<過去記録(2007~2013年)>徳井由美子~ゆみりん・ブログ

ゆみりんこと、徳井由美子(ホーリー・ホーシー、他)の、これまでの過去ブログ記事を、ここに移設してきています。

ボランティア(定期)行き・決まる

2010-01-22 14:06:06 | 音楽活動-ボランティア編
A区におひさま園というのがある。”介護老人保健施設”となっている。

今度、この施設に、ご老人のうち自立されている方を対象に、月2回くらい、「合唱の指導」で、ボランティアに通うことになりました。

旭区社協のNさんと朝10時に待ち合わせて、自転車で行った。

基本的に第2・4水曜日くらいに、行くことになると思います。

合唱団に入っていたりしたことはあるし、ゴスペル・クワイアも基本は合唱ですから、
なんとかいけるとは思うんだけど。・・最初は、ハーモニーよりも、元気に声をだすことが目的でしょう。 というより、ほんとうの難しさは、歌のことよりも、コミュニケーションとったり、まとめたり(自分よりずっと年上を)、気を配ったり、云いたいことを伝えたり・・・ そういうことの、学びになるんではないかな?(自分自身にとって)

むずかしいかもしれないし、何がおこるかわからないけど
(いつまで続くかわからないって・?)
がんばってみます。

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<-今日の絵画->




行きた~ぁい 『六甲氷の祭典』に・・。

2010-01-21 16:28:28 | 私の考え。
行きたいよ。六甲氷の祭典 ・・・

お祭りすき。イベント好き。それ以上に・・神戸がなつかしいよ!!

たまたま今日、ネットを見ていて、ぶつかってしまった。第6回「六甲氷の祭典」のイベント情報に。



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 ~イベント Information!~ 

「第6回 六甲山氷の祭典 ~あの日から・・・そして希望の明日へ~」 開催決定!

第6回六甲山氷の祭典(NPO法人 日本氷彫刻会 全日本コンテスト)を、
2010年2月11日(木・祝)~14日(日)に、六甲ガーデンテラス内特設会場で開催します!

六甲山の冬のイベントとして定着した「氷の祭典」。
約30点のコンテスト作品、大型作品の展示に加え、氷彫刻の制作実演や、氷のグラス作り体験も実施します。
クリスタルのような輝きを放つ氷彫刻の美しさ、夜間ライトアップされた氷彫刻の幻想美をお楽しみください。


(以下は、イベントHPからの写真)


 

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-実は、これ・・私、過去大阪から一人で、行ったことあるんだナ。妊婦のときに。5年前だっったか・・
引っ越してきて、約2か月。。どうしても、神戸に行きたい!見たい!六甲山のこのイベント(第2回だった)に行きたい~ の気持ちで、夜六甲ケーブルからえっちらおっちら(太いから・・?)行って、降りてきた覚えがあり・・ます それほど気候はきびしくなかったけど・・ あ、そうだ 会場の雪で、作ってみた雪だるまがこれ↓

なんとなく、まーちゃん^^に似てるでしょう、知ってる人??(笑)目が

<会場内レイアウトの予定>

 ※デリバリー・スパって、有馬の湯の、足湯みたい、無料でつかれるんかなあ~??
 
意外に、交通費がかかってしまうんだね・・、これが 千林、っていうかこの京阪地区から、市街地ならともかく、。六甲山は、神戸市街地からのぼる(うんしょ、てのぼるんじゃないよ)にしても、交通費かかる、贅沢(リゾート地)です。・・知ってますか、その奥にある、有馬(温泉など)地区。
ここは、地形で行ったら、もちろん六甲山が高い(山頂:900m台)ですから、有馬地区は、六甲山より地図でいえば奥(北側)ですけど、標高は低いんです。だから、神戸に住んでいるときは、冬に気軽に六甲山を楽しむために、先ず阪急六甲駅などから、六甲ケーブル駅までバス、そこからケーブルに乗り、山上まで着いたら、そこから軽装備で、ゆるゆると雪道を下り歩いて、こんな滝(七曲の滝・写真拝借)を経由しながら、約何キロかして、やがて有馬(神戸電鉄有馬駅)温泉街に着く。-そこで、おふろ(金銭・銀銭)に入るもよし。足湯につかるとか、温泉まんじゅうを食べる。そして、電車で今度は街に帰っていく。 子供でも行けるし、ゆるい下り坂ですから、距離のあるわりに、楽しめます。ただ、アイゼンとかは必要だったなぁ。

  

仲間と約6年前の写真(上)(六甲山上)と七曲の滝

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あとね、六甲山ポータルサイト、っていうホームページ(まわし者じゃないけど、宣伝)があって {ここは一体・・誰の持ち物なのだ??今は?-昔神戸市、少し前は阪神電鉄・・}

六甲ホールオブホールズ(オルゴール館)
六甲高山植物園
六甲ガーデンテラス
などが総合的に載せられているけど、私のお気に入りは 以下、

六甲ガーデンテラス 、とか
セレクト雑貨、フェアトレードのHolti(ホルティ)  なんですよ、一回みてみてください、行ってください。(出身地の観光奨励役)

大阪市民音楽祭にでます!

