TREK 4300 で行く

2012年4月、TREK 2.5 が仲間入り。
マウンテンとロード、2台のTREKを駆って北の大地を疾走します。

札幌-昼下がり

2017年08月07日 | 旅行記

早朝の部からの続き)

13時50分、何だかんだで丸一日を過ごした札幌を発つ。
まずは、札幌河川事務所(南区)へ向かい土木遺産カード『茨戸川の岡﨑式単床ブロック護岸』をゲット。
茨戸川は札幌の北部にあるのに、配布場所が南区というのは…。
石狩市図書館で配布するのがベストだと思う。
同じことは石狩川捷水路にもいえよう。

返す足で藻岩山の袂、札幌市水道記念館へ。
カードはすでに絶滅しているが、どうやら選奨プレートが現地にあるらしい。
ドギツイ坂を上って(登って)いくと、警備員が走ってきた。
両手を広げて前に立ちふさがり「どちら様ですか」を連呼する。
「写真を撮りに来たのですが」と答えると「休館日なので立入禁止です」と。
写真を撮ることも認められないのかと質問したが、一切不可との返答。
さらに問答を繰り返したが、拉致が明かないので渋々身を引くこととした。

どうにも納得がいかない。
休館日に開けろと言うのなら無理な要求だが、目の前にある建物の写真を撮ることすら認めないというのはどういうことなのか。
こちらの意を汲み取る言葉もなければ、理由の説明もない。
彼にしてみれば「休館日だから」で十分だと思っているかもしれないが、違うんだよなぁ。
そりゃまあ、休館日を確認しなかった自分が一番悪いのだけれども…。
四角四面な対応に大いに疑問を感じた。

とぼとぼと坂を下っていく(坂が急すぎるため押している)と、70歳くらいの男性が声を掛けてきた。
「月曜日はお休みなんです」「写真くらい、けちくさいね」。
どうやらやり取りが聞こえていたらしい。
そして最後に「折角来てくれたのに申し訳ない」。
いやいや、おとうさんは何一つ悪くない。
でも、その一言で救われました。
ありがとう、水道記念館の近所に住んでいるおとうさん。

仕事上、相手の要求を聞き入れられないことは多い。
そんなときにどういう対応を取るべきか。
考えさせられる一件であった。



石狩街道を北上し、石狩市へ。
茨戸大橋で茨戸川を渡り、すぐのところで左折して築堤上の砂利道に入る。
砂利道を走ること800m、目的の場所に到着する。
お目当ては石狩川護岸工事起点の標柱だ。
これこそ、土木遺産『茨戸川の岡﨑式単床ブロック護岸』の工事を記念する石碑。
護岸は川べりに行かなければ見れないが、石碑なら安全に見ることができる、というわけ。
この石碑は平成4年に再建されたものだが、すぐ横に当時のオリジナルも展示されているところが粋である。
起点の「点」が「點」なあたりに歴史を感じる。

さらに砂利道を進むこと1600m。
今度は、石狩川護岸工事終点の標柱が立っている。
起点と同じ造りになっており、しっかりと対を成している。
説明書きの文言まで「起点」が「終点」になっているだけという徹底ぶり。
いや、そこまで同じにしなくても…。

起点と終点を抑え、花畔大橋でようやく舗装路に復帰。
この間、4.1kmもグラベルロードを走った。
パンクのリスクが高い砂利道を強行できるのは、絶大な信頼を寄せるシュワルベのお蔭。
でも、Marathonはオンロード用タイヤだから、万が一にパンクしたとしても文句は言えない。
そこのところヨロシク。

時刻は15時30分。
えっ、もうそんな時間に?
新十津川まで4時間かかるとして19時30分の到着。
陽が暮れるギリギリの時間帯だ。
急げ、かっ飛ばせ。
でも何故か遠回りな石狩八幡を経由するルートを選んだ。
札幌大橋経由のほうが3kmくらい近いと知っていたのに。

新十津川到着は19時10分だった。
予定より20分早く帰着できたのは、追い風のサポートがあったからこそ。
で、脱いだウェアは全身塩まみれだった。
目に見えるだけのものが失われている。
しっかり補給して体を休めるとしよう。

