2022.10.22(土)富士山眺望の山で山梨百名山に選定されている十二ヶ岳と毛無山を歩いて来た。
それにしてもクサリやロープが設置されている稜線の道は、激しいアップダウンで険しいものだった。
*
秩父の山に行こうとだいぶ前から準備していたのだが、天気予報では当分良くなりそうもない。
これでは前泊する宿の手配もできない。
山行を諦めきれず、三日ほど前にどこか良い所はないかと思いめぐらし、ここならばとなった。
急いで情報集め。
天気も良いみたい。
※下調べをしっかりとしていないツケを払うことになってしまった(後述)。
毛無山 1500m
十二ヶ岳(山梨県百名山) 1683m
登山口までのアクセスは、次のようなもの。
田園都市線で溝ノ口駅→JR南武線武蔵溝ノ口駅から立川駅~JR中央線立川駅から大月駅(高尾乗換えなし)~富士急大月駅から河口湖駅~富士急バスで毛無山登山口
(帰路は、バスで十二ヶ岳登山口から河口湖駅に戻り、富士急線で大月へ、そこから中央線で高尾乗換えなどして帰宅。)
わが家出たのが朝5時半、登山口到着9時半過ぎ。
4時間もかかっている。
近くて遠い。
河口湖駅の改札を出て目の前バス乗り場1番に並ぶ(西湖周遊バスGreen-Line)。
24分の乗車で毛無山登山口バス停に到着。
ここで降りたのは、わたしのほかに男女2人だけ。
その方々は、すぐに文化洞トンネルの方に向かった。
当方がザックの中からカメラを取り出したり、GPS(ジオグラフィカ)の設定などをしているうちに、お二人の姿が見えなくなってしまった。
風が強く吹き、空には厚い雲。
晴れ予報がうらめしく思えた。
(これから向かう山々:コブ状山の左から右に十二ヶ岳、十一ヶ岳、毛無山)
トンネル入り口左側に、十二ヶ岳などへの大きな案内標柱があるのに気がつき、その手前まで近寄ってみた。
道らしきところも標柱自体も草に覆われている。
もうこれを歩く人がいないのかもなどと思い、とにかくトンネルの先に行くことにした。
(これが「〇〇だろう」という思い込みからから来る判断ミス!
ここで手持ちの地図を確認すべきだったのに。)
駐車場の入口の案内看板を目にして、これは順調と思いきや・・・。
住宅地に入ったら何の案内も見えない。
たまたま庭先にいた女性の方に声をかけ、登山口がどこか教えてもらった。
先に進むと車がたくさん駐車している広場があった。
先の女性によればこの上に登山口があるというが、さっぱりわからない。
GPSではP(駐車場)のマークが表示されているものの、前もってコース設定・読込などしていなかったので、当方が動いた方向が示されるだけ。
登山口を探して右往左往。
何とかという神社の前まで行って戻ること2回。
そして、民家の裏から山手側に入る細道を見つけて、恐る恐る上がってみた。
(画像右がその道、電柱のあるところは右往左往した舗装道)
その先は、墓地。
お墓掃除をしている女性がいたので訪ねたら、「山のことは知らないけれども、皆さんこの道を通っていますよ。」とのこと。
これで安心。
太平洋戦争の戦没者の方々の墓石が並ぶ前で、気持ちを切り替えて上りに入った。
ここまでですでに40分の時間ロス。
(戦没者の墓石:日蓮曼荼羅(南無妙法蓮華経)が刻まれたものもある。)
※山梨県大月市等の山々では、行政が要所要所にキチンと案内標識を設置してくれている。
おかげで道迷いすることはまずない。
こちらの山もそうなのだろうとの思い込みが、始めのつまづきの原因になった。
それに、今回はにわか仕立ての準備。
登山口までのアクセス方法は念入りに確認したものの、肝心の登山口はなおざりだった。
(トリカブト)
何か所でも目にしたので、この山全体がトリカブト山か!
