寿がきやのラーメンでますます食欲に勢いがついた我々は、名古屋きっての繁華街である栄に到着した。
「次は?次は?」
隣でリーダーをきな氏がやかましい。オアシス21というなんだかよくわからない前衛的なオブジェっぽい建物を見せて気を紛らわせようとするも、関心は5分もしないうちに胃袋に戻ってきてしまっていた。
「にいや、次はなんだブー?」
「では、あんかけスパでも行きますか?」
ちょうど歩いていたあたりが、あんかけスパの老舗に近かったのだ。
ヘルス、ソープといった男の遊園地が建ち並ぶ一角にその店はあった。スナックやバーが多数入っている雑居ビルの2階に、ひっそりとたたずむその店は「スパゲティのヨコイ」。スパゲティにあんかけ風のソースをかけるという暴挙を行なった店だ。
「ここです」
ゴクリと喉を鳴らすをきな氏。カランカランと懐かしい鐘の音とともに扉を開けると、そこは喫茶店の原風景のような店だった。コーヒーの匂いではなく、スパゲティのあんかけソースのかぐわしいコショウの香りが漂っていた。
「いや~、暑いね、名古屋は」
「そーなんスよ。名古屋のジメッとした暑さは日本有数ですから」
なんて、暑さトークをしながら、二人の手にはサッポロ黒ラベル大瓶が。乾杯。今君は人生の大きな大きな舞台に立ち…。
午後3時、まったく中途半端な時間にビールを飲みながら、あんかけスパを待つ野郎二匹。「お待たせしました」と運ばれてきたのは、しっかりと茹で上げられた太麺にからまる朱色のあんかけソース。ナポリタンのケチャップソースの透明度を多少上げて、コショウをちょっと多めにまぶしてあり、粘度を高めたものと思っていただければ、当たらずとも遠からず。
「いただきま~」
『す』を言うのももどかしく、をきな氏は大き目のフォークにたっぷりと麺を巻きつけ、頬張った。
「メガうま!」
メガうま、いただきました。
「にいや、うまい。うまいよ、これ」
メガうまという常識ハズレのコメントも、リーダーが言えば世界基準。アデランスの中野さん風に言えば「言葉の意味はよくわからんが、なにやらすごい気迫だ」という感じだろうか。をきな氏は皿まで食べてしまうのではないかと思うほどの勢いで、太麺をチュルチュルすすって食べていた。おそらく1.5人前はある巨大な皿も、粘りっ気たっぷりのあんかけもをきな氏の胃袋に吸い込まれ、消え去った。
その後、栄をブラブラ歩き、平均的な名古屋観光をしたあとで、我々は今夜泊まる場所を決めていないことに気づいた。
「じつはね、をきなさん。気になっているところがあるんですけど」
「えっ、どこなん?」
「サラリーマンホテルって名前なんですけど?」
「どこでもええで、俺、屋根さえあれば」
相談した僕がバカだった。このオッサンは野宿でもなんでもできる人やった。
「じゃあ行きましょうか」
ということで、我々は名古屋駅に戻ってきた。僕が気になっていたサラリーマンホテルとは、いつも名古屋駅を利用するときに見える「1泊2300円」という看板がデカデカと掲げられている見るからに安そうなホテルっぽい雑居ビルのような建物のことだ。
恐る恐るガラス戸を開けてみる。中にはビルの管理人室のような小部屋がひとつだけあり、オッサンが暇そうに新聞を読んでいた。
「あの~、部屋空いてますか?」
「何人?」
「二人です」
「あ~、いっぱいだわ。ごめんねえ」
どうやら人気ホテルのようだ。けれど我々はあきらめない。宿代を節約し、浮いたお金を食べ物にまわすために。
ホテルの壁には「3号館、5号館もどうぞご利用ください」と書かれていた。別館まであるとは驚いた。サラリーマンホテルおそるべし。
気を取り直して、我々は3号館に向かうも、満員。5号館も当然のごとく満員。たかだか2300円の安ホテルにも泊まれないのか、と絶望の足取りでふらふらと名古屋駅までの道を引き返すとき、「ビジネスホテル2300円」の看板を発見した。