【本日走行距離】129.82km
【積算走行距離】3603.3km(3567.0+36.3)

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札幌-早朝

2017年08月07日 | 旅行記

午前5時、ホテルを抜け出す。
札幌は人が多く、自分のペースで行動することが難しい。
ということで早朝から動き始める。

まずは日本三大がっかり名所の札幌時計台へ。
がっかりと云えども名所であることには変わりなく、日中ならば観光客がうじゃうじゃしている。
しかし、早朝は清閑。
掃き掃除に勤しむ管理人(?)に会釈をして敷地内へ入る。
でも、目的は時計台本体ではなく、敷地内にあるカラーマンホールなのだ。
観光客が上に乗るのだろう。
塗装が徐々に剥げてきてはいたが、遠目には十分絵になる。
愛車を入れて写真も撮れたし、早朝万歳。

続いては南一条通の創成橋へ。
土木学会選奨土木遺産である。
選奨プレートは橋の北東側にあった。
橋とプレートの位置関係に注意して、愛車を配置。
こういう作業が日中だとできないんだな。
橋を渡る人や車がないことを確認してシャッターを切る。
よしよし、作戦どおりだ。

創成橋の袂に一際目を引く存在が。
「北海道里程元標」と力強い文字が刻まれた標柱である。
開拓使の時代、この地が北海道の道路の起点となったことを創成橋とともに後世に伝えるため、平成23年に再建したのだそうだ。
創成橋とともに、とか言われたら写真を撮らねばなるまい。
カメラを構えてみると、背景のテレビ塔がいい感じ。
というか、テレビ塔が主張し過ぎているような…。
ただいまの時刻は午前5時25分ですよ、と。

最後に向かうのは北3条広場、通称アカプラ。
赤レンガテラス前のレンガ敷き歩行者天国と言ったほうが分かりやすいか。
こちらも土木遺産、道庁正門前木塊舗装・銀杏並木である。
赤いレンガが土木遺産かのように勘違いしやすいが、本物はレンガの下にある木塊舗装である。
見落としがちだが、銀杏並木も土木遺産なのでご注意を。

早朝なので人っ子一人いやしない。
広場のど真ん中に愛車を配置して、道庁赤れんが庁舎を眺める。
この広場は私のものだー!
実際に所有した日には、固定資産税が払えるか心配…。

なお、『創成橋』も『道庁正門前木塊舗装・銀杏並木』も土木遺産カードはすでに売り切れ。
某オークションサイトに出品されているのを見るにつけ、何だかなぁと思う。
これに限った話ではないが…。
まあ、自分の分は別の機会に入手済みだから、今回はうるさく言いませんがね。

ホテルに戻り、早朝の部は終了。
早起きは三文の徳とは言ったものだ。
午後の部に続く。

注:この記事には隠し写真が4枚あります。

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定山渓

2017年08月06日 | 旅行記

今年こそは豊平峡ダムへ行くぞ。
目指せ定山渓。
設計距離は145kmだ。

少し寝過ごし、出発は8時20分。
国道275号を南下し、新篠津経由で江別へ向かう。
しかし、40kmを過ぎたあたりから身体が重たくなり始める。
どうやら朝食が食パン1枚というのがいけなかったらしい。
後悔すれども現在地は見渡す限り田んぼで、自動販売機の一つも見当たらない。
気合いで江別市街へ進む。

江別駅裏のセイコーマートで朝昼兼用の食事とする。
水分もしっかり補給。
少し食べ過ぎたか、今度は腹がきつい(笑)。
元気になったところでËBRIへ。

ËBRIはレンガ工場を改修した商業施設だった。
日曜ということもあり来客多数で、車が次から次へと出入りする。
地元野菜の直売でもやっているのかと中に入ってみると、お洒落なお菓子屋さんやカフェがずらり。
グルメ先輩が好きそうな感じ。(←誰?)
逆に私にゃ縁がない。
さっさと用を済ませてしまおう。

アンテナショップGet'sでマンホールカードをゲッツする。(←駄洒落)
芦別同様、8月1日配布開始の第5弾の1枚だ。
先着500名様にとマンホールうちわまで貰えた。
大きくてバッグに入るか微妙。
しかし、要らないと言えない自分。
ガサゴソと何とか収納したものの、これ家に着く前にベコベコになるんじゃ…。

