ゆず~栄光の架け橋
↑は厳密に夏ではないかもしれませんが、今朝ピョンさんのところで、去年の夏は北京オリンピックだったんだ~と思い出したので、この曲を選んでみました。
ちゃんとバラードベスト22に入っています。
今日のお天気は、雨→曇り→晴れ→曇り、とめまぐるしいです。
その中で一番の空を(*^_^*)
では昨日に引き続き河合さんの本の引用です。
今日はこちらの本です。
まず、茂木健一郎さんの解説から引用します。
P337~338
私たちの社会には、私たちがなかなか気付かないまま隠されていることがたくさんある。河合さんが本書で社会の様々な問題を論ずるのを読んで、一種の爽快感と共に「心の全体性」が快復する思いがするのは、まさに気付かなかったことに目を開かされる喜びゆえではないだろうか。
本書『縦糸横糸』は、産経新聞(大阪版)に月一回掲載されてきたコラムをまとめたものであり、必然的に時事的な話題がほとんどを占める。だからと言って、今読んでも古びた感じが全くしないのは、河合さんが明らかにする社会の深層と心の機微がそう簡単には動かし難い構造をもっているからだろう。
オウム真理教や、各種の少年犯罪、今も忘れられない凶悪犯罪、などが語られています。
私たちが単なる犯人探し及び、事件の背景をさ~っと見て終わっていた事件について、河合さんが新たな大事な一面を見せてくれるのです。
では4箇所ほど引用します。
マザー・テレサが亡くなった時のコラムで。
P83
まず彼女に学べることは「一人の面倒を見る」ことではないだろうか。
われわれは目に見えない多数のために働く、という口実のもとに、目に見える一人のために何かするのを避けていることが多いように思う。目の前で泣いている自分の赤ちゃんに心から対するよりは、翌日の仕事によって多数に役立つ(と思っている)ことに、心をとられてしまっていないだろうか。目の前にいる一人の老人の淋しそうな目を振り切って、「社会」のために努力しようとはしていないだろうか。われわれはマザー・テレサほど偉大ではないので、いつも献身するほどの力はないが、ときどきでも、目の前にいる一人の人のために真剣にかかわってはどうであろう。
目の前にいる一人の人のために全力を注ぐ。
この言葉心に刻んでおこうと思います。
連続児童殺傷事件をうけてのコラムで。
P89
現代人は、機械を上手に操作して、いろいろ便利に暮らしていけるようになったので、子どもを上手に育てようなどと思い過ぎたのではないか。一番簡単そうで極めて難しい、子どもを「信頼する」ことを、われわれ大人はできているだろうか。子どもを信頼するためには、大人が自ら信頼し得る生き方をしていなくてはならない。
厳しい言葉です。
やはり子育ても自分の生き方に関わってくるわけです。
携帯電話のマナーについてのコラムで。
電車の中で、会議中に、講義中に、携帯電話に出る人たちについて。
P242~243
なぜこんなことになるのだろう。それは、生きてゆく基本姿勢として、少しでも早く、外から来る情報をキャッチしないと損をする、と思いこんでいるからだ。それは、自分が現在「その場にいること」に対する落ち着きと自信がないからである。「今、ここ」の自分に満足できず、何か少しでも新しいことを早くキャッチしなければ、と思う。要するに、ソワソワとして落ち着きがないのだ。
河合先生言い切っていますね~
でもこの部分は昨日の“be”に関連するところですね。
私自身はやっぱり映画のときが気になるかな。
電源切らずにマナーモードにしている人多いでしょう。
ブーブーって結構うるさいし、バックライトも気になるんですよね。
映画と対峙している時にやっぱりちょっと残念だなって思う。
スローフードのコラムで。
青森県にある「森のイスキア」佐藤初女さんの言葉
P305~307
生き方と食事には、
不思議なつながりがあるって考えているの。
素材の命を生かすような料理をすれば、
人も生かされるって。
一緒に食べることは、
深いところでこころが通い合えるのです。
おなかが満たされてくると、
自然に感謝の気持ちが湧いてきて、
次には、他人に対して何かしてあげたくなるもののようです。
生き方と食事の関係、大事ですね。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
先日、水泳の先駆者、古橋さんがお亡くなりになりましたね。
行けなかったロンドンオリンピック。
そのロンドンの地で→8月4日 編集手帳
私は大学の時、古橋先生に「体育概論」の講義を受けました。
とっても大きな教室で、たまに出席カード出して、後ろのドアから抜け出しました
ごめんなさい。
ご冥福をお祈りいたします。
息子は正式な引退試合は終わったのですが、明日とあさって、区大会があります。
明日の第一試合は8時半開始。
頑張って応援に行ってきます
↑は厳密に夏ではないかもしれませんが、今朝ピョンさんのところで、去年の夏は北京オリンピックだったんだ~と思い出したので、この曲を選んでみました。
ちゃんとバラードベスト22に入っています。
今日のお天気は、雨→曇り→晴れ→曇り、とめまぐるしいです。
その中で一番の空を(*^_^*)
