続・軍務尚書の戯言

国際情勢や医学ニュースに関して日々感じたことを残すブログです。

種としての人類~地球の癌~

2005-07-16 09:17:22 | 論文・考察
少し昔の映画になるが,デジタル処理を駆使した斬新な映像で一世を風靡した「マトリックス」で、主人公Neoの最大の敵であるエージェント・スミスがこんな台詞を口にしていた。
「いいかね,人間は地球の癌・治療すべき疾病なのだ。我々AIはその治療薬なのだよ。」
小生は仕事柄癌細胞を扱って研究をしているのだが,地球で起こっている様々な問題を目にするたびに,人類の営みと癌細胞の性質を比較して彼の言葉が正しいことを実感せずにはいられない。
なぜなら癌細胞の性質と人間の営みは極めて類似性があるからである。

病理学の教科書を紐解くと,癌細胞とは「生体のコント-ロールから逸脱して増殖し,正常組織を浸潤・破壊する細胞」と定義されている。
癌細胞の成り立ちは,もともとは正常な細胞が発癌物質や素因による遺伝子異常でその性質を変える=変異することから始まる。
ただし生体の免疫系は常にこうした異常な細胞を監視して排除し変異した細胞が増殖しないようにコントロールを行っており、一説には我々の体では日々数百個の変異細胞が生まれているが、これらは全て免疫により排除されこのため多くの人は癌を発症せずに済んでいるのだそうだ。
ところがひとたび何らかの方法でこの免疫の監視システムから逃れることのできる変異細胞が発生すると、その細胞は急速に増殖をはじめる。
増殖は更なる遺伝子変異を誘発し,変異細胞はさらにその変異度を増して正常細胞からかけ離れた性質を獲得するだけでなく,増殖の加速や正常組織との結合性の低下と多臓器への浸潤傾向を示し,ついには癌細胞と呼ばれるに至るのである。
ひとたび癌細胞となれば生体のコントロールを受けることなく増殖・浸潤・転移し,癌細胞の圧迫により正常組織の機能が低下してその宿主が死ぬまで増殖を止めることはない。

ひるがえって人類の歴史を眺めてみると,我々の主としての性質が癌細胞に極めて似通っていることが理解できる。
まず第一に,癌細胞が生体の免疫システムの監視から逃れているのと同様に、人類は地球上に現存する種族のうちで唯一淘汰の圧力から解放され,環境に自らを合わせて進化するのではなく、自らに合わせて環境を変化させることのできる種族である点だ。
人類以外の種族は常に自然界からの淘汰の圧力を受けており、環境に適応できない個体や疾病・奇形などの生存に不利な特性を持って生まれた個体は淘汰を受け生存することができず,その数は一定に保たれる。
ところが人類は自らの欲望に合わせて環境を作り替えることが可能であり、この自然界による淘汰の圧力がほとんど作用しない。
原野を切り開いて都市を建設し,山を切り崩して道路を造り,海を埋め立てて新たな土地を造るだけでなく,疾病を治療するために医療を発明して新生児死亡率を減少させるとともに個々の寿命を延ばし,ついにはあらゆる生命の設計図である遺伝子の解明とそれを用いた遺伝子治療まで行うことが可能となった。
人類は「淘汰」という人類以外の種族が自然界から受けるコントロールを逸脱し増殖する存在なのである。

第二に,人類の人口増加パターンと癌の発症パターンが極めて似通っている点だ。
こちらのグラフを参照していただきたいのだが,人類の人口は紀元前1000年頃までは緩やかな増加だったものが徐々に加速、紀元1000年の後半から幾何級数的な爆発的増加を示していることがよく分かる。
紀元前1000年頃を期に起こった人口の増加は農耕の発明と文明社会の形成時期と一致し、農業革命により人類が自然をコントロールする術の第一である農耕と都市建設を修得した結果だと考えることができる。
しかしそれでも人口増加は緩やかであり,この時点ではまだ人類は自然界の淘汰の圧力から完全に脱しておらず、飢饉や伝染病の流行といった自然界の影響を強く受けていた。
ところが18世紀にイギリスで発生した産業革命の発展と資本主義社会の形成は、あらゆる分野で人類の文明の発達を急激に加速させ様々な技術を生み出した結果,人類は自然界による淘汰の圧力から完全に逸脱して人口の爆発を来したと考えることができる。
この過程は,癌細胞が新たな遺伝子変異を獲得してその性質を変え,急激に増加する様とそっくりなのだ。
そしてこの人口爆発に合わせて地球規模の環境汚染や他種属の絶滅が進行し,現在地球がどのような状況にあるかはみなさんもよくご存じであろう。

人類に発生した最初の変異は,おそらく大脳新皮質の形成を司る遺伝子群におけるものだったと考えられる。
この変異は人類が他種族との生存競争に打ち勝つために有利に働くと共に,二足歩行による手の使用が刺激となって更なる大脳新皮質の増大をもたらし、さらなる変異を増加させていった。
そしてこの人類の遺伝的特異性~異常に巨大化した大脳新皮質を形成する遺伝子群~によって生み出された農業革命と産業革命が、人類を自然のコントロールから逸脱させ,爆発的人口増加と限りのない欲望による環境破壊・他種族の絶滅をもたらしている。
人類は,間違いなく地球の「癌細胞」なのだ。

現在も人類は爆発的な増加を継続しており2050年には100億に迫ると推測されているが、人口の6%でしかない先進諸国が世界の富の59%を所有し欲望にまかせた高エントロピー資本主義文明社会を形成し、ありとあらゆる手段で自然を変化させ,エネルギーを収奪し、他の種族を次々と絶滅に追いやり,あまつさえ生命そのものまで作り変える事を試みている。
その一方で文明社会からとり残された人々は飢餓に苦しみ、宗教と民族を原因とした戦争はなくならず,地球を数回滅亡させることが可能なだけの核兵器を保有するという極めて歪んだ状況を作り上げている。

前述したように,癌細胞は無秩序な増殖と転移により正常細胞を圧迫した挙げ句、宿主とともに滅亡する。
人類も癌細胞と同様,爆発的な増殖と過度に発達した文明により地球を食い荒らした挙げ句,母なる地球と滅亡する運命なのだろう。
その日が自分の子供たちが生きている時代に来ないことを祈るばかりである。

今日の箴言
「癌は致命的」

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