山崎元の「会社と社会の歩き方」

獨協大学経済学部特任教授の山崎元です。このブログは私が担当する「会社と社会の歩き方」の資料と補足を提供します。

【5月26日】日本の開業率を上げるには?

2010-05-26 22:43:39 | 講義資料
 以下の文章は、作家の村上龍さんが編集長を務めるメルマガ「JMM」の今週月曜日に配信されたものに私が寄稿した回答です。村上龍さんの問いは「日本では廃業率が開業率を上回っているが、開業率を高めるにはどうしたらいいか?」という内容でした。

 他の人の回答は、JMMのサイト(http://ryumurakami.jmm.co.jp/)で読むことができます。このサイトでは、「JMM」の配信を申し込むこともできます。「JMM」は経済・医療などの問題を扱った無料のメルマガ(内容はとても真面目!)であり、読み応えがあるので、配信の登録をされることをお勧めします。

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 起業が少ない理由は、経済合理的に考えて、リスクも考えたときに起業で期待され
る利益が魅力的でないか、あるいは起業することの機会費用が大きいかでしょう。

 自分で事業を興すことそのものは、もともと、そう割のいい経済行為ではありませ
ん。失敗の可能性は大きい。そうでなくても、働きに対して収入が十分とは言えない
場合が多いでしょう。後者に関しては、例えば、会社を辞めて起業したけれども、会
社員時代よりも遙かに忙しくなっているが、しかし、収入は会社員とそう変わらない、
という社長さんが多いでしょうし、それでも、起業としては上手く行っている方で
しょう。大いに儲かっている起業者はごく少数です。

 しかし、確率と損得を考えて起業は合理的ではないけれども、それでも事業にチャ
レンジする人が後を絶たないことに半ば呆れかつ感心して、この事業への意欲を「ア
ニマル・スピリット」と呼んだのはケインズですが、幸い、アニマル・スピリットを
持つ人は今日でも多数居るようです。ただ、日本にあって、このアニマル・スピリッ
トが低下している可能性はあります。

 ある調査によると、日本人は年間のセックスの数が世界的に見て少ないようですが、
こうしたこととも通底し、「アニマル・スピリット」を低下させている何らかの要因
があるのかも知れません。客観的なデータを欠いた印象論ですが、起業して成功して
いる社長さんの多くは、男性であれば、アニマル・スピリットを「獣的意欲!」とで
も訳したくなるような相当の「女好き」であることが一般的です。性欲と起業欲・事
業欲には、何らかの関係があるような気がします(「子孫の繁栄」と「資本の増
殖」)。この問題は、場合によっては最重要なポイントでしょうが、人間の考察に及
ぶので、これ以上踏み込みません(編集長にお任せします)。以下、日本にも一定の
アニマル・スピリットが存在すると仮定して、これが発揮されるための方法を考えま
す。

 人が起業するかしないかを考える場合、起業した場合に予想される状況と、起業し
なかった場合に予想される状況を比較することが合理的です。多くの人は勤労者なの
で、起業する状態と、会社や官庁に勤め続ける状態を比較することになります。

 正社員として会社に勤め続ける状態と会社を辞めた状態を比較すると、前者では解
雇されにくく平均的には年齢と共に年収が上昇する状況が想定できるのに対して、一
度会社を辞めると、そもそも同様の職を獲得することが難しく、再び雇用されること
が可能だとしても、収入が大きく下がる場合が多いという現実があります。つまり、
有利な現状を手放すことの機会費用が大変大きいということです。

 開業率を上げる、即ち起業を増やすには、一つには、雇用の流動化を促進すべきで
しょう。正社員の解雇を容易にする、長い勤続年数が有利な制度(年功賃金や、超勤
族が有利な退職金制度や年金制度)を廃止する、といったことが考えられます。経済
の効率を改善する為にも、いわゆる正規と非正規の差を無くす意味でも、これは合理
的な変化だと思われます。ただし、既得権層(正社員、そして官僚)の反発は大きい
でしょう。

 もう一つの方法は、起業のリスクを小さくすることでしょう。こちらに対する反発
は、より小さいのではないかと思われます。

 有力だと思う施策は、「兼業禁止」を明確に禁止することです。会社や官庁の仕事
に支障がない限り副業を制限しない、さらに、会社なり官庁なりの労働を「完全フル
タイム」以外の形態でも認めるようにすると、会社員や公務員の起業はぐっと楽にな
ります。

 今日、物理的な作業だけでなく、知的な貢献を要求される仕事が増えていますが、
こうした仕事にあっては、たとえば週に5日の出勤を3日にしても(極端な場合、出
勤しなくても)、その人の貢献は、そう大きく減らないでしょう。こうした状況をフ
ルに活かすと、会社側は社員の貢献を今までよりも安価に買うことが出来るでしょう
し、社員の側は、時間と自由を手に入れつつ、小さなリスクで起業することができま
す。

 自分が養わなければならない家族がいる、会社を辞めて失敗すると世間的な評価も
大きく下がる、しかし、起業して成功できることに絶対の自信を持てるようなビジネ
ス・プランも自分の能力への自信もない、という「普通の勤労者」(私もそうです)
が、起業に踏み出すには、副業型の起業を可能にし、奨励することが有効ではないで
しょうか。社会的に、副業を支援しブームにするといいのかも知れません。

 尚、現職及び前職の会社の理解もあって、私は、現在この方法を試していますが、
起業、あるいはフリーとしての成否は今後の問題ながら、今のところ、この方法は上
手く機能しています。
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【5月26日】「成果主義」を考える

2010-05-26 22:38:44 | 講義資料
 以下の文章は、数年前に、インテリジェンス社のサイトの「転機晴朗」と題した連載コラムに筆者が寄稿したものです。

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「成果主義」攻略のポイント

★ 被害者ヅラしていても仕方がない

  成果主義は基本的に「今の働きに、今報いる」ので、新しい会社にあってはその会社における過去の実績が関係ないし、会社を辞める場合にも過去の業績に対する「貰い残し」が少ないので不利が小さいというのがその理由だった。同時に、成果主義はこれを上手に使うことが簡単ではないけれども、競争上有利な仕組みだし、個人に対してもフェアなので、良い仕組みなのだということも説明した。これら二つの論旨にその後も変更はない。そして、成果主義的な処遇制度はますます普及している。
 しかし、成果主義の普及と共に、その弊害を指摘する声が多く聞こえるようになってきた。最近では、成果主義を導入した大手電機メーカーの元人事部員が、成果主義導入の失敗例を書いた本がベストセラーとなるなど、成果主義への批判が増えている。
 成果主義への批判は、①成果主義導入企業が増えるとその中にうまく行かない企業が混じる確率が高まるがこの際に経営の失敗が成果主義のせいにされやすい、②そもそも成果主義でない制度を成果主義だといって批判している、③成果の計測や人の評価など成果主義でなくても重要かつ難しいポイントでの失敗が成果主義のせいにされている、といった要因に基づく場合が多い。
 先の電機メーカーの例では、これらの三点が全て関係しているように思われるが、一番大きいのは②だろう。この電機メーカーの成果主義は、成果の計測と報酬の与え方の両方に問題があって、個人間の差を強調することにのみ力点がある「陰気な成果主義」ともいうべきニセモノの成果主義だった。本来の成果主義は「稼いでくれたら、喜んでたくさん払う(だから、稼いで下さい)」というような「陽気な成果主義」なのだ。
 成果主義を導入企業の現実の人事制度は「陰気な成果主義」と「陽気な成果主義」の中間のどこかにあるようなのだが、ビジネスパーソンにとって重要なことは、これが与えられた現実なのだということだ。「成果主義はダメだ」「成果主義は大変だ」と言って被害者のような顔をしていても、現実が後戻りする可能性は乏しいし、幸せにはなれない。それに、成果主義にはゲームでいう「攻略法」のようなコツがあり、その利用は難しくない。

