店長スペシャル

人生は心に想い描いた通りになる。ゴールデンルールの道。

婚前 

2010-11-28 17:50:23 | Weblog
『婚前』 金原ひとみ著


いつの時代でも「結婚」という言葉に重みを感じているのは男より女でしょう。
学生時代からの恋愛を通して恋というものを慎重に選び愛という名に成長させていった彼女は、気がついたら独身のままで社内の年長組に参加していた。

そこに、恋愛純粋完璧男が現れやがて付き合うようになる。
彼の部屋にはマニア性のない真っ当なタイプのエロビデオしかない。
彼の手帳には簡素なスケジュールしか書かれていない。
携帯にもパソコンにも何ら生々しい情報も残っていなく、パソコンのネット履歴を調べてみても、フットサルやサーフィン、友人のブログやエスニック系のショップ、誰に見られても恥ずかしくないページばかりが存在する。
自然体で爽やか、いや爽やか過ぎる彼はまるで精巧な作りもののようだ。

そして、イタリアンの店を貸し切ってのプロポーズ。
寝ている間にこっそり指輪のサイズをはかるマメがききすぎる彼。
完璧な理想の夫像なのに彼女は不安を感じる。
クセのない男は面白味に欠けるということなのだろうか?

不妊体質は彼女にとって誰にも言えない秘密事項。
恋愛対象者に引け目を感じる彼女が男性に対して慎重になるのは仕方ないが、それでもどこか得体の知れない男の影を捜しつづけるのは、女の本能だとは思えない。

いいじゃんこの彼で! 僕は何度とつぶやいていた。
これから長く続く結婚生活において刺激的な男は単に飽きるし、ダメになる日が必ず来る。
そう! 隠し味バッチリの濃厚なパスタよりあっさりとしたうどんの方が毎日食べられるし。

そんなことを考えていると彼女は水商売風の彼の年上の従弟に嫉妬するようになる。
彼の過去、自分の知らない彼を見てきた彼女に嫉妬する。
過去にどこかで羽目を外した彼の姿を捜し、完璧な人間なんていないということを証明し、自身の安心感を手に入れたい。
そして、不妊体質と比較したいという意味も込めて…。

結局生涯のパートナーと自分を重ね合わせたいだけなのだ。
自分が夫婦の主人公であることをこれからも確認したいだけなのだ。
どうでもいいじゃんそんなこと!
なんて言いたいのだけれど、人の奥底には無意識にその方向へ走る自分がいるのだろうね。


PS. この作品はyom yomu10月号に掲載されていま~す。
その他、爆笑問題の太田光の作品もありますよ。


失格社員

2010-11-26 16:20:10 | Weblog
『失格社員』 江上剛著


身を粉にして会社の為に働いても出世できない人がいる。
残業や休日出勤とは無縁の人なのに出世できる人がいる。
それはまさに運だけなのだろうか?

セクハラ,パワハラ,ワーカホリック。談合,買収,公私混同。
元銀行行員だからこそリアルに語れる失格サラリーマンの実態と失態。
でも全て悪いのは本人だけとは言えない事柄。だから愉快なのだ。
「モーゼの十戒」にたとえて綴られる,十篇の完結短編集。
会社員生活での高い壁にぶつかった時に読むのが良いでしょう。

「二神に仕えるなかれ」
ヘッドハントした友人を羨む銀行サラリーマンに、会社の忠誠心を試される可哀想な話。今の仕事に満足していますか?とヘッドハンターからの誘いの分かれ目が単純に男女間で決定するという人間の下心をついた作品。
ありえる、ありえると拍手しました。高収入や高待遇は会社移動の醍醐味だけど結局は女ですか…。そこで判断する人に将来は望めないでしょう。
でも実際は女かもね。

「偶像を刻むなかれ」
王様ゲームと題した預金獲得レースを強要させられる営業マンの闘い。
定期を解約し新規顧客獲得したと思わせる自転車操業的な成績で、トップセールスマンになった男は顧客の金を横領する。
会社で王様と奴隷に分けてと本気で行うゲームはないとしても、上位に入りたくて無理して成績を上げなくてはならないのは営業マンのサガなのか?
こんな時代はこれからなくなるであろうが、競争のない社会に発展は生まれない。

