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ジョン・ル・カレと映画『ナイロビの蜂』ー巨大製薬企業の過去の治験をめぐる横暴を暴露する

2021-02-11 20:49:44 | 心に残る名画

      【 2021年2月7日 ~10日 記  (11日 修正追記)】  


 昨年の暮れ、ジョン・ル・カレが亡くなった。その訃報を受けてから、かつて見て感銘を受けた映画「ナイロビの蜂」のことを思い出し、再度無性に見たくなり、ライブラリーからDVDを引っ張り出し、見たのが昨年の暮れ。これを早く書きあげて、ブログにすぐにでもアップしようと思っていたのだが、もう1ヶ月以上もたってしまった。

       
            【 ジョン・ル・カレ 】


 イギリスの情報機関で働いたジョン・ルイ・カレは、そこを退いてからも、数々のスパイ小説を世に送り出した。もっとも、わたしは彼の小説の多くを読んでいたわけでなく、映画で彼の作品をあらためて知り理解した。2005年に映画化された「ナイロビの蜂」は最高傑作だ。初めて見た時の衝撃を忘れない。(おなじジョン・ル・カレの作品の『ティンカー、テイラー』を映画化したという、2011年の『裏切りのサーカス』の方は、ストーリー展開も何もかも訳が分からなかった!監督が違うとこういうものかと、散々な思いをした。)

 『ナイロビの蜂』の原作の小説は2001年に発表されたが、この小説には、アフリカを舞台にした現実に起こった「巨大製薬会社の治験にかかわる」事件が背景にあることを、後になって知った。

 それは1996年、巨大製薬企業のファイザーがナイジェリアで起こした髄膜炎治療薬「トロバン」の治験(人体実験)である。開発中の抗生物質を投与された子供たち100人(200人という説も)に対し、同意書もとっておらず、親にも実験薬を投与することを伝えていなかったという。この結果、11人の子供が死亡し、多数の子供が様々な重度の身体障害を負ったということを、2000年にワシントンポスト紙の記者がスクープしたという。
 ファイザーは子供たちの家族に補償金に支払うため、2011年に3500万ドルを引き当てたというが、その前にファイザーは、この「不正な未承認薬投与試験をめぐる60億ドルの訴訟を取り下げるよう圧力をかける」意図で、ナイジェリアの法務長官の弱みを握るために調査員を雇って「汚職の証拠を見つけ出そうとしていた」という。それを示す文書が、ウィキリークスによって公開されたのだ。



 この実際に起きた事件を土台にジョン・ル・カレによって書かれた小説を、メイレレス監督は独創的な手法で映画化した。
 実際の事件と対比すると、小説・映画では、巨大製薬企業「ファイザー」が、ドイツのグローバル製薬会社及び治験企業「KDH」と「スリー・ビーズ」の合体企業に、治験(人体実験)に使われた薬「トロバン」が結核の画期的治療薬「ダイプラクサ」に、事件の起きた国が「ナイジェリア」から「ケニア」に置き換えられているが、アフリカを踏みつけにして巨大な金脈がグローバル企業に流れ込むという悪事の概要は、実際の事件と大筋において同様なものになっている。(メイレレス監督によれば、実際の事件は映画で描いたものよりはるかに過酷なものだったという。

 ストーリーは、上記のように、ケニアを主戦場にした治験を巡る、製薬会社と国家機関が結託して起こした事件を背景に、若い女性である慈善事業の活動家・テッサ(レイチェル・ワイズ)と、その夫となる外交員(2等書記官)・ジャスティン(レイフ・ファインズ)との間で繰りなす「ラブストーリー」であると同時に、巨大企業と政府機関の犯罪を暴き出すスリルとサスペンスにあふれ、最初から最後まで息の抜けない緊迫した展開となっている。

                         
                          【 新婦と共にケニアに赴任したが、当初はアフリカの
                                  現状より園芸に注意を注ぐジャスティン 】 

 はじめはテッサの気持ちを理解できなかった純朴で生真面目な男が、事件を追っていく中で彼女の心を初めて理解する愛の映画であるが、映画での印象的場面を振り返ってみよう。

 冒頭、調査のため旅立つテッサを空港で見送った後、数日後にテッサが殺害されたという報を受ける。ケニアのはずれの殺伐とした風景の中にある「トゥルカナ湖」という場所に襲われた後の車が横転している。このシーンは映画の中にフラッシュバックで何度も出てくる。

           

 一転、唐突な出会いのシーンが映し出される。イギリスの外交に関するで講演会で、大使の代理で報告をしたジャスティンに対し、内容に納得しない1参加者のテッサが、執拗に質問を浴びせる。(日本でも”なあなあ”でお開きにしてしまい、疑問点を問いただす記者が少なくなったが・・・。最近なら、思わず望月衣塑子さんのことを思い浮かべてしまうシーンだ。

                        