★ 成果主義ではリスクを取る方が得になる

 成果主義(陽気な成果主義の方)を攻略するコツは、一言で言えば「できるだけ大きなリスクを取ること」だ。ひとたびチャンスを掴んだら、自分でリスクを大きくするくらいの積もりがちょうど良い。
 どういう事かと言うと、たとえば(A)中くらいのプロジェクトを引き受けるのと、(B)非常に大きなプロジェクトの責任者を買って出るのとを較べると、仮に成功・失敗が半々の確率だとすると、成功した場合の報酬は(B)の方がずっと大きいことが多いのだが、失敗した場合の処遇は(A)、(B) 似たようなものである場合が多いのだ。外資系などの厳しい会社の場合、失敗すると(A)でも(B)でもクビかも知れないし、逆に原則としてクビはない会社の場合だと、失敗しても多少格好が悪かったり割が悪かったりする部署に異動する程度で済むことが多い。また、後者の場合だと、会社や部門の浮沈に関わるような大きなリスクを取ると、経営者や上司と半ば一蓮托生の関係になって、「かえって安全だ」ということがしばしば起こり得る。
 他方、過去に主流であった、終身雇用と年功序列を特色とするシステムの場合には、成果と報酬が時間的に大きくかけ離れており、せっかく良い業績を上げても、将来偉くなる前に失敗すると報酬を貰い損ねる心配があったから、「余計なリスクを取らない」ということがサラリーマン人生のコツになっていた。
 「年功序列」と「成果主義」では、リスクに対する損得が180度違うのであり、ビジネスパーソンは制度によって感覚を修正しなければならない。
お金の運用の世界に喩えると、前者は少しずつポイントを稼いでリスクを避ける債券の運用のような感覚に近く、後者はのオプションに近い感覚だ。オプションというのは選択権のことで、たとえば株を一定の価格で買えるというオプション(「コール・オプション」という)では、後から株価が上がった場合には権利を行使すると利益になるが、株価が下がった場合には単に権利を放棄することができる。財務の勉強にもなるので、ご存じない方は是非入門書を見て欲しいが、こうしたオプションの価値は株価の変動の程度(つまりリスク)が大きくなるほど高くなる。つまり、成果主義の仕組みの下では、チャンスを得たら、なるべく大きなリスクを取る方が得だということなのだ。
まずは、「陰気な成果主義」か「陽気な成果主義」か、という見極めが大事だが、人事制度が後者の要素を持っている場合には、リスクを取ることが出来るチャンスを手に入れたら、自分から大胆にリスクを拡大し、失敗しても成功しても、また別のチャンスにチャレンジすることが基本になる。
 若い人で且つ現在の収入が低い人の方が、感覚を合わせやすいだろうし、リスクにチャレンジするに際して犠牲にするものが小さくなる(経済学的には「機会費用が小さい」という)ので、成果主義に適応しやすいだろう。
 なお、最近、起業して株式公開した人が成功者として注目されているが、株式の価値も将来の期待値まで含めて現在の成功を評価する一方で、失敗した場合の価値はゼロに留まるオプションの性格を持つ。起業も成果主義の一種だといえる。誰もがうまく行くというわけではないが、失敗した場合に再チャレンジするガッツがあれば、どんどんチャレンジするといいと思う。

★ ゲームのプレーヤーとしてのビジネスパーソン

 個人間の競争は強調するけれどもあまり報酬に差を付けない日本的年功序列にしても、最近の成果主義にしても、あるいは、一見新しい成果主義のようでありながらその実は旧来型とあまり変わらない「陰気な成果主義」であっても、それぞれの制度で有利に振る舞うコツがある。
 人事制度を論じる書籍や雑誌などの記事は、どうしても会社(とその経営者)にとってどの制度が得かという視点で書かれることが多い。しかし、会社の利害と、個々のビジネスパーソン個々の利害とはしばしば別のものだ。ビジネスパーソン個人の側から、人事と報酬の仕組みを評価し、攻略するという視点が必要になる。また、最終的には、こうしたビジネスパーソンの視点に耐えうる制度でないと、会社にとってもプラスにならない。
 そして、どうしても自分に与えられた仕組みが自分の目的に合わない場合に、個々の部ジネスパーソンは、「転職」を自分に合ったルールのゲームを選ぶための手段として考えることが出来る。

以上
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【5月20日】(参考)面接の心得、転職の場合

2010-05-19 05:40:19 | 講義資料
 以下の文章は、リクルート・エージェント社のウェブサイトに、「転職原論」の第7回目の記事として掲載された拙文です。
(http://www.r-agent.co.jp/guide/genron/genron_07.html)

 転職の面接は自分という商品を売る「商談」であるという考え方を述べてみました。就職の面接とも重なる点があろうかと思いますので、読んでみて下さい。

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(転職原論:第七講) 面接の本当の達人

(1)応募書類は相手の立場に立って書く

 転職に自分から応募するとき、面接抜きに、書類選考だけで採用が決まることは、ほぼ無い。転職しようとする場合、最初に目指すのは、面接まで辿り着くことだ。通常は、履歴書と職務経歴書を送って、面接の可否の連絡を待つことになる。面接のアポイントメントが取れたら、履歴書・職務経歴書は役割を果たしたと考えていいだろう。基本的には、面接が勝負だ。
 上手い履歴書、あるいは職務経歴書の書き方として、特別なノウハウがあるわけではないが、基本的に考えるべきことは「読み手の立場に立って書く」ことで、これに尽きる。初歩的には読みやすく正確に書くということが大事だし、もう一歩先のレベルでは、先方が応募者の何を知りたいと思っているのかを推測して書くことが重要だ。自分を表現したりアピールしたりするのではなく、自分に関する情報を相手に適切に伝えるのだ、という気持ちで書くといい。
 仕事に無関係な趣味の資格などを書いても仕方がないし、応募職種にもよるが、外資系の会社に応募するのに「英検二級」なら書かない方がまだいい(どのみち面接でテストされるだろうが「英検一級」なら履歴書に書いた方がいい)。一方、募集している仕事に関係のある経験やスキルを持っている場合はそれが伝わるように職務経歴書を書こう。

(2)面接の前に準備しておくこと

 面接で先方が知りたいことは、(A)募集職種に於ける候補者の能力と経験(この人にこの仕事を任せて大丈夫だろうか?)、(B)候補者の人柄(一緒に仕事をして楽しい人だろうか?)、(C)どれくらい入社したい気持ちがあるのか(本当に来てくれるのだろうか?)、(D)将来も働いてくれるだろうか(近い将来、辞めてしまう心配はないか?)といったことだ。
 新卒学生の面接なら、「学校で勉強したことを簡単に説明して下さい」、「どうして当社に入社したいのですか」、「当社に入ったら何をしたいと思いますか」という三つくらいの質問をすることで、(A)~(C)くらいまでは短時間で分かる。たとえば、学校の専門について訊くと、どの程度まじめに勉強したか、それを他人に過不足無く分かりやすく説明できるか(素人に専門内容を説明できる人は「頭がいい」)、といったことが相当程度分かる。学生なら、上記の三つの質問に関して答えを自分のものにしておけば大丈夫だが、転職の面接の場合、もう一つ準備が必要だ。それは「(以前の、或いは、今の)会社を辞めた理由は何ですか?」という質問に対する回答だ。仕事の能力に問題がない場合、採用する側が一番聞きたいのはこの質問に対する答えだ。
 この質問で問われるのは、過去の経緯と仕事に対する考え方とと共にビジネス的なコミュニケーション能力だ。嘘を答えてはいけないし、露骨な答えや、投げやりな答えはビジネスのやりとりとして不適切だ。
 しかし、会社を辞める事に関しては、何となく疾しい感じがして必要以上に言い訳口調になったり、過去の経緯があると感情が高ぶったりすることがある。この質問を上手くこなせない場合、面接全体の出来にも影響するので、過去の転職について「辞めた理由」、これからについて「辞めてもいいと思っている理由」の二点は、あらかじめ答えを紙に書いて、自分で吟味してみるくらいの周到な準備が必要だ。