「おおっ、安宿!」
勇んで半ばスキップ気味で駆け寄る我々。玄関の扉を開けると、ムワァァンと猫の小便のような臭いが。
「はい、何人様?」
おばちゃんが暗闇からヌッと顔を出した。いらっしゃいませというサービス業であれば当たり前の言葉すら、この2300円の世界では通用していないのか。
「あ、二人です」
「はいよ、二段ベッドの部屋とシングルベッド二つの部屋とどっちがいい?」
「え、え~と、シングル二つのほうで…」
「はい。じゃあ、お一人2300円ね。前金でお願いしまぁす」
よかった、泊まれると、安堵しながらおばちゃんにお金を渡すと、
「はい、ありがとう。部屋は5階の10号室ね」
とだけ言い残し、部屋に戻ろうとするではないか。
「あ、あの…」
あわてて引き止める僕。
「え?なに? あっ、お風呂ね。お風呂はここの突き当たりにありますから」
「いや、あの、そうじゃなくって…鍵をいただきたいのですが」
「カギ? いる?」
「いや、まあ、はい…」
「じゃあ、デポジットで1000円ちょうだいね。鍵返してくれたら、お金も返すからね」
こういうホテルでは鍵は通常手元にもらえないという事実をつきつけられた我々は、初めてラブホテルを利用したときに、フロントの人の顔が見えなくて希望の部屋のボタンを押して鍵を受け取るシステムがあるということを知ったとき以来の衝撃を受けた。
そして、部屋の扉を開けると、そこは、3畳ほどで、天井が屋根の傾斜そのままに斜めに傾いている部屋だった。どうやってベッドを二つ入れることができたのだろうと、ベッドに腰掛けようとしたとき、髪の毛やらなにやらほこりっぽいものやら、いろんなゴミがベッドの上に細かく散らばっていることに気づいた。恐る恐る布団や枕に鼻を近づけてみると、体育館の倉庫のような、部活の男子部室のような臭いがツ~ンと鼻腔を刺激した。
百戦錬磨のをきな氏も黙りこくってしまっている。もはやこの状況を表現する的確な言葉なんて見つからない。メガヤバをも遥かに超えた感じだ。今日日、刑務所だってもう少し清潔だろうに。
「北朝鮮のコッチェビたちはもっと悲惨な環境にいるんですよ」
「そ、そうだな。LOVE & PEACEだしな」
もうよくわからない慰め方しかできなかった。とりあえず屋根があるし、ということで、あんまり長居したくなかった我々は、夕食を食べに、街へ出た。
とある居酒屋に入り、我々は今直面している現実から逃避するべく、ビールをガブ飲みした。ヤケ酒だった。ただ、さきほどのショックがPTSDとなり、ホルモンを赤味噌でしっかり煮込んだ「どて煮」、名物「手羽先の唐揚げ」&「手羽先の味噌煮込み」、「味噌串かつ」など、名古屋の代表的な居酒屋メニューをオーダーするも、その味の印象は、宿の部屋のインパクトに完全に負けていた。そう、いくら全身胃袋のモグモグ隊といえども、人間である以上、基本的人権はある以上、あんな部屋で寝るのはどうしても避けたいのだった。そんな部屋に2300円も払ってしまったことは、ひょっとしたらカプセルホテル4000円に泊まったほうがよかったのではないのか。他人のすえた臭いに囲まれて熟睡できるのか。とにかく、酒を飲んで忘れたかった。
そのあと勢いで「台湾ラーメン」を食べに行ったが、店に入ってミンチ肉がたっぷり盛られた丼を見たとたん、そのミンチがゴキブリの卵に見えたらしく、をきな氏は、吐きそうになっていた。とりあえず、本日はここまで。打ち止め。さようなら。明日の朝がくればいいよね、と、クーラーが効いていることが唯一救いの監獄以下の部屋に戻って、我々はすぐに寝たのだった。
(つづく)
「次は?次は?」
隣でリーダーをきな氏がやかましい。オアシス21というなんだかよくわからない前衛的なオブジェっぽい建物を見せて気を紛らわせようとするも、関心は5分もしないうちに胃袋に戻ってきてしまっていた。
