シリコンバレーからの脱出 ③Condo for Sale
はじめてリアリターのRoyceと会ったのが2001年の1月9日。 壁を塗り替え、新しいカーペットが入ったのは1月15日だった。 すべてのことが順調に、超特急で進んでいく。
部屋に散乱していたダンボール箱も片付き、家の中は随分、すっきりした感じになった。 真っ白な壁、新品のカーペット。 私は「美しい」と思ったが、息子にしてみれば、迷惑な話だった。
ジュースを飲むときは、誰かに見張られ、食べる時も「こぼすな、ヨコ見るな、ホラ、落ちる!」と、つねに脅かされ、壁でも触ろうものなら、「あぁー、手形が残る!」と、叫び声が聞こえる。
シミのついた壁と、薄汚れた茶色のカーペットで過ごした日々が、天国のように思えただろう。
1/24(水) 朝6時22分のフライトで、私たちはコロラドへ飛んだ。 アパート探しが目的だ。
1/25(木)ステージング。 私たちのコンドミニアムはどのように変貌するのであろうか。
1/26(金) リアルター向けのオープンハウス。 すでにクライアントを連れてきたリアルターもいたそうだ。
1/27,28(土、日) 一般向けのオープンハウス。 ドアに“靴を脱いでください”のサインを貼ってもらう。 なんせ、まっさらのカーペットだもんね。 汚してくれるなよ。
私たちは27日の夕方に、サンノゼに戻ってくる予定だったが、コロラドは吹雪きで、飛行機はすべてキャンセルだった。
1月28日、日曜日。 お昼頃、サンノゼの空港に着いた。 この日も、わが家はオープンハウスをしている。 ステージングでどんな風に変わったのだろう。 ちょっと、覗きたい気分だ。
コンドミニアムの横に車を止め、交代で部屋を覗きに行く。 主人が先にいった。
「すごいよー。 モデルルームみたいだった。」と、うれしそうに戻ってきた。 リアルターと話をしたそうだが、反響は上々だという。
私もすぐその後に入っていったが、先客がいて、リアルターと話をしている。 私は、なんとなく居心地が悪く、コソコソっと、大急ぎで寝室とバスルームをチェックした。 タランとぶらさがったトイレットペーパーをきれいに巻きなおして、トイレのふたをしめ、誰とも目をあわさないようにして出てきた。
自分の家なのに、そこにいるのが悪い事のような気がする。 この家はもう、自分の手から離れてしまったような感覚だ。
主人は仕事があるので、夜だけ家に帰って眠り、朝、綺麗に片付けて会社にいく。 もちろん、食事は外。 私と息子はしばらく主人の両親の住むLivermoreに滞在することにした。
物件を売りに出しているときは、人が住んでいる気配を残さない方がいいーーとRoyceに言われたので、私たちは素直にアドバイスに従った。
1月30日(火)
私も息子も学校があるので、Livermoreからシリコンバレーに通学する。 片道1時間45分。 ラッシュがすごく、疲れる。 しかし、あらためて思う。
一年半前、リバモアに家を買わなくてよかった。 こんな状態で、週5日も通勤したら、それだけで人生が終わってしまう。
授業のあと、少し時間ができたので、またコンドをのぞきにいく。
誰もいないのを確かめて、ドアを開けると、まず目にはいるのが、大きなポスター。 イタリアンレストランにいくと、よくこんな感じのポスターが飾ってある。 ポスターの前には、ガラスのダイニングテーブルと4脚の椅子。 テーブルにはお皿とフォーク、ナイフ、ワイングラス、赤いナプキンがセットされている。 テーブルの中央には30センチくらいの細長い赤のキャンドル。
ロマンチックやなぁ。
リビングエリアには、暖炉を囲むようにしてグレーのラブソファとチェア。 しらじらしくストールが掛かっている。 ソファの前には、ガラスのテーブル。 リキュールのボトル( 中はカラッポだった。 空きボトルなら盗んでいく奴もいない?)、洒落たカクテルグラス、いまにも壊れそうな丸いボール(何のためのものかわからない)。 一度くらい、こんな素敵なコンドに住んでみてもよかったかな? いや、ここはわたしのコンドだ。 変な錯覚をおこしてしまう。
しかし、今の私たちは、とてもこんな所に住めない。 なんたって、我が家には3歳8ヶ月の男の子がいるのだ。 5分でみんな、粉々につぶしてしまいそうな物ばかりが置いてある。 バスルームにも、何やら不思議なオブジェや、きれいな和紙につつまれた石鹸、使ってはいけない飾りのタオルなどが置いてあった。
この飾り方は、確かにプロの腕前だ。 見ていて楽しいし、夢がある。 しかし、人間の体温がない。
自分の体の置き場がみつからない。 多少、散らかっていて、無駄なものもいくつかあって、靴下なんかが、ポイッとぬぎすててある部屋のほうが、私は落ち着く。
そう考えていて、はっと気付いた。 長居してはいけない。 いつ誰が来るかわからないのだから。
私は、あわててジャケットとバッグを掴み、逃げ去った。
コンドを売りに出して以来、何度も感じる夜逃げの気分だ。
<つづく>