(3)いきなりお金の話はしない

 面接は、基本的に、①採用側から見て候補者が仕事とに合っているか、②候補者側から見て会社と仕事に関して疑問はないか、そして①、②について問題がないことが確認されたら、③経済的な条件を含めて条件面で合意できるか、という流れで進むと考えておこう。「仕事」が第一に重要で、給料を含めて「条件」はその次の話題、というのが尊重すべき建前だ。
 最初に質問するのは採用側だし、その後に「何か質問はありませんか?」と訊かれても、「要は幾ら貰えるのですか?」といった質問をするのは印象が悪い。ドライだと言われる外資系の会社でも、これは、そうだ。
 お金が重要でないとは言わない。しかし、仕事が何で、どのように進める必要があるのかということは、転職後の居心地と共に将来の自分の人材価値にも関わることなので、非常に重要なのだし、面接中は「仕事の内容の方がお金よりも大切だ」と思っている方が結果がいい場合が多い。

(4)面接は自分という商品を売る「商談」

 面接の服装だとか、応募書類の作り方だとか、あるいは話の仕方にしても、基本的には「面接は自分(の仕事)という商品を売るための商談なのだ」と理解しておけば良く、殆どの物事はその延長線上で判断できるはずだ。
 商談だから、時間も服装も相手に合わせる(相手に対する敬意が伝わるようにする)ことが大事だし、話の呼吸も、交渉の詰めが肝心でリスクや曖昧さを取り除かなければならないことも、転職面接の基本的な考え方は全て商談と一緒だ。
 尚、さまざまな調査で面接は、最初の1分くらいの印象で決めた結果と長時間やりとりして決めた結果とに殆ど差がないことと、誰かが好印象を持つ相手は、他の面接者が見ても好印象を持つらしいことが報告されている。最初の印象で決まるのは事実だろうが、最初が良ければ後で失敗してもいいということではないだろうし、後の準備に自信がなければ最初に好印象を与えることも難しい。
 一つの心構えに集中するとすれば「これからお互いにとって良いビジネスを作るのだ」という緊張感のある楽しみな感じを自分に言い聞かせることだろう。
 もう一言付け加えておこう。書類選考も、面接も、相手の都合で決まることだから、落選することがある。筆者も、過去の転職活動で何度も不採用を経験してきた。不採用の通告は、人間としての自分が否定されるか嫌われるかするような情けない気分になりやすいものだが、これも「あくまでも『商談』の不成立であり、自分の全人格ではなく、「ある種の労働」が商品なのだ」と割り切って気分を切り替えよう。
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【5月20日】子ども手当を狙う金融商品

2010-05-19 05:33:10 | 講義資料
 以下の文章は、5月19日に「ダイヤモンド・オンライン」にUPされたもので、子ども手当を狙う金融商品について書いたものです。
 学生のみなさんの中で、子ども手当を受け取る人は殆どいないと思いますが、じぶんならどうするだろうか、と考えてみて下さい。

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●子ども手当を狙う金融商品

 今年の6月頃から子供一人当たり1万3千円支給される「子ども手当」。原則論としては「好きなように使えばいい!」。
 何らかの借金がある人は、たぶんその返済に充てるのが最も効率がいいだろうが、それを除くと、子供の習い事に使おうが、食費に使おうが、それでストレス解消が出来るなら母親のパチンコ代に使おうが、何ら問題はない。どれがいいと、優劣をはっきりと、まして他人が決められる問題ではない。
 給付金型の福祉のいいところは、その使途に制限を付けずに、一定の経済力を(公共事業などよりも)遙かにローコストで公平に配ることができる点だが、ここが予算支出に自分達の利権を絡めたい官僚集団に嫌われる点でもある。
 また、一方で市場原理の優位を説きながらも、子ども手当に関しては教育クーポンで配れ(母親がパチンコに使わないように?)などという、一貫性のない狭量を示す人もいるようだが、先ずは「余計なお世話だ!」と申し上げておこう。
 さて、「余計なお世話だ」と言われたぐらいでは引き下がらない人達がいる。金融マンである。顧客にとっての「毎月1万3千円の新たなお金」は、彼らにとって大きなビジネスチャンスだ。彼ら(彼女ら)は、にっこり微笑んで、「申し訳ございません。手前どもは、お客様のために商品を提供させて頂いています」とでも述べて、商品のセールスに入るに違いない。
 子ども手当が入って来たとしても、もともとの貯蓄や投資の生活に、本来大きな変化はないはずだ。将来に備えて投資をしている人であれば、積み立てででも、あるいは金額がまとまったところで投資するとしても、投資や貯蓄の額を増やせばいい。子ども手当で入ってくるからと言って、子供に使わなければならないとか、まして、特別に有利な運用方法があるわけではない。

<「やっぱり」学資保険?>

 子ども手当を目当てにした金融商品は、何が来るか。やっぱり、学資保険か、と思えば、その通りだった。金融業界の雑誌「週刊 金融財政事情」(5月17日号)の記事によると、一部の生命保険会社が子ども手当の月額1万3千円レベルに保険料を合わせた学資保険を売り込んでいて、契約件数を伸ばしているらしい。
 商品のイメージとしては、月額1万2千数百円を18年間払い込むと、満期に3百万円受け取ることが出来、期間中に親(正確には契約者)が亡くなった場合には、以降の保険料が免除される、という感じのものだ。
 近年の学資保険には、払い込んだ保険料が満期の受け取りを上回る(返戻率100%割れ)商品もあったが、最近の売れ筋商品は、たとえば合計2百6十数万円を払い込んで、満期(開始18年後)に300万円になるといった、返戻率が100%を超えるもののようだ。
 実際に、貯蓄だと考えると、例えば、120%台(0歳で一括払い、18年満期)の返戻率は、「何ら魅力的ではない!」が、顧客は18年という期間の運用をなかなかイメージできないので、「百二十何パーセント」という響きは、そう悪くないものに聞こえるらしい。
 金融商品として評価すると、預金でも投資信託でも、これだけの期間資金を固定できるならもっと利回りのいい物が複数ある。途中で金利が上昇すれば預け替えが出来る場合もあるし、何よりも、子供が本当にお金が必要な時には蓄えを使うことが出来る。
 たとえば、子供に音楽家やスポーツの才能があった場合、レッスン料は18歳よりも前に投入する方が収益率が高そうだ。楽器の購入などもそうだろう。もちろん、学業や病気の治療などにお金が必要な場合もあるだろう。
 子ども手当向けの商品で典型的なのは18歳(順調なら大学入学時点)で300万円という設計のものだが、このくらいのお金がまとまったお金として意味を持つ家計なら、子供関連以外の支出でも、まとまったお金を必要とするケースは少なくないだろう。
 子供の教育費だけを別にして貯めたり運用したりすることは、金融的な意思決定としては効率的でない。
 先の「週刊 金融財政事情」の記事によると、学資保険を金融機関が販売した場合、初年度は保険料の5%で1万円程度、その後5年間は手数料が支払われるが、1年目よりは少ない、といったレベルの手数料収入になるようだ。もちろん、この他に、保険会社が儲けている。お金の自由度が失われることの他に、こうした金融業者の手数料を考えると、学資保険が効率のいい運用になるはずがない。
 付け加えると、学資保険の危険はもう一歩先にある。保険会社や販売金融機関にとって、学資保険はそう儲かる商品ではない。学資保険は、明るい話題で営業トークが出来る顧客に提案しやすい商品であり、これを糸口にして、別のもっと利幅の大きな保険等の商品を売ろうとするところに、先の狙いがある。金融ビジネスは、あくまでも貪欲だ。
 個人の側では、端的に言って、貯蓄・投資は、リスクを考えた上でも最も効率が良いと考える運用(二、三の商品への分散投資になる公算が大きいが)に固めるのが明らかにいいし、その上で、決して借金をしないで済むように資金繰りが出来るようなキャッシュ・マネジメント(普通預金残高のコントロール程度のことだが)が出来ればいい。