2010-01-19 12:14:12 | ライブのおしらせ
大阪市民音楽祭(第19回)に、でる内容がようやく決まりました。

これが・・長いことやりとりしてて、やっと今日詳細がわかった。

日程 2月7日(日) 12:15~の、野外特設ステージでの
オープニング・アクト(ソロ演奏)に決まりました-


場所 住吉区民センター。(南海高野線・沢ノ町駅から 徒歩5分
                またはJR阪和線 我孫子町駅 徒歩10分・・遠)


むむむ、この2つの駅は・・またしても、しがらみのある駅だゾ ただし・・最近は降りたことがない・・こういうの、多いんだよね・・

過去、しがらみのあった場所へよく連れてかれるんだ・・神様のはからいだゾ 忘れないようにネ

よくあるのが、過去不名誉?なことがあったところへ、もう一度そこで挽回するために、そこで活躍させてくださった・・・というのもあるゾ。

小遣い欲しさに(うーんと若いときに)アルバイトに行った、某工場に(短期で)
・・後に○○生命の法人室の社員になったとき、その工場の担当になって、その工場を訪問する巡り合わせ、とか・・・ まあ、あまり自分の都合よく考えないで、がんばります。

それちゃいました。

無料です。当日は『野外』ですので・・・(寒) でも、囲いもあるし、
椅子もあるそうです。 中之島まつり(2009年5月5日)のときのような暴風は、避けられるでしょう・・暖房もあるそうです・・嬉


ヤマアラシのダンスか。・・

2010-01-18 11:27:05 | インポート
説教で、”ヤマアラシのダンス”について聴いた。

 (当日説教録音)

その時は、ふうん、そうねえなんてきいてたもんだが(まあその時には、多分にひっかかってはいたが)

土曜日をすぎ、日曜日をすぎ、・・月曜日になって、それはますますS氏曰く”洞察に富んだ話”だと、私も同じ様に思わざるを得なくなった・・・というか、印象に残ったものが、後から強められてきたんだネ。

細かい部分は聴きそびれてたりもして・・

この題名は、ヤマアラシのダンス、でなくて本当は、”知り合うまではだれでもまとも”なんだ。
英題だった。本のタイトルで。・・

どういうことか、というとそれは・・

ひと口でいうと、人間関係について。

例えば、ヤマアラシを想像すると・・(見たことないけど)、イガイガとげとげ。でしょう

お互い同士がくっつくと、ケガしそう。(実際はどうか知らんけど、人間の目からみて。)

じゃあ・・きょくたんな話、お上品な言い方をすると、やつらは”子孫を残すときに、どうするんでしょう・・?” (そこをうまくききそびれたんだけど、詳しくは) そりゃあ、私個人が考えるに、神様が造ったもんなんだから、そこはうまくできてるんだろうよ。・・が、本の作者は、童話的に、
ヤマアラシは(満?)月の夜、どこそこの森(?)に出かけて行って、お互いがダンスをする・・
(その時に、心をゆるしあうということでしょうか??)
それで、・・・その、うまいこと、いくということらしいです。あくまで、仮想でしょうが。

・・・・?

いや
ヤマアラシは問題でないんです・・・

人間に、われわれ同士の問題に、置き換えてみましょう・・

確かに、ある!と思わされた事象は、

その説教者のひとこと

「私達人間は、だれかを必要として(いろんな事情からでしょうが)、相手に近づきたいと思って、そうしようとする。・・だけど、そこで、たがいが持っているトゲで傷つこうとするのを、避ける・・・(そして容易には近づけない)」・・

ふうむ、ふむふむ、あるある。 外交的、内向的、なんて言葉があって、その近づきやすさが、比較的近づきやすい(本人から近づく行動)者と、そうでない、の差もあったりするけど

大互いの人間が、多かれ少なかれ、そのことで、多少以上の悩みはあったりするんじゃないでしょか。

じゃあー ひとりでいれば、いいのじゃない??ってふうに思っても、

これが ぜったい そうはできない!!(断言) 生き物なのですよ。人間は・・・。

偉そうに、言ってますけどね。この私、・・それを、若いころ、実行しようとした人間の一人ですからね。

身をもって、断言。

やめた方がいいです、・・・。

神様が人を(被造物をすべて、でしょうが)そういうふうに、おつくりになったのでしょうから、
これはもうしゃあ~ないですね。

・・・あきらめ(自分に)

