ピアノは不思議な楽器で、第一印象が絶対ではありません。
とピアノと仲良くなる瞬間という記事に書いたのですが、私はピアノを本当に不思議だと思っています。
波長が重なる現象が特にです。
最初は全然ダメでも、弾いているうちに波長が重なって軌道に乗るのは
ピアノ器体の構造的・物理的な要因と弾き手側の要因との相乗的なもののように思います。
これは自宅のアップライトピアノでもそうで、引き起こすのにグランドよりも集中力が要ります。
ピアノの名手は、そのことを私のように抽象的にではなく、具体的に明確に理解していて
自在にその現象を作り出しているのだと思います。私にはまだその秘訣はわからないから
魔術と呼んでいます。それができる弾き手は、魔法使いのようです。
数年前に、世界的銘器として名高いBösendorfer とSteinway & Sonsのグランドピアノをホールで
1時間好きに演奏できるという体験をしに行きました。私にとっては高額でしたが。
Steinwayはとてもよく鳴り、Bösendorfer は毛布の中の焼き芋のような音でした。
2台とも私の前に人々に弾かれることなく、私が「久しぶりに」弾いたのではないかと感じました。
(後で係員に訊くとやはりそうでした。久しぶりに弾かれたピアノは、起こす必要があります。)
弾いていて気持ちいいSteinwayにばかり向かっていたのですが、せっかくの機会だからとBösendorferに
移って再度弾いてみました。最初は毛布にくるまった音がして「やっぱりだ」と思っていたのですが
途中で、その靄っぽい音がいい風に切り替わったんです。Steinwayのような音に変わったのではなくて
あの個性のまま、次のステージに切り替わりました。軌道に乗り移ったというのか。
魔法が不意に降りてきて、「え…?」となったあの瞬間は忘れられないものです。
掴みは悪かったこのピアノの底知れなさをはっきりと感じました。
どちらかもし買えるなら、私はBösendorferの方を買います。
「え?」となるピアノは相性がいいピアノです。
第一印象が打てど響かずでも、その奥には深遠な世界が待っていました。