ラヂオデパートと私

ロックバンド“ラヂオデパート”におけるギタリストとしての津原泰水、その幾何学的な幻視と空耳。

アクティヴ嫌い

2006-12-09 10:18:10 | ベース
 奥野には勧め癖がある。酒の肴など、ささ、津原さんもどうぞ、と取り分けてくれる。美徳である。同じ調子でギターやアンプも買ってきてくれると嬉しいのだが、そうもいかないらしい。
奥「で、太朗さん、次はどんなベースを買うんですか」
太「そうだなあ」
 と考えているふりをしているが、少なくとも真剣ではない。太朗は、弾き易ければいい、ちゃんと音が出るならいい、というタイプで、コレクター根性は皆無だ。
津「ベースは選択肢が少ないよね。フェンダーかその変形か、リッケンか、高級家具みたいな奴か」
 太朗の愛器はそのいずれでもない。前も書いたと思うがギブソンEB-2Dというセミアコベースで、絃長はフェンダーに比べて四インチ(約十センチ)も短い。スペアが無いと困るだろうと、僕がマウイミュージックのウクレレを貸してくれた先輩から借りてきて、渡してあるベースは、Ampegの通称クリスタルベース。ボディが透明な樹脂で出来ている。これも絃長が短い。
 すなわち「変わりベース」のランキングに入りうる二本を使っているわけで、新奇なベースに興味が湧かないのは無理もない。ただ、ときどき普通の音も出してみたくなるようで、フェンダー系買おうかな――と洩らす事はある。買わないんだろうが。
津「フェンダーだったらあれがいいよ、Telecaster Bass。スペシャルズがあれだった」
太「おお」
津「WALは?」
太「ウォル嫌だ。重いし高いし」
津「俺が今からベース弾くとしたら何弾くかな。やっぱり持ってるプレシジョンかな。ギブソンのRipperかな」
太「知らない」
津「ザ・バンドのリック・ダンコが使ってた」
奥「津原さんはリッケンのベースでいいじゃないですか」
津「あんまり音がいいと思ったことないんだよ」
太「軽くて硬い音だよね」
奥「MUSIC MANってどうなんですか」
津「今のは知らない。昔のは良かったな――高校のときSabreを買ってきた奴がいて、下手な奴だったんだけど二割増しで巧く聞えた。アクティヴらしい、いい音だった」
奥「アクティヴって何がアクティヴなんですか」
津「うーん――要するにプリアンプを内蔵してある。コンプ的な回路になってたりもするんだろうな。アンプの一部が引越してきたようなもんで音色の可変域が広い。インピーダンス、わかる?」
奥「抵抗ですね?」
津「まあ、大筋では間違ってない。低インピーダンス――電流を阻害する要素を楽器側で減らしておけるから、外来ノイズにも強い。EMGのような本格的なアクティヴ回路は、マイクのコイル線自体が短いから、そこにもノイズが入り込みにくい。余計な信号はフィルターされてハウリングも起きにくい」
奥「いい事ずくめじゃないですか」

 にもかかわらずアクティヴ回路を嫌う人は多い。ピュアな信号を出力できなくなる、というイメージが強いようだ。いったいどんな電気信号ならピュアと呼びうるのか、僕にはよくわからないのだが。
 回路図が複雑になるほど、メイカーによる設定範囲が広くなる。そのギターやベースの形や弾き心地は好きなのに、アンプに通すと望むような音が出ないという現象は、'80年前後のアクティヴ回路によくあった。こんな音色もあんな音色も、とサーヴィス過剰なわりに、ぜひこの音で、という入魂の音色が見当らない。スイッチが多いぶんステージで操作を間違えやすいし、落せば中身が壊れる――で、けっきょく基盤を排除してパッシヴに改造する人が多かった。
 マーカス・ミラーの改造ベース、エリック・クラプトン・モデルの内蔵ブースター、メタリカなどヘヴィロック勢のEMG愛用などが知れ渡るにつれ、「使える」アクティヴ回路の共通認識が出来てきたように思う。第一線のプロとのコラボレーションによって機能を絞り込まれた回路は、間違いなく便利なものだ。

 それでも多くのギター弾き、ベース弾きがアクティヴ回路を嫌う。
奥「なんでみんなアクティヴにしないんでしょう」
津「そうだな――けっきょく演奏環境がさ、ギターやベースやアンプを買う人のなかで、俺らみたいに実際にどたばたと移動しちゃセッティングしてライヴやって、という人間は圧倒的に少ないんだよ。部屋で独りで弾いてるんだったら音抜けを気にする必要はないし、独りで遊ぶために電池交換するのは侘びしいし」
奥「太朗さん、ベースにアクティヴ回路入れちゃいましょう」
太「嫌だ」
奥「津原さんのリッケンにも入れましょう」
津「嫌だ」
 スティアは見える所に電池ボックスが在るからいいが、電池交換のたびにピックガードを外すのは面倒だし怖い。中学の技術の授業で作った鉱石ラジオが鳴らなかった時以来、迂闊に蓋を開けて配線を覗かないように気をつけている。
 ちなみに小山の科白が見当らないのは場に居なかったからで、黙っているわけではない。

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