(道は歩きやすいが、傾斜はそれなりにある。)
(木立の向こうに十二ヶ岳などが見える。)
山歩きは久しぶりなので、体力が不足。
ここまでの間、何回も立ち止まっては深呼吸(というより溜息)。
(迫力ある登山道わきの朽ちたミズナラの巨木)
林を抜けると、開放感に浸れる斜面に出た。
(かなり低い位置で咲くリンドウ)
(振り返ると富士山)
(マユミの枝の向こうに富士山)
(ゲンノショウコ)
富士山の写真を何枚も撮り、毛無山山頂に到着。
わたしと同年代と思われる男性2人が、昼食休憩を終えて歩き出す準備をしていた。
あいさつを交わし、当方も昼食。
(毛無山山頂からの富士山)
(同:左は河口湖、右は西湖、中央が上って来た尾根)
予定よりもかなり遅くなったので、食事は急いで済ませ、先を急ぐ。
(こういう標識が続く。)
(西湖と足和田山と富士山)
(十二ヶ岳)
(九ヶ岳は下を通る。)
(ずり落ちてしまいそう。)
(尾根筋の道のすぐ脇は深い谷)
(十ヶ岳)
山頂下部をまいて過ぎる。
(十ヶ岳の標識は画像中央の白いもの。)
(十一ヶ岳から見る十二ヶ岳)
十一ヶ岳からはキレット通過となる。
足元を見下ろすと否が応でも緊張感が増してくる。
(毛無山でお逢いした二人が先行して下る。)
ここで、アルミの吊り橋の架け替えのために確認に来ていた男性とすれ違う。
その方によれば、十一ヶ岳山頂側を伐採し、そこにヘリで機材を搬送、年内中に橋の架け替え工事を終わらせる予定とのこと。
(ここを下りてきた。)
中間あたりまで来た時に、対岸側から大きな声がした。
ラクッ! 落石ッ! 岩陰などに隠れてッ!
十二ヶ岳への断崖を上っていた際に、クサリが岩に引っかかり、その岩が落下したようだ。
幸い、当方はまだ十一ヶ岳側にいたので事なきを得たが、ガラッガラッすごい音を立てて落ちていく岩に本当を”肝を冷やし”た。
距離をとって歩くことの大事さを痛感した瞬間だった。
(一人づつ渡るようにと指示のある吊り橋)
渡った先は、垂直のように思える岩の道。
(振り返り見る十一ヶ岳)
先行のお二人と合流して、山頂を目指す。
(桑留尾くわるび分岐)
(十二ヶ岳山頂までホンのわずか)
(十二ヶ岳山頂)
(同)
(富士山、足和田山と西湖)
山頂では腰を下ろして休憩することなく、下山を開始。
先ほどの分岐まで戻る。
ここからもロープなどが設置されている急傾斜の道をたどる。
上りの下りもかなり大変なところだ。
先行していた方々を追い抜き、ひたすら下に向かう。
できれば、午後4時18分のバスに乗りたい。
途中休むことなく下山口に到着(15:55)。
(登山道の足元の落ち葉ばかり見ているためか、目が疲れ、距離感が取れなくなってくる。
急ぎ足とは言え、かなり気をつけて下りてきた。)
(下山口)
ここからは、いずみの湯とかの立派な施設、たくさんの車が駐車しているオートキャンプ場などを横目に、バス停を探して歩く。
訊ねようにも誰もいない。
心細さが増してきたときに、十二ヶ岳登山口バス停に到着(16:05)。
(中央前方から歩いて来た。)
西湖周遊バス(16:18)は、ほぼ満員。
河口湖駅手前は渋滞。
少し時間がかかったものの、大月行の電車には余裕を持って間に合った。
今日のコース
それにしてもクサリやロープが設置されている稜線の道は、激しいアップダウンで険しいものだった。
*
秩父の山に行こうとだいぶ前から準備していたのだが、天気予報では当分良くなりそうもない。
