山崎元の「会社と社会の歩き方」

獨協大学経済学部特任教授の山崎元です。このブログは私が担当する「会社と社会の歩き方」の資料と補足を提供します。

【5月26日】「成果主義」を考える

2010-05-26 22:38:44 | 講義資料
 以下の文章は、数年前に、インテリジェンス社のサイトの「転機晴朗」と題した連載コラムに筆者が寄稿したものです。

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「成果主義」攻略のポイント

★ 被害者ヅラしていても仕方がない

  成果主義は基本的に「今の働きに、今報いる」ので、新しい会社にあってはその会社における過去の実績が関係ないし、会社を辞める場合にも過去の業績に対する「貰い残し」が少ないので不利が小さいというのがその理由だった。同時に、成果主義はこれを上手に使うことが簡単ではないけれども、競争上有利な仕組みだし、個人に対してもフェアなので、良い仕組みなのだということも説明した。これら二つの論旨にその後も変更はない。そして、成果主義的な処遇制度はますます普及している。
 しかし、成果主義の普及と共に、その弊害を指摘する声が多く聞こえるようになってきた。最近では、成果主義を導入した大手電機メーカーの元人事部員が、成果主義導入の失敗例を書いた本がベストセラーとなるなど、成果主義への批判が増えている。
 成果主義への批判は、①成果主義導入企業が増えるとその中にうまく行かない企業が混じる確率が高まるがこの際に経営の失敗が成果主義のせいにされやすい、②そもそも成果主義でない制度を成果主義だといって批判している、③成果の計測や人の評価など成果主義でなくても重要かつ難しいポイントでの失敗が成果主義のせいにされている、といった要因に基づく場合が多い。
 先の電機メーカーの例では、これらの三点が全て関係しているように思われるが、一番大きいのは②だろう。この電機メーカーの成果主義は、成果の計測と報酬の与え方の両方に問題があって、個人間の差を強調することにのみ力点がある「陰気な成果主義」ともいうべきニセモノの成果主義だった。本来の成果主義は「稼いでくれたら、喜んでたくさん払う(だから、稼いで下さい)」というような「陽気な成果主義」なのだ。
 成果主義を導入企業の現実の人事制度は「陰気な成果主義」と「陽気な成果主義」の中間のどこかにあるようなのだが、ビジネスパーソンにとって重要なことは、これが与えられた現実なのだということだ。「成果主義はダメだ」「成果主義は大変だ」と言って被害者のような顔をしていても、現実が後戻りする可能性は乏しいし、幸せにはなれない。それに、成果主義にはゲームでいう「攻略法」のようなコツがあり、その利用は難しくない。

★ 成果主義ではリスクを取る方が得になる

 成果主義(陽気な成果主義の方)を攻略するコツは、一言で言えば「できるだけ大きなリスクを取ること」だ。ひとたびチャンスを掴んだら、自分でリスクを大きくするくらいの積もりがちょうど良い。
 どういう事かと言うと、たとえば(A)中くらいのプロジェクトを引き受けるのと、(B)非常に大きなプロジェクトの責任者を買って出るのとを較べると、仮に成功・失敗が半々の確率だとすると、成功した場合の報酬は(B)の方がずっと大きいことが多いのだが、失敗した場合の処遇は(A)、(B) 似たようなものである場合が多いのだ。外資系などの厳しい会社の場合、失敗すると(A)でも(B)でもクビかも知れないし、逆に原則としてクビはない会社の場合だと、失敗しても多少格好が悪かったり割が悪かったりする部署に異動する程度で済むことが多い。また、後者の場合だと、会社や部門の浮沈に関わるような大きなリスクを取ると、経営者や上司と半ば一蓮托生の関係になって、「かえって安全だ」ということがしばしば起こり得る。
 他方、過去に主流であった、終身雇用と年功序列を特色とするシステムの場合には、成果と報酬が時間的に大きくかけ離れており、せっかく良い業績を上げても、将来偉くなる前に失敗すると報酬を貰い損ねる心配があったから、「余計なリスクを取らない」ということがサラリーマン人生のコツになっていた。
 「年功序列」と「成果主義」では、リスクに対する損得が180度違うのであり、ビジネスパーソンは制度によって感覚を修正しなければならない。
お金の運用の世界に喩えると、前者は少しずつポイントを稼いでリスクを避ける債券の運用のような感覚に近く、後者はのオプションに近い感覚だ。オプションというのは選択権のことで、たとえば株を一定の価格で買えるというオプション(「コール・オプション」という)では、後から株価が上がった場合には権利を行使すると利益になるが、株価が下がった場合には単に権利を放棄することができる。財務の勉強にもなるので、ご存じない方は是非入門書を見て欲しいが、こうしたオプションの価値は株価の変動の程度(つまりリスク)が大きくなるほど高くなる。つまり、成果主義の仕組みの下では、チャンスを得たら、なるべく大きなリスクを取る方が得だということなのだ。
まずは、「陰気な成果主義」か「陽気な成果主義」か、という見極めが大事だが、人事制度が後者の要素を持っている場合には、リスクを取ることが出来るチャンスを手に入れたら、自分から大胆にリスクを拡大し、失敗しても成功しても、また別のチャンスにチャレンジすることが基本になる。
 若い人で且つ現在の収入が低い人の方が、感覚を合わせやすいだろうし、リスクにチャレンジするに際して犠牲にするものが小さくなる(経済学的には「機会費用が小さい」という)ので、成果主義に適応しやすいだろう。
 なお、最近、起業して株式公開した人が成功者として注目されているが、株式の価値も将来の期待値まで含めて現在の成功を評価する一方で、失敗した場合の価値はゼロに留まるオプションの性格を持つ。起業も成果主義の一種だといえる。誰もがうまく行くというわけではないが、失敗した場合に再チャレンジするガッツがあれば、どんどんチャレンジするといいと思う。

★ ゲームのプレーヤーとしてのビジネスパーソン

 個人間の競争は強調するけれどもあまり報酬に差を付けない日本的年功序列にしても、最近の成果主義にしても、あるいは、一見新しい成果主義のようでありながらその実は旧来型とあまり変わらない「陰気な成果主義」であっても、それぞれの制度で有利に振る舞うコツがある。
 人事制度を論じる書籍や雑誌などの記事は、どうしても会社(とその経営者)にとってどの制度が得かという視点で書かれることが多い。しかし、会社の利害と、個々のビジネスパーソン個々の利害とはしばしば別のものだ。ビジネスパーソン個人の側から、人事と報酬の仕組みを評価し、攻略するという視点が必要になる。また、最終的には、こうしたビジネスパーソンの視点に耐えうる制度でないと、会社にとってもプラスにならない。
 そして、どうしても自分に与えられた仕組みが自分の目的に合わない場合に、個々の部ジネスパーソンは、「転職」を自分に合ったルールのゲームを選ぶための手段として考えることが出来る。

以上
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