カラーマンホールは野幌駅前にあった。
ん、何だこの違和感は。
これ、普通のマンホールにステッカーを貼っただけじゃないか。
こんなのあり?
というか、すでに少し破れてきてるし…。
細部の表現はできなくても、本物をペイントしていただきたい。
時刻は12時ちょうど。

さて、江別から定山渓へはどう抜けたものか。
大谷地→羊が丘→泉町公園(!)ルートは山越えがだるい。
米里→菊水元町→豊平川河川敷サイクリングロードのほうが平坦だし、流れも良さそうだな。
よしよし、そうするべ。

菊水元町の豊平川桜の杜から河川敷に出る。
と、新橋の架橋工事中で通行止め。
位置的に宮の森・北24条通が延伸するのだろうけれども、右岸側には幹線道路はないし、桜の杜も破壊することになるし、本当に必要なのか疑問。
16年間札幌市民だった一個人の意見として。
そもそも、工事中はサイクリングロードが通れなくなるのが腹立たしい。(←本質はそこか?)

定山渓に向かう前に寄り道。
簾舞に佇む土木遺産、藻岩発電所取水堰である。
カードは昨年ゲット済みなので、本日は現地確認のみ。
国道230号はいつも通っているので、マンネリ化を防ぐために硬石山の麓から白川へ抜ける道を選んだ。
カーブとアップダウンが連続することは織り込み済み。
気付けば目的地だ。

まずは施設周辺を徘徊して選奨プレートを探すも、見当たらず。
対岸に回ってみると、プチ休憩スペースが設けられていた。
説明によれば、平成25年11月まで御料橋という橋が架かっていたが、新御料橋の開通に伴い撤去されたのだという。
そうそう、こういう看板があることで歴史が分かるのだ。
土木遺産もそうあるべきだろう。
ふとサイコンを見るとちょうど100km。
もうそんなに走ったのか。

さらに裏道を走り、八剣山トンネルを抜けて小金湯で国道230号に合流。
大分疲れてきたと思っていたところ、定山渓まで4kmの看板が。
俄然、力が入る。
ただ、時刻はすでに15時。
豊平峡まで行き、トンネルを歩いて往復したらば、恐らく17時にはなるだろう。(←電気バス乗れよ)
それから定山渓ダムに行って…というのは無理。
豊平峡ダムはまたしても断念だ。


15時10分、温泉街の隠れスポットこと定山渓発電所にたどり着いた。
定山渓発電所もまた土木遺産。
すぐ横には発電所の余水が作り出す白糸の滝が流れる。
汗まみれの体に水しぶきが心地よい。
白糸の名とは裏腹に迫力ある瀑布であった。

正直言って期待していなかったが、選奨プレートもあった。
立入禁止の柵のはるか向こう側に。
どうして一般の人が見られない場所に掲示するかなぁ。
ズームMAXで撮影してみたものの、デジタルズームだから画質が…。

最後に向かうのは定山渓ダム。
下流園地内のダム資料館へ向かうと、車だけでなく自転車も進入禁止だった。
前回ここに来たのは10年以上前、初めて朝里峠を越えて来たあの日。
若かった我々は天端から自転車を担いで階段を下り、下流園地に降り立った。
まさか自転車進入禁止エリアだとは知らずに。
当然、資料館の管理人にこっぴどく叱られたのである。
階段には自転車進入禁止の看板はなかったと、今でも確信している。
まあ、下流園地からしたら逆落とし級の奇襲だったのだろう。
あのころは若かった…。

ダム資料館にてダムカードと土木遺産カード『定山渓発電所施設』を2枚同時ゲット。
なお、定山渓発電所は定山渓ダムとは無関係なので注意されたい。
前者は豊平川水系に属し、取水堰も豊平川本流にある。
一方、定山渓ダムは小樽内川。
どちらも名前に定山渓と付いていて、カードも同じ場所で配っているから誤解しやすい。

