幕末維新史研究者で北海道大学名誉教授の田中彰先生が亡くなりました。
田中先生は、故・由井正臣先生と共に私を編集者として鍛え、一本立ちさせてくれた大恩人です。
吉川弘文館に入社し2年目に「近代日本の軌跡」全10巻というシリーズを企画したのですが、これは私が生まれて初めて企画した日本近代史の企画でした。どうしても大学で専攻した近代史の企画をやりたかった私が上司に相談して起ち上げさせてもらったシリーズです。その編者のなかにお二人がいらっしゃいました。意欲だけはあっても肝心の最新の近代史研究についてはほとんど知らないという若造編集者の私を見て、大ベテランのお二人は「これではダメだ」と思われたに違いありません。「こういう大きな企画をやるためには編集者がまず勉強しなければいけない」とうことで、毎月のように「これこれの本を読んでレポートにまとめ私に送るように」という厳命がお二人から出たのです。それからが大変でした。当然昼間は仕事で本など読めませんから、電車の中と家に帰ってからの読書漬け、そしてレポートのまとめで寝不足の日々が1年くらい続きました。はっきり言って、大学時代より遙かに勉強したと思います。
そのお陰で、「近代日本の軌跡」シリーズは発刊に至り、やがて無事完結しました。その頃には、自分で言うのも何ですが、結構たくさんの研究者の名前と研究業績を理解できるようになっていました。あのとき、田中先生と由井先生が相談し合って、「永滝というこの若い編集者を鍛えてやろう」と計画されたのかどうか、いつか聞いてみたいと思いながらとうとう聞けないままお二人共に逝ってしまわれました。相談(もしくは共謀)し合ったかどうかは分かりませんが、このお二人に鍛えていただいたからこそ、まがりなりにも編集者として何とかやっていけるまでにならせていただき、ひいては独立して有志舎をやるまでに至れたというのは確かなことです。
くわえて田中先生には、私が企画した最初の単著である『明治維新と天皇制』をご執筆いただきました。北海道大学出版会で編集実務もやっておられた経験のある田中先生に色々とダメ出しをされ、叱られながらの仕事でした。でもその「あとがき」には「この本は私と永滝稔氏との合作である」とまで書いていただき、その原稿を見たとき涙があふれました。
数年前にも、年賀状で「君の最近の成果を見せてくれ」と書いてこられ、慌てて直近に出した本を送らせていただくということもありました。まぎれもなく、先生は私にとって「恩師」でした。願わくば永遠に、恩師として鬼教官として見守り続けて欲しかったです。
田中先生、本当に有り難うございました。
明治維新から戦争まで、ステレオタイプな歴史観しかない私に、多様な見方を示してくれて、非常に興奮したのを覚えています。
田中先生のおっしゃりたいことの100分の1も理解していたかどうかは分かりませんが、田中先生に接する機会を得た私は非常に幸運だと思います。
田中先生の本を読み返したいと思います。