南国の遊び部屋

鹿児島の祭りや観光地についてゆるーく報告してますが、最近オタッキーな記事が大半だったりします。
遊び部屋ですから(笑)

加治木太鼓踊り

2009-08-16 | 鹿児島の祭り・観光地
毎年8月16日に加治木町では太鼓踊りが行われます。8時から精矛神社で西別府・小山田地区が、春日神社で木田・反土地区が「庭踊り」を行います。
10時からは仮屋馬場通り(島津義弘の屋形のあった)で、14時からは端山・蒲生田通りで「道踊り」が行われます。
「太鼓踊り」は400年ほど昔、江戸で駿河の念仏踊りが練り歩いたところ,大流行していた疫病(コレラ)が下火になったという話を島津義弘(晩年は加治木の屋形ですごした)が聞き,朝鮮の役の記念に家臣に習得さらに改良させたものといわれています。
 西別府地区だけに伝わる「吉左右踊り」は,豊作を祈願する棒踊りが変化したもので,2列に並ぶ踊り手は,朝鮮軍と島津軍に分かれ,戦の様子を演じます。白・赤の狐のおかげで勝利したことを記念したものともいわれています。白・赤の化粧をした二人のドラ打ちは,ユーモラスな動きで,笑いを誘う狐役です。
 むかしは,雨乞いの時も踊ったといわれ、盆開けに行われるのは,悪霊や御霊を,勇壮で華やかな踊りで送り出そうとする意味があるそうです。
 吉左右踊・太鼓踊は,昭和36(1961)年8月16日に,鹿児島県無形民俗文化財に指定されています。


10時からの仮屋馬場通りでの道踊りを見ました。

先頭は反土地区の太鼓踊りでした。
「鉦打ち」4人が,歌に合わせて鉦を打ちます。

「鉦打ち」の次に「太鼓打ち」がきます。

「太鼓打ち」は,道太鼓(行進)の時は2列縦隊で、足をはねて賑やかに踊ります。

西別府地区の「吉左右踊り」が2番目にきました。

白・赤の化粧をした二人のドラ打ちは,笑いを誘う狐役(白・赤の狐のおかげで勝利した)です。
沖縄のエイサーで言えばチョンダラー(道化役)でしょう。

赤のドラ打ちの方がリズムに合わせて次男(5歳)の頭をポーンポンと軽くたたいてくれ、周囲の笑いを誘いました。ありがたや。

2列に並ぶ踊り手は,朝鮮軍と島津軍に分かれ,戦の様子を演じます

吉左右踊り動画

(拡張子「.3gp」ファイル)
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手前の列は朝鮮軍、向こうの日の丸の扇子を持っている列が島津軍でしょう
 
留学生の方でしょうか?ナイスコスプレ♡
髭ついていますけど。


太鼓踊りが続きます
先頭に立つ「ホタ振り」が,太鼓と鉦に合うようにホタや扇を振り,踊りの指揮を取るように踊ります。

小鉦打ち若干名(3、4歳から5、6歳の子供)も太鼓踊りの構成のうちです。


加治木太鼓踊り動画




服装が少し乱れたのでしょうか
おこちゃまにも立派なお髭がついてます♡

太鼓は鉦に合わせて太鼓を打ち、足をはねて踊ります

太鼓が先頭6人のほか、20人以上で構成されています
毛頭をさげた兜をかぶり、胸に太鼓をかかえて木刀をさします。つねに矢旗台を背負い、両側にホロとまん中に長い槍にかたどった矢柱を立てます

木田地区の「ホタ振り」のようです
頭にすげ笠をかぶり、麻織りの単衣に角帯を締め、右手に黒地に赤の日の丸扇をもち、左手にヌサを持ちます。

出番待ちです。

今年は神社境内での庭踊りを見れませんでしたので、来年こそは見たいと思います。
ちなみに去年10月の伊集院の妙円時詣りの時には武者行列の前日に徳重神社で徳重大ばら太鼓踊り、伊集院大田太鼓踊り、伊作太鼓踊り等が披露されました。



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