ここに至り時刻は16時。
帰りは素直に国道230号を下り、石山陸橋をくぐって道道814号滝野上野幌自転車道線へ接続する。
いつも横を通るだけだった藻岩上の橋もしっかりと渡り、道道を完全にトレース。
今まで完走しているようでしていなかった豊平川左岸を走破した。
いと満足なり。

本日の宿泊地、ホテルポールスター札幌に着いたのは18時10分のことであった。
柄にもなくワンランク上の宿を選んだのには訳がある。
それは、たまたま安い部屋があったから。(←やっぱり)
愛車を札幌駅に止めて本体だけ新十津川に帰り、翌日出直す電車賃程度で1泊できるのだから、泊まらない手はない。
この好機、明日の行動に活かしたい。

【本日走行距離】146.80km
【積算走行距離】3473.5km(3437.2+36.3)

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函館-初号機

2015年11月04日 | 旅行記

ホテルの一室で目を覚ます。
ぬおー、全身が痛い。
一番酷いのは左足のふくらはぎ。
触れただけで痛みが走る。
MTBやロードで100km走っても何も起きないのに、ママチャリで30km走っただけでこのざまか。
乗車姿勢がちょっと違うだけで、使う筋肉って違うものなのだなぁ。

いつまでも唸ってはいられない。
今日は函館山に登る計画だ。
フロントでレンタサイクルの手続きをとり、折りたたみ自転車を借用する。
別にこだわりはなかったのだが、変速付きがこれしかなかったのだ。
まあ、変速が使えるだけでも感謝しなければなりませんな。

で、鍵を受け取って駐輪場へ。
折りたたみ自転車は1台しかなくすぐに分かった。
車両番号は、ええっ!?
思うところは無きにしも非ずなのだが、深入りはしないでおこう。
というか、まだ出発していない。
前置きが長過ぎる。

7時30分、出発。
まずは五稜郭公園の外周をぐるり。
続いて中に入り、奉行所の周りをぐるり。
五稜郭訪問は実に18年ぶりで、当時の記憶はさすがにおぼろげ。
ともかく、18年前にはできなかった外周完走を果たせたので満足する。
ときに紅葉が見ごろを迎えており、静寂の水面に映し出された木々が印象的だった。

続いて電車通に沿って湯の川温泉を目指す。
函館山と正反対だが、別に迷っている訳ではない。
17年前に宿泊したホテルが健在か、この目で確認するためである。
怪しい記憶を頼りに、温泉街をうろうろ。
お、見つけた。
ちゃんと営業している。
よかった、よかった。

いよいよ函館山へ向かう。
漁火通を西へ、西へ。
昨日もそうだったのだが、今日もまた絶好のサイクリング日和。
雲もなく、風もなく、波の音が心地よい。
おっと、目の前の交差点で交通事故発生だ。
青信号でも気を付けないと。
それはさておき、函館山をバックに海岸線の写真でも取りましょうかね。

9時30分、護国神社坂の麓に到着した。
現地標高10メートル未満。
ここから334mの山頂まで一気に登るわけだ。
朝里峠650mの約半分。
問題はなかろう。
ウインドブレーカーを脱ぎ、登坂モードに切り替える。
いざ出陣。

まずは護国神社の赤い鳥居を目指して、坂を直進。
折りたたみ自転車はホイール径が小さいから、ギアを落とさなくても上っていける。
26インチのMTBではこうはいかない。
ただ、サビサビのチェーンがギシギシと嫌な音を立てていた。
ちょっぴり不安。

3分後、鳥居前(標高40m)に到着。
たった3分で30mも上った。斜度をはじくと9.5%もある。
この調子で山頂までとなるとチェーンが危険かも。
いや、決めた以上は行くのみである。

前半に12.5%もある坂を越え、4分後。
函館山管理事務所を素通りしてゲート前(標高70m)に到着。
そこで悲しいお知らせ。
先に断わっておくと、チェーンが切れたわけではない。
そんなことがあろうものなら、悲しいを通り越して絶望なので。
えー、詳細は写真でご確認ください。
一言感想を述べると、差別反対!

