第一部 第一章 寛弘五年(一〇〇八)秋の記
【七 八月二十六日、弁宰相の君の昼寝姿】
八月二十六日、中宮様の薫物の調合が終わって、女房たちにもお分け与えなさる。練香を丸めた女房たちが大勢集まっていた。
中宮様の御前から下りる途中に、弁の宰相の君の局 【 藤原道綱の娘豊子のことで、彰子のいとこにあたり、彰子の女房として仕えていたのです 】 の戸口をちょっと覗き込むと、昼寝をなさっていた時であった。萩や紫苑などの色々の衣の上に、濃い紅の打ち目が格別美しい小袿を掛けて、顏は衣の中に引っ込めて、硯の筥を枕にして臥せっていらっしゃる額つきは、とても可愛らしげで優美である。まるで絵に描いた物語の姫君のような感じがするので、口元をおおっている衣を引きのけて、
「物語の中の女君の感じでいらっしゃいますね」
と言うと、わたしの顔を見上げて、
「気が変な人のなさりかたですよ。寝ている人をむやみに起こすなんて」
と言って、すこし起き上がりなさった顏が、思わず赤らんでいらっしゃったのなどは、実に上品で美しゅうございました。
普段からも上品な人が、折が折だけに、さらにこの上なく優れて見えることなのであった。