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雑記-白堂別館-

雑記なう
無職止めました。
出来ることからやってみよう

第七節

2010-04-27 10:55:19 | Dear to me
保健室の中で雄二と香奈穂は二人きりになってしまった。
こういう時に限って他の利用者はいない。
あまりの急な展開に逃げ出してしまいたかった香奈穂だが、先生から留守を頼まれてしまった以上そうすることも出来ない。
仕方ないと言い訳て、ベットが見える位置にあった椅子に座った。

何をするでも無く手持ち無沙汰でいると、いつの間にか雄二の顔に目が向いていた。
心持ち、前より痩せているような気がする。
疲れが溜まっていると先生は言っていたけど、やっぱりお父さんの事で色々と悩んでいるのだろうか。
雄二君のお父さん・・・実際に会ったことはないけれど、雄二君にとってどれほど大切で尊敬している人だったか、言葉を聞くだけでも伝わってくる。
その分、失ってしまった時の心の穴は両親が建材である自分には想像できない。
(自分には何が出来るだろう・・・)
もちろん、ただの中学生なだけの自分に出来る事なんて限りがある。
むしろ出来る事なんて何も無いかもしれない。
早く大人になりたい今ほど思わない時は無かった。
大人ならこんな時、すぐに答えを導き出せるはず。

・・・ 行く先の見えない考えを廻らせていると、ベットから声がした。
雄二君の目が覚めたのだと思ったけどそうではないようだ。
近づいてみると、何かにうなされているみたいだった。
何か言ってるみたいだけど、ここからでは聞こえない。
恐る恐る耳を寄せるとかろうじて聞こえて来た。


「・・・・うさ・・・・いで・・・と・さん・かないで・・・とうさんいかないで・・・」


トウサン、イカナイデ・・・


雄二君の悲痛な心の叫びを聞いて、香奈穂は泣いてしまいそうだった。
布団が動いたかと思うと腕が伸びてきて、何かに縋るように宙をさまよっていた。
迷う事なく、香奈穂はその手を握りしめた。
すると、手はしっかりと握り返され雄二は安心したように静かな寝息に戻っていった。
けれど、その手の力は解けることなく香奈穂の手と繋がれていた。

第六節

2010-04-27 03:35:06 | Dear to me
保健室に入ると、奥の事務机に座っている先生がこちらを見ていた。
香奈穂が雄二の事を伝えると、背負ってる男子越しに雄二の顔色を確かめた。
そのまま男子にベットを指差してそこまで運んで寝かせるように言った。

香奈穂達の見ている前で手際よく雄二の脈や熱などを診た先生は、
「疲れが溜まって気を失ってるだけのようね。起きたらすぐに教室に戻れるから。
また頻繁に倒れたりするみたいなら、病院に行かせるようにこの子の担任の先生に伝えておくわ。」
そう香奈穂達に言うと雄二に布団を掛けて、先生はまた事務机に戻って作業の続きを始めた。

ホッと一安心した香奈穂達は、もう自分達がここに居ても出来る事は無いだろうと部屋を出ていくことにした。
そこで香奈穂は先生に呼び止められた。
「今ちょうど昼休みよね・・・悪いけど、私は職員室まで少し用があって行かないといけないの。
私が帰ってくるまでいいから留守番をお願い。」
それだけ言うと、有無を言わせず先生はすぐに部屋を出ていってしまった。
一緒に来ていた男子は、当然のように既に居なくなっていた。

第五節

2010-04-27 01:00:51 | Dear to me
男子に雄二を背負ってもらい、香奈穂を先頭に保健室の前まで来ていた。
香奈穂は二人で担いでいく気でいたけれど、男子から
「自分が雄二を背負うから保健室まで案内して」
と言われ、走った直後でフラフラの香奈穂は雄二を男子に任せてここまで案内をした。