<それでも「子ども手当」を運用したい人のために>

 「子ども手当」を狙った金融商戦では、学資保険の他にも、銀行が、子ども手当の指定振り込み口座を獲得できた場合にギフト券をプレゼントするようなキャンペーンを提案しているし、生命保険会社でも、定期保険や終身保険など既存の商品で、月額1万3千円程度の保険料支払いになるプランを提示するパンフレットを作ったりしているようだ。
 何度も繰り返して恐縮だが、「子ども手当」という名目で入金したからといって、お金はお金だ。特別な扱いをする必要はない。
 しかし、それでも何か特別な運用をしたいという読者のために、筆者(注;ネット証券に勤めているので要注意!)も、一つプランを提示しよう。
 前提として、読者にとって、子ども手当の収入は計算外のものであり、これが無くても生活に支障はないとしよう。概ねそういうことなら、このお金はリスクを取ることが出来る運用資金だ。
 一方、リスクを取る場合、たとえば、金の積み立てとか、特定の株式への積み立て投資ではなく、幅広い分散投資が出来ると安心だ。1万3千円で出来る分散投資はあるか。加えて、学資保険のように、買ったそばから手数料が掛かる(顧客からは見えないが)ような商品は嫌だろう。
 筆者が用意した答えは以下のようなものだ。株価指数に連動する運用を行う投資信託、いわゆるインデックス・ファンドで、「TOPIX」(東証株価指数)に連動するものを6000円、日本以外の先進国の株式に連動する株価指数である「MSCI-KOKUSAI」に連動するものを5000円、新興国株式に連動する指数である「MSCIエマージング」を2000円、毎月購入する。
 購入時に手数料が掛からない「ノー・ロード」と呼ばれるタイプのものを買う。信託報酬も海外に投資する物でも年率0.7%程度で収まる(まだ高いが、他の投信よりは遙かにましだ)。本当は商品名や会社名を挙げたいところだが、宣伝になるので止めておこう。大手信託銀行系の投信会社(複数)でこうした条件に当てはまる投資信託を設定・運用している。
 購入窓口は、これも会社名を挙げたいところだが(筆者の立場では特に)、ぐっと堪えて、ネット証券が便利だと申し上げておく。複数のネット証券で、1000円単位からの積み立て投資を行っている。
 結果に責任は持てないが、筆者は、学資保険よりも随分いい運用になるのではないかと期待している。もちろん、途中で解約して、必要な用途にお金を使うことも出来る。頭の中で将来を想像していただくと、学資保険のような商品にお金を閉じこめるよりも、分散投資されたリスクを取りながら、お金をいつでも自由に引き出せる運用の方が具合がいいことが分かるのではないか。
 もちろん、筆者も金融マンの端くれである。話を信用していいとは限らないし、何か別の商売の狙いがあるかも知れない。投資の判断は、読者ご自身の責任で油断無く行って下さい。
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【5月20日】面接にあたって考えておくべきこと

2010-05-19 05:23:35 | 講義資料
 今回は、予定を変更して、就職の際の面接についてお話ししようと思います。予定変更の理由は、まだ就職活動中の学生が多数いるので、なにがしか実用的なことを早めに話題にしておきたいと思ったからです。

 以下の文章は、5月118日に、私のブログに書いたものです。
 面接に当たっては、特別な準備はいらないと思いますが、敢えてコツらしきものを述べるとこんな感じか、と思う点について書いてみました。
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 Twitterで、大学生の就職事情が厳しいことについて同情的なツイートを書いたら、ある方から「自分がどうありたいのか、とことん本気かどうか? あがいているか? 」というツイートが返ってきた。私は、これは学生に対するアドバイスあるいは、意見であろうかと解釈して、「自分探しよりも、会社を知ることが大事。自分にではなく、会社・仕事に興味のある人を会社は採る 」と返信した。

 思うに、面接では、自分のあれこれをアピールすることよりも、相手の話を聞くこと、それも有り体に言えば、相手に気分よく話させることの効果の方がずっと大きいような気がする。
 私の得意分野ではないが、恋愛にあっても多分そうなのではなかろうか。「ボクはこんなに凄いのだ!」と自慢するよりも、身の上話を真剣(風)に聞いたり、相手に自慢話をさせるような展開に持ち込んだりする方が遙かに好感を得られやすいような「気がする」。

 さて、受ける側から見た面接の成否は、面接官が、相手に好感を持つかどうかで決まる。人相風体や身体の動きに表れる印象も重要だろうが、会話にあっては、「あなた(=面接官様)の仰っていることを、私はよく理解しました!」という印象を与え続けて、「あなたとあなたの会社に興味と敬意を持っています」という気分を伝えることが、有力な手段になる。
 部活動で活躍した話とか、アルバイトでのエピソードなどは、学生本人にとっては唯一で貴重な経験であっても、面接官にとっては関心の湧かない「みな同じ」に聞こえやすい話だろう。まして、自分が何者であるかについてとことん考えた話など聞きたくもないにちがいない。面接は、体験告白や人生相談の場ではない。
 また、初対面の相手に突然やる気や積極性などをアピールされても鬱陶しいとか、痛々しいと思うだけだろうし、アピールに変な意外性があると(人間は「意外性」を警戒する生き物だ)「使いにくい部下(かも知れない)」だと思うかも知れないし、そう思われると多分それだけで致命傷だ。
 学校名を伏せて面接を行っても、高偏差値の大学の学生が採用されやすい事実は、おそらく言葉のやりとりの的確さにある。そして、その背景に、頭の良し悪し(この場合、主に理解力と論理性)や国語力の違いがあるのではないだろうか。
 採用する側から見ると、どちらかといえば「頭がいい」部下を採りたいだろうが、より直裁には「使いやすい部下」、「役に立つ部下」を採りたいと思っているはずだ。この感情に素速く合わせることができるのが真に頭のいいキャンディデート(候補者)ということになるだろう。

 あまり細かなテクニックを言っても気になるだけかも知れないが、面接では、先ず、「相手の言語」に素速く且つ最大限合わせることに注力すべきだ。
 面接官が使う言葉のスピードや響き、語彙の傾向などを把握して、なるべくこれに合わせようとするだけでも印象が違う。
 これは、一般的なビジネスにもいえることで、たとえば相手が使う外来語の頻度やレベルなどを素速く把握して、相手のボキャブラリー・セットに合わせて話すと効果的だ(たとえば、相手が外国語に興味を持っていないのに、原語の発音風のカタカナ語を会話に混ぜると、「有能すぎるバカ!」だと思われて上手く行かない)。
 そして、最初の二、三分で面接官が得た印象がその後の話によって大きく変わることは稀だから、最初に集中しよう。
 面接官の質問の意味を正確に聞き取って、これに答えることが大切なのはいうまでもないが、面接官にも話をさせるように仕向けるといい。聞き役ばかりを続けているのは、結構疲れるものだから、自分も少しなら話をしたいと思っている面接官は少なくないはずだし、相手に対する興味や敬意を表すには質問が効果的な場合がしばしばある(勿論、次から次へと質問するのは「やり過ぎ」だ)。
 面接官が気持ちよく話すことのできる話題に持ち込むことができればラッキーだが、やりとりのテンポが良ければ、無理をする必要はない。
 最近の就活事情は詳しく知らないが、訪問先の会社については、ホームページで分かる程度の予備知識で十分だと思う。知らないと誠意を疑われるような常識的なことは知らないとまずいが、細かな業務内容や制度については知らなくてもいいだろう。新卒採用の場合、会社側は「素材」を採るという意識のはずであり、細かな知識は求めていないはずだ。
 ほとんどの場合、相手が欲しがるのは「(自分の言うことをよく分かる)感じのいい部下」だ。「僕は感じのいい部下になりそうだから、面接官はきっと気に入るだろう」と自己暗示をかけて、「やっぱりそうだ!」という気分で相手の目を見て、相手のテンポに合わせて話を始めよう。
 面接の時間はあっという間に過ぎる。

 私は新卒の面接をそうたくさんやったわけではないが、質問のパターンをほぼ決めていた。
(1)学生時代は何を専門に勉強されたのですか?内容を分かりやすく説明して下さい。
(2)当社を志望された理由は何ですか? 他社と比較して当社のことをどう思いますか。
(3)もし当社に入社されたら、どんなことがしたいですか?
基本的な質問内容はこの三つだけだ。

