尖閣諸島
尖閣諸島問題
2011.5.15 産経ニュース
防衛省が作成した対中有事極秘シナリオが明らかになった。尖閣諸島(沖縄県)が白昼堂々と占領されて幕を開け、宮古・石垣両島も武力侵攻され、自衛隊が奪還作戦に入る-。これが全容だが、シナリオ研究には重大な欠陥がある。実は、シナリオに沿い尖閣を奪還することは事実上不可能とみられるためで、菅直人政権の「不作為」がいかに罪深いか浮かび上がってくる。
紙面に反映できなかった内容を加え、シナリオをおさらいしておく。
《シナリオ(1)》
漁民を装った中国の海上民兵が白昼堂々と尖閣諸島に不法上陸。すかさず世論戦も仕掛けてくる。世論戦に心理戦と法律戦を加えた三戦は、中国の新たな軍事戦略の柱だ。ここでの世論戦は「漁船が難破した」と国際社会にアピールすることが想定されている。
沖縄県警の警察官が尖閣に乗り込み、入管難民法違反の現行犯で偽装漁民を逮捕。海上保安庁の巡視船も周辺海域に展開する。
《シナリオ(2)》
中国は国家海洋局の海洋調査船「海監」を派遣。海監は大型・高速化が進み、海保の巡視船では排除できないと判断し、海上警備行動発令で海上自衛隊の艦艇や航空機が出動する。
中国は「日本が不当な軍事行動を仕掛けてきた」と主張。またも世論戦だ。人民解放軍が創設以来、重視してきた心理戦でもある。宣伝や威嚇により相手の抵抗意志をくじくことを目的にしているからだ。
《シナリオ(3)》
日本政府を揺さぶっておいて中国は海軍艦艇を投入。海自の艦艇などは武力衝突に発展するのを懸念し、海域を離脱。警察官も偽装漁民を残し尖閣から撤収する。ここで尖閣は中国の手に落ちたことになる。
日本側の弱腰を尻目に中国は宮古島や石垣島に武力侵攻する。米空母の介入を防ぐためでもある。事ここに至り、日本政府は防衛出動を発令。海・空自の艦艇や航空機を集結させ、米軍も展開。奪還作戦に入る。
シナリオは以上だが、実際に事態が起きたとき、日本側が想定どおりに対応できるかは甚だ疑問だ。
まず警察官が偽装漁民を逮捕できるか疑わしい。中国側は「民間人」「漁船の難破」と巧みに世論戦を展開し、先手を打って自己に有利なルールをつくる法律戦も駆使してくるはずだ。
警察官が尖閣に乗り込むことさえ容易ではない。偽装漁民がどの程度の武器を隠し持っているか判然としないなか、拳(けん)銃(じゅう)だけを所持して逮捕に向かうのは危険極まりない。
ならば最初から自衛隊を投入できるかといえば、法的根拠に苦しむ。偽装漁民は島という「陸地」に上がっており、治安出動の発令が想定される。だが、中国側が主張する「民間人」を相手に発令を決断できるだろうか。
防衛省幹部は「首相が誰であろうと、自衛隊出動に二の足を踏む」とみる。
宮古・石垣両島への武力侵攻までシナリオに入れたのは、確実に防衛出動が発令され、自衛隊が行動できる舞台を用意する必要があったためだ。裏を返せば、シナリオ(3)の段階に至らない限り、自衛隊は出動できないという防衛省の危機感のあらわれでもある。
中国にしてみれば、漁船1隻と数人の海上民兵で尖閣諸島を占領することはいともたやすい。防衛省の中国専門家は「尖閣での中国の狙いは正規軍同士でない非対称戦だ」と指摘し、領土を守るための実効的な措置を講じる必要性を説く。
何より、政府を挙げて法制度を整備することが急務だ。「平時」から常に自衛隊が海保、警察を支援できる法体系を整え、武器使用基準も定める。これが国の総力を結集するための「領域警備法」の肝であり、海上警備行動、治安・防衛出動に至るまで自衛隊が間断なく対処できる法的枠組みとなる。
しかし、万事場当たり的で定見を欠く菅政権の問題意識は低い。領域警備にまつわる法的不備は昨年9月の中国漁船衝突事件直後から指摘されてきたが、政権は放置し続けている。
昨年12月に策定した新たな「防衛計画の大綱」では、脅威認識として島(とう)嶼(しょ)部攻撃をはじめ各種の事態を列挙したが、国を挙げての対応策については「平素からの関係機関との連携を確保」と記しただけだ。自衛隊と海保、警察の協力強化の方策は何ら提示されていない。
このおそまつさで「実効的な抑止と対処」が担保されると考えているのであれば笑止千万。領土を死守する気概すらない政権の延命に、中国はほくそ笑んでいるに違いない。(半沢尚久)