止む無く下山する。
下りは楽ちん…ではなく、一時も気を許せない急斜面(-12.8%)であった。
ブレーキが得も言われぬ金切声を上げる。
なるほど、下りが危険だから進入禁止なのか。
納得はしたけど、だったらもっと早くに明確にそう教えてほしかった。

函館山を断念したため、かなり時間が余ってしまった。
そういえば、さっきから観光地の有り勝ちな写真しか撮っていないな。
よし、観光客が寄り付かないような場所へ行ってみよう。
とりあえず交通の便が悪い所へ行けば良かろう。
と、函館どっく前を通り過ぎ、さらに進むと漁港へ出た。

マニアックなもの、マニアックなもの…。
お、如何にもなプレートを発見。
「土木學會選奨土木遺産~函館港改良施設群(船入澗防波堤)~」。
船入澗の読み方が分からん。(←ふないるま)。
後で調べたら土木遺産カードが存在しており、マニアックでありつつ世間一般にも認知可能な絶妙なライン。
行き当たりばったりにしては上出来だろう。
時刻は10時をまわったところ。

漁港の次は国際水産・海洋総合研究センターへ向かう。
何それ、何処にあるの的な施設に違いない。
函館ドックを回り込むようにして進んだ先に存在する、妙に立派な施設なのだ。
時間が押しているので中には入らず、函館港を一望するロケーションで記念撮影して立ち去る。

西波止場、金森倉庫、朝市は華麗にスルー。
函館旅行最後に向かうのは若松緑地公園。
地名でピンと来る人は間違いなく通であろう。
こちらには土方歳三最期の地碑がある。
土方さんには日ごろから何かと大変お世話になっております。
兎にも角にも17年ぶりに参拝し、心の中で黙祷。(←それは何もしていないのでは?)

時計を見ると10時53分。
いかん、押し込んでいる。
至急ホテルへ。
土地勘がないのに至急とか無理だけど…。
電車通に出れば戻れると知りながら、敢えて裏道を直感で走る。
必死にこいでいて筋肉痛だったことを思い出す。(←忘れ過ぎ)

11時5分、幸運にもまったく迷うことなくホテルに到着。
初号機を返却し、これにて函館旅行は終了。
なお、チェックアウトまでレンタサイクルは利用可能。
リミットは12時である。
急いでいたのは帰りの列車の都合から。
函館リッチホテル五稜郭の利用をお考えの方は参考にどうぞ。

この半日で、折りたたみ自転車はスピードが出ず、意外とストレスが溜まることを学んだ。
函館山に登れないと分かっていれば、五号機(ママチャリ)を使っていたのだが…。
次の機会はあるのかないのか。
そのときは愛車の輪行も考えねばならんな。

【本日走行距離】4.77km
【本日走行距離K】30.16km
【積算走行距離】3133.9km(2753.9+322.3+57.7)

(2015.11.18追記)
17年ぶりに訪れた湯の川温泉の某ホテルは、11月10日付けで破産手続きの開始決定を受けたとな。
破産寸前の再訪問であったとは…。

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函館-五号機

2015年11月03日 | 旅行記

電車と汽車を10回乗り継ぎ、函館は五稜郭駅に降り立った。
時刻は17時20分。
滝川出発が5時50分だから、ほぼ半日かかったことになる。
すでにお疲れモードではあったが、駅から歩くこと2.7km。(←遠いし)
函館リッチホテル五稜郭にチェックインする。

部屋に荷物を置き、フロントでレンタサイクルを要求する。
宿泊客は無料で使えるのだ。
わざわざ駅から遠いこのホテルを選んだ理由はそこにある。
ホームページには載っていなかったのだが、利用可能時間は7時から21時まで。
とりあえず、今日のところは21時まで乗り倒すこととした。

借用したのはママチャリ。
トップチューブが下に大きく湾曲した、誰がどう見てもそれと分かる、正統派のママチャリである。
変速はなく、こぎ始めるとカラカラと音がする。
放置自転車を引き取り、最低限のメンテナンスをして貸し出しているといった印象である。
だが、無料なので贅沢は言えない。
不満があるなら「はこりん♪」を使えばよいのだから。

18時30分、ホテルを出発。
カラカラと賑やかな音を奏でながら、国道5号を北上していく。
目指すは七飯駅。
どれくらい距離があるのか、どのような場所にあるのか全く不明。
まあ五稜郭駅から3駅だから、新十津川駅~南下徳富駅くらいの距離ではなかろうかと推測してみる。

