これは前の記事「水曜日だし…どうでしょう? 鍋でしょう?」と並行した話です。
Sま&ナダ「呑みいくよね?」
半ば強引な客引きでちょっと引いてしまい、
「今日は運動しますわ。」と断ろうと思っていた矢先です。
「カゲトラが今日、息を引き取りました。」
弟からメールが届いたのです。
カゲトラ。うちの(実家の)犬です。そいつが今日、亡くなりました。
そして、今日は呑もうと決めました。
弟には
「そうか。よく頑張ったよな。」
と送りました。
カゲトラは13歳。甲斐犬としてはよく生きたといえます。
まあ16分の1プードルが入っているとかw それが利いていたのかも。
カゲトラはうちの魔犬でした。
うちに来るなりやんちゃで手が付けられませんでした。甲斐犬の特徴として、
脚の強さがあります。兎に角跳ね捲くる。元々首に紐をつけて飼う犬ではないのかもしれません。
集合住宅ってのもあり、普段は家の中に居て、散歩は外っていう飼い方でした。
なので部屋中駆け回り、ありとあらゆるものを壊し、粗相をして回りました。
絨毯・カーテンはボロボロに。テーブルの脚は噛み千切られ、電話線や電源アダプタのケーブルはバッツン。
ガラスの扉はヒビが入り、布団はシミが出来、新聞はぐちゃぐちゃ。おなかの調子が悪い日は…書けません。
だから山で飼うのがとても合っているのだろうと、散歩で近所の城址公園なんかを行くと実感しました。
うちの家族にも手をだしました。甲斐犬の特徴その2として主人は一人ってのがあります。
それ以外の人は主と見做さず心を開きません。
よく歯茎を見せながら脅されました。威嚇ですな。
そして噛まれました。僕の口に3針も縫う怪我を負わされたときは、さすがにサッカーボールのように蹴りましたよ。
2年前に先に逝った飼い猫のゲンゴロウも被害にあって、老猫になっていたときに襲われてました。
散歩でウサギを飼っている家の傍を通りかかり、そこのウサギに
ガッ!
ってやって
ギェッ!
ってショック死させてしまった。本当に申し訳ないことをしました。お詫びやらでうちら家族がオオワラワに。
兎に角、やりたい放題。そして分離不安症というのもあって留守番させるのも大変→家中めちゃくちゃにする。
まったくもって疫病神でした。つれて来た父親を呪いました。うむ。
でも、口を裂いて、「保健所に送るか?」と言われても
「うん。」とは口が裂けても言いませんでした。
最後まで飼おうとみんなで決めたのです。
散歩もほとんど母親が行ってましたが、僕も実家に帰るときは出来るだけ散歩しました。
母親はちょっと手を抜いて、カゲトラがちょっとでも行きたくなさそうなそぶりをすると
「行かないって!」と帰ってくるので。雨の日は大変だったな。
時間があるときは出来るだけ先に書いた城址公園を回りました。
散歩の帰りに活き活きとした表情のカゲトラが見てとれたからです。
そんなカゲもここ3年くらい前から体中に腫瘍が出来始め、
1、2年、足が不自由になり、急激に衰えました。
甲斐犬の特徴3なんですが、本当の純血だとこの腫瘍が出来始めるとポックリ逝くらしいです。
で、16分の1プーのカゲトラは兎に角頑張りました。お世話をする母親を主に家族は大変でした。
今までは2階まで平気で上がっていたのですが、夜になり、家族が上で寝付くと下から
「オォォオーー。。」と悲しげな声で上げてくれコール。
すると居た堪れなくなった家族の誰かが下から連れて行くのです。
まあその前に最後の人が上げていましたが。
股関節が全く機能しなくなってからは寝たきりになり、褥瘡(じゅくそう)が出来るため、
ときどき、体の位置を変えなくてはいけません。
常にオムツをして、大きなトイレ用のシートが寝床でした。オムツをしても押さえきれないからです。
トイレはそれでも体を抱えて外へ連れて行き、終わったら連れて帰っていました。
僕もつい先月実家に帰った際のこと、カゲトラが真夜中悲痛な泣き声を上げていたので起き出して様子を見に行ったら、
オムツの中が軟便で大変なことになっていました。
お湯を沸かしてティッシュを濡らし全部拭いてやったところ、穏やかな寝息になったので一安心。ってことがありました。
そんなカゲトラが今日、亡くなりました。目は閉じず、上を見ていたそうです。
ボンタンアメをこよなく愛する犬でしたので、週末はたくさん買っていって供えてやろうと思います。
先月末の自社の忘年会にて「犬飼ってないから。」とうちの寝たきりの犬の話を聞いて譲ってもらった犬用の枕をここにあげておきます。
残念なことに12月中忙しくて持っていけませんでした。ここにアップしますのでせめてもの供養で。
カゲ 安らかに。

