山崎元の「会社と社会の歩き方」

獨協大学経済学部特任教授の山崎元です。このブログは私が担当する「会社と社会の歩き方」の資料と補足を提供します。

【秋学期 5回目】 女性のキャリア・プランニングを考える

2010-10-27 18:09:17 | 講義資料
 前回、「28歳」と「35歳」という二つの年齢を軸にして、キャリア・プランニングの一般論についてお話しした。この考え方は、本講座でお伝えしたいと思っていることの中核をなすものであるが、十分考慮されていない重要な要素がある。
 それは、女性の場合に、キャリア・プランニングをどう考えたらいいか、という問題だ。特に、結婚・出産、一つに絞るとすると出産の問題をどう考えるかだ。

 例えば、会社で働く女性が、(A)25歳で出産するのと、(B)35歳で出産するのと、どちらがいいだろうか? もちろん、現実の人生の事情は人それぞれであって、簡単にパターン化できるものではないが、プランニングとしてどちらがいいかを考えることは有益だ。
 私(山崎)は、(A)を支持するが、学生諸君はいかがだろうか?
 私が、(A)を支持する上でポイントとなった考え方は、「機会費用」の概念だ。ご興味のある方は、「機会費用」について調べてみて欲しい。

(※)以下に、参考用の拙文を掲げる。「ダイヤモンド・オンライン」(10月19日)に掲載された文章だ(http://diamond.jp/articles/-/9782)。
 図は国税庁発表の「民間給与実態統計調査」(平成22年9月)から採った。

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「サラリーマン年収5.5%減で考える生活防衛手段」

<衝撃の5.5%減>

 民間勤労者の所得の実態を調べて、国税庁が9月に発表した「民間給与実態調査統計」によると、昨年12月末時点での民間給与所得者の平均年収は、前年から24万円(千円単位四捨五入。以下同じ)減って、406万円だった。調査開始以来、幅も率も最大の下落だという。
 5.5%減とは衝撃的だ。昨年12月末時点で消費者物価は対前年比-1.3%だったからこれを差し引くとしても、実質-4.2%もの大幅悪化だ。この種のデータについては、「実感」があるとか無いとか、感じ方に関する曖昧な話になることが多いが、これだけ大きな下落だと、多くの勤労者は生活条件が「実感として」悪化したと感じているだろう。
 昨年は、リーマンショック後の金融危機の影響を最大に反映している時期なので、今年も同じくらいのインパクトで悪化することはないだろう。しかし、完全失業率は昨年12月の5.2%に対して、今年の8月で5.1%とほとんど改善していない。先般、日銀が日銀としては異例ずくめの「包括緩和」に踏み切ったことからも想像できるように(内容的に異例であっても、規模とスピードの不十分さは「日銀的」だが)、今後、再び景気が悪化するリスクもある。
 事態がここまで酷くなると「生活防衛」という単語が頭に浮かんでくる。所得環境にこれだけの悪化が明白で、且つ今後にもリスクがあるとなると、サラリーマン皆がこれまでと同じ生活という訳には行かないだろう。とはいえ、具体的に何をしたらいいのか分からないのが、大方の読者の率直な心境ではないだろうか。
 今回は、「生活防衛」のための具体的な手段について考えてみたい。

