古代の出雲に於いては東部と西部が二大重要地域である。東部は意宇、西部は杵築の勢力である。この二つの勢力と大和政権との関係が大和の出雲征服に大いに関係している。大和が西部の杵築の勢力を滅ぼした東部の意宇に勢力を持つ出雲氏を国造にしたことが大和の出雲征服であると説かれた。しかし出雲の国造はもともとひとつであり、拠点が杵築から意宇へと移されただけであるという説もある。そもそも出雲国造の祖先である出雲氏はどこに拠点を持っていたのだろうか。倭建命などの伝承の舞台は出雲西部である。しかし6世紀の前方後円墳の広がりや平野の広がりなどの地理的条件を考慮すると東部である。大国主命は出雲氏が東部地域の政権を脱却して、出雲全域の支配者になったとき、新たに取り込んだ神である。つまり出雲は東部の支配者が西部に勢力を拡大して出雲全域を支配したと想定できる。
出雲に対する大和の進出は西部東部全域に見られる。東部からは、意宇平野西方丘陵の岡田山1号墳という前方後円墳が発見され、出土品から被葬者は額田部氏と考えられる。しかし、この一帯は出雲氏の勢力基盤であることから出雲氏の墳との見方が根強い。出雲勢力の中の額田部氏とは応神天皇の皇子である額田大中彦にちなむ部である。つまり出雲に大和の支配が及んでいたと考えられる。
意宇平野西方丘陵の岡田山1号墳の被葬者は額田部氏
応神天皇の妃・仲津姫の陵
応神天皇陵
春日大娘皇女
但馬清日子孫┓ 宮主宅媛 ┣橘仲皇女
葛城高額媛 ┣雌鳥皇女 荑媛(葛城蟻臣娘) ┣白香皇女
┣神功皇后170-269┣菟道稚郎子皇子 ┣飯豊青皇女440-484 ┣武列天皇
息長宿禰王┃ ┣矢田皇女 ┣億計王(24代仁賢天皇)袁祁命449-498
┣15代応神天皇-394(誉田別尊) 黒媛 ┣弘計王(23代顕宗天皇)意祀命450-487
14代仲哀天皇 ┣荒田皇女 ┣市辺押磐皇子(忍歯王)-456
┣麛坂皇子 ┣16代仁徳天皇257-399 ┣御馬皇子
┃ ┣根鳥皇女┃ ┣飯豊青皇女(記紀)
┣忍熊皇子┏仲姫命 ┣ 17代履中天皇319-405(阿智使主、平群、物部が舎人)
大中姫 ┣高城入媛 ┣ 住吉仲皇子(安曇連、倭直の海人族が舎人)
品陀真若王┛┣大山守 ┣ 18代反正天皇336-410
応神天皇 ┣ 19代允恭天皇 -453
┏━磐之媛命 ┣木梨軽皇子 ━━━━━━━━━━┓
開化天皇 ┃ 仁徳天皇 ┃長田大郎女 ┃
┣和気王┃ ┃ ┏┃┻眉輪王┣ ┃
鸇比売 ┃ ┣大草香皇子┣20代安康天皇(穴穂皇子)401--456┃
垂見宿禰┛ ┃ ┣若日下部命┣軽大娘皇女 ━━━━━━━━━━┛
┗□□┓ ┃ 日向髪長媛 ┃┣境黒彦皇子 和珥童女君
甘美内宿禰 ┃ ┗┃━┓ ┣ 春日大娘皇女
武内宿禰 ┣葛城葦田宿禰 ┣21代雄略天皇(大長谷王)418-479
┣葛城襲津彦-347┣葛城玉田宿禰┃ ┣磐城皇子 ┃
┃ ┃ ┣葛城円 ┃ ┣星川稚宮皇子┃
┣蘇我石川宿禰 ┃ ┗毛媛 ┃吉備稚媛 ┣ 22代清寧天皇444-484
┣平群木菟宿禰 ┃吉備臣┃┏━┃━┛ ┣ 稚足姫皇女
┣紀角宿禰 ┃ ┗田狭 ┣ 八釣白彦皇子 ┏葛城韓姫
┣羽田矢代宿禰 ┣黒媛 応神┓┣ 坂合黒彦皇子 葛城円
┗巨勢小柄宿禰 ┗葛城蟻臣 ┣忍坂大中姫
┃ ┗荑媛 ┗衣通姫(そとおりひめ)
┗□-□-巨勢男人-529
┣胡人-巨勢徳太-658-巨勢黒磨
┣紗手媛 (安閑天皇妃)
┗香香有媛(安閑天皇妃)