「主の名を妄りに唱えるなかれ」
秘書室用が次の頭取を狙うことだけに集中し、小汚いやり方で頭取候補二人を地獄に落とす話。狸役の頭取、常務が虎の威を借るキツネを演じ、猿や犬まで登場しまるで桃太郎だ。木常常務が猿田常務と犬飼常務を蹴落とすところなんか最高。一番好きな作品。

「安息日を聖とせよ」
現代流行りのオープンスタイルの会社に、不満を持つ二次就職の中年男性が会社で改革を起こす。今まで務めた昔風の会社のスタイルが必要だと休日に出勤するように命ずる。会社というものはこれだ!という考えと現代若者のギャップが愉快。でもどちらの意見も重要に思えるから正解はないな。

「汝の父母を敬え」
暴力団のフロント企業との取引を知ってしまったホテル会社のナンバー・ツーと社長の苦悩。これは泣けました。命を助けてくれた社長に対して支配人は会社の為に個人を犠牲にしようとする。恩をとるか、皆の為をとるかの切ない葛藤劇。結局はお金ではなく人なのだと痛感しました。

「汝、姦淫するなかれ」
女性の心を掴むのが上手い見た目はさえないサラリーマンが、上司の社内恋愛を応援する。遊びで始めた恋愛も相手に気をつかい続けることが大事。自分勝手な「性」を考えるから、相手は本気を求めてくる。自業自得です。

「汝、盗むなかれ」
自分の業績を全て上司に取られてしまうやりきれない話。大手企業ならありうる話だろう。上司と部下は親同様選べない。でも親同様信頼を得られるかは別物。こんな上司がいたら二度目でボコボコにしてやるよ俺だったらな。

「十一番目の戒律」として、著者が過去の自分を話し出す。
第一勧銀入行後の父の教えに沿った芯のある行動。
若い時から常に配属先の上司との衝突の繰り返し、大蔵省銀行局課長との喧嘩、そして出入り禁止、そしてこれは有名な第一勧銀総会屋事件、退職という、珍しく「総会屋事件」以前の自身の生き様も赤裸々に載せられており、これによって今回の作品がさらにパワーアップして伝わってきた。だからイイ!
日本を動かしているのは、政治家でもなく企業の社長でもない。まさにこの「失格社員」の登場人物全てが日本の行く末を握っているのだろう。


最後の著者は言う。
「サラリーマンの皆さんに声を大にしていいたい。お客のために、家族のために、そして自分のために働け。決して会社のために働くな」

心に響くなぁ~。明日からやる気マンマンだ。

弥勒の掌

2010-11-26 12:20:21 | Weblog
『弥勒の掌』 我孫子武丸著


著者の作品を初めて読んだのですが単純におもしろいです。
タイトルからして宗教系の匂いがしたから大型宗教団体の裏組織を描け、みたいな内容かと思いきや大きく裏切れます。

ある日突然失踪した妻を捜し求めて、新興宗教団体『救いの御手』の存在を知った高校教師の主人公、辻。妻を殺され復讐を誓いながらも、汚職の嫌疑をかけられ、本庁人事監察から内部取調べを受けるベテラン刑事、蛯原。やがて二人の行動は救いの御手の本部で交わって、事件は思わぬ展開を見せる。
刑事の妻の殺害は、果たして救いの御手の犯行によるものか。
そもそも彼らの正体とは?