<女性の稼ぎの厳しい現実>

 生活の経済的条件を改善するにはどうしたらいいだろうか。
 アプローチの仕方として定石は、収入支出の費目の大きな部分から考えることだ。厳密には、個々の項目の金額の大きさではなくて、変化の余地の大きさが問題だが、何ならば大きく変えることが出来るかが分からない場合が多いのではないだろうか。個人差もあるが、一般的に影響の大きそうな項目から考えてみよう。
 個人の生活の経済的条件に最も影響の大きな項目は、いうまでもなく「稼ぎ」だ。
 真っ正面から考えると、自分の労働に対する稼ぎを増やせばいいのだが、転職やスキルへの投資など正攻法での改善は簡単ではない。若い適応力のある人は、成長余地の大きい海外に関わるビジネスに自ら飛び込む「人的資本の国際化」がベストなのかも知れないが、そこまで行けない人も多い。
 そうなると、働きを増やすことを考えることになる。
 一つは、副業だ。勤務先の仕事以外の仕事で収入を得ることが出来るようになると、トータルの収入が増える効果があるし、本業の失業や減給リスクに対するヘッジになることのプラスもある。しかし、現実問題として、多くの企業は社員の副業を就業規則で禁止していたり、禁止していないまでも嫌っていることが多い。副業は、合理的な生活改善策だし、本来は皆が持つべき権利だが、現実には副業を持つことが難しい場合が多い(これは解決すべき大きな問題である)。
 稼ぎに関して、多くの場合現実的な改善策は共稼ぎ、およびその条件改善だ。
 典型的な例では、夫婦世帯で、夫だけではなく、妻も稼ぐ形が考えられる。この場合、妻がどのくらい稼ぐことが出来るかが問題になる。
 国税庁の同じ調査の中に、性別・年齢層別の平均給与(年収)のデータがある。これを見ると、女性の場合、25歳~29歳で289万円、30歳~35歳で291万円と30歳近辺で年収のピークを迎え、その後は、65歳~69歳の201万円へと稼ぎが減っていく。他方、男性の場合は、25歳~29歳の355万円の後にも上昇を続け、50歳~54歳の629万円がピークとなる。年齢区分を取り除いて全男性の平均を見ると500万円、全女性の平均は263万円だ。
 女性勤労者の年収を「勤続年数別」で見ると、大学卒業で直ぐに就職した(且つ転職しなかった)と想定される勤続30年~34年まで、就職からずっと年収は上がり続けている。「10年~14年」(ほぼ30代前半)で289万円、15年~19年で333万円、20年~25年で348万円と上昇し続け、25年~29年の382万円、さらに30年~34年の387万円でピークを迎えている。この調査にはいわゆるフルタイムの正社員以外のパートタイム労働者やアルバイトなどを含むせいもあって男女差は大きいが、勤続年数を重ねることが出来ると、女性の収入も上昇していることが分かる。
 もちろん、女性の場合も、正社員で男性と同じ仕事をし続けていれば、職場の差、個人差はあるものの、年収の動きは概ね男性に準ずるものになるはずだ。
 女性が働くこと、夫婦で共稼ぎすることは、現在、「当たり前」でないまでも「普通」のことになっている。その前提で何が問題かというと、結婚や出産を機に女性が職場を完全に離れてしまって、復職しようとした時の労働条件が悪いことだ。
 女性の出産に対して理解のある会社は増えつつある。その間の給与支給は減ったり途絶えたりするものの1年ないし2年の「産休」を取得して、ほぼ元の仕事・元の条件に復職できる制度を持つ会社が増えた。これは、当然のことだ。
 しかし、こうした制度を利用して出産と初期の産後の育児を終えてから復職して稼ごうとしても、問題は少なくない。
 先ず、母親の仕事時間中に子供を預かってくれる保育園が足りない。これは、各方面から指摘を受け、政府も問題を認識しているのだが、スピーディーに解決する見込みがない。政府は頼りにならないという前提で、何とか手段を講じなければならない。
 保育園が確保できても、問題は終わらない。送り迎えの時間にピタリと間に合わせることが難しいからだ。早出も残業できません、という前提で、フルタイムの仕事をこなすのは、職種によっては非常に難しい。「お迎え」だけでも代わりにやってくれる人手があるといいのだが、核家族ではそうも行かないことが多い。
 付け加えると、母親の体力の問題もある。出産が高齢化していることもあり、仮に夫が協力的であったとしても、家事と職場を両方こなすことの体力的負担は大きい。
 ついでに指摘すると、出産年齢の高齢化は、多くの場合、経済合理的とは思えない。若年で低収入の時期の方が産休の機会コストは明らかに低い。会社の側から見ても、若手社員の2年よりも、中堅社員の2年が空白になることのダメージの方が大きいだろう。出産の高齢化には、晩婚化など他の問題も絡んでいるが、出産・育児をなるべく早い時点に持ってくることができれば、経済的にも体力的にもメリットは大きい。
 これらの問題を解消するためには、生活上の戦略が必要になる。