19時、隣駅の桔梗駅に到着。
駅舎から漏れる光を利用して、ママチャリをレンズに収める。
借りたときには気付かなかったが、リアフェンダーに「五号機」と表示されていた。
五号車ではなくて?
その原子炉のようなネーミングセンスに疑問を抱きながら、さらに国道5号を北上していく。

19時40分、七飯駅に到着。
折り返しリミットが19時45分なので、予定どおり。
…と言えば聞こえはいいが、実態は行き当たりばったり。
ギリギリと言ったほうが正確か。
見ず知らずの土地での夜間行。
距離感覚が麻痺し、どれくらい走ったのか見当もつかない。

帰り道は緩やかな下りに追い風。
かっ飛ばしたいところなのだが、変速がないので無理。
第一、必死に回せばカラカラ楽団が大演奏を始めてしまう。
というか、チェーンがチェーンカバーに接触している音だよな。
通りすがりのコンビニ前に停車し、カバーの角度を素手で何となく調整する。
おお、音がしなくなった。
目分量だったが、完璧な修理を成し遂げることができた。

カラカラがなくなり、快適なママチャリライド。
あー、静かになり過ぎて風の音しか聞こえない。
国道5号のくせに交通量も少なく、妙に不安を掻き立てられる結果となった。
まさか単に整備不良なだけのカラカラに斯様な効用があろうとは。
ただ、それも田舎道を走っているときのみであり、市街地に戻ってくれば静かに越したことはなかった。
あまりにやかましいと人目が気になるでな。

20時45分、ホテルに五号機を返却。
予定時間どおりに戻って来れたことに満足至極。
ちなみに、駐輪場には「参号機」もあった。
何故に大字?
こないなもの、誰も改ざんしませんがな。
違和感を覚えながら本日の活動を終了。
土地勘がなくてもぶっつけ本番で何とかるものだなぁ。

ちなみに走行距離は、GPSロガーの記録から明らかに徒歩の区間を削除して求めた。
明日も同じ方法による。

【本日走行距離】4.51km
【本日走行距離K】27.53km
【積算走行距離】3098.9km(2749.1+322.3+27.5)
※Kは貸自転車(レンタサイクル)での走行距離を表します。

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道北-4日目

2009年07月20日 | 旅行記

2泊3日の予備日である4日目。
今日は家に帰るだけ。近いものだ。

9時45分、親戚宅を出発して数km離れた弟宅へ。
駐輪場に私と同じタイヤを履いた自転車が1台。
タイヤの溝がまだしっかりしており、新車であることをうかがわせるMTBであった。

12時15分、弟宅を後にする。
出発前に石狩川に出るための最短ルートを確認しておいた。
地元民なのに心もとない説明だったのが気になったが、言われたルートで問題なかったので感謝せねば…、ん?
目に飛び込んできたのは、見覚えのあるサイクリングロードはじまりの看板だった。
近文神居古澤自転車専用道路こと旭川サイクリングロードの起点は、ここ旭西橋なのだ。
偶然の巡り合わせに感涙を禁じえない。(←嘘)

写真1サイクリングロードは、左手に石狩川を携えたまま終点まで続く19.37kmの道のりである。
前回走行できなかった旭西橋-伊納間を押さえ、無事に全線制覇を成す。
まあ、旭川市民にとっては、ファミリーでも楽しめるピクニックコースなので、制覇マンセーというほどではない。

神居古澤を過ぎて道道57号に出ると、深川は目前。
深川からはお馴染みの道道990号深川砂川自転車道線が伸びているが、今回はロスが大きい道道990号へは行かず、妹背牛市街を抜ける最短ルートを選んだ。
このルート、主要道道だけあって歩道が整備されていた。
そして、それらしい起伏は函館本線の跨線橋ただ1つなのが何よりも嬉しい。
今後、旭川への主要ルートになること必至であった。

国道275号へ合流すれば、残りは南下するだけ。
強力な北風に背を押されて、30km/hオーバーのハイペースで30分足らずで帰宅。
最後に余力を使い切り、無事今回の旅行を終了した。