 質問(1)に的確に答えられるかどうかで、採否に必要な情報の8割は分かる。自分が勉強した内容を、分かりやすい言葉で大人に説明できるのはかなり頭のいい学生であり、この意味で頭のいい学生は、問題達成に対する意欲が高いので、有能な社員になり得る。相手が学生といえども、クイズを出題して頭の良し悪しを探る、というのは相手に対して失礼というものだろう。クイズなど出さなくても、話を聞けばビジネスに使う種類の頭の良し悪しは十分分かる。
 質問(2)は、学生の志望動向に関する情報収集(内定を出したら、採用できるだろうか?、どこと競合しているのだろうか?)と、「社会性」のチェックを兼ねている。第二志望だろうが、第三志望だろうが、(嘘が交じっても)破綻のない理由を的確に言うことができるかどうか、を確かめている。
 質問3は、敢えていえば「意欲」のチェック項目だが、学生は、まだ社員として働いたことがないし、会社の中についてよく知らないはずだから、感心するような答えが返ってくることを期待してはいない。こうした無理な質問にどう答えるかで、学生の意欲や工夫の上手下手がある程度分かる。ここで、話を上手にできる学生は、意欲があるのと共に、かなりコミュニケーション能力が高いといえる。
 基本的には、上記の三つの質問のバリエーションでやり取りして、学生を判断していた。

 ちなみに、転職の面接の場合には、「(主に「今の」だが、過去のも重要)会社を辞める理由は何ですか?」が四つ目の(重要な)質問になる。
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【5月13日】(予習)格付け会社の問題点と解決策は?

2010-05-12 04:27:40 | 講義資料
 以下の文章は、「現代ビジネス」というウェブサイト(http://gendai.ismedia.jp/)に私が投稿した原稿です。ギリシャ問題に絡めて、「格付け会社」の問題について考えています。
 格付け会社について、①会社の利益にとっては何が大事なのか(短期では?、長期では?)、②個人の損得にとってはどうなのか?、ということについて、想像力を働かせてみて下さい。

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●ギリシア問題で格付け会社について考えた

 先週から今週にかけては、ギリシア問題で市場が大揺れだったが、今週初に、小さいけれども気になるニュースが目に入った。
 ブルームバーグが報じたニュースなのだが(「ムーディーズ株7カ月ぶり安値-SEC行政手続き事前通知」。http://www.bloomberg.co.jp/apps/news?pid=90920000&sid=aLLXcq6c9J1A)、5月10日の米国株式市場でムーディーズ・インベスター社の株価が6.8%も急落し、昨年10月以来の安値となったが、その背景が「米証券取引委員会(SEC)が同社に対する行政手続きを検討していることが明らかになり、売りを浴びた」ということであった。
 記事によると、ムーディーズ社は、同社の格付け会社としての適性に関連して、SECが違法行為の排除と阻止に関する行政手続きを検討しているとの通知を受け取ったことを選手末である5月7日に明らかにした(投資家にとっての重要情報だから明らかにする義務がある)、ということらしい。
 ギリシアの問題と、ムーディーズ社の問題と、二つの問題は、実は無関係に起きているのかも知れないが、ギリシアをはじめとする欧州の問題に対してムーディーズ社、あるいは同類の格付け会社が「悪さ」をしないように、という牽制の意味で米政府ないしSECが行動を起こしたのではないか、という連想がつい働いてしまう。
 仮に、ギリシア、ポルトガル、スペインなど財政弱体国の国債、或いは不動産バブル崩壊後のバランスシート悪化で苦しんでいるはずの欧州の銀行の株式ないし債券をショート(空売り)しようとする主体があった場合、ムーディーズのような格付け会社を味方に付けるか、共謀して行動する味方でないまでも、内部情報を得ることが可能であれば、極めて有利なポジションを取ることが出来るだろう。
 格付け会社との共謀、あるいは上記のような情報洩れを例えばヘッジファンドや金融機関の自己取引勘定のような主体が利用することは、明らかに悪いし、おそらく違法の要件を満たすだろう。これら以外にも、考えてみると、格付け会社自体が、格付けを操作し、情報の出し方をコントロールすることで、重要顧客の利益をバックアップして自分のビジネスを有利に運ぶような「片八百長」も出来るだろうし、自分達の商売を有利に運ぶために、格付けが問題になる状況を自ら演出する可能性も無しとしない。
 現在のような状況下にあっては、格付け会社は、少なくとも波乱を起こしうる存在として警戒して置くことが必要だ。
 他方で、格付け会社はこれまでそれなりではあるが、信頼を得ていた場合もある。筆者も、かつて、のんびりしたゲーム理論の入門書か何かで、格付け会社が甘い格付けを連発して自分達の商売に有利な状況を作るような行為に対しては、将来「評判の悪化(の可能性)」が抑止力として働くから、格付け会社を(ある程度)信用することができるのだ、というような見解を読んだことがある。
 確かに、こうした抑止力が働く局面もあるだろうが、上記の見解は、実質的なプレーヤーが「格付け会社」という組織ではなく、格付け会社の経営者個人であったり、格付けアナリスト個人であったりすることを十分考慮していない。不正が表沙汰にならない限りにおいて、格付け(会社)に関わる個人は、格付け情報を操作したり、格付けに関する情報を洩らしたりすることで、経済的なメリットを得る可能性が十分ある。
 しかし、格付け会社を正しく機能させる方法は、簡単には見つからない。
 サブプライム問題を見ると、格付け会社の大きな問題が債券の発行者から格付けの費用を貰うビジネスモデルにあることは明らかだが、これを禁止することが適当だとも思えない。情報の出し方によっては、こうしたビジネスモデルによる情報でも「無いよりはまし」なケースがあるし、何よりも債券発行体、格付け会社双方の自由な取引なので、これを禁止する根拠がない。
 ただ、たとえば公的機関の資金運用などで、この種の格付け会社の格付けを基準に使った投資適格基準などは採用しない方がいいだろう。もともと癒着が疑われるビジネスモデルに公的機関が加担するのはまずい。
 問題のおおもとは、むしろ、投資家側が横着をして格付け会社の情報で投資しようとすることにあると考えるべきだろう。投資家が格付け会社を頼らなくても投資が出来るようになれば、それが一番いい。
 それにしても、株式なら証券会社のアナリストの推奨を簡単に信じない人でも、債券投資となると格付けに頼ることが多い(筆者自身にも、そうしかねない危うさがある)。
 一つには債券投資の信用分析は処理すべき情報が非常に複雑だ。もう一点、デフォルトというものはそう頻繁に起こるものではないし、投資の判断を行ってからデフォルトが起こるまでに随分時間が掛かることもある。株価の上下で早く結果が表れる株式投資と異なり、債券投資の信用リスク面の問題に関しては、学習が働きにくいのだ。
 格付け会社が付与した格付けの履歴とその後に関するデータの整備が不十分なことにも問題がある。自社が行った格付けとその後のデフォルト率のデータを集計値として公開している格付け会社はあるが、率直に言って、この情報を信用していいとは思えない。格付け会社の格付け行動を客観的にデータベース化する必要があるのではないだろうか。現在、投資家が、格付け会社を評価する十分な情報を持っているとは言い難い。
 債券の発行に関しても、広く一般投資家が信用リスクを判断できるような情報の開示を推進すべきだろうし、債券そのものの条件もリスク評価がしやすいように、もっとシンプルにすべきではないだろうか。
 加えて、個々の格付けに関する格付け会社の個々の社員の関わりや、格付け会社とクライアントとの取引状況についても、公開がなされるべきだろう。格付け会社が特定の発行体から大量のビジネスを受けている場合、その発行体が発行する債券の評価にあたって「手ごころ」を加える可能性は十分あるから、これは重要な情報だ。
 債券取引そのものの透明性向上、格付けに関わる会社と人の情報開示の推進、といった形で、債券の投資家を相対的にレベルアップすると共に(注;発行体や証券会社にとっての旨みが減るかも知れないが)、格付け会社とその社員が将来の「評判」をもっと大切にするようなインセンティブの仕組みを設計することが大切だ。日本に限らないが、今後、規制監督当局の創意工夫を期待したいところだ。
 そして、何はともあれ、投資家は、現在の格付け会社を信用しないことと、彼らが「悪さ」をする可能性に注意を払うことが大事だ。
 
