひとつひとつ進んでいく

2019年05月23日 21時29分18秒 | 祈り
 なかなかお別れできずにいる「精神保健福祉援助実習」のスクーリングレポート。振り返ってみるとわたし二度もこのブログにしたためていますね。

2015年7月3日記事;思いは空高く
https://blog.goo.ne.jp/ahanben1339/e/6d99493328c3f2092ad9f27956c0bf50

2014年9月15日記事;自分の気持ちと向き合う
https://blog.goo.ne.jp/ahanben1339/e/59fc2d8dcb5ea35126da28a241109025

 こうして読み返してみると、母の病気を受け入れることができずにいたわたしはもがきにもがき、心が病気になるってどんなことなのか、知りたくて知りたくて、大会社で二人分労働しながら己に鞭を打って鞭を打って、スクーリングもこなしました。前職で母と同じ疾患の方に何人も会い、一年間の関わりを通して教えられたこともあるので今はなんとも思いませんが、会社で働いていたこの頃のわたしにとってはすごく特別感がありました。母を受け入れることができているのかはよくわかりませんが、荷物整理も進んできたし、特別なことでもなんでもないとわかった今は個人的な経験からは一歩踏み出したところで歩んでいこうとしています。

 出発点は個人的な経験ですがそればっかりでも苦しく、想いは大切ですが想いばっかりでやれるものでもなく、でもやっぱり想いは大切。微妙なバランスの中で、あれほどつらかったですが、その先にまた援助職をやってみたいという気持ちが自分の中にあることに気づいたので、土曜日は楽しみにしている『鎌足』のライブビューイング、一幕はみることができそうにありませんが面接に行こうとしています。その前に来月からの始動に向けて定期券も買った方がよさそうだとわかったので買う時間も必要。クレジットカードで定期券を購入しようとすると地元民しかもたないカードしか使うことができなかったりなどあり二枚持ちにならざるを得ません。(暮らす地域が大きく変わるってこういうことでもあるんですね、ひとつひとつ壁を超えていきます)。二回の乗り換えも再度確認しないとわけがわからないし、そこからライブビューイング会場への行き方も確認。面接に向けて頭の中を整理する時間も必要。同時に次に向けて覚えておかなければならないことがたくさんあるし、駐輪場の月契約もしなければだし、歯医者さんにも行かねばだし、いくつものことが同時進行で忙しい感じになってきています。

 さらには二泊三日で台湾に行ってみようとして、電車で出かけたついでに旅行会社のカウンターで申し込みました。ぎりぎりすぎて手配締めきられているそうです。ダメだったらJALは5日前まで可能となっているのでそちらに賭けてみます。実感はありませんが、ひとつひとつ進んでいくしかないです。明後日の面接で納得できるまで、気持ちを切り替えることはできないだろうと思います。納得できたら切り替えられるはずです。まだまだ断捨離は終わりませんが、ずっとやっているわけにはいかずここらで一応ひと区切り、逝った人たちの荷物はだいぶ片付てきたのでもういいやね。

 はじめての事業体、はじめて出会う人たち、慣れない地域・・・、全く知らないことをやろうとしているわけではありませんが、通勤不安が大きいこともありとっかかりはものすごくエネルギーを消耗します。またかあっていううんざり感も正直あります。みんなそうですよね。だから、星組さんの台湾公演が盛り上がった地に行ってみようかと。

 ふたりのさゆみさんの退団公演のチケットと雪組のチケットのキャンセル待ちも気になるし、全てのことが順調にやり遂げられますように・・・。

 「精神保健福祉援助実習」のレポートは「心理学」に続いて、一応デジタルデータもあるし、お別れしようと思います。ちなみに講師の評は「実習には自然体でのそんでください!」でした。


 プリンス・エドワード島の春は六月、またいつかこの世にいる間に訪れることができますように・・・。


 郷里から六本木までは遠すぎるのが残念。