【本日走行距離】65.32km
【積算走行距離】1775.4km

==4日間の記録==
総走行距離:457.46km
総走行時間:28時間13分55秒
最高時速 :40.5km/h

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道北-3日目

2009年07月19日 | 旅行記

深夜0時を過ぎたころ、ふと目が覚める。
悪寒が走るほどに体温が下がっていたので、何か暖かいものを求めてコンビニへ。
おでんの具を1つだけ購入し、汁はたっぷり入れてもらう。
この汁のおかげで体温は回復し、再び眠りにつくことができた。

早朝4時、起床。
開店まで4時間以上もあるのだが…。
晴れていれば散策という選択肢もあるのだが、生憎の土砂降りである。
有り余る時間を必死に浪費していると、壮年の夫婦から暖かいコーヒーとラーメンの差し入れをいただいた。
「体温は大切だろ?」とご主人は言っていたが、まったくそのとおりと肌身に沁みる。
この夫婦には、あらためて御礼を申し上げたい。

さてさて、幸運なことに予定よりも1時間早くスタンプを押せたので、早速出発。
30分もしないうちに靴の中までびしょ濡れになる。
それでも絵本の里けんぶちには、ほぼ予定どおりの9時10分に到着した。

9時半に再出発し、本日の難所塩狩峠に向かう。
塩狩峠は、その名前から推察するに天塩川と石狩川の分水嶺なのだろう。
北海道には静狩峠という類似品(?)もあって紛らわしいが、語源と結び付けておけば区別しやすい。
そんな峠を進行中、眠さのあまり意識を失いかけること数度。
天気が良ければ15分ほど仮眠を取るのだが、くどい様だが本日は大雨である。
気合を入れ直すのに歌でもと思い立つ。
出てきた歌は、何故か小学校の校歌だった…。(しかも3番まで完璧に歌えた)

峠を越えて下りに入る。
前輪からの泥はねが強烈で視界は最悪だったが、楽々30km/hが出るのはやはり気分が良い。
ペースマネージメントなんて言葉は、このとき脳裏にはなかった。

比布北インターまで来たところで国道40号とはおさらば。
右折して旭川に抜ける裏道を選択したのだが、完全に判断ミス。
まず、山を登るというのが無駄。
次に、見通しが悪いのに高速道路を降りたばかりの車が猛スピードで走ってくるというのが非常に危険。
ということで、自転車では二度と行くまいと心に誓ったのであった。

旭川の親戚宅には、ぴったり正午に到着。
今日中に雨が止む見込みはゼロということで、今日はこれ以上無理をしないことにした。
2日ぶりの布団で熟睡。

【本日走行距離】63.09km
【積算走行距離】1710.0km

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道北-2日目

2009年07月18日 | 旅行記

日の出とほぼ同時に起床し、2日目が始まる。
お世辞にも熟睡できたとは言えないが、寒さをほとんど感じることなく一晩を過ごせたのはラッキーだった。

さて、富士見が開くまでにはまだ5時間近くある。
とてもではないが待ちきれないので、予定を変更。

  • 当初:富士見(遠別)→てしお(天塩)→なかがわ(中川)
  • 補正:てしお(天塩)→富士見(遠別)→なかがわ(中川)

準備運動をして、出発は5時ちょうど。
まずはコンビニ弁当で朝食を摂ろうとしたところ、早速トラブル発生。
弁当のフタの縁で、右手親指の爪の間をズッパリと切ってしまったのだ。

写真1初っ端からテンション急降下だが、足を動かさないと帰宅すらできないのが自転車である。
何事もなかったかのように進軍し、8時を待っててしおを制圧、9時40分には富士見に戻ってこちらも制圧。
予定変更の甲斐があった、…と言い切るのは早かった。

なかがわに着いてみると、なんと12時半だったのである。
原因は、遠別から中川に抜けるには山越えが必要だったことと、天塩往復で体力を消耗していたことがあげられる。
これならば、当初の予定どおりに進んだ方が30分くらい早かったのでは…。

中川を後にして音威子府へ向かう道中、次第に雲が低くなってきた。
風が強くなり、いつ降り出してもおかしくない状態。
15:15おといねっぷ、17:10びふかを通過するまでは持ちこたえてくれた。

