ブログ改題 チャタレー夫人の居ない庭番

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・・中村哲先生 妻子同伴 アフガン永住か・・・

2008-09-01 23:27:42 | Weblog
・・伊藤和也の命の 通夜 葬儀 ご遺族が悲しみを耐えて ぺしゃわーる会他の ボランティア組織を 立てておられたことに 感銘した。神州清潔の民 なお不滅なり
と感じた。ご両親の お言葉は 葬儀場の司会者が代読したが 「耐え難きを耐え忍び難きを忍び」よきお言葉であった。  妹さん弟さんの短い 真情あふるる 別れの言葉に 涸れたハズの余の涙も 不覚にも 溢れてしまった。もらい泣きである。多分 伊藤一族は永く掛川の地に住み着いておられた 農民一族なのだろうな。実は わが 牧田の一族もあの あたりの 山民の出なのである。でも 最後に 霊柩車のドアにすがつて 御母上が 号泣された時 余の涙腺また失禁。  天皇陛下の弔意表明については すでに 報道されていたが 本日の葬儀で 何処の国か判らないけれど内閣総理大臣からの弔意表明も告げられた。陛下が表明されたので 姑息にも 追ずいしたのだろう。      ・・中村哲先生の覚悟は 言外に 察せられた ご自分に厳しい先生は これから アフガンに 妻子を引き連れて 永住される覚悟とお見受けした。他人様の子供を 預かって 死なせてしまったという事の 道義的責任を引き受けるために。 何よりも ご自分に厳しいことで知られる 無教会派プロテスタントでもあらせられるらしい 聖中村哲先生は 必ずや 妻子をアフガンの死地に招き寄せて 伊藤和也のみことの志を継承し  アフガンでの事業を貫徹される 御覚悟と 余は 推察。皮肉ではない。