カジノに負けた悔しさは、日を追うごとに増してきた。
勝てないことなんて頭では理解しているけれど、それでもやはり負けたままではいられなかった。
そこで、河岸を変え、カジノではなくドッグレースで勝負をすることにした。
沢木耕太郎も大敗のあと勝利を呼び寄せ、ちょっと負けで終ったではないか。
このまま負けて香港に行くのは、嫌だった。
ドッグレースは週に数回(おもに週末・休日)の夜20時ごろから始まる。
澳門本島の北、中国・珠海市との国境あたりに常設のドッグレース場がある。
(日本の競馬のように、場外犬券売場もある。カジノで有名なホテル・リスボアのなかで見つけた)
バスに乗ってドッグレース場に向かう。
入口に着くと、中国人観光客が群れていた。どうやら大陸からのお上りさんの巡礼地に加えられているらしい。そのあとをノコノコついて入場しようとすると、警備員にとめられた。広東語がわからないため、英語で理由を尋ねるが、警備員が理解しなかった。
澳門は香港に比べて英語が通じない。道端の標識、道路案内図なども広東語とポルトガル語の二重表記だけのため、香港より格段に動きにくい。日本人や欧米人の観光客が少ないのもこのためだろうか。
とにかく警備員に腕を引っ張られるがまま、入口横にある建物に連れて行かれる。やましいものは持っていないので変な汗はかかなかったが、ケチをつけられると運が逃げてしまう気がしていた。勝負にきたんだ、ここへは。
結局、警備員に連れて行かれたのは、チケットカウンターだった。観光客は、入場料として40パタカ(約600円)ほど払わなくてはならず、その代わりに場内で犬券が買える同額のクーポンをもらった。
団体で押し寄せることが多い観光客から文句を言われることなく最低限のお金をとろうと考え出されたシステムなんだろう。
クーポンをヒラヒラさせながら、僕は場内に足を踏み入れた。
……。なんだここは?
ショボい。ショボすぎる。
そこはまるで地方都市によくある陸上競技場そっくりだった。1周1000メートルもない楕円形のトラックの部分は土が敷かれ、犬が走るようになっている。その中央には、芝生が敷かれたサッカー場がひとつある。昼間はここで草サッカーが行なわれているのだろう。観客席はサッカー場などによくある固定のベンチが置かれているだけで、観客の数はまばら。酔っ払って寝ているオヤジ、賭けているのかどうかわからないような人間ばかりで、熱気があるのは、40パタカを払って入ってきた中国人観光客だけだ。カジノの狂ったような喧燥が同じ街で起こっているとは思えない静けさだった。
トラック越しに見える電光掲示板には、次のレースのオッズが灯っている。次のレースまであと○分というデジタル時計につられるように、オッズが刻々と変化している。どんなシステムになっているのか、まずは1レースを静観していたが、オッズの変化は出走10秒前でも動いていた。つまり、レース直前まで犬券は買うことができ、最終オッズは結果が決まるまでわからないという、なんとも胴元に有利なシステムになっていた。
出走する犬は全部で6頭。飼育員らしき人に牽かれてパドックを回ったあと、出走ゲートに入れられた。いざ出走! というときになると、トラックの内側につけられたレールの上を、針金につけられたウサギのヌイグルミ(!)が高速で走っていく。犬たちの横を通過したところで、ゲートの扉が開かれ、犬たちはその高速ウサギを追って走って行きゴールにたどり着く、という仕組みだった。レースが始まって終るまでの時間は30秒ほど。なんともあっけない。
馬の場合、騎手がどこでレースを仕掛けるかが勝利へのポイントになるが、犬の場合、人が乗るわけにもいかないので、このようにエサ(?)にめがけて走らせるしかないのだろう。単純にエサがほしい犬、足が速い犬が勝つ仕組みになっていた。
いよいよ賭けてみる。
1着を当てる単勝、1着・2着どちらになってもよい複勝、1着2着両方を当てる連勝複式の3パターンは理解できた。もう数種類賭け方はあるようだったが、よくわからなかった。
ここへは勝ちにきているので、配当の低い本命犬を買ってもしようがない。ここはドカンと一発大きいのを、と思って、目の前の電光掲示板を見ると、いちばん配当が多い(つまり人気のない)倍率でも20~40倍程度だった。いちばん人気の本命犬の場合、1.3倍とか。勝ってもたいして儲からない。しょせん庶民の娯楽レベルでしかないのか…。
とりあえず10倍ほどの犬券を買ってみる。結果、本命がきて負け。
次のレースも同じような配当を買ってみる。結果、本命がきて負け。
その次は…。結果、2番人気の犬がきて負け。
どれもこれも、配当は3倍以下ばかり。これが単勝だったらわかるのだが、連勝複式なのでタチが悪い。
ところが次のレース、思わぬ穴犬がきた。配当は20倍。もちろん負け。
ここでひらめいた。わかった。ドッグレースの仕組みが。
ずっと本命対抗がくると思わせておいて、5レースに一度くらい穴がきて胴元が儲ける。そうに違いない。
今考えると、けっして真理でもなんでもないのだが、このときの僕はそれに違いないと思った。沢木耕太郎が出目を予想できたように。
そしてこの時点で予定していた予算が尽きようとしていた。
勝負はあと1レースしかできない。
そこから数レース、僕はひらすら犬を観察し続けた。
どんな犬が勝ちやすいのかを見分けるために。
そして、いよいよ最終レースがきてしまった。
いままで見てきて、僕なりの勝利への方程式は完成していた。
(くわしくはヒミツ。澳門に行かれる方には教えますけど、保証はしません)
僕は犬だけを見て、1-3-5の3頭がくると直感した。
急いで1-3、1-5、3-5の3通りに残り少ない残金すべてを賭けた。
そしていよいよ出走。
ウサギ(笑)を追いかける犬たち。
ゴールしたのは……
3と5だった。
やった~~~~~~~~~!!!!!!!!!
