ブログ改題 チャタレー夫人の居ない庭番

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鳥葬・風葬

2008-06-18 22:08:43 | Weblog
・・チベットでは お寺のずっと上の山腹に 遺体を置き 禿げ鷲等が食べるに任せる。
・・魂を 天空に運んでもらうのだ・・そう思っていたら 少し 違うようだ。最後の供養なのだという。貴人・高僧は別なのだろうが たいがいの遺体は そのまま 風にさられる様だ。風葬でもある。   沖縄では 海辺の岩窟に遺体を置くという いまでもそうなのか どうかは知らない。  鳥部野と書いたかな?京都の西の方に 遺体を置く土地があった。うろ覚えだけれど・・・姥捨の風もそういう事なのだろう・・・ 

六十年代 ②

2008-06-18 01:07:18 | Weblog
//B-29は B52に重なり さらに 今なお続く攘夷戦との思いも密かにあった。表層の言葉は マルクス レーニンであっても 信じていなかった。感じていなかった。都はるみに「つくしーきれぇないー わたしがぁあ わぁるいー」唄あり 「信じぃられぇなあぁいー わたしがぁー わぁるいー」でもあった。階級闘争史観 は既に過去のものと感じられていた でも 公然と口に出す者は余り居なかった。刷り込まれたドグマの呪縛は強かった。ヴェトナムと日本は同じ アジアモンスーンの水田稲作の民。仏教徒で汎神の民であった。だから欧米の 反戦運動とは 微妙に違っていた。だが 共通点もあった。ジャズである。アメリカ文化の底に アフリカの基層リズムが隠されていたのだ。日本ではジャズと東映やくざ映画がこんゆうして 暴力的阿波踊り喧嘩祭 まぁそこらである。 
・・一神教の究極である 唯物合理教が ジャズに依って霊振りされた肉体に憑依する事はもはやかなわなかったのである。「祝祭革命」とはそういうことなのである。    ・・・太陽は決してアポロン的秩序ではなく ディオニソス・すさのお的混沌を呼んだのではないか。「混沌こそ最高の秩序である」人類は 合理の檻を融かして霊的ジャンプが出来るのだろうか・・・六十年代は「一次試験」の如きものであったか・・・・・・