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日産自動車の「派遣切り」が事業効率向上につながらない理由

2009-07-16 07:04:09 | アプライド・ファイナンス

経営環境が悪化しても、経営戦略にブレのない企業は好業績を維持し、景気悪化によるリスクを最小限に留めることができる。一方で、経営戦略に芯が通っていない企業は、不況の波をもろに受けて、事業そのものが立ち行かなくなる怖れさえある。

一口に「業績の悪化」といっても、冒頭で述べた景気の波とは別に、「企業固有の要因」による面も大きい。企業にとって経営戦略の土台となるのは、いうまでもなく「常日頃から会社の財政状態や収益基盤を強固なものにしておくこと」にある。


○ “不況シンドローム”に有効な処方箋はないのか?

個々の企業の分析結果を基に、同じ業界に属する企業が抱える固有の問題点や改善点にも触れながら、「どうしたら勝ち残れるか」という処方箋をアドバイスする。

世界中で起きている新車販売台数の減少などにより、トヨタ自動車、日産自動車、ホンダなど大手の経営成績は惨憺たる状況にある。「史上最強のニッポン企業」と言われるトヨタでさえ、今期は大幅な赤字に陥る。

日産自動車は、1990年代の低迷期から、ゴーン社長による強力なリーダーシップによって見事に復活したが、昨年後半から北米の大型車不振をきっかけに再び暗転。新車の販売不振で減産に次ぐ減産を余儀なくされ、09年3月期通期の業績は大幅な営業赤字(▲1800億円)に陥る。岐路に立たされている同社の経営戦略には、どういう特徴や問題があるのだろう?





この〔図表1〕は、四半期ごとに公表される決算短信のデータを基に作成した。〔図表1〕において黒い実線で描かれた「④アクチュアル売上高」は、P/Lに基づき、四半期ごとの売上高ではなく、「移動集計」という手法を採用している。株価の移動平均線に似たものだと思っていただきたい。


○ “タカダバンド”の検証でわかる日産の「脆弱な収益基盤」

最上部に赤い実線で描かれた「①マックス操業度売上高」とは、「現状の経営資源をマックス限に活用して、理論上、企業利潤をマックスにする売上高」である。経済学で有名な「利潤極大化条件(限界収入=限界費用)」を解析処理したものだ。その下に青い実線で描かれた「②バジェット操業度売上高」は、「企業の量産効果を最も発揮できる水準を表す売上高」である。
そして、最下段に緑の実線で描かれた「③BE点売上高」は、「利益と損失の分かれ目」となる売上高である。CVP分析(BE点分析ともいう)では、お馴染みだ。

CVP分析によって計算されるBE点売上高は、通常「最小自乗法」や「勘定科目法」に基づいている。しかし、〔図表1〕で描かれているBE点売上高は、「指数関数法&準ニュートン法」という方法で計算している。

このように〔図表1〕は
① 理論上の利潤をマックスにする売上高
② 量産効果を最も発揮できる売上高
③ 利益と損失の分かれ目となる売上高
④ アクチュアルの売上高
といった、4種類の売上高の推移を並べて、企業の収益力を判断しようとするものだ。こうした一連の分析体系を「SCP分析(Sale Cost and Profit Analysis)」と呼ぶ。


まず注目すべきは、07年12月期に、アクチュアル売上高がバジェット操業度売上高へ接近している点である。アクチュアル売上高が、量産効果を発揮できるラインに最も接近したのだから、ここが日産の“ピーク”と言える。その後同社のアクチュアル売上高は、下降線を辿っている。

ちなみに、内閣府(景気動向指数研究会)が09年1月に、「07年11月から景気後退が始まった」とする報告書を公表している。自動車業界で、しかも日産1社のデータがマクロ経済の動向と符合するのだから、国ののんきな経済統計を待つよりも企業業績を注視していたほうが、よほど「マクロ的」だと言えるかもしれない。
それにしても、08年以降、〔図表1〕のグレーで染めた「タカダバンド」に突入することなくアクチュアル売上高が失速したのは、惜しいことをした。タカダバンドとは「バジェット操業度売上高とマックス操業度売上高に囲まれた帯(バンド)」の部分を言う。つまり、アクチュアル売上高がこのゾーンに突入していれば、「理想的な収益体質」になれていたのだ。