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はじめてリアリターのRoyceと会ったのが2001年の1月9日。 壁を塗り替え、新しいカーペットが入ったのは1月15日だった。 すべてのことが順調に、超特急で進んでいく。
部屋に散乱していたダンボール箱も片付き、家の中は随分、すっきりした感じになった。 真っ白な壁、新品のカーペット。 私は「美しい」と思ったが、息子にしてみれば、迷惑な話だった。
ジュースを飲むときは、誰かに見張られ、食べる時も「こぼすな、ヨコ見るな、ホラ、落ちる!」と、つねに脅かされ、壁でも触ろうものなら、「あぁー、手形が残る!」と、叫び声が聞こえる。
シミのついた壁と、薄汚れた茶色のカーペットで過ごした日々が、天国のように思えただろう。
1/24(水) 朝6時22分のフライトで、私たちはコロラドへ飛んだ。 アパート探しが目的だ。
1/25(木)ステージング。 私たちのコンドミニアムはどのように変貌するのであろうか。
1/26(金) リアルター向けのオープンハウス。 すでにクライアントを連れてきたリアルターもいたそうだ。
1/27,28(土、日) 一般向けのオープンハウス。 ドアに“靴を脱いでください”のサインを貼ってもらう。 なんせ、まっさらのカーペットだもんね。 汚してくれるなよ。
私たちは27日の夕方に、サンノゼに戻ってくる予定だったが、コロラドは吹雪きで、飛行機はすべてキャンセルだった。
1月28日、日曜日。 お昼頃、サンノゼの空港に着いた。 この日も、わが家はオープンハウスをしている。 ステージングでどんな風に変わったのだろう。 ちょっと、覗きたい気分だ。
コンドミニアムの横に車を止め、交代で部屋を覗きに行く。 主人が先にいった。
「すごいよー。 モデルルームみたいだった。」と、うれしそうに戻ってきた。 リアルターと話をしたそうだが、反響は上々だという。
私もすぐその後に入っていったが、先客がいて、リアルターと話をしている。 私は、なんとなく居心地が悪く、コソコソっと、大急ぎで寝室とバスルームをチェックした。 タランとぶらさがったトイレットペーパーをきれいに巻きなおして、トイレのふたをしめ、誰とも目をあわさないようにして出てきた。
自分の家なのに、そこにいるのが悪い事のような気がする。 この家はもう、自分の手から離れてしまったような感覚だ。
主人は仕事があるので、夜だけ家に帰って眠り、朝、綺麗に片付けて会社にいく。 もちろん、食事は外。 私と息子はしばらく主人の両親の住むLivermoreに滞在することにした。
物件を売りに出しているときは、人が住んでいる気配を残さない方がいいーーとRoyceに言われたので、私たちは素直にアドバイスに従った。
1月30日(火)
私も息子も学校があるので、Livermoreからシリコンバレーに通学する。 片道1時間45分。 ラッシュがすごく、疲れる。 しかし、あらためて思う。
一年半前、リバモアに家を買わなくてよかった。 こんな状態で、週5日も通勤したら、それだけで人生が終わってしまう。
授業のあと、少し時間ができたので、またコンドをのぞきにいく。
誰もいないのを確かめて、ドアを開けると、まず目にはいるのが、大きなポスター。 イタリアンレストランにいくと、よくこんな感じのポスターが飾ってある。 ポスターの前には、ガラスのダイニングテーブルと4脚の椅子。 テーブルにはお皿とフォーク、ナイフ、ワイングラス、赤いナプキンがセットされている。 テーブルの中央には30センチくらいの細長い赤のキャンドル。
ロマンチックやなぁ。
リビングエリアには、暖炉を囲むようにしてグレーのラブソファとチェア。 しらじらしくストールが掛かっている。 ソファの前には、ガラスのテーブル。 リキュールのボトル( 中はカラッポだった。 空きボトルなら盗んでいく奴もいない?)、洒落たカクテルグラス、いまにも壊れそうな丸いボール(何のためのものかわからない)。 一度くらい、こんな素敵なコンドに住んでみてもよかったかな? いや、ここはわたしのコンドだ。 変な錯覚をおこしてしまう。
しかし、今の私たちは、とてもこんな所に住めない。 なんたって、我が家には3歳8ヶ月の男の子がいるのだ。 5分でみんな、粉々につぶしてしまいそうな物ばかりが置いてある。 バスルームにも、何やら不思議なオブジェや、きれいな和紙につつまれた石鹸、使ってはいけない飾りのタオルなどが置いてあった。
この飾り方は、確かにプロの腕前だ。 見ていて楽しいし、夢がある。 しかし、人間の体温がない。
自分の体の置き場がみつからない。 多少、散らかっていて、無駄なものもいくつかあって、靴下なんかが、ポイッとぬぎすててある部屋のほうが、私は落ち着く。
そう考えていて、はっと気付いた。 長居してはいけない。 いつ誰が来るかわからないのだから。
私は、あわててジャケットとバッグを掴み、逃げ去った。
コンドを売りに出して以来、何度も感じる夜逃げの気分だ。
<つづく>
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私も、こんな家に住みたいよー!