勝った!
僕の方程式は間違っていなかった!
ひとしきり喜んだあと、僕は配当を見た。いままでの負けがかさんでいるから、いくら取り戻せるのだろうと思って。
すると、そこにあったのは、配当67.2倍の文字。
ドッグレースのなかでは超大穴を当ててしまったのだ!
喜び勇んで換金しに行く。
結局、カジノとドッグレースの負けは全部吹っ飛び、合計で1万円ほどの勝ちで終った。
僕は勝ったんだ!
しかし、マカオ・パタカと香港ドルが二重流通している澳門では、賭けたお金の種類と同じ貨幣で換金されることを知らない僕は、マカオ・パタカで賭けていた。翌日香港に行くことにしていたので、実質あと数時間で使いきらなければ行けなかった。
そのとき深夜12時。店なんて開いてない…。あぁ。
勝てないことなんて頭では理解しているけれど、それでもやはり負けたままではいられなかった。
そこで、河岸を変え、カジノではなくドッグレースで勝負をすることにした。
沢木耕太郎も大敗のあと勝利を呼び寄せ、ちょっと負けで終ったではないか。
このまま負けて香港に行くのは、嫌だった。
ドッグレースは週に数回(おもに週末・休日)の夜20時ごろから始まる。
澳門本島の北、中国・珠海市との国境あたりに常設のドッグレース場がある。
(日本の競馬のように、場外犬券売場もある。カジノで有名なホテル・リスボアのなかで見つけた)
バスに乗ってドッグレース場に向かう。
入口に着くと、中国人観光客が群れていた。どうやら大陸からのお上りさんの巡礼地に加えられているらしい。そのあとをノコノコついて入場しようとすると、警備員にとめられた。広東語がわからないため、英語で理由を尋ねるが、警備員が理解しなかった。
澳門は香港に比べて英語が通じない。道端の標識、道路案内図なども広東語とポルトガル語の二重表記だけのため、香港より格段に動きにくい。日本人や欧米人の観光客が少ないのもこのためだろうか。
とにかく警備員に腕を引っ張られるがまま、入口横にある建物に連れて行かれる。やましいものは持っていないので変な汗はかかなかったが、ケチをつけられると運が逃げてしまう気がしていた。勝負にきたんだ、ここへは。
結局、警備員に連れて行かれたのは、チケットカウンターだった。観光客は、入場料として40パタカ(約600円)ほど払わなくてはならず、その代わりに場内で犬券が買える同額のクーポンをもらった。
団体で押し寄せることが多い観光客から文句を言われることなく最低限のお金をとろうと考え出されたシステムなんだろう。
クーポンをヒラヒラさせながら、僕は場内に足を踏み入れた。
……。なんだここは?