これでは前泊する宿の手配もできない。
山行を諦めきれず、三日ほど前にどこか良い所はないかと思いめぐらし、ここならばとなった。
急いで情報集め。
天気も良いみたい。
※下調べをしっかりとしていないツケを払うことになってしまった(後述)。
毛無山 1500m
十二ヶ岳(山梨県百名山) 1683m
登山口までのアクセスは、次のようなもの。
田園都市線で溝ノ口駅→JR南武線武蔵溝ノ口駅から立川駅~JR中央線立川駅から大月駅(高尾乗換えなし)~富士急大月駅から河口湖駅~富士急バスで毛無山登山口
(帰路は、バスで十二ヶ岳登山口から河口湖駅に戻り、富士急線で大月へ、そこから中央線で高尾乗換えなどして帰宅。)
わが家出たのが朝5時半、登山口到着9時半過ぎ。
4時間もかかっている。
近くて遠い。
河口湖駅の改札を出て目の前バス乗り場1番に並ぶ(西湖周遊バスGreen-Line)。
24分の乗車で毛無山登山口バス停に到着。
ここで降りたのは、わたしのほかに男女2人だけ。
その方々は、すぐに文化洞トンネルの方に向かった。
当方がザックの中からカメラを取り出したり、GPS(ジオグラフィカ)の設定などをしているうちに、お二人の姿が見えなくなってしまった。
風が強く吹き、空には厚い雲。
晴れ予報がうらめしく思えた。
(これから向かう山々:コブ状山の左から右に十二ヶ岳、十一ヶ岳、毛無山)
トンネル入り口左側に、十二ヶ岳などへの大きな案内標柱があるのに気がつき、その手前まで近寄ってみた。
道らしきところも標柱自体も草に覆われている。
もうこれを歩く人がいないのかもなどと思い、とにかくトンネルの先に行くことにした。
(これが「〇〇だろう」という思い込みからから来る判断ミス!
ここで手持ちの地図を確認すべきだったのに。)
駐車場の入口の案内看板を目にして、これは順調と思いきや・・・。
住宅地に入ったら何の案内も見えない。
たまたま庭先にいた女性の方に声をかけ、登山口がどこか教えてもらった。
先に進むと車がたくさん駐車している広場があった。
先の女性によればこの上に登山口があるというが、さっぱりわからない。
GPSではP(駐車場)のマークが表示されているものの、前もってコース設定・読込などしていなかったので、当方が動いた方向が示されるだけ。
登山口を探して右往左往。
何とかという神社の前まで行って戻ること2回。
そして、民家の裏から山手側に入る細道を見つけて、恐る恐る上がってみた。
(画像右がその道、電柱のあるところは右往左往した舗装道)
その先は、墓地。
お墓掃除をしている女性がいたので訪ねたら、「山のことは知らないけれども、皆さんこの道を通っていますよ。」とのこと。
これで安心。
太平洋戦争の戦没者の方々の墓石が並ぶ前で、気持ちを切り替えて上りに入った。
ここまでですでに40分の時間ロス。
(戦没者の墓石:日蓮曼荼羅(南無妙法蓮華経)が刻まれたものもある。)
※山梨県大月市等の山々では、行政が要所要所にキチンと案内標識を設置してくれている。
おかげで道迷いすることはまずない。
こちらの山もそうなのだろうとの思い込みが、始めのつまづきの原因になった。
それに、今回はにわか仕立ての準備。
登山口までのアクセス方法は念入りに確認したものの、肝心の登山口はなおざりだった。
(トリカブト)
何か所でも目にしたので、この山全体がトリカブト山か!