 以上
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【5月13日】(予習)キャリアプランのポイントになる28歳と35歳

2010-05-12 04:19:27 | 講義資料
 今回は、年齢とキャリア・プラン(職業人生設計)の関係についてお話ししと思います。以下の文章は、「会社は2年で辞めていい」(幻冬舎新書)の原稿の抜粋です。

 予習としては、
①28歳と35歳に注目する理由はなぜなのか、
②それは正しいのか、
③例外があるとするとどのような場合か、
④自分の問題としてはどのように考えるか、
といった点について、それぞれ数十秒ずつ考えておいて頂けるといいと思います(長く考えるのは無駄ですから、考える場合は、集中して早く結論を出して下さい)。


●キャリア・プランのポイントは二八歳と三五歳

 いわゆる「キャリア・プラン」について、基本的なことを述べておこう。
 二二、三歳で大学を卒業してどこかの会社に就職する、という場合の、キャリア・プランを考える上では、二八歳と三五歳の二つの時点がポイントになると思う。卒業がもう少し遅れる場合でも(早く卒業する場合よりも、試行錯誤できる期間が短くなるし、確かに幾らか「不利」ではある)、あるいは、一八、九歳の時点で就職する場合でも、ある程度は同じ事が言えると思う。
 先ず、二八歳までの期間は、自分の「職決め」のための試行錯誤が可能な時期だ。この期間であれば、業種も職種もすっかり変えてしまうような転職を、比較的無理なく行うことが出来る。一方、学生としての情報収集では、「働いた実感」が無いので、最初からズバリ適職を見つけるのは難しい。就職選択の成功を期するとしても、ある程度の試行錯誤が必要な場合があることを、覚悟すべきだ。
 試行錯誤が可能な年齢を二八歳までと計算したのには、大まかに二つの理由がある。
 一つ目は、仕事をある程度覚えるのに二年掛かるとして、三〇代の前半を、仕事を既に覚えた状態でフルに使いたいからだ。ある程度は養われているはずの仕事のスキルと経験、気力・体力、まだ失われていない新鮮な感覚、などの点からみて、ビジネスパーソンの実力的な全盛期は三〇代の前半だと思う。日本の多くの会社で、この年齢層が「戦力」として現場でフルに使われている。この時期に、先に述べた「人材価値」につながるような実績を作らないと、その後に、それを達成することは難しい。「三五歳を過ぎると、絶対に無理だ」などという他人の希望をすっかり否定するようなことを言うつもりはないが、かなり難しくなるのは事実だ。先に述べた、人材価値に対して働く「重力」に抵抗して人材価値を大きく持ち上げることが出来るのは、多くの場合、三〇代前半なのだ。
 二つめの理由は、新しい課題への適応力だ。ある電機メーカーのリストラ関連の業務の経験者のお話を伺うと、たとえば、工場の労働者を半分にする場合、減らされる予定の労働者に、ソフトウェアの研修を行うと、何人かに一人は、システム・エンジニア(SE)に転換できたという。ここで、年齢(ヨコ軸)とSEへの転換成功率(タテ軸)をグラフに描くと、二八歳ぐらいで、大きく下方に折れ曲がるという。業務の種類にもよるのだろうが、年齢によって、新しい課題への対応力が変化することは否めない。理由はよく分からないし、たぶん、一つではないのだろう。頭の柔らかさの経年変化といった生物的な要因があるのかも知れないし、覚えた事が溜まっていて、追加の知識が入りにくくなるのか。あるいは、年齢が上がると他人に教えを請うことがスムーズでなくなるのかも知れないし、二八歳くらいから家族を持つようになる場合があるから、生活環境が勉強に適さなくなるのかも知れないといった、社会的要因か。何れにしても、いつまでも若くて吸収力が豊富ではいられないことが多い。
 そして、仮に変化に対応できたとしても、先のような理屈で、人材価値を高く確保することが難しくなる。やはり、二八歳くらいまでには、自分の職を決める必要がある。
 ここでいう「自分の職」とは、たとえばメーカーであれば、単に業種や会社だけではなく、研究なのか、営業なのか、財務なのかといった、もう少し個別の分野に絞り込まれた、自分の時間と努力の投資先のことだ。
 もちろん、この決定を二八歳まで延ばした方がいい、というわけではない。早く決められるものなら、一年でも早く決める方が、吸収力のある若い時期を有効に使うことが出来るし、仕事で実績を上げるために使える時間が豊富だということだ。ただし、進路を早く決めることは、その進路にあって有利に違いないが、他の進路の可能性を早く捨てることになる。どのようなチャンスが将来あるかないかは分からないし、いつ、何に自分の職を決めるかどうかについては、賭けに近い判断の要素がある。ただし、漫然と時間切れになってしまった場合、ここでも「絶対に」とは言わないが、自分の職業人生のあり方を、自分で選ぶことが出来ない状況になってしまうことを覚悟すべきだ。モラトリアムには、時間的期限があると思うべきだ。
 二八歳の次に意識すべき「三五歳」は、目標として、これくらいの間に職業人としての自分の完成を目指し、何らかの仕事の実績を持つことを目指そう、という中間地点だ。
 人材市場の商品としてビジネスパーソンを見る場合、三五歳までの「一般的な部下」としても雇われやすい時期までに、ある程度の人材価値を確立しておきたい。「転職年齢三五歳限界説」は、最近の企業の好景気や人材の流動化でかなり緩和されてきたが、それでも、マネジャーが部下を雇うと考えた場合、自分よりも低年齢な部下を雇いたいとイメージする事が多い。三五歳を過ぎると、「一般的な部下」の道は狭まるので、できれば「何かが出来る人材」でありたい。そのためには、三〇代の前半に仕事上の実績を作っておく必要があるという計算になる。「ひとかどの人物」になる、とまで力まなくてもいいが、一応の人材価値が完成するのは三五歳までだと考えよう。
 転職の相談も含めて、ビジネスパーソンの愚痴や相談を聞いていると、三〇代前半の人の悩みが、真剣でかつ深刻な場合が多い。
 ビジネスパーソンは、三〇代前半になると、一応能力の完成を見ていて、はっきり言うと、かなりの個人差がついている。また、これ以上能力が伸びにくいとすると、上司よりも部下の方が能力がある、という状態が、方々で起こる。上司が一番バカに見えて、会社が最も「かったるく」見える年代が、三〇代前半なのだ。人事的な処遇に差が付き始める頃でもあるが、相対的に低く評価された集団が不満を持つばかりでなく、高評価のグループも、十分な差になっていないことを不満に思ったり、上司の仕事ぶりがいい加減であることや、会社の方針が頼りないことなどに、不満を持つ。しかも、会社から見ると、仕事は覚えているし、無理も利く、使い頃の年齢なので、仕事の負担は重いことが多い。「こんなことで、この先いいのか?」と激しく悩むことになる。
 三〇代前半になると、有能な人の多くは、大きく育ったヤドカリのように、会社という殻が、身に合わなくなってくる。三〇代前半は、自分に合った仕事の「場」を求めるという意味での転職の適齢期である。
 これが、三〇代の後半になり、四〇代になり、ということになると、不満に対する慣れが出てくるし、自分が三〇代前半以下の労働を利用する側に回れる場合もある。そして、徐々に転職は難しくなるし、自分自身の人材価値を上げることも難しくなることを自覚し始める。転職によって状況を変えるオプションについても、イソップ童話に出てくる、手の届かないところにあるブドウの房を眺めるキツネのように、「あのブドウは酸っぱい」と言うような態度を取る場合が増えてくる。まあ、気持ちは分からないではない。
 ちなみに、会社員の場合、三五歳から先は個人差が大きくなるが、この先については、たぶん、四五歳か遅くとも五〇歳くらいまでに、会社から離れた自分の人生について、プランニングを持つ必要が生じるだろう。「六〇歳の定年を前に、五八歳から、蕎麦打ち教室に通い出して、六〇歳に開業して、繁盛しています・・・。」という具合には、なかなか上手く行かない場合が多いだろう。蕎麦屋に限らないが、商売ができるレベルを確保するために相当の準備が必要な場合が多いだろうし、商売が軌道に乗るまでには、それなりの苦労や無理が必要な場合もあるだろう。まして、蕎麦屋よりもスケールの大きな仕事をしたい場合は(決して、蕎麦屋が悪いとは言わないが)、調査も含めてもう少し長い準備の期間が必要だろう。前倒しに退職したり、副業の形でビジネスを立ち上げたり、体力などの上で無理が利く年齢を有効に生かすことを考えるべきかも知れない。
 長寿化自体はいいことなのだが、六〇歳から先の人生がかなり長いのに、人生設計が会社任せになっていて、一度きりの人生を不完全燃焼で終えている高齢者が少なくないような気がする。

