プラムフィールズ27番地。

本・映画・美術・仙台89ers・フィギュアスケートについての四方山話。

◇ 朝井まかて「実さえ花さえ」

2024年08月02日 | ◇読んだ本の感想。
相当期待して読んだ1冊。
面白かったが、ちょっと小骨が多いか……と感じた。

読む前に、時代小説だと思いすぎたのかもしれない。
わたしにとって時代小説は、いわば上善如水。するすると読めるをもって良しとする。
そのするする具合を軽く見てしまう偏見もたしかにあるのだが。
時代小説が連作短編で長く長く続きがちなのも、内容の薄さが利していると思う。

本作の場合は時代小説として読んだことがむしろマイナスに働いたかもしれない。
予想よりも内容が濃かったんですよね。
薄いよりも濃い方がいいのではあるが(濃すぎるのも駄目だけれど)、
でも時代小説にこの濃さは必要か?とつい感じてしまった。
先入観に囚われてしまった典型例。


花師(育種家)の話で。
植物のことが美しく丁寧に書いてある。
文章自体も美しい。滅多に見なくなった単語にいくつかお目にかかれて嬉しかった。
人物も上手に書けている。これがデビュー作とは信じられないほど。

ただ、1冊の前半はうっすら細かい部分の不満もあったかな。
ちょっと情報を勿体ぶりがちですかね。一、二、三、四、五と書けば素直なところを
一、二、……三、四、五だったり、一、二、四、三、五と書いたりすると感じた。

あと一番盛り上がってすっきりするだろう部分を省略しがち。
たとえばテングサに植えた桜草の披露は描かれない。披露した瞬間の「おお……」という
どよめきこそ読みたかった気がする。

そういうことが前半部分は目について、若干気になった。
しかし今気づいたが、これは別に連作短編ってわけじゃなかったんですね。
そうすると前半と後半の濃度が違っても別にいいのか。
いろいろ読み方を間違ってたなあ。

後半の濃度は好みであった。好みではあったが、理世の行動が納得できなかった。
わざわざ誰もいない場所で会ってるんだから、ストレートに言ってやれよ。
「希少種を使うな」だけじゃなくて。
そして結局寝るんかい!このきれいな話で、一度だけ肉体関係を持ってあとは
すっきり、ってどうなんだ。わたしは納得できない。

まあでもクライマックスは好きでしたよ。
とにかく吉野大夫が(終盤で突然出て来て大変いい役でまとめるけれども)かっこ良かった。
――「ご隠居様、どうぞ頭をお上げなんして。そして、一人で育ったつもりで
有頂天になっていたわっちをどうぞお笑いなんして」――
このセリフは凡百には書けないと思うよなあ。泣いた。

とはいえ、「有頂天」がはまるかどうかは疑問。わたしの有頂天は夢中で喜ぶことで、
得意の絶頂という意味はあまりイメージにない。まあ得意の絶頂はあってもいいが、
夢中で喜んだ上での得意の絶頂というのがイメージなので、
普通に「天狗になっていた」とかの方がいい気がした。ワードチョイスちょい凝りすぎ。

わたしがこの人を課題図書リストに入れたのは、知人がすごくファンで、
サイン会にも行くほどだって言ってたからなんだよね。
デビュー作でこれならかなりの完成度だし、上手いと思うが、
面白いより上手いが勝っちゃうかな。わたしの好みと若干方向性が違う。
2作目はそこまでハードルを上げないようにして読みましょう。


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