京都を流れる鴨川は上賀茂神社あたりで加茂川と高野川に別れ、加茂川はさらに貴船川と鞍馬川に分かれる。 現在でこそ加茂川、鴨川を使い分けているが、実は昔は使い分けはせずに漢字にきまりはなかった。 これらの川の分岐点は水の祭祀上大変重要で、鴨川合坐小社宅神社などは下賀茂神社の摂社となっている。 鴨長明の父がこの神職であったことはよく知られており、鴨の名乗りは川に由来する。 加茂川の上流にある貴船地方には貴船の神の信仰が発生し、その後鞍馬寺が建立された。 建立したのは藤原伊勢人という聖武天皇の時代の従四位の官人であった。 藤原伊勢人は当時造東寺長官をしており、私寺をつくって観音像を安置することを祈り願っていたときに夢をみたという。 平安京の北に深い山が二つあり、その麓にいた翁が藤原伊勢人にいう。 「この地の霊験が他に比べて優れている。われはこの山の鎮守の寄附禰の明神である」 藤原伊勢人は飼っていた白馬を放つと北へ向いてたった。足跡を辿ると白檀の毘沙門天像がある。 観音像ではなかったのである。 またあるときの夢では、童子が現れ「観音は毘沙門天である。われは多聞天の侍者、観音と毘沙門天は般若経と法華経のようなもの」 といったという。藤原伊勢人はそれから鞍馬に堂を造り毘沙門天を安置した。 これが鞍馬寺である。 これは今昔物語集にあるが、扶桑略記にもおなじような内容が納められており、796年のこととしている。因みに四天王の一つとして北方を守るのが多聞天、独尊として祀られると毘沙門天となる。
ところで藤原伊勢人であるが桓武天皇が造東寺長官に任命した官人で、太政大臣であった藤原武智麻呂の孫、巨勢麻呂の子である。官位は散位従四位下であるので官位を受けたときには官職にはついていなかったことになる。藤原武智麻呂といえば不比等の嫡男で聖武天皇が皇子の時代に教育係もしており左大臣のときに天然痘にかかって死んでいる。
蘇我娼子娘
┣ 武智麻呂(南家)680-737
┃ ┣ 豊成 704-765
┃ ┃ ┗ 継縄ツグタダ-796(桓武天皇側近)
┃ ┣ 乙麻呂 ┣ 乙叡オトエ-808 ━平子
┃ ┃ ┗是公(これきみ) 百済王明信
┃ ┃ ┣ 吉子 軽皇子(42代文武天皇) 701-756 縄主
┃ ┃ ┣ 真友 ┃ 多治比真宗769-813 ┣娘
┃ ┃ ┗ 雄友 ┃ ┣ 葛原親王786-━高望王 薬子┃
┃ ┣ 仲麻呂706-764 ┃ ┃是公娘・吉子-807 ┃┃
┃ ┃ ┣ ┃ ┃┣ 伊予親王 -807 ┃┃帯子(百川娘)
┃ ┣ 巨勢麻呂 房前娘 ┃ ┃┃乙牟漏皇后 760-790 ┃┃┃伊勢継子
┃ 貞姫 ┣藤原伊勢人┃ ┃┃┣ 高志内親王789-809 ┃┃┃┣高岳親王
┃ ┣黒麻呂 ┃ ┃┃┃ ┣恒世親王 ┃┃┃┃
┃ ┗真作 ┃ ┃┃┃ 53淳和天皇 ┃┃┃┃
┣ 房前 (北家)681-737┃ ┃┃┣ 安殿親王774-824 (51平城天皇)
┃ ┣ 永手714-771 ┃和新笠┃┃┣ 賀美能親王786-842(52嵯峨天皇)
┃ ┣ 魚名-783 ┃ ┃┃┃┃ ┣業良親王 ┣正子 藤子
┃ ┃ ┃ ┃┃┃┃ 高津内親王 橘清友┣54仁明810-850*
┃ ┃ 坂上田村麻呂┃ ┃┃┃┃ ┣橘嘉智子┣55文徳帝
┃ ┃ 登子 ┗広野┃ ┃┃┃┃ ┗橘安万子順子┗56清和
┃ ┃ ┣ ┃ ┃┃┃┃ 藤原真作┃
┃ ┣ 真盾━内麻呂-812┃ ┃┃┃┃種継 ┣三守
┃ ┃ ┣ 真夏774┃ ┃┃┃┃ ┗藤原東子-807┗美都子
┃ ┗ 鳥養 ┣ 冬嗣775┃ ┃┃┃┃ ┣ 甘南備内親王800-817
┃ 永継 ┃ ┣山部王(50代桓武天皇)737-806
┣ 宇合ウマカイ(式家)694-737┃ ┃ ┣ 大伴親王786-840(53淳和天皇)
┃ ┣ 広嗣 諸兄に対乱 ┃ ┃百川娘・旅子 759-788
┃ ┣ 良継 白壁王支持 ┃ ┣ 早良親王750-785(崇道天皇)
┃ ┃ ┣ 諸姉(百川室)┃ ┣ 能登内親王733-781
┃ ┃ ┣ 乙牟漏 ┃白壁王709-781(49代光仁天皇)
┃ ┃ 阿部古美奈-784 ┃ ┣ 他部親王761-775
┃ ┣ 百川 道鏡追放 ┃県犬養広刀自┣ 酒下内親王754-829(斎宮)
┃ ┃ ┣ 緒嗣774-843 ┃ ┃ ┃ ┣朝原内親王779-817(斎宮)
┃ ┃ ┣ 旅子-788 ┃ ┃ ┃ 桓武天皇 ┣
┃ ┃ ┗ 帯子-794 ┃ ┣ 井上内親王717-775 平城天皇
┃ ┗ 清成 ┃ ┣ 不破内親王
┃長岡造 ┗ 種継737-785 ┃ ┃ ┗ 氷上川継782の謀反
┃五百重(天武夫人) ┃ ┣ 安積親王728-744
┃┣ 麻呂 (京家)695-737┃ ┃
┃┃ ┗浜成流罪で京家没┃ ┃
┃┃ 賀茂比売 ┣首皇子(45聖武天皇)701-756
┃┃ ┣ 藤原宮子 ━━┛
┃┃ ┣ 長娥子(長屋王妾)
藤原不比等 659-720