源氏物語 (夕顔)
夏の物語
[数日後、夕顔の宿の報告]
惟光、日頃ありて参れり。
「わづらひ はべる人、なほ弱げに はべれば、とかく 見たまへ あつかひてなむ」
など、聞こえて、近く参り寄りて聞こゆ。
「仰せられしのちなむ、隣のこと 知りてはべる者、呼びて問はせ
はべりしかど、はかばかしくも申しはべらず。
「いと忍びて、五月のころほひよりものしたまふ人なむあるべけれど、
その人とは、さらに家の内の 人にだに 知らせず」となむ申す。
時々、中垣のかいま見しはべるに、げに若き女どもの 透影見えはべり。
褶(しびら)だつもの、かごとばかり 引きかけて、かしづく人 はべるなめり。
昨日、夕日のなごりなくさし入りて はべりしに文書くとて ゐてはべりし
人の、顔こそ いとよくはべりしか。
もの思へけるはひして、ある人びとも 忍びて うち泣くさまなどなむ。
しるく見えはべる」と聞こゆ。
君うち笑みたまひて、
「知らばや」と思ほしたり。
おぼえこそ 重かるべき御身の ほどなれど、御よはいのほど、
人のなびき めで きこえたる さまなど思ふには、
好き たまはざらむも、情けなく さうざうしかるべしかし、
人のうけひかぬ ほどにてだに、なほ、さりぬべきあたりのことは、
このましう おぼゆるものを、と思ひをり。
「もし見たまへ得ることもやはべると、はかなきついで作り出でて、
消息など遣はしたりき。
書き馴れたる手して、口とく返り事などし はべりき。
いと口惜しうはあらぬ 若人どもなむ はべるめる」と聞こゆれば、
「なほ言い寄れ。尋ね寄らでは、さうざうしかりなむ」とのたまう。
かの、下が下と、人の思ひ捨てし 住まひなれど、その中にも、
思ひのほかに口惜しからぬを 見つけたらばと めずらしく思ほすなりけり。
渋谷 栄一著
GENNJIMONOGATARIより
数日後惟光が参上しました。
「病人がはっきりとしませんで、、、弱弱しいもので、看病しておりました。」等
ご挨拶して、近くに上り申し上げます。
「仰せのことでございますが、隣のことを知る者を呼んで聞きましたところ
はっきりとしたことは分りませんでした、ごく内密に五月頃から通ってくる
方があるようですが、誰とは分らず家の内の人にさえ内密の様です」
と申し上げます。
時々中垣から覗き見いたしますと、若い女達の透き影が見え褶めいたものを
簡単に着けているので、仕えている主人がいるのでしょう
昨日、夕日がいっぱい射し込んでいました時に、手紙を書こうとして
座っていた女人の顔がとても美しかったです、憂いに沈んだ感じで
側に居る女房たちも涙を隠して泣いている様子がはっきりと見えました」
と申し上げると源氏の君はにっこりなさって、
「知りたいものだ」とお思いになりました。
惟光は思います、
こんなにも重々しいご身分であって、お若のに人々がなつき、褒め称える
お人柄だ、あんまりお堅いのも風情がないが、女性がお慕いしてちやほや
する事等を考えると、、、やはりしかるべき身分の人には、興味をそそられる
ものだからと内心思うのでした。
「もしか新しい事など分るかと思いまして、機会を作り恋文など出しましたら
書き慣れた筆跡で素早く返事が来ました、さして悪くない女房がいるようです」
と申し上げると
「さらに近づいてごらん、突き止めないことには物足りないね」とおっしゃる。
あの下層の最下層の住まいであるが、その中にも、意外に結構な人を
見つけられたら、と心惹かれる思いになるのでした。
夏の物語
[数日後、夕顔の宿の報告]
惟光、日頃ありて参れり。
「わづらひ はべる人、なほ弱げに はべれば、とかく 見たまへ あつかひてなむ」
など、聞こえて、近く参り寄りて聞こゆ。
「仰せられしのちなむ、隣のこと 知りてはべる者、呼びて問はせ
はべりしかど、はかばかしくも申しはべらず。
「いと忍びて、五月のころほひよりものしたまふ人なむあるべけれど、
その人とは、さらに家の内の 人にだに 知らせず」となむ申す。
時々、中垣のかいま見しはべるに、げに若き女どもの 透影見えはべり。
褶(しびら)だつもの、かごとばかり 引きかけて、かしづく人 はべるなめり。
昨日、夕日のなごりなくさし入りて はべりしに文書くとて ゐてはべりし
人の、顔こそ いとよくはべりしか。
もの思へけるはひして、ある人びとも 忍びて うち泣くさまなどなむ。
しるく見えはべる」と聞こゆ。
君うち笑みたまひて、
「知らばや」と思ほしたり。
おぼえこそ 重かるべき御身の ほどなれど、御よはいのほど、
人のなびき めで きこえたる さまなど思ふには、
好き たまはざらむも、情けなく さうざうしかるべしかし、
人のうけひかぬ ほどにてだに、なほ、さりぬべきあたりのことは、
このましう おぼゆるものを、と思ひをり。
「もし見たまへ得ることもやはべると、はかなきついで作り出でて、
消息など遣はしたりき。
書き馴れたる手して、口とく返り事などし はべりき。
いと口惜しうはあらぬ 若人どもなむ はべるめる」と聞こゆれば、
「なほ言い寄れ。尋ね寄らでは、さうざうしかりなむ」とのたまう。
かの、下が下と、人の思ひ捨てし 住まひなれど、その中にも、
思ひのほかに口惜しからぬを 見つけたらばと めずらしく思ほすなりけり。
渋谷 栄一著
GENNJIMONOGATARIより
数日後惟光が参上しました。
「病人がはっきりとしませんで、、、弱弱しいもので、看病しておりました。」等
ご挨拶して、近くに上り申し上げます。
「仰せのことでございますが、隣のことを知る者を呼んで聞きましたところ
はっきりとしたことは分りませんでした、ごく内密に五月頃から通ってくる
方があるようですが、誰とは分らず家の内の人にさえ内密の様です」
と申し上げます。
時々中垣から覗き見いたしますと、若い女達の透き影が見え褶めいたものを
簡単に着けているので、仕えている主人がいるのでしょう
昨日、夕日がいっぱい射し込んでいました時に、手紙を書こうとして
座っていた女人の顔がとても美しかったです、憂いに沈んだ感じで
側に居る女房たちも涙を隠して泣いている様子がはっきりと見えました」
と申し上げると源氏の君はにっこりなさって、
「知りたいものだ」とお思いになりました。
惟光は思います、
こんなにも重々しいご身分であって、お若のに人々がなつき、褒め称える
お人柄だ、あんまりお堅いのも風情がないが、女性がお慕いしてちやほや
する事等を考えると、、、やはりしかるべき身分の人には、興味をそそられる
ものだからと内心思うのでした。
「もしか新しい事など分るかと思いまして、機会を作り恋文など出しましたら
書き慣れた筆跡で素早く返事が来ました、さして悪くない女房がいるようです」
と申し上げると
「さらに近づいてごらん、突き止めないことには物足りないね」とおっしゃる。
あの下層の最下層の住まいであるが、その中にも、意外に結構な人を
見つけられたら、と心惹かれる思いになるのでした。