 電撃的な出会いから、二人は結ばれるが、はじめから同じ道を歩いていたわけではない。夫は妻に寛容なだけで、普段は園芸に没頭する日常を送り、妻は、夫の立場を利用しつつ、夫に迷惑のかかることを懸念して一定の距離を持って、自らの信念に基づき精力的に活動していた。

                

 撮影が、原作の舞台となったケニアで撮影されていることも、この映画に強いインパクトを与えている。

                         
     

僕は洗練されたイギリス人社会よりアフリカに共鳴している。だからどうしても、ケニアやナイロビの描写を増やしたかった。』と、インタビューで語った監督の言葉にその意図が示されているように、スクリーンには、生命力あふれる地元の人々の姿と共にスラム街の様子が映し出され、アフリカなど行ってない人にもアフリカの置かれた現状を認識させてくれる。

     

 妻の死を受けて、ジャスティンの行動に変化が起きる。事件の背景を徐々に知るうち、行動を起こす。

                          

 ( 名作というのは《何度見てもそのたびに新たな感動を与えてくれるもの》と思っているので、わたし自身としては《ネタバレ》を恐れるているわけではないが、順を追って全部書いてしまったら興味を削がれ困るという人もいるかもしれないし、そもそも全部書く余裕もないのでこの辺でやめておく。興味ある人は、以下のブログ(他人の)に詳しい解説もあるので、そちらを参照してください。

        
                                 

 そしていよいよクライマックス。悪事が公衆の面前で暴かれようとするのに並行して、ジャスティンはテッサと同じ道をたどる。

    
       『君の秘密がわかったよ』『君のことが理解できた』
       『家に帰るよ』『君のもとへ』

 「やっと、君がやろうとしていた本当の心が理解できた。僕も君と同じところに行く。」と言って、フラッシュバックで何度も出てくる《テッサの殺害された現場》にたたずむジャスティンの姿は何とも言えず悲しくなる。

                   
               
 そのもとに悪魔の手がせまる。

           〇           〇          〇

 今、世界は新型コロナ・COVIT-19のワクチン開発が最終段階に入り競争は熾烈を極め、早い国では接種も始まっている。治験がどれだけ行われていて、その副反応にどのようなものがあるのか、その詳しい情報が明らかにされない中、はたしてワクチンを摂取した方が良いのかどうか迷っている国民が多いのも現実である。ワクチン開発には手間と莫大な費用がかかるが、人間を対象とした段階の治験となれば、更に慎重さと多くの対象者数が求められる。その結果観察にも充分な時間と綿密な分析が必要となる。各国は感染の終息を急ぐあまりワクチンの確保に血まなこである。

 背後には国家予算を大きく揺るがす資金が動いている。そこに不正の温床がある。危機こそ大企業の最大の儲け時だ。アフリカをはじめ取り残された人は、まっ先に利用されて犠牲となり、恩恵を受けるのは最後か、切り捨てられる。

           〇           〇          〇
  
 名作である。こんな時節柄、もう一度見ておきたい映画である。

 出演者を掲げておこう。

 レイチェルワイズははじめ見たときは個性の強い印象だったが、改めて見るとひきつけられるものがある。レイフ・ファインズは『イングリッシュ・ペイシェント』と『シンドラーのリスト』の印象が強烈だ。自分の納得した映画でないと、やたらには出演しないという強い信念を感じさせる。

               
                 【 レイチェル・ワイズ 】          【 レイフ・ファインズ 】

 メイレレス監督の作品では、ほかに『シティー・オブ・ゴッド』を見たが、ブラジルの貧民街を背景にした映画だったが、「世界にはこんな現実もあるのだ」という強い印象を覚えている。

                        
                            【 監督:メイレレス 】

 でも、やっぱり今回の作品は最高だ。脚本・編集(監督は脚本通りにやらないで即興もだいぶあったというが)、撮影・映像、音楽(アルベルト・イグアシアス=「トーク・トゥー・ハーが良かった)、俳優と、どれをとっても最高だ!

 先日、『ニューヨーク 親切なロシア料理店』という映画を見たとき、その料理店の親切なオーナー役の人、どこかで見た人だと思っていたら、この映画で悪役(外務省職員のペレグリン)の役で出ていたビル・ナイではないか。他に、『「ブラス!」』の団長、ピート・ポスルスウェイトも出ていた。

                    
             【「ニューヨーク 親切な料理店」のビル・ナイ 】    【「ブラス!」の団長:ポスルスウェイト 】


 スパイ小説や政治事件の裏を描いたものとしてフレデリック・フォーサスの名前も忘れられない。こちらも映画化されたもので『ジャッカルの日』『オデッサ・ファイル』が是非お薦めだ。


       
      

      『2014年ベスト20映画ランキング』のマイブログ
  
      『「ナイロビの蜂」の詳しい解説・あらすじのあるブログ』





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