<住居費その他の生活コスト>

 稼ぎの問題を脇に置いて、支出について考えよう。ここでも大きい方から考えるとすると、住居のコストが問題になる。
 不況と人口減を背景に、不動産価格も家賃もじわりと下がりつつあるが、昨年のような所得環境の悪化があっては、とても追いつかない。低金利ではあるが、将来がデフレで、労働環境も良くない可能性があるとすると、大きな債務を負って、資産を特定の物件に固定する住宅ローンには慎重にならざるを得ない。
 一方、前記のように共稼ぎで子育てをする生活を考えると、住居の立地はなるべく便利な場所がいい。一日に30分通勤時間が節約できるということは、夫と妻とで、往復2時間分の時間の節約が発生することを意味する。休憩に使うにしても、別の稼ぎ(端的には残業代)や自己投資(勉強や交友)に使うにしても、時間には間違いなく経済価値があり、これに鈍感ではいけない。
 また、地方によって生活の事情は変わるが、都市部では、便利な立地に住居を持つことが出来ると、自動車を持たなくても暮らせるようになることのコスト節約効果が大きい。自動車の代金、ガソリン代、保険料、加えて駐車場料金などを考えると、たとえば、東京都内で山手線の内側に住んでいる場合、公共交通を利用し、必要なときにタクシーを使うスタイルの方が毎月のコストはずっと安い場合が多いのではないか。
 近年、若者が自分の車を持つことに対してかつてほど欲求を持たなくなる傾向が指摘されているが、文化的に自動車が既に「格好いい」ものではなくなったことの他に、生活上の合理性を反映したものではないか。

<「緩やかな大家族」のすすめ>

 地域差を考え、個人の住居に関する条件差の問題を考えると、誰にでも有効なアドバイスではないのだが、たとえば、夫婦の両親のどちらかが好立地な場所に持ち家を持っている場合、二世代同居型の住宅で暮らすことは、経済合理性がある。
 都会の住宅コストの大きな部分を占める土地のコストを節約できることに加えて、二所帯が生活上協力できることの効果が大きい。
 具体的には、子供所帯の方の妻がフルタイムで働く場合、保育園のお迎えを親所帯の誰かが代行してくれると、働く上での自由度が大いに増す。子供が小学校に入ってからも、下校後の子供(親世代からは孫)に関して、ある程度の面倒を見て貰うことが出来れば、大いに安心だ。食事等、生活はばらばらであっても、何かあった場合のバックアップが近くに存在することの安心感は大きい。
 親世代から見ても、子供や孫が近くにいることのメリットの他に、病気などのトラブルがあった場合に、子供所帯が近くにいることの安心があるだろう。
 協力し合うのは必ずしも親子でなくてもいいし、親子所帯が同じ土地に住むのではなく、近隣の「スープの冷めない距離」に住んでもいい訳だが、コストを節約し、土地・不動産の生産性を上げるという意味では、二世代住宅のような居住形態・生活スタイルは、もっと工夫されていいと思う。
 もちろん、嫁・姑の確執といった、人類にとって、世界平和の達成にも匹敵する大問題があるので、二所帯の距離感の慎重な調整が必要だが、たとえば、二世代住宅で当面の住居費負担を軽減することが出来れば、子供世代が早く結婚し、子供を生むことが、可能になる。一般に、結婚の条件として、男性側の年収が600万円くらい(都市部で専業主婦世帯として暮らすための必要年収の目途)を求めることが少なくないが、先の調査で男性の年齢別の年収を見ると、20代後半(25歳~29歳)で355万円、30代前半で427万円、となかなかそのレベルに達しない(平均年収が600万円を超えるのは、40台後半だ!)。
 振り返って考えてみると、戦後しばらくのまだ物質的に貧しかった時代は、大家族によって、生活における規模の経済性を発揮することで、多くの家庭が暮らしていた。今再び、当時のような大家族を主流のライフスタイルとして再構築することは現実的ではないと思うが、緩やかな大家族、具体的イメージとしては、漫画のサザエさんの一家よりも、もう少し緩やかなつながりだというくらいの生活スタイルを作ることができると、生活の生産性が上がるのではないだろうか。

<その他の問題>

 生活防衛、一歩進んで生活改善のために、打つべき手はまだまだある。
 夫の稼ぎ、ひいては人的資本の価値をいかに増やすかという「働き方の戦略」の問題もあるし、保険を節約あるいは卒業(特に医療保険はいらないことが多い)するなどの生活コストの改善、加えて、金融資産をいかに運用するか(金融機関のためでなく、自分のために!)といった諸問題がある。
 これらの問題については、また別の機会に考えてみたいと思う。
 
 以上

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