ショボい。ショボすぎる。
そこはまるで地方都市によくある陸上競技場そっくりだった。1周1000メートルもない楕円形のトラックの部分は土が敷かれ、犬が走るようになっている。その中央には、芝生が敷かれたサッカー場がひとつある。昼間はここで草サッカーが行なわれているのだろう。観客席はサッカー場などによくある固定のベンチが置かれているだけで、観客の数はまばら。酔っ払って寝ているオヤジ、賭けているのかどうかわからないような人間ばかりで、熱気があるのは、40パタカを払って入ってきた中国人観光客だけだ。カジノの狂ったような喧燥が同じ街で起こっているとは思えない静けさだった。
トラック越しに見える電光掲示板には、次のレースのオッズが灯っている。次のレースまであと○分というデジタル時計につられるように、オッズが刻々と変化している。どんなシステムになっているのか、まずは1レースを静観していたが、オッズの変化は出走10秒前でも動いていた。つまり、レース直前まで犬券は買うことができ、最終オッズは結果が決まるまでわからないという、なんとも胴元に有利なシステムになっていた。
出走する犬は全部で6頭。飼育員らしき人に牽かれてパドックを回ったあと、出走ゲートに入れられた。いざ出走! というときになると、トラックの内側につけられたレールの上を、針金につけられたウサギのヌイグルミ(!)が高速で走っていく。犬たちの横を通過したところで、ゲートの扉が開かれ、犬たちはその高速ウサギを追って走って行きゴールにたどり着く、という仕組みだった。レースが始まって終るまでの時間は30秒ほど。なんともあっけない。
馬の場合、騎手がどこでレースを仕掛けるかが勝利へのポイントになるが、犬の場合、人が乗るわけにもいかないので、このようにエサ(?)にめがけて走らせるしかないのだろう。単純にエサがほしい犬、足が速い犬が勝つ仕組みになっていた。
いよいよ賭けてみる。
1着を当てる単勝、1着・2着どちらになってもよい複勝、1着2着両方を当てる連勝複式の3パターンは理解できた。もう数種類賭け方はあるようだったが、よくわからなかった。
ここへは勝ちにきているので、配当の低い本命犬を買ってもしようがない。ここはドカンと一発大きいのを、と思って、目の前の電光掲示板を見ると、いちばん配当が多い(つまり人気のない)倍率でも20~40倍程度だった。いちばん人気の本命犬の場合、1.3倍とか。勝ってもたいして儲からない。しょせん庶民の娯楽レベルでしかないのか…。
とりあえず10倍ほどの犬券を買ってみる。結果、本命がきて負け。
次のレースも同じような配当を買ってみる。結果、本命がきて負け。
その次は…。結果、2番人気の犬がきて負け。
どれもこれも、配当は3倍以下ばかり。これが単勝だったらわかるのだが、連勝複式なのでタチが悪い。
ところが次のレース、思わぬ穴犬がきた。配当は20倍。もちろん負け。
ここでひらめいた。わかった。ドッグレースの仕組みが。
ずっと本命対抗がくると思わせておいて、5レースに一度くらい穴がきて胴元が儲ける。そうに違いない。
今考えると、けっして真理でもなんでもないのだが、このときの僕はそれに違いないと思った。沢木耕太郎が出目を予想できたように。
そしてこの時点で予定していた予算が尽きようとしていた。
勝負はあと1レースしかできない。
そこから数レース、僕はひらすら犬を観察し続けた。
どんな犬が勝ちやすいのかを見分けるために。
そして、いよいよ最終レースがきてしまった。
いままで見てきて、僕なりの勝利への方程式は完成していた。
(くわしくはヒミツ。澳門に行かれる方には教えますけど、保証はしません)
僕は犬だけを見て、1-3-5の3頭がくると直感した。
急いで1-3、1-5、3-5の3通りに残り少ない残金すべてを賭けた。
そしていよいよ出走。
ウサギ(笑)を追いかける犬たち。
ゴールしたのは……
3と5だった。
やった~~~~~~~~~!!!!!!!!!
勝った!
僕の方程式は間違っていなかった!
ひとしきり喜んだあと、僕は配当を見た。いままでの負けがかさんでいるから、いくら取り戻せるのだろうと思って。
すると、そこにあったのは、配当67.2倍の文字。
ドッグレースのなかでは超大穴を当ててしまったのだ!
喜び勇んで換金しに行く。
結局、カジノとドッグレースの負けは全部吹っ飛び、合計で1万円ほどの勝ちで終った。
僕は勝ったんだ!
しかし、マカオ・パタカと香港ドルが二重流通している澳門では、賭けたお金の種類と同じ貨幣で換金されることを知らない僕は、マカオ・パタカで賭けていた。翌日香港に行くことにしていたので、実質あと数時間で使いきらなければ行けなかった。
そのとき深夜12時。店なんて開いてない…。あぁ。
そのごそのお金はどうなったのかなぁ?
ふふふ。ドッグレース見た目しょぼいけど熱くなるでしょ?
あとはヒミツです(笑)。
ドッグレースよかったです。
ギャンブルが好きなのではなく、ギャンブルの会場の雰囲気が好きなので、また行きたいですね、
次は勝てるかわかりませんが。カジノよりも熱かったです。