男子が保健室の場所を知らないというのは意外に思えたけれど、よくよく考えてみれと香奈穂も委員会の用件を除けば数えるほどしか保健室に行った事がない。
香奈穂の通う中学校は比較的生徒が多いため、身体検査などの行事は体育館で行われている。
(確かに怪我でもしないと普通は来ないかな?)
そんな風に妙に納得してしまった。

扉にかけた手を一旦引いて、男子は香奈穂の方に振り返って保健室の先生はどんな人なのか聞いて来た。

保健室の先生は「物静かな大人の女性」という表現がピッタリの人で、他の先生のように声を張って話してる所を見ることが無い。
美人であることも手伝って、運動部の一部で隠れたファンがいるらしいと噂で聞いたのを思い出した。
香奈穂も委員などで保健室に来た際は、おしゃべりすることもある。

恐い先生でない事が分かった男子は、ホッとして扉をノックして開けた。

第四節

2010-04-21 01:31:51 | Dear to me
日が経つに従って、クラスはこの状況に慣れようとしていた。
今では積極的に雄二に話しかけようとするクラスメートはいない。
大人も含めて腫れ物を触るような心持ちで遠目で見ているだけだ。
香奈穂も何も出来ない焦燥感に駆られながらも、気持ちは半ば諦めかけていた。
だがここで、そんな香奈穂の気持ちを知ってか知らずか、ちょっとした運命の悪戯が起こった。


それはある体育の時間だった。
その日はグラウンドでのランニングで、運動が得意ではない香奈穂は精一杯走ってはいたが、お世辞にも速いとは言えない。
雄二も普段ならもっと先頭の方にいるのだが、今は香奈穂の10メートル先くらいを走っていた。
残り時間もあと少しとなった時、目の前を走る雄二が横にふらついたかと思ったら突然倒れた。
驚いた香奈穂は慌てて近づくが雄二が起き上がる気配はない。
周りの生徒も立ち止まり、グラウンドの反対側にいた先生も異変に気付いてこちらにやって来た。
クラスメートの誰かが雄二が倒れて動かないことを告げると、先生は雄二君の状態を確認し保健委員を呼んで、保健室まで運ぶよう指示した。
保健委員は偶然にも香奈穂だった。
香奈穂を見た先生は、男子一人にも手伝いを頼んだ。

第三節

2010-04-16 00:09:24 | Dear to me
何日か過ぎて、雄二は登校してきた。
ただ、それは香奈穂やクラスメートが知る雄二ではなかった。
姿形は雄二であることは間違いないのだが、中身は何か別のモノのように感じる。
あまりの変わり様に驚き、久しぶりに登校してきた雄二に誰も話しかける事が出来なかった。

一時間目、二時間目と時間は進み、時計の短針は頂点を越えて昼休みになった。
香奈穂は普段なら図書室か、廊下でのお喋りで時間が過ぎていたが、今日ばかりは教室に残っていた。
香奈穂が目を向けたその先には、雄二が座っている。
雄二君は授業中もほとんど動かず、そこに『いる』よりも、ただそこに『ある』ように感じられた。
周りの空気も、時間が停って熱も音も光でさえも届かないのではないかと錯覚を起こしてしまう。
他の人も似たようなことを感じているのか、雄二君の近くのクラスメートはいつもより静かで、休み時間になると我先に席を立っていった。
なので、当然この昼休み中も雄二君の周りには誰も居なかった。
香奈穂はどうすれば雄二に話し掛けれるだろうか、恐らくどんなテストに挑む時よりも頭をフル回転させていた。
しかし、香奈穂がその問いの答えを出す前に一人の男子が雄二に近づいていた。

その男子は雄二君と仲が良く、今も雄二を元気付けるためにいつも通りのテンションで話し掛けていた。
けれど雄二君から明るい反応はない。
そのあとも二言三言と頑張ってはいたが最後には諦めたのか、男子はその場から離れていった。
再び雄二の周りは誰も居ない静かな状態になった。