【5月6日】国家ファンド・ビジネスをどう見るか

2010-05-04 01:38:01 | 講義資料
 以下の文章は、「現代ビジネス」というWebマガジンに掲載された拙文の原稿です。
(「あまりにも危ない原口大臣「郵政10兆円投資構想」のお粗末」http://gendai.ismedia.jp/articles/-/518)

 文中にもあるように、日本でも「国家ファンド」(SWF)を作ろうという話は自民党政権時代から時々出てくるのですが、国家ファンドを作ると、どんなメリットがあるのか、また、どのような問題点があるのかについて、考えてみて下さい。

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●今度は郵政資金を狙う日本版国家ファンドの亡霊

 国家ファンドビジネスを企む向きは、「なにはともあれ10兆円」をどこかから切り取ることを考えているようだ。そして、その新たなターゲットとして、郵政資金が狙われ始めたようだ。
 4月27日の『朝日新聞』(朝刊、1面、3面)に掲載された単独インタビューで、原口一博総務大臣は「①海外を含む成長分野へ10兆円規模を投資(融資含む)する郵政改革法案成立前でも一部投資に踏み切れるようにする」との方向で検討していることを明らかにした。記事には、インフラ整備などで海外進出する日本企業を国家戦略的に支援する狙いがあり、日本郵政には大型投資のノウハウがないため、海外ファンド(ほら、出た!)などを通す間接投資とする、とある。
 自民党政権時代に、一部の議員が日本版国家ファンドの設立に向けて議連を立ち上げるなどの活動を繰り広げたことがあるが、当時から、よく出てくる数字が10兆円だった。日本版国家ファンド構想は、金融危機で世界の国家ファンドの運用が低迷したこともあって、大方の支持を得るに至らず、自民党が政権を失うのと共に立ち消えになった。
 その後、「国家ファンドビジネス」を狙う人々は、国家ファンドを単独で立ち上げなくとも何らかの公的な資金に、いわば「寄生」して実を取る方向に方針転換したようだ。国家ファンドと名前が付いていなくても、海外籍のものも含めてファンドに資金を配分することができ、内外のプロジェクトにリスクを取る資金を引っ張ることができれば、金融版の公共事業利権のようなものが出来上がる。
 寄生先として最初に狙われたのは、120兆円に及ぶ積立金を持っている公的年金資金だった。舛添要一氏が厚労大臣だった際にも、10兆円くらい積極的な運用にチャレンジしてもいいのではないかと思っている、という答弁をしたことがある。国家ファンドビジネスを企む関係者が話を吹き込んだのだろう。
 年金資金については、その後も資金の一部を国家ファンド的な運用に振り向けることを狙う人々がいるようで、まだ楽観はできない。しかし、年金運用の場合、運用の計画・実行・レビューの各段階で第三者に対する説明と運用プロセスに関する責任を求められるので、金融版の公共事業利権に大金を流用するには、公的年金の資金はそう都合がいいとは思えない。
 公的年金資金の他に狙うことができるのは外国為替特別会計だが、こちらは、財務省のガードが固い。この点、郵政資金はそもそも元になる資金の額が大きいし(郵貯・簡保資金で計約300兆円。うち226兆円が国債)、日本郵政は基本的に民間会社なので、国策と民間企業の判断とを使い分けると自由度の高い資金として利用することができるかも知れない。なかなか悪知恵の働いた狙い筋といえる。
 原口大臣はインタビューの中で「あくまで民間企業の経営判断によるもので『国家ファンド』のようなものではない」と述べているが、他方で「私たちは戦略的にお手伝いする」「政府間協定の下で信用力の高いものを他のファンドを経由して投資する」と述べており、資金の使途に政府が関わるのだから、これは国家ファンドの変形に過ぎない。
 悪くすると、将来何があっても「民間企業の経営判断」という呪文で責任逃れができてしまう。一方で、日本政府が日本郵政を支援しないということはまずあり得ない。
 そもそも、政府の紐の付いた形での民間会社となる日本郵政は、天下り先としては民間企業並みの報酬を支払うことができるし、大きな資金をどう動かすかを通じてさまざまな影響力を行使することができるから、官僚と政治家にとって、極めて都合のいい「絶妙に中途半端」で且つ巨大な存在となる。
 記事によると、原口大臣は、新たに法律を作らなくとも現在の枠組みの中でどの程度のことができるかの検討を指示しているようだ。原口大臣が郵政資金を流用することを自分の政治的利権として取り込もうとするなら、もっと秘密裏に物事を進めても良さそうなものではある。本件に関して、原口大臣は「本当の悪い人」ではなく、善意を利用されているお人好しの立場なのではないかと筆者は推測するが、どうなのだろうか。
 原口大臣は、ベトナムやアラブ首長国連邦向けの原発受注を巡って日本勢が敗れたことなどを念頭に置いて、インフラ整備などで海外進出する日本企業を国家戦略的に支援することを考えているようだ。しかし、「支援」というと聞こえはいいが、相手国に有利なファイナンスをオファー出来るように政府が協力して資金を使うとすれば、納税者のお金で間接的に特定の企業(海外のインフラ投資の受注を狙う企業)を優遇していることに他ならない。郵貯・簡保に「暗黙の政府保証はない」とも原口大臣はいうが、国民の多くは決してそのように考えてはいないし、政府の持ち株を一定以上に残すからには、政府に経営責任があることは明白だ。
 百歩譲って、海外プロジェクト受注へのファイナンス支援が必要だというなら、国際協力銀行(日本政策金融公庫の中の国際金融部門)を使えばいい。日本郵政には海外プロジェクトの審査経験が無いのだから、個別のケースについて「経営判断」などできるはずがない。
 インタビューで、原口大臣は「たとえばインドの新幹線に10兆円投資すると、大体9%の9千億円配当が見込める」と述べている。確かに魅力的な案件になり得るのかも知れないが、本当にそうなら民間の金融機関が投資ないし融資したいはずだから、巨大な資金を持つ日本郵政がここに出て行くのは民業圧迫だ。しかし、実のところは投融資が集まらないとすればそれはリスクが大きいからだろう。何れにせよ、日本郵政の出る幕ではない。
 率直に言って、このインドの新幹線の話は、話がうますぎる。こんなに脳天気なレベルで物事を考えているのだ、ということをさりげなく伝えたくて朝日新聞の記者がインタビューの中から敢えて拾って載せた話なのかも知れない。だとすると、この記者は人が悪い。
 本件について真面目に心配しておくとすれば、今回掲載された原口大臣へのインタビュー記事の「海外ファンド」、直接引用では「他のファンドを経由して投資する」という発言があるが、この「ファンド」が何を指すかが不透明で怪しい。具体的には、誰が経営する、どのファンドなのか。
 原口大臣に一連の話を話を吹き込んでいる人物がいるとすれば、海外のインフラ投資受注などの話を混ぜながら、プライベート・エクイティー・ファンド的なファンドやヘッジファンドのようなファンドにも資金を投資させようとしているのではないだろうか。10兆円の資金枠を取っても、これをプロジェクト・ファイナンスだけでいきなり消化するのは困難だから、当初は「おこぼれ」的な資金が出てくる筈だ。「国家ファンド・ビジネス」を企む向きの狙いはその辺にありそうだ。PEファンドやヘッジファンドはそもそも手数料が高いし、大きな資金を流用出来ることのメリットも大きい。ビジネス的な価値は莫大だ。
 原口大臣は概ね善意で物事を考え、且つ発言しているとしても、彼の周りに、胡散臭い連中が近づいているのではないだろうか。「次の総理」との呼び声もある原口大臣だ。妙な連中に担がれて利用されないように気をつけて欲しいものだ。ご自分の将来を大切にして欲しい。
 
