みんなの僧

24で僧侶になり54で住職になるまで夢や悩みを聞き続けて30年。

青木新門とおくりびと

2012-10-08 21:50:20 | 日記

6日、埼玉のフレサよしみで「おくりびと」原作「納棺夫日記」の作者 青木新門さんの講演会があった。

東松山と鴻巣免許センターの中間に フレサよしみホールはある。

池袋から東武東上線で東松山で下車。約1時間

東松山からはバス。比企吉見農協前で降りて約30分近く歩く。

東松山駅前には 今日まで知らんかったが、焼き鳥でモンドセレクション最高金賞になった「ひびき」がある。
モンドセレクション金賞はたまに選考されるが、最高金賞となると話しは違う。

帰りに早速購入した。

フレサよしみ小ホールに1時に到着。

蒸し暑いのと、季節外れの炎天下で ホールに着いたときには汗グッショリ。

汗がひくのを待って ゲストの「青木新門」さんに挨拶する。
11月2日には本山の聞法会館での講演もあるらしい。
1350から拙僧の挨拶導入で、本日の主催者「浄泉寺・福井学誠」さんのスピーチ。
淡々としているが、「仏法広まれ!」との静かな炎が感じられる素晴らしいものだった。

新たに関東圏で 寺を開く福井学誠さんだが、艱難辛苦を乗り越えて行くぞとの 腹の据わった気持ちが見える。寺生まれだが、元NHKのカメラマン。で、拙僧の声明の先生でもある。

程なく 青木新門さんの講演が始まる。

面白おかしく話されてはいるが、話題それぞれのパーツが、どの内容も重くて深遠である。

厳しく 物事を探求し続け、もがき、しがみつき、地を這いつくばって、しっかりと何かを掴んできた人だけが持つ 厳かな重みだ。

慣れない電車移動と 蒸し暑い中30分歩いたせいだけではない、こころとアタマが芯からぐったりした。
人の話しの 背景と 真剣さと真摯さを全面に受け止めることは疲れるのだ。