○ アクチュアル操業度率の低下とBE操業度率の上昇が物語る“苦境”
さらに、〔図表1〕の②バジェット操業度売上高を100%に置き換えて、①マックス操業度売上高、④アクチュアル売上高、③BE点売上高を、それぞれマックス操業度率、アクチュアル操業度率、BE操業度率という、事業の効率性を表す%したのが〔図表2〕である。
日産の分析においてことさら重要なのは、先に述べた各種の売上高を基に算出した、この各種の「操業度率」だ。





〔図表1〕に描かれている各売上高は、それぞれ独立した動きを示しているのに対して、〔図表2〕はバジェット操業度売上高を基準にしているので、他の売上高との相対関係を理解するのに役立つ。

これを見ると、黒い線で描かれた「アクチュアル操業度率」の低下が著しいため、「同社の減産の影響が強く表われている」ことがわかるだろう。緑の線で描かれた「BE操業度率」にも注目してほしい。巷では「自動車メーカーのBEとなる操業度率は7割前後」らしい。日産のBE操業度率も、確かに70%前後で推移している。
日産のケースでは、アクチュアル操業度率が急低下する一方で、BE操業度率はじりじりと上昇しているのだから、これでは09年3月期の決算で営業赤字に転落するのも「むべなるかな」だ。
このように、企業が黒字か赤字かの瀬戸際に立たされたとき、しばしば「BE点を改善しよう」という動きが始まる。ここで言う、“改善”とは、「BE操業度率を引き下げること」と同義だ。だが、BE操業度率の基となるBE点は、そんなに生易しい相手ではない。ここに企業が誤解し易い“落とし穴”があるのだ。

Be点については、筆者もかつては誤解していた。筆者の顧問先企業でアクチュアルのデータを解析しているうちに、BE点は様々な動きを見せ、筆者に再考を迫った。

特に誤解が多いのが、昨年の暮れから「非正規社員(期間工)の解雇や新規設備投資の凍結」といった形で、あらゆる企業で顕著になって来た“減産ブーム”である。



○ 大ブームの「派遣切り」はBE点の改善にならない!?

こうしたリストラ策のうち、現在進められている「派遣切り」などの人員整理は、管理会計理論を展開していくと、「BE点を改善させる効果がほとんどない可能性が高い」ということがわかった。にもかかわらず、大企業の大半はこうしたことに注意せずに、今日も「血の滲むようなリストラ計画」に取り組んでいる。

〔図表2〕をもう一度よく見て欲しい。日産の場合、これまでの合理化の影響などもあり、アクチュアル操業度率は低下しているのに、BE操業度率は改善していない。つまり、合理化が事業の効率化につながってないのだ。同社は国内の非正規社員をゼロにする方針だが、このような状況で、派遣切りの影響が出始める今後の不安は、小さくない。
 むろん、「派遣切りをなんとかしよう」と述べるつもりはない。だが、「管理会計を徹底しないとリスクの高い経営戦略を採ることになり、ともすれば徒労に帰すことも多い」のだ。これは日産に限ったことではない。

一方、派遣切りと同時に話題となっている「ワークシェアリング」に関しては、アクチュアルにBE点を改善させる効果がある(労働組合は頑強に抵抗するだろうが)。とは言え、営業部門や研究開発部門にワークシェアリングが機能しないのは言うまでもない。また思い切って休業するにしても60%以上の賃金を保証する必要があるから(注5)、その効果も限定的だ。要するに派遣切りではなく正社員の賃下げが必要なのだ。しかも本社・工場にウヨウヨしているワークしていない中高年(ノン・ワーキング・リッチ)の大胆な首切りこそが必要なのだ。

厄介なのは、業績が悪化しているのにBE点が改善しているように見える場合もあるし、業績好調でもBE点がそれを上回るスピードで上昇する場合もある点だ。「削るにあたって抵抗力の弱いコストは、いくら削っても赤字転落を食い止める効果はない」のである(ナイス!)。

いくら業績悪化に悩んでいても、コスト削減とBE点を区別して経営戦略を展開して行かないと、さらなる業績悪化を招きかねない。

今日も多くの企業で問題の先送りにしかならないコスト削減運動が叫ばれていることだろう。さりとて、社員の人生を管理会計で割り切ることもできないから、難しいものだ。


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