(道は歩きやすいが、傾斜はそれなりにある。)
(木立の向こうに十二ヶ岳などが見える。)
山歩きは久しぶりなので、体力が不足。
ここまでの間、何回も立ち止まっては深呼吸(というより溜息)。
(迫力ある登山道わきの朽ちたミズナラの巨木)
林を抜けると、開放感に浸れる斜面に出た。
(かなり低い位置で咲くリンドウ)
(振り返ると富士山)
(マユミの枝の向こうに富士山)
(ゲンノショウコ)
富士山の写真を何枚も撮り、毛無山山頂に到着。
わたしと同年代と思われる男性2人が、昼食休憩を終えて歩き出す準備をしていた。
あいさつを交わし、当方も昼食。
(毛無山山頂からの富士山)
(同:左は河口湖、右は西湖、中央が上って来た尾根)
予定よりもかなり遅くなったので、食事は急いで済ませ、先を急ぐ。
(こういう標識が続く。)
(西湖と足和田山と富士山)
(十二ヶ岳)
(九ヶ岳は下を通る。)
(ずり落ちてしまいそう。)
(尾根筋の道のすぐ脇は深い谷)
(十ヶ岳)
山頂下部をまいて過ぎる。
(十ヶ岳の標識は画像中央の白いもの。)
(十一ヶ岳から見る十二ヶ岳)
十一ヶ岳からはキレット通過となる。
足元を見下ろすと否が応でも緊張感が増してくる。
(毛無山でお逢いした二人が先行して下る。)
ここで、アルミの吊り橋の架け替えのために確認に来ていた男性とすれ違う。
その方によれば、十一ヶ岳山頂側を伐採し、そこにヘリで機材を搬送、年内中に橋の架け替え工事を終わらせる予定とのこと。
(ここを下りてきた。)
中間あたりまで来た時に、対岸側から大きな声がした。
ラクッ! 落石ッ! 岩陰などに隠れてッ!
十二ヶ岳への断崖を上っていた際に、クサリが岩に引っかかり、その岩が落下したようだ。
幸い、当方はまだ十一ヶ岳側にいたので事なきを得たが、ガラッガラッすごい音を立てて落ちていく岩に本当を”肝を冷やし”た。
距離をとって歩くことの大事さを痛感した瞬間だった。
(一人づつ渡るようにと指示のある吊り橋)
渡った先は、垂直のように思える岩の道。
(振り返り見る十一ヶ岳)
先行のお二人と合流して、山頂を目指す。
(桑留尾くわるび分岐)
(十二ヶ岳山頂までホンのわずか)
(十二ヶ岳山頂)
(同)
(富士山、足和田山と西湖)
山頂では腰を下ろして休憩することなく、下山を開始。
先ほどの分岐まで戻る。
ここからもロープなどが設置されている急傾斜の道をたどる。
上りの下りもかなり大変なところだ。
先行していた方々を追い抜き、ひたすら下に向かう。
できれば、午後4時18分のバスに乗りたい。
途中休むことなく下山口に到着(15:55)。
(登山道の足元の落ち葉ばかり見ているためか、目が疲れ、距離感が取れなくなってくる。
急ぎ足とは言え、かなり気をつけて下りてきた。)
(下山口)
ここからは、いずみの湯とかの立派な施設、たくさんの車が駐車しているオートキャンプ場などを横目に、バス停を探して歩く。
訊ねようにも誰もいない。
心細さが増してきたときに、十二ヶ岳登山口バス停に到着(16:05)。
(中央前方から歩いて来た。)
西湖周遊バス(16:18)は、ほぼ満員。
河口湖駅手前は渋滞。
少し時間がかかったものの、大月行の電車には余裕を持って間に合った。
今日のコース
もう10年ほど前に、毛無山から十二ヶ岳を歩きました。
そのときは、文化洞トンネル手前の看板のところを左手から上がり
トンネルの上を歩いて尾根にまっすぐ出ましたが、今はその道は使われていないのでしょうか。
登山口がわからないと焦ってしまいますね。
毛無山からの富士山と登ってきた尾根、西湖と河口湖の眺めが良いですね。
紅葉もよさそうですし。
毛無山山頂であった男性2人は、登山口が分からず、バス停向かいの鉄階段を上がって突破して来たそうです。キレットのところで言葉を交わした男性も、やはり分かりにくいかなと話していました。
トンネル前の道は、キチンと刈り払いなどされていないようでしたが、多分現在も通れるのだろうと思います。
わたしも、もう少し先まで入ってみれば、その後の右往左往が無くて済んだかもと反省しています。(東北の山ではよくヤブ漕ぎなどしていたのに。)
天気予報のように晴ならば紅葉の眺望はもっと美しかったでしょうね。