『ハルカ・エイティ』には「ずっと読んでいたい」と思わせる魅力がある。ものすごく面白い本に出会った時、人は大抵「一気に読んでしまいたい」と思うものだ。ここ数ヶ月では、奥田英朗の『サウスバウンド』が、僕にとってはその典型だった。この先どんな風に話が進むんだろうかと気になって気になって、寝る間を惜しんで読んだものである。
それに比べると『ハルカ・エイティ』は、一気に読んでしまおうとは思わせない(少なくとも僕にとっては)。とんでもない運命に登場人物が翻弄される箇所は幾つかあるが、おそらく作者はそれで読者を惹き付けようとしていないように思えるのだ。あえてサスペンス的趣向を抑えている、と言ってもいいだろう。なので「続きはまた明日にしよう」と思い、毎日少しずつ読み進めることになる(しつこいけど、少なくとも僕にとってはね)。その代わり、ずっとこの作品の世界に浸っていたい、と思わせる。それが「小説を読む楽しさ」のひとつであることを、僕は久しぶりに体感したのである。
もちろん、一気に読んでしまいたくなる小説が悪いという意味ではない。どっちもアリなのである。だが、姫野カオルコという作家が「一気に読ませる小説」ではなく「長く読み続けたくなる小説」を書こうとした姿勢は興味深い。だって、それはつまりベストセラーから遠ざかるということでもあるのだから(違うかな?)。要は「媚びていない」のである。それは文体からも感じられる。スラスラと一気には読めないような言い回しが多いのだ。文章教室の講師が読んだら「読む人のことを考えて、もっと平易な文章にしましょう」と言いそうな気がするもんね。しかし、だからと言って「純文学寄り」かといえば、そんなことも全然ない。あえて通俗的な表現や流行り言葉を使うことで、絶妙の「しょーもなさ加減」を作品に含ませているのだ。姫野作品に初めて触れる人は、それをどう受け止めていいのか迷うかもしれない。そういう人のために言っておくと、ま、「急に何を言い出すねんっ」とツッコミを入れながら読みゃあいいのよ。小説家はピン芸人みたいなもんだから、それにツッコミを入れるのは読者の役目。すんません、乱暴な意見でした。
<つづく>
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