「にいや、次はなんだブー?」
「では、あんかけスパでも行きますか?」
ちょうど歩いていたあたりが、あんかけスパの老舗に近かったのだ。
ヘルス、ソープといった男の遊園地が建ち並ぶ一角にその店はあった。スナックやバーが多数入っている雑居ビルの2階に、ひっそりとたたずむその店は「スパゲティのヨコイ」。スパゲティにあんかけ風のソースをかけるという暴挙を行なった店だ。
「ここです」
ゴクリと喉を鳴らすをきな氏。カランカランと懐かしい鐘の音とともに扉を開けると、そこは喫茶店の原風景のような店だった。コーヒーの匂いではなく、スパゲティのあんかけソースのかぐわしいコショウの香りが漂っていた。
「いや~、暑いね、名古屋は」
「そーなんスよ。名古屋のジメッとした暑さは日本有数ですから」
なんて、暑さトークをしながら、二人の手にはサッポロ黒ラベル大瓶が。乾杯。今君は人生の大きな大きな舞台に立ち…。
午後3時、まったく中途半端な時間にビールを飲みながら、あんかけスパを待つ野郎二匹。「お待たせしました」と運ばれてきたのは、しっかりと茹で上げられた太麺にからまる朱色のあんかけソース。ナポリタンのケチャップソースの透明度を多少上げて、コショウをちょっと多めにまぶしてあり、粘度を高めたものと思っていただければ、当たらずとも遠からず。
「いただきま~」
『す』を言うのももどかしく、をきな氏は大き目のフォークにたっぷりと麺を巻きつけ、頬張った。
「メガうま!」
メガうま、いただきました。
「にいや、うまい。うまいよ、これ」
メガうまという常識ハズレのコメントも、リーダーが言えば世界基準。アデランスの中野さん風に言えば「言葉の意味はよくわからんが、なにやらすごい気迫だ」という感じだろうか。をきな氏は皿まで食べてしまうのではないかと思うほどの勢いで、太麺をチュルチュルすすって食べていた。おそらく1.5人前はある巨大な皿も、粘りっ気たっぷりのあんかけもをきな氏の胃袋に吸い込まれ、消え去った。
その後、栄をブラブラ歩き、平均的な名古屋観光をしたあとで、我々は今夜泊まる場所を決めていないことに気づいた。
「じつはね、をきなさん。気になっているところがあるんですけど」
「えっ、どこなん?」
「サラリーマンホテルって名前なんですけど?」
「どこでもええで、俺、屋根さえあれば」
相談した僕がバカだった。このオッサンは野宿でもなんでもできる人やった。
「じゃあ行きましょうか」
ということで、我々は名古屋駅に戻ってきた。僕が気になっていたサラリーマンホテルとは、いつも名古屋駅を利用するときに見える「1泊2300円」という看板がデカデカと掲げられている見るからに安そうなホテルっぽい雑居ビルのような建物のことだ。
恐る恐るガラス戸を開けてみる。中にはビルの管理人室のような小部屋がひとつだけあり、オッサンが暇そうに新聞を読んでいた。
「あの~、部屋空いてますか?」
「何人?」
「二人です」
「あ~、いっぱいだわ。ごめんねえ」
どうやら人気ホテルのようだ。けれど我々はあきらめない。宿代を節約し、浮いたお金を食べ物にまわすために。
ホテルの壁には「3号館、5号館もどうぞご利用ください」と書かれていた。別館まであるとは驚いた。サラリーマンホテルおそるべし。
気を取り直して、我々は3号館に向かうも、満員。5号館も当然のごとく満員。たかだか2300円の安ホテルにも泊まれないのか、と絶望の足取りでふらふらと名古屋駅までの道を引き返すとき、「ビジネスホテル2300円」の看板を発見した。
「おおっ、安宿!」
勇んで半ばスキップ気味で駆け寄る我々。玄関の扉を開けると、ムワァァンと猫の小便のような臭いが。
「はい、何人様?」
おばちゃんが暗闇からヌッと顔を出した。いらっしゃいませというサービス業であれば当たり前の言葉すら、この2300円の世界では通用していないのか。
