パブリック・クラウド業界で一人勝ちを続けるアマゾン・ウェブ・サービス。同社の引っ張る最高技術責任者のWerner Vogels氏(2011年3月8日CloudConnect会議にて筆者撮影)
クラウド・エコシステムはアマゾンをつぶせるか!
2011年03月12日(土)現代ビジネス 小池良次
最近、シリコンバレーでは『クラウド・エコシステム』という言葉が流行している。サンノゼやサンタクララなどで開催されるIT会議や展示会に行けば、この言葉を良く耳にする。なんとなく聞き流してしまいそうだが、同業界のキャッチフレーズがクラウド・コンピューティングからクラウド・エコシステムに変わったのは、それなりの理由がある。その裏には、パブリック・クラウドが「アマゾンの一人勝ち」に向かう現状をなんとか食い止めようとする駆け引きが隠されている。
クラウドの基本:超集中と超分散
クラウド・エコシステムの話に入る前に、簡単にクラウドの説明をしておこう。
クラウドは、今後情報処理システムの主流となる---と言っても、日頃パソコンしか利用しない私たちにはなかなか縁のない世界だ。しかし、知らない間に、クラウドは携帯電話やタブレットなどで私たちの生活に大きな影響を与えている。また、市場競争でもクラウド企業システムの優劣は重要な要素となってゆく。既存のIT機器を開発する上でも、新サービスを開発する上でも、クラウド・ビジネスの発想は重要になる。
では、クラウド・イノベーションの本質とはなんだろうか。
まず、サーバーや記憶装置は一般企業のオフィスから消え去り、データセンターに集積される。たぶん、クラウドは近い将来、家庭からもデスクトップやファックス、コードレス電話などの機器を奪い去るだろう。当然、ソフトウェアやアプリケーションもデータセンターに集約される。ユーザーはブロードバンドを使い、パソコンだけでなく、タブレットや携帯電話などで自由にアプリケーションを使うことになる。
また、人ばかりがクラウドのお世話になるわけでもない。各家庭やオフィスにある電力メーターや照明機器、空調機器やネットワーク機器、テレビやラジオなどのAV機器なども、クラウドを使って通信する。これをMachine-to-Machine Communication(M2M)とかInternet of Things *1などと呼んでいる。
クラウドを理解する上で欠かせないのは「超集中と超分散」のペアリング(両輪)だ。超集中とは、サーバーや記憶装置、アプリケーションがデータセンターに「超集中」することを指す。一方、ブロードバンドのモバイル化や端末の多様化によって、いつでも、あらゆる場所から利用できるようになる。つまり「超分散」が同時に進行する。クラウドは、このふたつがペアになったコンピュータの利用方法だ。
では、「超集中と超分散」の世界はどんなIT社会だろうか。たぶん、クラウドという巨大なデータセンター群に、あらゆる電子機器が接続されて、それがひとつのコンピュータのように機能するというサイエンス・フィクションめいたイメージが適切かもしれない。
激しさますパブリック対プライベート
『超集中』にもタイプがある。俗にデータセンターのハード面 *2に眼を向けると、プライベート・クラウド、パブリック・クラウド、ハイブリッド・クラウドと呼ばれる3種類に分かれる。
プライベートは、自社のシステムとアプリケーションだけをデータセンターに集積する。他のユーザーやサービスは含まない。こうしたプライベート・クラウドは、グーグルやヤフーなどの大規模ネット事業者が自社システムを構築しているだけでなく、政府機関や大手企業も構築している。
一方、パブリック・クラウドは複数の企業がデータセンター設備を共有する。みんなで設備を共有するので、マルチ・テナント方式などと呼ばれる。米国では、マイクロソフト(Azure)やグーグル(Google App Engine)、ラックスペース(Rackspace Cloud)などがパブリック・クラウドを提供しているが、最大手はアマゾン・ウェブ・サービシーズ(AWS)だ。
また、ハイブリッド・クラウドは、プライベートとパブリックを組み合わせるタイプだ。大雑把に言えば、プライベートは個人の持ち家、パブリックはホテル、ハイブリッドは日頃は自宅に住んでいて、必要な時にホテルに泊まることを意味する。
米国では、中堅から大手企業まで、企業システムをクラウドに移行させることが大きな潮流となっている。問題は、プライベートにせよ、パブリックにせよ、クラウドの構築方法やツールなどが標準化されていないことだ。
プライベート・クラウドの世界では、IBMやHP、AT&T(AT&T Business)やベライゾン(Verizon Business)など、システム・インテグレーターによって独自のクラウドになる。一方、パブリック・クラウドでもアマゾン・ウェブ・サービシーズとグーグル・アプエンジンなどでは、システムの様式が違う。
そこで、ユーザーの選択肢を増やし、データの互換性を確保するために、様式のスタンダード化や標準推奨モデルを決めてゆこうとの動きが広がっている。これがクラウド・エコシステムだ。
ただ、これはクラウド・エコシステムの建前論に過ぎない。多くの事業者がエコシステムの必要性を唱えるのは、アマゾン・ウェブ・サービスの勢いが激しいからだ。
アマゾンの一人勝ちを食い止めろ
アマゾン・ウェブ・サービシーズ(AWS)は、2006年にクラウド・ストレージ(記憶装置)サービスから始め、その後本格的なパブリック・クラウドのAmazon EC2(Elastic Compute Cloud)を開始した。
クラウド・ブームは2007年末から本格化するが、AWSはその波にいち早く乗った。最初は、個人レベルの開発者などが使い始め、その後は本格的なシステムをAWSで構築する企業が増えている。
勢いをつけた同社は、クラウド・データベースやコンテンツ・デリバリー・ネットワーク、クラウド・メール、モニタリング・サービスなど各種サービスを続々と追加してゆく。過去1年を見ても、AWSの機能充実ぶりは目を見張る。
現在、ビデオ・レンタル最大手のNetflixやオンライン競売のeBay、大手製薬メーカーのEli Lillyなど6万社以上がAWSを利用している。また、アジア戦略にも積極的で、2010年4月にはシンガポールに、2011年3月には東京にデータセンターを開設している。
同社はパブリック・クラウド市場を席巻する状況で、2010年には約5億ドル、2011年には10億ドル(推定)と急速に売上を伸ばしており、向こう5年CAGRで50%から100%の成長 *3 が予想されている。同市場で第2位(推定)のRackspace Cloudでさえ、2011年の予想売上は1億6,000万ドル程度。AWSが独走態勢に入っていることは、この数字からも良く分かる。
もちろん、AWSは独自方式のクラウドで、ユーザーが別のパブリック・クラウドに移ろうとした場合、大きなシステム変更や再構築が必要になる。そのため、ますますAWSへの集中が続いている。
こうして米国では、パブリック・クラウド業界がAWSに独占される懸念が広がっている。そのため、ラックスペースやマイクロソフト、ゴーグリッド(GoGrid)などの競争相手が「クラウド・エコシステム」と称して、AWS包囲網を形成しようとしている。
このクラウド・エコシステムが成功するかどうかは、日本のIT業界にとっても大きな意味を持つ。もしAWSが一人勝ちを続ければ、日本のクラウド・ベンダーは淘汰されるだろう。逆に、クラウド・エコシステムに相乗りできれば、新たなクラウド・ビジネスを開拓できる。
次回は、動き始めたクラウド・エコシステムの動きを、もう少し掘り下げてみたい。