この救いの御手の信者獲得術が楽しい。
団体の専用アイテムとして無料で配る携帯ストラップや一体三十万円もする弥勒像に盗聴器が仕掛けてある。それを使って会話を盗み信者の未来を教祖が明確に的中させるというものだ。
単純な詐欺じゃねえか!と思うけど、実在する現代の宗教団体も案外この手を使っているんじゃないかと思わせた。

勢いがつけばつくほど物語の進行に注意が向きやすいのは、車などの運転と似ている。
細部に注意を向けさせないように、このページ数は単純な仕掛けなのに気づかせないようにするという狙いも著者にはあるのだろう。
でも読み始めからわかっていたけどね。
このページ数では宗教団体の闇を描くのは到底無理な気がしたから。
だからと言ってまさかのオチ! 僕は驚かされました。
なかなかのどんでん返しですよ。

ちなみに、ラストのシーンの読後感は強烈なものがあり、さらっとした描写が逆に不気味な読後感をもたらしてくれる。
尺も短く、ジェットコースター的なサスペンスを味わいたい方にはオススメかも。
個人的はもう少し最後まで新興宗教の胡散臭い空気を最後まで徹底して演出してほしかったかな。
結局教祖は、インチキ団体なのに善人で終わってしまうのだから。


著者の他の作品全て読んだみたいと思わせる作品。
そして辻と蛯原妻の名前にチューモーク!

白銀ジャック

2010-11-16 13:27:48 | Weblog
『白銀ジャック』 東野圭吾著

新聞広告に著者の直筆で、「いろいろ想像するだろうが、すべてハズレている」などと書かれていたから、絶対に犯人を見つけてやるぞ!と意気込んで購入した。新作が文庫で購入できるところもニクイからね。
だからこそ期待していたのだが、なんと大きく裏切られた結果になってしまった。

「ゲレンデの下に爆弾を仕掛けた」と一通の脅迫メールが届き金銭の要求がある。
スキーやスノボーの客がすべて人質になったのだが、経営陣の判断は警察には知らせず、犯人の要求に従うというものだった。
経営の視点から考えると、ありうる選択かもしれない。そこから事件が展開してゆくのだが、読んでいるうちに、だんだんと犯人の予想がついてきてしまう。
でも著者の直筆で書いてある文の先入観からか、どうこういろいろ思考を巡らせて「犯人は別にいる」などと何回も考えてしまった。
ストーリーのあちこちに事件の構図に関するヒントがあるのはあきらかだが、完全な予測は無理。
そして真相が明らかになったとき、「やっぱりな!」という納得となるほどというちょっとした驚きが待っている。

ラスト近くにはちょっとしたサスペンスまで登場する。
最終的にはハッピーエンドに過ぎるかなとは思うし、ものすごく意外性があるというわけではないが、その分不自然さも少なく、読者に親切なミステリーのお手本のような作品。

でも、事件の全貌は、一向に見えてこない。どう頭をひねっても、不自然な点ばかりで、自分の中で納得できる結末が予想できなかった。
それもそのはず、複雑な事情が絡まりあって、一つの事件が成り立っており、とてもじゃないが、凡人には予想できない。

それでも良く言えばだ。
本心では、かなり薄っぺらい二時間サスペンスドラマ程度の内容。
それもこれからの季節も兼ねて、映像化を意識して書いているのが見え見えでなのでひどく落胆した。

登場人物の誰にも感情移入できなかったことも残念無念。
今までの著者が描く世界観が好きだった人にはお勧めできないません。
だからこそ、本作が売れに売れたのだろう。
僕みたいに騙された感覚でいる読手には「金返せ!」って感じかな。


PS.そもそも著者はなんでこんな作品を出したのだろう。
出版業界の伸び悩むマジックに加担したとしか思えない。
そして、僕もたまに新作を購入すると期待ハズレの結果になる。
ものすごく後悔するんだよね。本当に…。
中学生レベルのミステリーですよ。悪いけど。

マリアビートル

2010-11-15 17:39:44 | Weblog
『マリアビートル』 伊坂幸太郎著

やっと僕の好きな伊坂幸太郎が帰ってきた。
近作はどれもイマイチな感じがしたが、本書はとんでもなく面白い!
そして今回同様に、会話の内容が濃くて愉快で飛んでもない所から出てくる比喩の濃さにハマりまくりました。

