「疑問や危機感をもっている人に ものを言わせない力が働いている」 ここ↑を破れば日本は 生き残ることが出来ます
4号機のクレーン操作に日本の運命が
http://fukushima20110311.blog.fc2.com/blog-entry-89.html奥村岳志/ルポライター さまより抜粋引用↓ 文字強調管理人 画像拝借
――4号機のプールにある使用済み核燃料の取り出しを11月中旬から開始するとしていますが。
〔4号機プールには使用済み核燃料1331体と未使用の核燃料202体が保管されている。 そこに広島型原爆で約1万4000発分の放射性物質(セシウム137換算)が含まれているという。 東京電力は、2014年末まで作業は続くとしている。その後、2015年9月頃から、隣りの3号機プールの使用済み核燃料の取り出しを目指すとしている〕
草野
これは、リスクのある作業です。
汚染水のレベルではないですよ。
汚染水はまだ流れているだけですから。
それ自身がすぐに何かを起こすわけではない。
海に溜まっていくだけです。
それはそれでのちのち深刻な問題なのですが。
だけど4号機プールの使用済み核燃料は、
そもそも事故のとき、アメリカをはじめ、
全世界が震撼していた問題です。
福島だけじゃなくて
東京が飛ぶかもしれないと
本気で危惧されたものです。
だから、
失敗が許されないのです。
――汚染水タンクの問題が明るみに出るまでは、
やはり安全神話があって、そういう基本的なレベルでの
破綻や失敗はないだろうと思われていましたが。
草野
4号機の作業で、タンクのときと同じレベルの
人為的なミスや技術上の問題が起こったとき、
汚染水のように「漏れてました」という具合では済まされませんね。
起こることは、そういう比ではないですから。
水の中で
キャスク〔特殊な容器〕に入れて、
密閉して釣り出すというのですが、
果たしてうまく行くでしょうか。
プールはガレキで埋まっているし、
燃料集合体だって壊れているかもしれません。
水の中にあるうちは、まだいいのです。
遮蔽効果があるからですね。
釣り上げて、外に出したときが危険です。
例えば、この間のようにクレーンが倒れたりするわけですよ〔※〕。
そういうことが起こって
核燃料が 露出してしまったら。
もう、
近くにいる人間は 即死 するぐらいの線量です。
一気に命の危険にさらされます。
〔※9月5日に発生。
3号機のクレーンのアームが中央付近から折れ曲がった事故〕
――さらに地震や津波の再来や
竜巻の襲来ということも考えられますね。
草野
そう。地震や何かで、冷却システムが故障したり、
プールにヒビが入って水がなくなる
ということだって、可能性としてはあります。
もし、水がなくなったら、
核燃料がむき出しになって、
温度がどんどん上がり、
大量の放射性物質がまき散らされてしまいます。
そうなったら、
作業員も、もう現場から
退避せざるを得なくなります。
あるいは決死隊になってしまいます。
それが、チェルノブイリで起こったことでしょう。
東京まで避難になります。
――使用済み核燃料の取り出し作業が
1~4号機全部で10年ぐらい続くとしていますが。
草野
気の遠くなる作業です。
その間、一回の失敗もないなんて、
この間起こっていることを見ていたら、
難しいでしょう。
また、10年の間、
地震も津波も竜巻もないという
保証もありません。
(事故後の4号機プール内の画像)
――作業員の確保の問題もあります。
草野そうですね。個人的には、これだけのクレーン作業を扱える技術者が集まるだろうかと思っています。
遠隔操作はできないでしょう。
この間のプールのガレキ撤去作業で、
1日の被ばくが2ミリシーベルトとかいっていますね。
すごい被ばくです。
線量の高いところに、
クレーンで行かなければなりません。
作業時間が限られます。
そうすると、ものすごい人数がかかるわけです。
しかも技術がないといけません。
だから、作業員の確保というところで、
限界にぶつかるかも知れないと私は思っています。
――深刻な危機と隣り合わせで進むわけですね。
草野
そうですよ。
だから、オリンピックだとかと言って、
浮かれている場合ではないわけです。
4号機で、釣り上げて一本ダメにしたら、
もう
それで終わり
に なってしまう。
クレーンの操作に、日本の運命がかかっている。
そう言っても過言ではありません。
その間に地震が来ないことを神に祈るしかないのです。
非科学的ですけど。
でも、皆さん、祈りませんね。
アベノミックスで景気がよくなるかどうか
なんてことしか話題にしていないですね。
――何が必要でしょうか?
草野
不発弾を処理するとき、
半径何メートルって住民を避難させてからやるでしょう。
せめて、子どもを避難させるとか。
そこから行けば、すべての答えが出ると思うんですが。
でも、そんなことは誰も言わないですね。
とにかく、子どもはいったん逃げてほしいです。
私は、最後までいるつもりです。
どのくらいまで見届けられるかというのはありますけど。
被災地で見える住民の分断
――ところで、いわき市にいると、いろいろな問題が見えてくると思いますが。
草野そうですね、まず、国民をバラバラにする政策ですね。
――具体的にはどういうことですか?