雨は17時30分ころに落ち始める。
それでも美深市街はまだドライだった。
ウェットに変わったのは、天塩川を渡って名寄に入ったところから。
ちょうど150km地点となった智恵文で雨用装備にチェンジした。

ちなみに、智恵文から名寄市街までの区間は、名寄バイパスが開通している。
そのため、併走する国道40号はほとんど利用されていない。
旭川と稚内を結ぶ大動脈が、一部区間だけでもこのような状態なのはとても不思議な感じがした。

19時20分、人口3万人を抱える大都市・名寄に入る。
3万人が大都市なのかは意見の分かれるところだが、この2日間で通過してきた自治体の中で最大規模なのは事実。
ネットカフェで一泊しようかと考えたものの見つけられず、いつの間にか市街地を通過してしまった。

もち米の里なよろに着いたのは20時10分。
もう閉館していたので、今日はここで一泊することにした。
ピロティのベンチに陣取り、10分くらい横になってみたがとても寒い。
明日は私の誕生日らしいことが、家族から届いたメールに記されていた。
誕生日に凍死…はしたくないので、ピロティからトイレ入口のフード部分に避難した。
トイレに行く人がいるとドアが開閉するが、それでも屋外よりはまし。
どうにか眠れそうである。

さて、天気は回復するのだろうか。
予報では一日中雨らしいが…。

【本日走行距離】173.94km
【積算走行距離】1646.9km

天塩町遠別町中川町音威子府村美深町名寄市

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道北-1日目

2009年07月17日 | 旅行記

最終目的地のない旅。
一応、道北エリアの道の駅めぐりという名目である。

8時15分、出発。
田園の里うりゅうとサンフラワー北竜は攻略済みなので、碧水までは国道275号を北上する。
碧水で左折して国道233号に入ると、そこからは一度も行ったことがない地域である。
よくよく考えてみると、支庁レベルでも留萌と宗谷は全くの未踏地域なのだ。

10時10分、美葉牛峠に到着し、ついに留萌支庁に足を踏み入れる。
しかし、そこから留萌の市街地までは遠く、たどり着いた時にはすでに正午。
大して用はないが、折角なので留萌駅前まで行ってみる。
さすがに大きな駅だが、列車の本数は相当少ないと予想された。
赤字ローカル線の駅を持つ町の町民としては、何か感じ入るものが…。

国道232号を辿って日本海へ出ると、遥か遠方に尖った島が見える。
留萌からも天売・焼尻が見えるのかと感心したのだが、その正体は利尻富士だった。
それに気づいたのは、ずっと後のことである。

やや向かい風だったが、13時50分おびら鰊番屋、15時45分風Wとままえ、17時00分ほっと・はぼろと順調に通過していく。
サンセット王国こと羽幌をこの時刻に通過してしまうのは、少々もったいない気もしたが…。

写真1走行距離100kmを超え、だんだん疲れが見え始める。
この時点では、まだ戻る選択肢は「あり」だった。
風向きが変わらなければ、深夜には帰宅できる望みがあったのだ。
だが、日を改めて初山別まで行くのは相当にキツイ。
ここまで来たら、日本海側は制覇しておかねばなるまい。

写真218時45分、日がかなり傾いてきたころ、初山別村の親水公園で休憩。
顔と手足を洗ってリフレッシュ、まだまだ行けそうな気がしてきた。
どうやら気力が大幅に回復したらしい。
そんな感じで、19時40分にはロマン街道しょさんべつに到着。

完全に日が沈んだので、野営地を探しながら遠別へ向かう。
気を抜くと自転車から落ちてしまいそうなくらい、疲労はピークに達していた。
しかし、いつの間にか遠別の富士見に着いてしまう。
富士見は19時閉店なので、ここで今できることはない。
最終バスが過ぎていることを確認して、バス停で一泊することに決定した。

21時半、就寝。
さて、明日の天気は?

追伸:
バス停を借用させていただいた沿岸バスさんには、この場を借りてお礼を申し上げます。
一日乗車券のビラが印象的なバス停でした。

【本日走行距離】155.08km
【積算走行距離】1472.9km

留萌市小平町苫前町羽幌町初山別村遠別町

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