「あ、二人です」
「はいよ、二段ベッドの部屋とシングルベッド二つの部屋とどっちがいい?」
「え、え~と、シングル二つのほうで…」
「はい。じゃあ、お一人2300円ね。前金でお願いしまぁす」
よかった、泊まれると、安堵しながらおばちゃんにお金を渡すと、
「はい、ありがとう。部屋は5階の10号室ね」
とだけ言い残し、部屋に戻ろうとするではないか。
「あ、あの…」
あわてて引き止める僕。
「え?なに? あっ、お風呂ね。お風呂はここの突き当たりにありますから」
「いや、あの、そうじゃなくって…鍵をいただきたいのですが」
「カギ? いる?」
「いや、まあ、はい…」
「じゃあ、デポジットで1000円ちょうだいね。鍵返してくれたら、お金も返すからね」
こういうホテルでは鍵は通常手元にもらえないという事実をつきつけられた我々は、初めてラブホテルを利用したときに、フロントの人の顔が見えなくて希望の部屋のボタンを押して鍵を受け取るシステムがあるということを知ったとき以来の衝撃を受けた。
そして、部屋の扉を開けると、そこは、3畳ほどで、天井が屋根の傾斜そのままに斜めに傾いている部屋だった。どうやってベッドを二つ入れることができたのだろうと、ベッドに腰掛けようとしたとき、髪の毛やらなにやらほこりっぽいものやら、いろんなゴミがベッドの上に細かく散らばっていることに気づいた。恐る恐る布団や枕に鼻を近づけてみると、体育館の倉庫のような、部活の男子部室のような臭いがツ~ンと鼻腔を刺激した。
百戦錬磨のをきな氏も黙りこくってしまっている。もはやこの状況を表現する的確な言葉なんて見つからない。メガヤバをも遥かに超えた感じだ。今日日、刑務所だってもう少し清潔だろうに。
「北朝鮮のコッチェビたちはもっと悲惨な環境にいるんですよ」
「そ、そうだな。LOVE & PEACEだしな」
もうよくわからない慰め方しかできなかった。とりあえず屋根があるし、ということで、あんまり長居したくなかった我々は、夕食を食べに、街へ出た。
とある居酒屋に入り、我々は今直面している現実から逃避するべく、ビールをガブ飲みした。ヤケ酒だった。ただ、さきほどのショックがPTSDとなり、ホルモンを赤味噌でしっかり煮込んだ「どて煮」、名物「手羽先の唐揚げ」&「手羽先の味噌煮込み」、「味噌串かつ」など、名古屋の代表的な居酒屋メニューをオーダーするも、その味の印象は、宿の部屋のインパクトに完全に負けていた。そう、いくら全身胃袋のモグモグ隊といえども、人間である以上、基本的人権はある以上、あんな部屋で寝るのはどうしても避けたいのだった。そんな部屋に2300円も払ってしまったことは、ひょっとしたらカプセルホテル4000円に泊まったほうがよかったのではないのか。他人のすえた臭いに囲まれて熟睡できるのか。とにかく、酒を飲んで忘れたかった。
そのあと勢いで「台湾ラーメン」を食べに行ったが、店に入ってミンチ肉がたっぷり盛られた丼を見たとたん、そのミンチがゴキブリの卵に見えたらしく、をきな氏は、吐きそうになっていた。とりあえず、本日はここまで。打ち止め。さようなら。明日の朝がくればいいよね、と、クーラーが効いていることが唯一救いの監獄以下の部屋に戻って、我々はすぐに寝たのだった。
(つづく)
もう少しで出発ですね。ブログ楽しみにしてます。お体には気をつけてください!!また時間があればみんなで会いたいです。
どもども。元気そうだね。
近場でも案外知らないことって多いよね。
うまいものも、そう。
旅って海外だけじゃないから、そういう小さな旅でも大きな発見があったりして、それがおもしろいんだよね。
旅の途中報告はこのブログでしていきますので、また見てください。
でも、日本でも、もちろん海外のどこかでも、また会おうよ。