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宇治陵訪問二回目

2007年06月19日 | 陵 古墳 墓 遺跡

宇治陵

 京都の南郊、宇治の木幡の地にある藤原氏の墓所を前回訪れた時は15号墓から28号墓までの13箇所を廻りましたが、今回は1号墓から14号墓、32号墓から37号墓までの20箇所を廻りました。 総遙拝所になっている1号陵をはじめ、 東に離れた37号墓(光孝天皇の在位時の関白藤原基経の墳墓)、 35号墓(醍醐天皇の在位時の左大臣藤原時平の墳墓)、北に少し離れた丘陵を登りつめた32号墓、33号墓(道長墓と伝承されているそうです) を巡って、残す葉わずかに4箇所を残すばかりとなりました。 松殿山荘のすぐ南に位置する30号、31号墓については行ってみたのですが結局発見できず。 次回、秋の紅葉に平等院へいくときにでも再挑戦です。

 

 

総遙拝所になっている1号陵

 

2号陵

 

3号墓

 

4号墓

 

5号墓

 

6号墓

 

7号墓

 

8号墓

 

9号墓

 

10号墓

 

11号墓

 

12号墓

 

13号墓

  

14号墓

 

25号墓

 

32号墓 (藤原道長墳墓との伝承)

 

33号墓

 

34号墓 (大谷宇治陵:大谷本院にて火葬後、葬られた藤原彰子)

 

35号墓 (左大臣藤原時平の墳墓

 

36号墓

 

37号墓 (関白藤原基経の墳墓

 

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