草野
例えば、東電の賠償を
もらっている人と
もらっていない人との差がすごいです。
避難区域で、
東電関係の会社をやってた社長さんなんか、
売上げの何十%がもらえて、
さらにあれやこれやですごい額になっていると言います。
そういう人たちは、被害を受けても余裕綽々です。
でも、他方で、何にも知らないお年寄りなどは、
賠償の請求の仕方もわからないという状態です。
農家の人たちだって、途方に暮れている状態です。
でも、外から見たら、全部、同じように
賠償をもらっていると見られています。
いわきでは、
たしかに新車が増えているし、
道も混みますね。
2万4千人ぐらいでしょうか、避難してきている人は。
ゴミの分別の仕方とかわかんなくて、
そういう事細かなことから、
いわき市民との間で軋轢が生まれています。
――しかし、本当に
文句を言わなければならない相手は
そこではないと。
草野
そうなんです。
そういう風にしたのは誰なんだ
ということが問題なのですが、
それをみんな忘れているわけです。
身内で争っている場合ではないでしょう。
どうしてこうなってんだ。
こういう状況にさせたのは誰なのか。
そういう東電を
野放しにしている国って
なんなの
って。
そこを見失っているように思います。
――参院選では福島でも多くの人が自民党に投票しました。
草野
個人的な見方だけど、未だに、
面倒を見てもらっているという感覚が
あるのではないでしょうか。
被害者なんだけど、賠償なり、復興なりで、
面倒を見てもらっているという感覚です。
もともと
自民党が原発をやってきたことは
分かっているはずなのに、
目先のことしか見えていないんです。
――政治の次元ではなく、
もう少し根本的なところで
変化が必要だということですね。
草野
簡単には変わらないでしょうね。
変われるなら、こんなに原発は
出来てなかったでしょうから。
原発を持って来れば豊かになるとか、
若い人が戻るとか言ってきましたが、
結局この様です。
なのに、未だに、
原発がダメなら次は
何をもってくるかといった発想になってしまう。
再生可能エネルギーを持ってきたとしても、
その発想のままでは変わらないんです。
そういう発想をしているうちは、
田舎はダメでしょうね。
儲けを持っていくのは結局、
ゼネコンや大企業であり都会なのですから。
――建設過程で一時的に景気がよくなるだけですね。
草野
そう、終わったら何もありません。
原発ができたときも、
お蔭で出稼ぎがなくなったと言っていました。
たしかに仕事があるときはいいけれども、
仕事がないときは、結局、みんな
全国の原発を回っているのです。
私も、1年のうち半分も家にいませんでした。
定検、定検で回っていますから。
これは、形を変えた
出稼ぎではないのでしょうかね。
――原発問題を考えるとき、
都会と地方という問題に
目を向ける必要があるということですね。
草野
都会の人は、原発が
いいとか悪いとかということを、
一刀両断できますね。
単に電力を消費している側ですから。
しがらみもないでしょう。
だから反対するのも簡単です。
でも福島など
原発のある地域では
そうは行かないのです。
その感覚というのは
なかなか説明しても分かって
もらえないのですが、そこが一番の問題なのです。
家族や親戚の中に、
東電の社員はいるはし、
下請けの社員もいる。
高校で
成績いいのは東電で、
悪い奴は下請けで。
じいちゃん、ばあちゃんも、
畑や漁のないときは原発に働きに行く。
そういう具合ですから。
本当に恐ろしいですね。
原発による丸抱えです。
田舎の弱みに付け込んでいるという感じですね。
あの時代といっしょ
――「復興に向かっているんだから、
健康被害だとか、東電の責任とか、
国の責任とか、そういうことは言うな」
という空気もありますね。
草野
私の友だちが、子どもいるから心配で、
ある施設に行って、
「放射性物質の検査はどうなっているんですか」
って聞いたら、
その施設の検査が十分でなかったらしいのです。
そこで、その人が、
フェイスブックにそのことを書いたのですが、
そうしたら、
「そんなこと言ってんじゃねえ」
と、メッセージが送られて来て、
脅されたという話がありました。
いじめの構造と一緒で、
声の大きい連中の仲間に混ざらないと、
自分に被害が及ぶという恐怖感があります。
だから、とりあえず強い方に混ざっておくということになります。
それがいやだったら、
もう何も言わないでおくしかありません。
疑問や危機感をもっている人に
ものを言わせない力が
働いていると思います。
あの時代といっしょですよ。
かつて戦争のとき、戦争反対と言えなかったでしょう。
終わってから、
「自分は、反対だった」と言った人は
それなりにいましたが、
それでは遅かったわけです。
いまそれと同じ状況じゃないですかね。
本当に恐ろしい。
ああ、この構造って変わってないなと思います。 (了)