酒浸りの元殺し屋「木村」は、一人息子の渉をデパートの上から突き落とし重傷を負わせた中学生「王子」に復讐を果たすため、彼が乗車する東京発盛岡行きの東北新幹線に乗り込んだ。
その筋の大物である「峰岸」の一人息子が敵対する人間に拉致監禁されていた。人質を助け出し、奪い返した身代金と共に盛岡まで護送する仕事を引き受けたのが、腕利きの殺し屋「蜜柑」と「檸檬」。
しかし、乗り込んだ東北新幹線の車内で、奪還した人質が何者かに殺害されてしまう。さらに、身代金の入ったトランクまでもが紛失してしまった。
「蜜柑」と「檸檬」が奪い返してきた身代金を強奪するよう指示されていたのは、何をやっても全くツキがない殺し屋の「七尾」。
彼に与えられていた仕事は、東京発の東北新幹線に乗り込んでトランクを奪い、最初の停車駅である上野で下車するということであった。首尾よくトランクを手に入れ、上野のホームに降り立とうとした彼であったが、ツキのない彼に、そうそう上手く事が運ぶわけがなかった…。

本作の舞台が走る新幹線の中だけに限定されている点が素晴しいな。
これだけ時間的にも空間的にも限られた範囲内で、次から次へと物語を動かして行く術は、まさに著者ならではだ。
そして、十分なスピード感もあり。
新幹線が実際に走っているスピード感は、様々な部分で細かく描かれているし、新幹線内での事件に関わっている乗車していない人間達の動きが、新幹線の内部と同時進行で行われているため、新幹線や事件のスピードをまるで乗車しているように読手に伝えてくる。
森岡に到着する頃には読手である僕も、いわゆる「移動の疲れ」を感じてしまい旅に出かけました感で一杯でした。

そして、新幹線に乗り合わせる何人もの殺し屋たちの個性豊かな設定も楽しい。
ひと癖もふた癖もある連中による時にユーモラスで、そして時にシリアスなやりとりは、ページを捲る手を止めさせないのです。

今回のキャラクターの中で、一番の逸材が、悪魔のような中学生こと「王子」である。
優等生として、見るからに育ちの良さそうな風貌をした彼は、圧倒的な知性と狡猾さで同級生たちを自分に従わせ、他人を翻弄し苦しめることに快楽を見出していた。
大人は皆、自分以下だと思い込み、後がない窮地に立たせ、命乞いをするまで見届けることに快感を持つ王子が最後まで憎めなかったよ。

本書の象徴とも言える王子のセリフ。
「どうして人を殺してはいけないのですか?」
その答えをあたりまえのように塾講師「鈴木」がこう切り返す。

「世の中には禁止事項が溢れている。僕たちの周囲には、無数の根拠不明の禁止事項があるんだよ。許可されたことをかろうじて、実行できているだけ。
殺人を犯したら国家が困るんだよ。自分は明日、誰かに殺されるかもしれない、となったら人間は経済活動に従事できない。所有権を保護しなくては経済は成り立たない。自分で買ったものが自分の物と保証されないんだったら、誰もお金を使わない。お金だって自分の物とは言えなくなってしまう。そして、「命」は自分の所有しているもっとも重要な物だ。そう考えれば、まずは、命を保護しなくては、経済活動が止まってしまうんだ。だから国家が禁止事項を作ったんだよ。殺人禁止のルールは、その一つだ。そう考えれば、戦争と死刑が許される理由も簡単だ。それは国家の都合で行われるものだからだよ。国家が、問題なし、と認めたものだけが許される。そこに倫理は関係ない。だから国家によっては人を殺しても良い、とされる国やコミュニティがあるかもしれない。殺人禁止は、あくまでも国家の都合に過ぎないのだから」

「なるほどな!と思った答えがそれだった」みたいな。ハッハッハ!

でも、王子が木村にトランクを空けさせて、中に入ってるキャッシュカードを盗んだんだが、その後にキャッシュカードのくだりが何にも起こらなかったのは少々心残り。
王子の生死が不明のまま終わるのもスッキリしないが、他の新作で登場する為なのだろう。

何回読み返してもよろしい作品。
僕のここ最近読んだ作品ではダントツに良かったな。


PS.新幹線の中の出来事なので、列車内完結だと先入観が頭から離れなかったことが残念だったよ。