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株式時価総額を「創る」ことはできるか~ライブドアの蹉跌を振り返る~

2009-06-08 11:43:40 | アプライド・ファイナンス
株式時価総額で世界一の会社にする――。その目標に近づくために、ライブドアはM&Aを繰り返しました。2004年後半には、PER(株価収益率)が100倍に近い値となり、時価総額は約8000億円にまで増加しました。

○ PERが100倍だった当時期待された利益成長率は10%でした。

株価は「EPS」と「PER」とに分解できます。たとえば1株当たり当期純利益が1万円の会社の株式は、PERが100倍であれば100万円の株価で取り引きされます。ただ実際は株価からPERを逆算しているのですが・・・

PERは、理論的には「1/(株式の期待収益率-当期純利益の成長率)」で表されます。なぜならば、以下のようにPERの求め方の式を変形できるからです。

 PER=株価/EPS
    =株式時価総額/当期純利益

ここで 株式時価総額 = 当期住利益/(株式の期待収益率-当期純利益の成長率)
よって

    =〔当期純利益/(株式の期待収益率-当期純利益の成長率)〕/当期純利益
    =1/(株式の期待収益率-当期純利益の成長率)

ライブドアのPERが100倍ということは

100 = 1/☆ で

☆=「株式の期待収益率-当期純利益の成長率」が0.01つまり年率1%ということを意味します。

ところでライブドアの株式はリスク(株式ベータ)が大きいことから、その株式の期待収益率は当時で11.5%程度となっていました。

上の式の中では、

 株式の期待収益率(11.5%)- 当期純利益の成長率(◇) =1%

つまり

 当期純利益の成長率(◇) = 11.5% - 1% = 10.5%

です。

これは、当時の市場がライブドアの当期純利益が年率10.5%で成長するものと期待していたことを意味します。

ここで重要なのは、今後数年間ではなく、未来永遠に当期純利益が10.5%で成長することが期待されていたという点です。

ここでPEGレシオというファイナンス論的な根拠は曖昧ですが、よく使われることにより、自己言及的にそれなりに影響力を持つ指標について考えます。通常は1以下であれば、まあええんちゃう?という判定がなされます。

しかしPEGレシオでみれば100/10.5=9.52になり、当時のライブドアはものすごーく割高かもしれないオーラを発していたことになります。例えばいきなり中国ADRで恐縮ですが、成長株筆頭のBIDUはフォーワードでみなければライブドアと同じく、PER100が越えることがあります。しかしライブドアと違って、50%以上の増益を達成していますので、PEGレシオが2を越えることはありません!フォワードPERでみれば1前半におちつきます。9.52というPEGレシオがいかに異常なものであるかわかると思います。


○ 高いPERを利用して時価総額を増やす方法はやがて行き詰まる

ライブドアは利益成長を維持するためにM&Aを積極的に行いました。あたかもそれは「錬金術的M&A」ともいえるものでした。1億円の当期純利益を持つ会社は、PERが20倍であれば20億円でその株式全部を買収できます。

買収された会社がライブドアに連結された途端に、1億円の当期純利益の時価は20億円から100億円へと5倍に化けるのです。ライブドアのPERは100倍なので、当期純利益が1億円増加すれば、ライブドアの時価総額は100億円増加することになるからです。

なぜこんな計算になるかというと、ライブドアのPERが被買収企業よりも5倍高いからです。これはPERが常に100であるという前提での計算です。そして、その高いPERを維持するために、ライブドアはいろいろな目くらまし作戦を行なっていました。

したがって、ライブドアの戦略は「安い会社を買収し連結することによって自社の株式時価総額を飛躍的に増加させていく」ことでした。

一般的にM&Aプレミアムは、事業の統合によるシナジー効果により正当化されます。つまり統合された企業の企業価値が両社の単純合計よりも高まると考えられているのです。しかしライブドアは、PERの違いによる錬金術的M&Aをその主目的としていました。さもなければ、インターネット関連事業を主要ドメインとするライブドアが、会計ソフト会社である「弥生」をはじめ、本業とは関連性が見られない会社を買収した理由付けができません。

→アクリーティヴとの関係

しかしながら、このような「安い会社」はいつまでも見つけ続けられるわけではありません。またそのような買収を継続していくといコングロマリット・ディスカウントが表面化することになります。コングロマリット・ディスカウントとは、企業グループの合計価値が、その傘下企業の個別の価値の合計を下回ることです。

これは優良企業のCFが、シナジー効果が見込めない他の採算の悪い会社の事業に投資されたとみなされ、結果としてグループ全体の企業価値が毀損された――と市場から判断され発生するディスカウントのことです。

投資家から見ても、シナジー効果のない多角化はポートフォリオによるリスク分散の観点からも価値がありません。なぜなら、シナジー効果のないまま多角化された企業の株式を一括で購入するよりは、個別の会社の株式を別々に購入したほうが機動的にリスクを分散できるからです。

ライブドアは安い会社を購入し続けることで自社の時価総額を増加させていきましたが、これは自転車操業的なオペレーションであり、いつかは破綻せざるを得ないものでした。このような錬金術的オペレーションに行き詰まったため、会計原則や有価証券取引法すれすれの行為に手を染めてしまったのでした。ライブドアが行った行為は、個別に見れば法律的には明白な違反とはいえません。

しかしながら全体を重ね合わせていくと、その意図は立法趣旨からみれば極めて問題のある行為でもありました。透明なプラスティック板でも何枚も重ねていくといつかは黒くなるようなもので、これを取り締まるのが証券取引法の罪刑法定主義の例外ともいえる「包括規定(catch all clause)」です。

○ 長期的な時価総額の上昇には地道な企業価値向上が重要

ファイナンス理論に照らしてみると、ライブドアの蹉跌は「株式時価総額」を重視しすぎたことにあります。株式時価総額は短期的には増大させることは可能です。高いPERを活用し、当期純利益を増加させることで時価総額を拡大させていく方法です。

しかし、株式時価総額の源泉はあくまでもB/Sの左側にある事業や資産が生み出すCFに基づく企業価値にあります。そのため企業価値を向上していかない限り長期的に時価総額を拡大させていくことはできません。

企業価値は企業が保有する事業・資産が生み出すFCFの価値であり、生み出された価値は、まず有利子負債の提供者に優先的に分配され、株主はその残りもの(これが株式の時価総額))にしか権利を持ちません。企業は、地道に企業価値を向上させ、ステークホルダーに相応の分配を行っていく過程を通じてはじめて、株主の持分も増加させられます。

ところで当期純利益の成長率が落ちた場合、株価に対する影響は極めて大きいです。

例えば、上記のライブドアの場合、利益成長率が仮に10.5%から6.5%に低下するとその条件の変化だけで、妥当PERは20倍(=1/(11.5%-6.5%))へと落ち込みます。株価はPERが100倍の時と比べて5分の1になります。ただ実際にはもっと急激な落ち込みを見せました。

成長力の高い新興企業は、株式公開直後に100倍から200倍といった極めて高いPERをつけることが多いです。これは高い利益成長性を期待されているためです。だからこそ、このような新興企業が、突然業績の下方修正を行ったり、発表した業績見込みが株式市場の期待を大きく下回った場合には、株価が大幅にかつ急速に下落するのです。

どの企業もいつかは事業が成熟し、PERは20倍程度以下に落ち着いていくものです。株式市場や投資家の期待をうまくマネージし、株価の急落というハードランディング(この場合往々にして株式市場からの退場を伴うことが多い)を回避し、軟着陸できるようにするのが、CFO(最高財務責任者)の腕の見せ所といえます。

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