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カリブの音楽とダンス

2007年02月28日 | [特集] ダンス音楽 ブックレビュー

Sully Cally (訳: 大串 久美子)
カリブの音楽とダンス
勁草書房, 1996



もうずっと昔から
アコーデオンもシャシャもビギンもあったのだ
トライアングルだってティ=ブワだって
すべての音楽は進歩した
カレンダだってそうだ
ただ1つ、僕らの音楽は変わらない
僕らは忘れない
あれこれ言う人もいるけれど
熱い心の音楽なんだ
変化を好んで
進歩をさせようとするけれど
僕らはビギンを踊るのさ
さあ、ビギンを踊ろうよ
さあおいで、僕とビギンを踊ろう - "Beguin Wabap"(クレオールの歌)


東カリブ海フランス海外県マルティニーク島とグアドループ島の、ダンスと音楽についての解説書。

先に紹介した『ニグロ、ダンス、抵抗』は、カリブ海地域のダンスや音楽の成立を歴史的にも地理的にも大きく俯瞰する内容であったが、それだけに実際の音楽や使われる楽器といった細部までは踏み込まないもどかしさがあった。

本書は、歴史的経緯や状況については簡単な紹介程度にとどめ、そのかわり地域と時代を限定して各論を展開。『ニグロ、ダンス、抵抗』を補完するのに最適な内容だ。

著者がマルティニーク島出身フランス在住の演奏家だけに、実際に使われる楽器の写真や、歌詞や楽譜といった「現物」が大量に紹介されている。とりわけクレオール語の原詞と日本語訳による流行歌の紹介は貴重。なにしろこの種の音楽、音源は民俗音楽のCD集などで手に入っても、歌詞は不明で想像するほかない場合が多いので。

本書では、ビギン、チャチャチャ、ズークといったカリブ音楽の特徴が詳しく紹介されている。打楽器のリズムパターン譜、ダンスステップ図、ダンスの段どりまで詳しく記されているのがありがたい。

歌詞つきのピアノ譜も豊富に掲載されているので、譜面を比較してみれば、ミヨー、イベール、ジョリヴェといった20世紀初頭フランスのクラシック作曲家にこれらのカリブ音楽がどのような影響を与えたかが、よくわかる。

影響関係という意味では、ポーランドのマズルカのようなヨーロッパの「民俗音楽」がカリブ海で再解釈され、ポピュラーな芸能として生まれかわっていった経緯も興味深い。それは、ちょうどヨーロッパ言語とアフリカやカリブの言葉がリミックスされて「クレオール語」が生まれていった様子にも似て。

もっとも、フランス領ではあってもカリブ海はアメリカの庭先。20世紀に入るとヨーロッパだけでなく、次第にオリジナリティを増してきた「アメリカ音楽」が大きな影響を与え始めていった。

社会情勢の不安定なマルティニーク島と、同じフランス領土でありながら安定し繁栄していたアメリカ大陸のルイジアナの間で、労働者の移動が頻繁になるにつれ、当時の最先端音楽であったジャズとカリブ音楽の影響関係も緊密になっていった。

なにしろルイジアナの州都と言えば、ジャズ発祥の地ニューオルリンズ。ジャズとビギンの間には、即興を主体とする楽曲構成や、それまでになかったダンサブルな曲想など多くの共通点がみられる。

ちなみに「ビギン」というジャンル名じたい「始める」という英語が語源なのだという。





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