一字一句も聞き漏らさずに聴いた。
それもあって

ほんまに ぐったりだ。

ソレだけ集中して 聴いたのに

今日思い出せるのは

まばらだ。

情けなし、己の記憶力。

いっぱい、きちんと書きたいが

記憶をたどるため、話のパーツを箇条書きにしてみる
・「おくりびと」のモックンとの出逢い
・モックンが新門さんの「納棺夫日記」を20代の時に読んで、自分の写真集の引用文にしたいと連絡してきたこと
・引用文の一節には「蛆が光って見えた」を使用したモックンの宗教的センスに感嘆した
・モックンが行った ベナレスはインドの宗教的聖地・ベナレスでは生焼けの死体がプカプカと浮かぶガンジス川のほとりで みんなが沐浴している光景。
・その光景を見てモックンが「死と生が普通に分け隔てなく存在した」みたいなことを書くセンスにも感嘆・時期が空いて とある雑誌でモックンが「納棺夫日記」を必ず映画化したいとインタビューを受けていた・それを読んだ新門さんが手紙をモックンに送る
・書道八段の達筆な返信に感心
・納棺夫日記は今日日常化している葬儀屋さんの納棺の始まり。青木新門さんが開発・開拓
・しかし、納棺夫日記の大半は浄土真宗門徒としての敬虔な信心について語られており、映画化には向かないとモックンにアドバイス・数年経ってモックンから映画化の話し
・脚本(作・小山薫堂)が制作委員会から送られてくる・最初は誰も見向きもしなかったが、おくりびと製作委員会が出来る。ただひとえにモックンの情熱と信念と執念
・だが、脚本を読んでビックリ。石文で終わるシーンは縄文人のアニミズムを利用したヒューマニズムとなっており、到底「納棺夫日記」のコンセプトとはそぐわず委員会に異論を唱える。
・脚本はオーソライズ、フィックスしており かつ撮影も開始するのでと、内容証明的な冷たい返答が委員会から届く
・では、伊丹十三さんの「お葬式」のようなシニカルで、葬儀を茶化したものになると考えるが もし このまま映画化するのであれば、ライナーから外して欲しいと筋を通す。
・原作「納棺夫日記」 青木新門とテロップやエンディングロールに入れないことか?
・プロデューサーが富山までやって来て「なんでここまで来てゴネるのか?分からない」とクレーム。話し合うか、どちらも折れず平行線
・その後 いきなりモックンから電話。会いたいと言われるが、プロデューサーに代わっての交渉と思い、忙しくないのに「忙しいので」と言う
・モックン引き下がらす、実は「もう、富山にいるんです。会って下さい!」と懇願され 熱意を受けてホテルで会うことに。
・しかし、フロントでトラブル 本木雅弘で予約名無し。お忍びなので戸籍名の「内田雅弘」で予約判明
・お忍びならホテルは不味いと行きつけの小料理屋に行く。女将舞い上がり、とかく個室に顔を出し、頼んでもいない 見たことない船盛りを提供する
・話しの内容はプロデューサーと同じだったが、テーブルから半歩下がって きちんと正座をして 真っ直ぐな眼差しで 懇々と訴えてくるモックンの情熱、信念、執念に新門さんは「筋を通す自分が小さく」思えてきて、どうでもよくなる・モックンに結局を出す「本木雅弘さんの好きなように作って下さって結構ですよ」と伝える 
・モックン東京にとって返し 製作がスタートする
・だいぶ音沙汰無かったがモックンから「おくりびと」完成しました。特別招待券を送付しましたので是非お越し下さいと書道八段の手紙
・特別招待券はA1スペシャルシート 試写会終わり、監督・小山薫堂・山崎勉居並ぶ前で いの一番にモックンかけより「どうでしたか?」とインタビューされる
・「す、素晴らしい、素晴らしかった。俳優さんの演技力が素晴らしく、思っていたより遥かに素晴らしかった!」とコメント
・本当に素晴らしい映画と感銘するも、納棺夫日記に書いたモノとは違う
・やはり、脚本の書き出しと本の書き出しの違いは大きいし、富山の山々と撮影設定の山形の山々では山並みがちがう。
・また、富山は納棺夫日記に貫かれている浄土真宗の土地柄だが、山形は真言宗や曹洞宗の風習が色濃い
※因みに拙僧は 原作者の郷土風景を見に行き、製作設定の山形の山々も見て、ロケ地もチェック。どちらの山海珍味も舌調べをした。
・暫くして、モックンから興奮した電話がある
・「アカデミー賞にノミネートされましたっ!」
・既に数々の映画の賞をさらっていた「おくりびと」だが、アカデミー賞ノミネートは別格で格別だ。流石のモックンも興奮。
・直感もあったが、つい「受賞しますよ!きっと」とモックンに伝える
・生真面目で真剣なモックンはいきなり口調を変えて「なんで、そう思われるんですか?」と聞いてくる
・イランこと言っちゃったなと焦りつつ 何故かと説明する新門さん
・納得するまでコール&レスポンスする本木雅弘
・暫くやりとりして、たとえ話を用いて受賞獲得の整合性を話す内に 青木新門さんも本木雅弘さんも互いに納得する
・たとえ話の内容については拙僧忘れる
・モックンは生真面目なので しつこいらしい(想像すると笑える)
・で、アカデミー賞受賞

・同志モックンの「おくりびと」のアカデミー賞受賞を喜びつつ、起爆剤的原作とは言え 映画との距離感を言い続けてきたので、受賞との関連はないと 静かに富山で感傷に浸る。

・モックンが受賞の喜びのあまり、プレスやマスメディアに「おくりびと」と「納棺夫日記」の関係、成立までのいきさつとして「青木新門」を語る。

・翌日から まるでアカデミー賞受賞の勢いで、取材攻勢、電話インタビュー攻勢の猛攻に会う「ミヤネ屋です」「みのもんたです」

・一躍 時の人の一部となった青木新門さん

・その後、有名になった新門さんは各地、各寺の講演会やら法事で引っ張りだこになる

まえふりは終わり、ベナレスの生死の話しに重ねて 自分の人生を振り返る新門さん

予定をはるかに越して 講演会は続く。

よってブログも続く