【415-】 ゲルマン人流入@ゲルマン民族の大移動 ⇒ 西ゴート王国:首都トレド
【711-】 イスラーム勢力(ウマイヤ朝 首都トレド)により、西ゴート王国敗戦:へレスの戦い
将軍ターリクの名前が半島南西の山についている(ジャバル of ターリク→ジブラルタル海峡)
西ゴートの残党ペラーヨ?-737(キリスト教徒)はイベリア半島北西部にアストゥリアス王国建国
アルフォンソ2世760-842は王国を3分割して継承
アストゥリアス王国:フルエーラ2世
ガリシア王国 :フェルナンド1世
レオン王国 :オルドーロ2世
【732】 トゥールポアティエ間の戦い: イスラム✖ VS 〇フランク王国
┗後ウマイヤ朝 ┗ローマ教皇に接近 --- カールの戴冠
(首都コルドバ) ┗イスラム侵攻の拠点:辺境伯(カタルーニャ地方)--バルセロナ
┗ベルベル人侵入→ナスル朝
(首都グラナダ)
【791-】 アルフォンソ3世848-910の治世がおわると3国に分裂
【910-】 アストゥリアス王国:フルエーラ2世875-925
ガリシア王国 :オルドーニュ2世871-924
レオン王国 :ガルシア1世870-914
【1035-】 カスティーリャ王国(首都トレド)Byフェルナンド1世1017-1065
【1037-】 カスティーリャ・レオン王国 フェルナンド1世が統合
アルフォンソ7世1105-1157
┣アルフォンソ8世1155-1214(カスティーリャ国王)
┃ ┣ウラカ1186-1220(ポルトガル王妃)
┃ ┣ブランカ1188-1252(ルイ8世王妃)
┃ ┣フェルナンド1189-1211(カスティーリャ王位継承権)
┃ ┣エンリケ1世1204-1217
┃ ┃
┃ ┃フリードリッヒ1世(神聖ローマ皇帝)
┃ ┃┗コンラート1172-1196
┃ ┃ ┣1187年婚約(カスティーリャ領土目的)
┃ ┃ ┃1188年にフェルナンド誕生で王位継承権が移る
┃ ┃ ┃1190年婚約は破断
┃ ┃ ┃
┃ ┃ ┃
┃ ┣ベレンゲラ1180-1246(カスティーリャ女王)
┃レオノール1162-1214 ┃ベアトリス(ローマ皇帝フィリップ2世の娘)
┃(父:ヘンリー2世) ┃ ┣アルフォンソ10世1221-
┃(母:アリエノール) ┃ ┣他9人
┃ ┣フェルナンド3世1201-1252
┃ ┃
┃ ┣ベレンゲラ1204-1237
┃ ┃ ┣
┃ ┃エルサレム王・ブリエンヌ1148-1237
┗アルフォンソ9世1171-1230(レオン国王)
┣サンチャ 1191- 修道女
┣フェルナンド1192-
┣ドゥルセ 1193- 修道女
テレサ・ポルトガル 1176-1250
1195年アルフォンソ9世はカスティーリャに侵攻
アラゴン王国がカスティーリャに加勢
不利とみたアルフォンソ9世は和睦
1197年アルフォンソ9世とベレンゲラ結婚
1204年ローマ教皇インノケンティウス3世⇒この結婚は無効
理由:近親婚
同意しなければアルフォンソ8世、アルフォンソ9世は破門⇒離婚同意する
1211年カスティーリャ王太子フェルナンド死去⇒エンリケ7歳が王太子
1214年アルフォンソ8世死去 妻・レオノールも死去
1214年エンリケ1世即位 ベレンゲラは摂政 ⇔ ララ伯(アルフォンソ8世重臣)
1217年エンリケ1世13歳事故死@宮殿内
ベレンゲラ女王即位⇒国民反感⇒フェルナンド3世即位
アルフォンソ9世がカスティーリャ王位継承主張
ルイ8世までもがカスティーリャ王位継承主張 ⇒ 1226年ルイ8世崩御
