プラムフィールズ27番地。

本・映画・美術・仙台89ers・フィギュアスケートについての四方山話。

◇ 水村美苗「私小説 from the left to right」

2022年11月11日 | ◇読んだ本の感想。
水村美苗を最初に知ったのはある種のミーハーとして。
辻邦生との対談本「手紙、栞をそえて」……あ、対談本じゃなかった。書簡集か。
辻邦生の晩年近く。水村美苗が頬を赤らめたファンに見えて仕方なかった。
まあ単なるファンにしか見えなかったら、作品を読もうとしなかっただろうけど。

最初に「本格小説」を読むつもりで借りたのだが、読まないうちに
他の人から図書館の予約が入ってしまった。次の締め切りまで読めないので、
これは一旦返して別な作品を読もう。
「私小説」というタイトルは少々腰が引けるが……これにしようか。

そして本作。とても面白かったです。

読み始める前は、うえー、横組み?とさらに腰が引けた。苦手だなあ。
いくら本人が滞米経験がある人だからって……と思ったら、
横組みにする必然性があった。実に即物的な理由で。英文が多いんです。

英単語を登場させる作品は散見する。もちろん数は多くはないけどたまに。
それは作品に数回の頻度から1ページに数単語の頻度までさまざま。
総じて1ページに数回横文字を使うタイプはわたしの好みからは外れるけど。

だが本作は、少女の頃にアメリカに渡った姉妹が30歳になった頃の話。
姉はより多くアメリカに溶け込むように生き、妹はより多く日本に留まろうとする。
姉との電話が多い小説で、この姉の台詞が英語と日本語が半々なのだ。

そのため英語は単語だけではなく文章としても出て来る。
先生や友人などアメリカ人との会話も出て来るから、数行から半ページほどの
英文になることもある。この英文はだいぶ忖度して書いてあるのであろう、
シンプルな英語で書いてあり、一般的な英語力でも5割は読めると思う。

わたしは意味がわからないところもけっこうあったけど。
しかし英文で書いてある部分で根幹に関わる内容は比較的少なく、
読みやすさ的にはそこまでハードルは高くない。


父が仕事の関係で渡米。父は元々アメリカで暮らしたい人だったらしく、
一家はそのままアメリカに長く住む。
姉はアメリカで本格的にピアノを勉強し、しかし結局コンサートプレイヤーには
なれず、ポーランド移民の男と同棲している。
妹はフランス文学で大学院へ進み、しかし口頭試験を受けて卒業する勇気が出ずに
ウロウロしている。
何者でもない。何者にもなれそうもない。その焦燥と寂寥。

結果的にこの妹は――「私小説」というタイトルを信じれば、水村美苗本人は、
日本語で作品を書き、寡作だけれども出す作品出す作品がいずれも
なんらかの賞を取っていて、さらに複数の有名大学で客員教授として
近代日本文学を教えている。何者かになった人。


最初は家族の話として始まった。
60年代半ば、アメリカへ移住するというのがステイタスであった時代。
中流上の家庭。アメリカが素直に憧れや自慢であった時期もあった。

しかしアメリカでの生活は辛いことも多く。
おそらく生活水準は悪くなかった。
周りの人の扱いが酷かったとは書かない。だがいろいろなシーンで差別を
感じることが多かった。やはり白人ではないこと。colouredであること。
微妙な扱いの差。周りの日本人を見て思うこと。

アメリカ人にはアメリカ人の生来の物の見方があり、典型的な日本人の行動があり、
自分たちが育って来た道筋がある。
英語もそれほど上手くはなく、妹は英語の勉強よりも日本文学を読むことへ向かった。

姉との関係にも葛藤がある。
それは同時に母との葛藤でもあった。家族は姉のピアノを中心に回っており、
母の興味はより多く姉へと向いていた。そして母は最終的に父を捨て、
若い男と駆け落ちする。それに対する感情を冷静に書き綴る。

そこからの、自分の現状。
日本へ帰る道もある――少女時代から夏休みに帰る程度だったので、
日本の生活基盤はどこにもないけど。
大学院を卒業したとしても何のあてもない。
ただ妹は小説を書きたい。日本語で。読みふけった文学作品を武器として。
その不安感。

そういうことを淡々と、冷静な書きぶりで書いていく。


アメリカにいたことが人格形成に大きな影響を与えたことは間違いない。
しかしこういう感受性の人ならば、そしてこういう家族を持つ人ならば、
日本にいたとしても様々な物思いがあったに違いない。

ただアメリカに長年住んで、その閉塞感のなかで読んだ日本文学――
漱石とか芥川とか――が一層血肉になったということはあるかもしれない。
この人は1951年生まれの人だが、同年齢の人よりずっと明治文学に影響を受けたはず。
何しろ読もうと思っても、新刊書は周りにないわけだから。

この人の処女作は「続明暗」という夏目漱石の「明暗」の続編だそう。
「私小説」が面白かったので全部つぶそうと思う。寡作なのでそれほど
大変なことではないだろう。文章自体は相当読みやすいし。

漱石の「明暗」ははるか昔に読んだはずだが、全然覚えてないよ……
「明暗」を読んでから「続明暗」を読もうか。
蔵書だけれども、多分一回しか読んでないな。




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