  以上
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【5月6日】会社の将来性評価について

2010-05-04 00:51:13 | 講義資料
 今回のテーマは、企業の将来性を評価することについてです。

 よくあるアプローチですが、学生の就職人気ランキングを見てみましょう。先ず、2011年3月大学卒業予定者の就職希望先のランキングです。
 日本経済新聞が実施した2011年3月卒業予定の大学3年生を対象とした就職希望企業調査での人気企業ランキングで、調査期間は2009年11月5日~2010年1月19日、有効回答数8,277(男子3,851、女子4,426)です。

就職人気企業ランキング2010(就職希望企業調査)
【2011年3月大学卒業予定者】
(順位)(企業名)    (人数)
1 東京海上日動火災 835
2 三菱東京UFJ銀 行 657
3 三井住友銀行 590
4 日本生命保険 519
5 全日本空輸 492
6 JTBグループ 458
7 三菱UFJ信託銀 行 408
8 東海旅客鉄道 400
9 三菱商事 399
10 三井物産 396
10 パナソニック 386
12 東日本旅客鉄道 368
13 三井住友海上火災 保険 366
14 みずほフィナン シャルグループ 357
15 ソニー 330
16 伊藤忠商事 319
17 明治製菓 318
18 第一生命保険 317
19 サントリーホール ディングス 313
20 電通 292

<就職転職情報ナビ:http://rank.in.coocan.jp/recruit/nikkei201103_1.htmlから>

 それぞれの企業への就職を希望することに対する賛否は、授業で、口頭で述べますが、まあ、こんなものなのかなあ、という感じです。いずれも「それなりに」立派な会社ですが、勤めてもつまらないだろうなあという会社が幾つか、それに、「これは地雷か?」という将来性に疑問符の付く会社が幾つかあります。
 眠らないで聞いていて下さい!

(注;文章の調子で、「眠らないで」と書きましたが、これまでのところ、私はむしろ眠っている学生が少ないことに驚いています。自分の学生時代と較べてはいけないのでしょうが、獨協大学の学生は、授業にもよく出るし、真面目に話を聞いているというのがこれまでの印象です)

 さて、過去の就職人気ランキングを見てみましょう。
 たぶん、皆さんが既にご覧になっているであろう「リクナビ 2011」の『就職ジャーナル』の記事の一部です。
(http://job.rikunabi.com/2011/media/sj/student/ranking/ranking_vol02.html)

★1965年
1 東洋レーヨン
2 大正海上火災保険
3 丸紅飯田
4 伊藤忠商事
5 東京海上火災保険
6 三菱商事
7 旭化成工業
8 松下電器産業
9 住友商事
10 三和銀行

★1970年
1 日本航空
2 日本アイ・ビー・エム
3 丸紅飯田
4 東京海上火災保険
5 伊藤忠商事
6 三井物産
7 三菱商事
8 松下電器産業
9 住友商事
10 電通

★1975年
1 日本航空
2 伊藤忠商事
3 三井物産
4 朝日新聞社
5 三菱商事
6 丸紅
7 東京海上火災保険
8 日本放送協会
9 日本交通公社
10 電通

★1980年
1 東京海上火災保険
2 三井物産
3 三菱商事
4 日本航空
5 日本放送協会
6 サントリー
7 三和銀行
8 安田火災海上保険
9 日本生命保険
10 住友商事

★1985年
1 サントリー
2 東京海上火災保険
3 三菱商事
4 住友銀行
5 日本電気
6 富士銀行
7 三井物産
8 日本アイ・ビー・エム
9 松下電器産業
10 日本生命保険

★1990年
1 日本電信電話
2 ソニー
3 三井物産
4 三菱銀行
5 東京海上火災保険
6 三和銀行
7 東海旅客鉄道
8 住友銀行
8 日本航空
10 全日本空輸

★1995年
1 日本電信電話
2 東京海上火災保険
3 三菱銀行
4 三井物産
5 伊藤忠商事
6 東海旅客鉄道
7 三和銀行
8 三菱商事
9 第一勧業銀行
10 富士銀行

★2000年
1 ソニー
2 日本電信電話
3 日本放送協会
4 NTT移動通信網
5 サントリー
6 JTB
7 電通
8 博報堂
9 本田技研工業
10 資生堂

★2005年
1 トヨタ自動車
2 電通
3 ジェイティービー
4 サントリー
5 日本航空
6 全日本空輸
7 東海旅客鉄道
8 日産自動車
9 博報堂
10 本田技研工業

【出典元】
データはリクルートワークス研究所による。1995年卒分までは「大学生男子の人気企業調査」、2000年卒分は「大学生の企業イメージ調査」、2005 年卒分は「採用ブランド調査」より。1965年卒~1995年卒分は男子学生のみ・文系のランキング、2000年卒、2005年卒については「男女計」の 全体のランキング。表記している社名は、ランキング発表時のもの(http://job.rikunabi.com/2011/media/sj/student/ranking/ranking_vol02.html)



 さて、上記の変遷を見て何を感じますか?しばらく、考えてみて下さい。



 尚、先ほどの記事には、「10年後に元気な企業はどこ? 山崎元氏に聞く」というコラムがついていました。
 取材の際に何をお話ししたのか本人は忘れていますが、コメントを部分的に引用しておきましょう。時間があれば、記事全文をお読み下さい。
(http://job.rikunabi.com/2011/media/sj/student/ranking/ranking_vol03.html)
 ちなみに、もう一方、勝間和代さんが同様の取材に答えたコメントも載っています。「業界が伸びるか、ではなく、会社が、自分が伸びるか、に視線を」、「就職活動は恋愛に似ている」といった言葉が載っています。こちらも是非、読んでみて下さい。
(http://job.rikunabi.com/2011/media/sj/student/ranking/ranking_vol05.html)


 さて、以下は、私のコメントです。
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かつてファンドマネージャーという仕事をしていて、あらためてわかったのは、将来の成長企業を見極めることの難しさでした。10年後の成長業界や成長企業なんてわかりっこない、というのが正直な感想です。「将来の成長産業に」というのは就職活動ではよく言われることですが、やはりよく言われる「そのときの人気に振り回されてはいけない」という言葉には共感できる一方、「将来の成長産業や企業に入らないと」という言葉は現実的ではないと言わざるを得ません。
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そんなことより重要なことは、10年後に自分自身はどうなっているか、ということでしょう。自分が身につけたスキルや知識は、確かなもの。むしろこっちこそ意識すべき。その会社に入ったとき、自分はどんな社会人になっていたいか。それをもっと真剣に考えたほうがいい。例えば、10年目の先輩はどんな仕事をしているのかを知る。それは自分がやりたい仕事なのか、自分が目指したい姿なのか。それを見極めるべきです。
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20代前半で職業を決めなければいけないのは大変なこと。だからこそ私は、5年ほどは試行錯誤していいと思っています。だいたい企業や仕事の情報といっても、すべての情報が手に入るわけではない。外から見えている企業や事業と、実際に中に入ってやってみるのとでは違うことも多い。やってみないとわからないわけです。
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<今からこれをしておこう! 山崎 元氏からのアドバイス>
大事なのは、10年後に業界や会社がどうなっているか、ではなく、自分がどうなっているか。自分の10年後の姿を意識すること。
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 敢えて自分でツッコミを入れるなら、10年後に元気な企業は?という質問に正面から答えずに、話題を逸らしています。
 私の認識について、どう思うかについても、考えてみて下さい。
 続きは、授業で。

  以上