では昨日に引き続き河合さんの本の引用です。
今日はこちらの本です。
縦糸横糸 (新潮文庫)河合 隼雄新潮社このアイテムの詳細を見る |
まず、茂木健一郎さんの解説から引用します。
P337~338
私たちの社会には、私たちがなかなか気付かないまま隠されていることがたくさんある。河合さんが本書で社会の様々な問題を論ずるのを読んで、一種の爽快感と共に「心の全体性」が快復する思いがするのは、まさに気付かなかったことに目を開かされる喜びゆえではないだろうか。
本書『縦糸横糸』は、産経新聞(大阪版)に月一回掲載されてきたコラムをまとめたものであり、必然的に時事的な話題がほとんどを占める。だからと言って、今読んでも古びた感じが全くしないのは、河合さんが明らかにする社会の深層と心の機微がそう簡単には動かし難い構造をもっているからだろう。
オウム真理教や、各種の少年犯罪、今も忘れられない凶悪犯罪、などが語られています。
私たちが単なる犯人探し及び、事件の背景をさ~っと見て終わっていた事件について、河合さんが新たな大事な一面を見せてくれるのです。
では4箇所ほど引用します。
マザー・テレサが亡くなった時のコラムで。
P83
まず彼女に学べることは「一人の面倒を見る」ことではないだろうか。
われわれは目に見えない多数のために働く、という口実のもとに、目に見える一人のために何かするのを避けていることが多いように思う。目の前で泣いている自分の赤ちゃんに心から対するよりは、翌日の仕事によって多数に役立つ(と思っている)ことに、心をとられてしまっていないだろうか。目の前にいる一人の老人の淋しそうな目を振り切って、「社会」のために努力しようとはしていないだろうか。われわれはマザー・テレサほど偉大ではないので、いつも献身するほどの力はないが、ときどきでも、目の前にいる一人の人のために真剣にかかわってはどうであろう。
目の前にいる一人の人のために全力を注ぐ。
この言葉心に刻んでおこうと思います。
連続児童殺傷事件をうけてのコラムで。
P89
現代人は、機械を上手に操作して、いろいろ便利に暮らしていけるようになったので、子どもを上手に育てようなどと思い過ぎたのではないか。一番簡単そうで極めて難しい、子どもを「信頼する」ことを、われわれ大人はできているだろうか。子どもを信頼するためには、大人が自ら信頼し得る生き方をしていなくてはならない。
厳しい言葉です。
やはり子育ても自分の生き方に関わってくるわけです。
携帯電話のマナーについてのコラムで。
電車の中で、会議中に、講義中に、携帯電話に出る人たちについて。
P242~243
なぜこんなことになるのだろう。それは、生きてゆく基本姿勢として、少しでも早く、外から来る情報をキャッチしないと損をする、と思いこんでいるからだ。それは、自分が現在「その場にいること」に対する落ち着きと自信がないからである。「今、ここ」の自分に満足できず、何か少しでも新しいことを早くキャッチしなければ、と思う。要するに、ソワソワとして落ち着きがないのだ。
河合先生言い切っていますね~
でもこの部分は昨日の“be”に関連するところですね。
私自身はやっぱり映画のときが気になるかな。
電源切らずにマナーモードにしている人多いでしょう。
ブーブーって結構うるさいし、バックライトも気になるんですよね。
映画と対峙している時にやっぱりちょっと残念だなって思う。
スローフードのコラムで。
青森県にある「森のイスキア」佐藤初女さんの言葉
P305~307
生き方と食事には、
不思議なつながりがあるって考えているの。
素材の命を生かすような料理をすれば、
人も生かされるって。
一緒に食べることは、
深いところでこころが通い合えるのです。
おなかが満たされてくると、
自然に感謝の気持ちが湧いてきて、
次には、他人に対して何かしてあげたくなるもののようです。
生き方と食事の関係、大事ですね。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
先日、水泳の先駆者、古橋さんがお亡くなりになりましたね。
行けなかったロンドンオリンピック。
そのロンドンの地で→8月4日 編集手帳
私は大学の時、古橋先生に「体育概論」の講義を受けました。
とっても大きな教室で、たまに出席カード出して、後ろのドアから抜け出しました
ごめんなさい。
ご冥福をお祈りいたします。
息子は正式な引退試合は終わったのですが、明日とあさって、区大会があります。
明日の第一試合は8時半開始。
頑張って応援に行ってきます
佐藤初女さんの「森のイスキア」関連の本も持っています。
マザーテレサも彼女も、
「今、此処」を大切にする人なんですよね。
自分が此処に在ることに自信がある人。
自信はまったくないですが、
「今、此処」を大切にするレッスンを、
夕食を作りながら積んできます♪
今朝は、曇天です。息子さんの応援行ってらっしゃい。
「今ここに居る」ことに精一杯一生懸命取り組む
とても大事な事だと思います(*^_^*)
「今ここ」をめいっぱい楽しんでくださいね☆
でも体育館は蒸し風呂のように暑かったです(^^ゞ