制作好房

初志貫徹 ~志無くして進歩なし

曳山回顧(平成5年旭町二区)

2012年07月13日 19時50分31秒 | 土崎港曳山祭り
※ あくまでも個人の感想です。悪しからず。


今回はリクエストに応え、平成5年の旭町二区さんです。


「粋花闇に散る 染紅乃勇肌」


外題は1860年頃の話。
以下、しおりの概要。

清水次郎長の代参として金比羅権現に納刀した森の石松は
帰途、都鳥吉兵衛に二十五両を詐取される。
返済を求める石松に対し、
次郎長一家を仇と狙う布橋兼吉を都鳥吉兵衛がけしかけ闇討ちを謀る。
これに激怒した石松が都鳥に迫るが、多勢に十数か所切られ凄絶な最期を遂げる。
(その翌年、次郎長によって吉兵衛は討ち果たされた)


まあ昔はよくあっただろうけどなんともひどい話。
無念さが顔に良く表れていますよね。
右目がなんとも痛々しい。(元からっていう設定ですかね?)

個人的にこのヤラレはあまり好きじゃないので少し勿体ないという感じが・・

見返しもついでに。
「羽田迷惑なこの選挙 宮沢さんは喜一一憂」




当方HP↓(写真の人形と関係ございません)


6 コメント

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ん? (秋田城介)
2012-07-13 21:48:16
平成9年だすか?平成5年だすよね?笑

確かこれは送り統前のときだすな。

んーこの年は個人的に裸人形しか好きでなかったからあんまり記憶にないっす笑
次の平成6年は南幕初奉納だったので山車を南幕に貸したなぁ。

そういえば昔は山車の台の貸し借りなんて当たり前だったのに、今は必ず町内は台を保有してるの考えると、なんだかんだ裕福な世の中ですよね笑

おかげさまで奉納台数は増え、人形は足りなくなり、他町内からの応援部隊が減り、曳き子が少ない町内が増えるとゆうジレンマ…

おまけに交通規制の拡大と、せっかくドライブスルー化にした神明者参拝の簡略化ってゆう…

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森の石松 (夫婦岩)
2012-07-13 21:59:52
が格好いいので、好きな場面ですが
ヤラレがね……。

鎌倉権五郎の右目などでも、度々目を加工してますが
なかなかに巧くてやってると思います。

大変ありがとうございました!
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秋田城介さん (ゆっけ)
2012-07-13 22:19:17
おっと・・
なぜかタイトルが間違ってました!
修正しました。

裕福ですよねー!
浴衣だってすぐ新しいデザインに変える町内もあるし、
ワッパだってまだ使えるだろうに安全第一ですぐ交換しますからね!

奉納台数が増えたおかげで人形屋は副業をする必要がなくなり、
ライバルが出そうになると周囲からプレッシャーを掛けまくる。
お門違いも甚だしい。
プライド持っていい物作ればそれでOKなんじゃねーのと。
自信の無さがその行動に表れているのではと。

全国を見ても祭りだけで食ってる人形師なんて土崎くらいですよ!

っと、この辺で・・
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夫婦岩くん (ゆっけ)
2012-07-13 22:22:43
写真が下手ですまんね。

俺が中学一年の時だったかな。
写真を撮り始めたばっかりでね。

そうそう、この目はいい感じにうまくやってるよね!
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しかし (秋田城介)
2012-07-14 00:18:11
このときの台は小さくて軽くて良かったですよ。

人形側も囃子側も大人5人いれば軽々振れましたから。

今は人形側は最低6人、囃子は最低8人はいないと曳きなしには振れません…

立派ででかけりゃいいってもんではないと後悔しているのは内緒…笑

久しぶりにねぶり流し館で昔の台に思いを馳せて触れてこようかしら
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秋田城介さん (ゆっけ)
2012-07-14 08:44:07
そんなにでっかくなったんですね。
あのねぶりに置いてある台も結構大きいと思ってたけど・・

ま、軽すぎるよりは重い方が運行してて面白い気もしますがね!
(槍についてないから言えるのかな)
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