よく人は「一人になりたい」って言う時は、・・・私思うに、一人居るっていうよりも、それはたぶん『神様と二人っきりにして』っていう意味なんだろね。よく一人で居るのが好き、って自覚する人がいますが、(私もですよ!!)・・それはよく神様と二人っきりになりたい、人のことだなんだ。

だけど、これまた・・・そのうちに、自分を、人の間に持っていかなければならない、そういう仕組みなんだね・・・

それで、冒頭の土曜日(1/16、私がホームページに録音をアップしてるんですがね~ ※この日は特別讃美歌を歌ったので、聴くのに集中できんかった、わけです)の説教でのポイントは

”人は、その人をよく知る前は誰でも大体まとも”⇒なのに、その人をよく知ると、大体だれでも、どこかがまともでない。・・・しかし、忘れてはならないのは、それは、「自分も含めて」のことなのです・・

そう、人は、だいたいが、どこか、傷があり、病んでいるものなのです・・・・・(私も、あなたも・・。)

そのことを考えた時、ゆるしあいわかりあいが必要、と知ることになる、ということでしょうか。???

人間は、1人では生きていけません(でした)。




またまた考える・・

2010-01-15 15:51:59 | 私の考え。
『神よ、変えることのできないものを
受け入れる静かな心、
変えることのできるものを変える勇気、
そして、”その違いを識別する知恵” を私にお与えください。』
 (ニーバー)

いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。
(新約聖書テサロニケ人への手紙Ⅰ5:16~18) 


マタイによる福音書 7:1~5

人を裁くな。自分が裁かれないためである。  <『イエスの言葉』・山上の説教より>

(理由: あなたがたがさばくそのさばきで、自分もさばかれ、あなたがたの量るそのはかりで、自分にも量り与えられるであろう。
なぜ、兄弟の目にあるちりを見ながら、自分の目にある梁を認めないのか。
自分の目には梁(ハリ=大きい悪)があるのに、どうして兄弟にむかって、あなたの目からちり(チリ=小さい悪)を取らせてください、と言えようか。
偽善者よ、まず自分の目から梁を取りのけるがよい。そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目からちりを取りのけることができるだろう。 )

 (他)人を裁くのが、私も含め、(原)罪のある、人の常の傾向で、
 他人に裁かれて(裁く=裁くというのは、その人の測りで、他の人を判断し、ある時には”悪”と断罪することです)、つらい、苦しい思いをするかと思えば・・

 この法則(摂理というか)によると、・・自らが(知らず知らずにでも)他人を裁いていて、
その狭~い狭量な基準で、自分にも他からの裁きがかえってくるとは~。

実際、「あの人って、あんなことして、あんなこと言って(アホや・・)」とか胸のうちで思ったりすると
、必ず同じような基準で自分も「(あの人)アホや・・」と思われている、というのは体験上もわかります。

(・・・この山上の説教の間に、あの”主の祈り”(天にまします、われらの父よ、願わくば・・)が与えられた。)


ちょうど偶然か、この聖書の記述(マタイ7:1~5)は、いくつか以前のブログに書いてみた、以下の考察(後半)(マタイ6:34、35)の直後にくる箇所でした・・

マタイによる福音書6章 33,34節

まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものは、すべて添えて与えられるであろう。
だから、あすのことを思いわずらうな。あすのことは、あす自身が思いわずらうであろう。一日の苦労は、その日一日だけで十分である。

こういうのも、ありました・・
コリント人への手紙Ⅰ 4:5
だから、主がこられるまでは、何事についても、先走りをしてさばいてはいけない。主は暗い中に隠れていることを明るみに出し、心の中で企てられていることを、あらわにされるであろう。その時には、神からそれぞれほまれを受けるであろう。

-裁くな、について考えてみました。
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次には、どうありたいかを考えてみます。

今日の冒頭の2つ思い浮かびました。


○あなたがたは、いのちの言葉を堅く持って、彼らの間で星のようにこの世に輝いている。 (ピリピ人への手紙 2:15)

○そのように、あなたがたの光を人々の前に輝かし、そして、人々があなたがたのよいおこないを見て、天にいますあなたがたの父をあがめるようにしなさい。 (マタイによる福音書 5:16)

○「あなたがたは、地の塩である。もし塩のききめがなくなったら、何によってその味が取りもどされようか。もはや、なんの役にも立たず、ただ外に捨てられて、人々にふみつけられるだけである。
あなたがたは、世の光である。山の上にある町は隠れることができない。
また、あかりをつけて、それを枡の下におく者はいない。むしろ燭台の上において、家の中のすべてのものを照させるのである。
そのように、あなたがたの光を人々の前に輝かし、そして、人々があなたがたのよいおこないを見て、天にいますあなたがたの父をあがめるようにしなさい。 」(イエスの言葉) (マタイによる福音書5:13~16)
あなたがたは、地の塩、世の光..と言われたように。、