河内国喜志村覚え書き帖

大坂の東南、南河内は富田林市喜志村の歴史と文化の紹介です。
加えて、日々の思いをブログに移入しています。

畑――はぼたん

2022年09月22日 | 菜園日誌

「はぼたん」だが「葉牡丹」ではない。漢字では「甘藍」と書く。
「葉牡丹」は江戸時代にオランダから長崎に持ち込まれた。
花の少ない冬に牡丹の花のように葉を広げるので葉牡丹と名づけられた。
今や正月には欠かせない園芸植物になっている。

一方、「甘藍」は明治元年にアメリカから日本に持ち込まれた。
野菜の少ない冬でも藍(あい=青=緑)を保って甘味があるので甘藍と名づけられた。
今や一年を通して最もよく食べられている野菜である。

この甘藍が葉牡丹と同じ品種であることを知った学者は、「甘藍」を「はぼたん」と訓読みした。
すると、園芸植物と食用野菜の二つの「はぼたん」が存在することになる。
そこで、二つの違いを明確にするために、野菜の甘藍を「玉菜(たまな)」「牡丹菜」と呼ぶようになる。

『ちしゃのぬた』にも書いたが、戦前の日本人は野菜を生で食べることはない。人糞を肥料(人肥)に使っていたからだ。
玉菜も湯がいて三杯酢で食べるか、漬物にするのが主だった。
東京銀座の老舗の煉瓦亭でも「豚のカツレツ(豚カツ)」の付け合わせには、ブイヨンで茹(ゆ)でたぶつ切りの玉菜が添えられていた。
ところが、明治37年の日露戟争開戦で従業員が徴兵されて人手不足になった。苦肉の策で、玉菜を苑でずに生のまま千切りにして出した。
これが大評判となった。玉菜は葉が結球するがゆえに、内側の葉には人肥かかかっていないので安全だった。
日本人が野菜を生で食べた最初である。
以後、この甘藍=玉菜を英語読みのキャベツというようになる。

というわけで、キャベツを植えた。
レタスとの交互植え。レタスは虫がつかない。
だから、キャベツの虫除けになる。
知らんけど。


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