
さて、本年初めてのウォーキング。前々から気になっていた日本人の歴史、
ユーラシアの奥から新羅か百済を経て、日出国日本へやってきた秦氏、京都の
伏見稲荷大社、松尾大社等々神社を創建し、日本の土着民(?天孫降臨族)と
混ざり合い日本人となっていった民族、「秦氏」。非常に興味深く、まずはご
近所の秦野市と名前がついている秦野から調べてみようと、小田急電鉄渋沢駅
にやってきました。
まあ、正月のなまった体に活を入れるためが主目的ですが・・・。
早速駅前から数分のところにありました古墳を散策です。
よく整備された古墳で、いまは市民の憩いの場所・公園になってました。そばに
博物館がありましたが、如何せん正月二日、開いていませんでした。古墳は円墳
ばっかり、これが秦氏の古墳かどうかはわかりませんでした。被葬者が誰なのか
どこにも書いてありません。関西の天皇の古墳であれば立ち入り禁止なのに、
ここは公園とは少し納得いきません。お墓を遊び場にはしたくないものです。
土地の狭い場所は仕方ないのか??当時のローカルな豪族だからか??
ユーラシアの奥から新羅か百済を経て、日出国日本へやってきた秦氏、京都の
伏見稲荷大社、松尾大社等々神社を創建し、日本の土着民(?天孫降臨族)と
混ざり合い日本人となっていった民族、「秦氏」。非常に興味深く、まずはご
近所の秦野市と名前がついている秦野から調べてみようと、小田急電鉄渋沢駅
にやってきました。
まあ、正月のなまった体に活を入れるためが主目的ですが・・・。
早速駅前から数分のところにありました古墳を散策です。
よく整備された古墳で、いまは市民の憩いの場所・公園になってました。そばに
博物館がありましたが、如何せん正月二日、開いていませんでした。古墳は円墳
ばっかり、これが秦氏の古墳かどうかはわかりませんでした。被葬者が誰なのか
どこにも書いてありません。関西の天皇の古墳であれば立ち入り禁止なのに、
ここは公園とは少し納得いきません。お墓を遊び場にはしたくないものです。
土地の狭い場所は仕方ないのか??当時のローカルな豪族だからか??




やはりこの博物館にもう一度訪れるひつようがありそうです。


こちらは弘法大師の伝説です。船つなぎの松と称し船をつないだところですが、
空海が漁師に船に乗せてくれるようお願いしたら断られて、たぶん頭にきて川の
水を全部干上がらせた伝説があるようでう。空海の伝説は多くは井戸の発見です
が、ここは逆に水を干上がらせたというお話になっています。



ご覧ください。川に水がありません。水無川と言うそうです。

相模の出雲大社がありました。これは出雲氏ですかね。この辺りでは人気の
神社、正月二日で大混雑、今日は秦氏、通過しました。

の人は極端に少ない。京都の伏見稲荷大社は大混雑なのに・・。何故かはわかり
ません。でも素敵な神社です。


御手洗場が白笹からか、竹を通して丹沢の名水が流れてました。

神のお使い、お狐さんがいっぱいいました。


本殿です。小生喪中なので新年のご挨拶はしておりません。

稲荷名物千本鳥居が20本くらいありました。


久々の自撮りです。幼少のみぎり伏見稲荷大社の千本鳥居でよく遊んだことを
思い出しました。祖父母が稲荷に住んでいました。

その後地図を見てますと、あの実朝の首塚がここ秦野にあることを発見、行って
みました。この間鎌倉歩いたときに寿福寺に実朝と政子の墓があったが、なぜ首塚
がここ丹沢山の麓に?
下記のような場所に首塚が・・バックは神奈川の守り神「大山」です。

ここいら一帯は鎌倉時代の城主波多野氏であろう遺跡がでているようです。
その中に実朝の首塚があるようです。







寂しいお墓にみえました。ただもう一度訪れるような気がします。ここにポツン
と首塚だけはおかしい。
そして帰り道ご覧の鹿に遭遇、鹿も神様の使いですよね。遠い昔鹿島神宮から
神様を案内し奈良へいった鹿、春日大社となり奈良一円に優雅に生きている。
その鹿に会えたことは今年は平和な一年になりますね。よかった。


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