ララ伯+アルフォンソ9世⇒カスティーリャ征服計画⇒軍侵攻⇒市民兵が撃退
アルフォンソ9世は十字軍遠征 ララ伯病死
1219年フェルナンド3世とベアトリス結婚
1221年アルフォンソ10世誕生
1230年アルフォンソ9世崩御
カスティーリャにレオン統合
1246年ベレンゲラ死去66才
1252年カスティーリャ・レオン消滅
イザベル1451-1504 遺言により遺体はグラナダ・アルハンブラ宮殿にある
┣イザベル1470-1498 @ドエーニャス ポルトガル王 (マヌエル1世)妃
┣ファン 1478-1497 @セビリア城
┣ファナ 1479-1555 @トレド ブルゴーニュ公(フィリップ4世)妃
┣マリア 1482-1517 @コルドバ ポルトガル王 (マヌエル1世)妃
┣カタリナ1487-1536 @アルカラ イングランド王(ヘンリー8世)妃
フェルナンド2世1452-1516
タントモンタ:二人は平等
【1479-】 トラスタマラ朝 カスティーリャ-アラゴン連合国:スペイン王国の始まり
当時イベリア半島で繁栄していたのがポルトガル : 敵も居ない---大航海を開始
イスラム・ナスル朝と敵対し、アラゴンやポルトガルに挟まれたカスティーリャはアラゴンと組むことで活路開く
イザベル1451-1504+フェルナンド2世1452-1516が結婚してスペイン王国成立
1486 グラナダ陥落に向けて、周辺の町の兵糧を絶つ
モクリン要塞(山頂の要塞)に野営 アルハンブラ宮殿を望み、攻撃の機会を待つ
アルハンブラ宮殿 :アラビア語で赤い城という意味 スペイン語ではアランブラ
3重の城壁周囲2km 22人のスルタンが迷路宮殿を増築
かつては7宮殿 今は4宮殿+離宮
コマレス宮 : 作ったスルタンは礼拝中に殺害された
パルタル宮 : 最古 作ったスルタンは弟に王位を奪われて毒殺される
メスアル宮 : 作ったスルタンは愛人を奪って恨みをかい刺殺される
イザベルが滞在したのはここの黄金の間
航海師コロンブスと会見した間でもある
レオネス宮 : 妃と密会したことで、疑わしいアベンセラス一族36人を殺害
ライオンの中庭---永遠の水の循環
二姉妹間----ムハンマドが弾圧から逃れて籠った洞窟を表す
天井には「追っ手から守った蜘蛛の巣」
5416の鍾乳石飾り--正方形から八角形へ昇華
アラベスクの迷路は無限の連鎖
必ずどこかに不完全を残した完全芸術
「神のみぞ勝利者なり」
1491 グラナダ王国のスルタン・ボアブディルは戦うことなく降伏 宮殿のカギはイザベル女王の手に
【1492】 グラナダ陥落 :キリスト教はイスラム教を追い出した(キリスト教に改宗 20万人)
ユダヤ教は追放 17万人
アルハンブラ宮殿外のモスクは破壊して教会建造
アルハンブラ宮殿内の礼拝堂などはそのまま残っている
→ キリスト教、イスラム教、ユダヤ教が混在する街-グラナダ、ゴルドバ、トレド
1493 コロンブスへ大航海指示 --- 西インド諸島から莫大な富がもたらされる:1493-3-30 女王手紙
1504-11-26 イザベル病死 ---- 西インド諸島への不安(略奪をしてはいけない)を遺書に残す
イザベルの遺体は遺書に従ってアルハンブラ宮殿・聖フランシスコ礼拝堂に葬られた
1516 フェルナンド死亡 遺体はイザベルとともにグラナダ大聖堂@王室礼拝堂
ファナと夫フィリップも横に安置されている
その息子カール5世はスペイン王家全ての財産を継ぎ、ハプスブルグ家のものとなった
船乗りたちの聖母 @セビリア城 --- コロンブス、フィリップ