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種々

世界の片隅でキラへの愛をこっそりと囁くブログ

運命リマスター29話「FATES」

2013-10-20 11:10:05 | SEED DESTINY
無印総集編~

といいつつ、単純な総集編というよりは、3重構造になってる気がした。

①先の戦争のアスラン・ラクス・キラ周りの外枠的な情報を知ってる議長が、
自分の過去と混在して、主観を語っている。
②無印のシーンを場面場面でつなぎ合わせた客観的な事実
③画面から想像するしかない各キャラの心情

カップル的には、キララク・アスラク・アスキラの関係性の推移かなと

単純な区分けでは
キララク→出会い→再会→惹かれあう
アスラク→出会い→経過→婚約者としては終わる
アスキラ→離れる→再会→敵対→再会

と出会ってから、破局の方向に推移したアスラク、出会ってから、恋人への関係に推移したキララク、
一度別れてから、敵対して、再会して関係をやり直しているのがアスキラという3パターンがあるんだろうけれど、

議長のいいようとしては、
どこまでが客観的な状況にもたらされたものなのか、
どこまでが自分自身の意志で決めたものなのか、

自分の意志で決めたつもりでも、それは本当に自分の意志と望みなのか?
”なにか”に動かされ決めたつもりになっただけではないのか?

というあたりだろうか

キララク好きとしてもやもやするのは、
アスランとラクスが、戦争という状況(父親のこと主に)引き裂かれたとも見える状態
あと、議長の「それでも魂がひかれあう、定められた者たち、定められた物事」
の言葉にかぶる絵が、アスランがラクスの手を拒否る、監督曰く”これがけっこう二人にとって致命的だった。これをきっかけに二人は離れていきました”シーンだったのはどういう意図なんだろ・・ってのは感じる。


議長が「彼らがどこでであってしまったのか、私は知らない」「だが、奴らが離れたのは幸いか、ラクス・クライン、キラ・ヤマト」
あたりから、
①議長は神の視点から、前作を客観的に語っているわけではない。
②また彼らに対する感情は、ニュートラルなものではない。 というのは押さえておかないとかも。
議長の持っている情報は、先の戦争でアスランとラクスは別れて、キラとラクスが恋人になったらしいこと。くらいのものだと思う。
アスランとラクスとキラなのは、直接面識はなくても、情報としてはけっこうもってるはず。
アスランとラクスが、議員の子供だし、キラについては出来うる限りの情報を集めたと思うし。

そういう意味では、議長の回想からみる、ギルバート、タリア、タリアの旦那・アスラン・ラクス・キラ
の婚姻統制CP+1人 という共通性と、議長の時よりより厳しい戦争や父の死といった周辺状況の中で、

”果たしてどこまで本人達の意志なのか?””それが諦めや妥協ではなく、本当の望みなのか?”
”選ばなかった道の方にこそ、本当の幸せがあるのではないか?”

シンと議長の語る総集編というのはともに意図は一緒で、

シンの「PAST」はオーブの理念や、ナチュラルとコーディネイターの違い、などの戦争の外枠的な原因にフォーカスして、
オーブ戦の、キラ達及びオーブの選択に対する、懐疑としての役割を果たしているなら、
今回の議長の回想は、キラとアスランとラクス達への、人間関係(個人の意志と選択)の推移に対する懐疑。

それは本当に正しかったのか


アスランとキラとラクスがメインになってるけど、恋愛関係絡みだけでもなく、クルーゼやレイも含めて、
人の運命の不条理さにたいする 諦観と抵抗 というあたりか。


しかし、本編自体がこういう 相対化 を仕込んでくる以上、
いつまでたってもCP論争が尽きないのは当然な気がする。


今回、カガリの影が薄かったけれど、
①カガリのことを議長はあまり知らない(アスランと恋人になってるかどうかを知ってるかも不明)
②カガリはナチュラルだから、婚姻統制と関係しない
③そもそもカガリに興味がない
④アスランは、議長と同じく”振られた側”だから、そのアスランが積極的に別の女性に惹かれて新し関係を築いてる
とみると、議長の前提がなんというか崩れる

あたりな気もする。

今回の構成の肝としては、議長の回想が、約束回の、キラとラクスのシーンの間に挟まっている、
という意味で、つまり約束のキラとラクスのやりとり、が議長の回想の外にあるというところな気もする。
議長がなんと言おうと(ある意味、どんな呪いをかけようと)
キラとラクスへのお互いの感情と選択は当人たちのものという感じで。


今回の感想はここまでとして、
CP推移の個人的感覚としては、

ラクスのアスランからの離れ方がある意味では性急すぎる。
(今回の新規とドラマCDから、戦争に引き裂かれたわけでもなく、一緒になれなかった、という推移に納得できない層も残るだろうなと)
キラがラクスを好きになるかはどうか、キラと再会できる見込みがあるかわからない段階で、すでに「あの方好きですわ」と
アスランに言ってるあたり、
キラがどうこう以前に、すでにラクスの中で、アスランと結婚するというよりは、アスランを好きになろう、この人と一緒に生きたいという
気持ちを失くしてきてるようには見える。
(アスランに焦って欲しかったというのも解釈としてはありがちだけど、だと単純に、婚約者たき付けるために、相手の親友かつ自分の恩人引き合いにだすとか性質悪すぎだし軽薄すぎるだろうと)

そういう意味じゃ、最初から人としてはともかく、異性としては好きになれなかった と
キラに惹かれていったというのが並行的におこってないと不自然な気がする。

なぜアスランをラクスが好きになれなかったというのは、単純にタイプじゃなかった、というだけの気もしつつ、
けっこ アスランの薄情さ冷たさ(これはアスランの優しさや誠実さと矛盾せずに存在する類のものだと思う)のようなもの
(それこそ”皆カガリとオーブのせいだって、そういって君は撃つのか?今カガリを守るとしているものを)
というのは、”カガリは今泣いているんだ”のインパクトに埋もれがちだけど、けっこ厳しい指摘だとは思う)
アスランは、確かに迷い悩んでいるんだけど、仕方がない、と自分を許してしまってる部分もけっこうあるし。

アスランは、わりと「俺はバカだから」とか、今回のドラマCDの「君って人の気持ちがわかる人なんだね」「・・・真逆の評価だと思いますけど」
あたり、アスラン自身も、自分にはとこか欠点があるという自覚はあるんだろうなという感じがするし、
反面、その自覚は浅いし、自分で積極的に自覚しようとか、ましてそれを改めようって気はない気がする。
わりと、プライドやアイデンティティに関わる問題として。
ただ、やはりそんな自分をわかって許してほしいという気持ちもあって、
アスランが、双子に執着するのは、ほっとけないとかもあるけど、
自分自身の欠点みたいなものを、ゆるしてくれる寛大さというよりは、鈍感さとあとやっぱり度量のある相手ってのがわかってる気がする
わりと、ラクスがアスランのそういう所を、(仲間レベルならともかく)伴侶としては厭うて離れた(多分)のもアスランは感じてるだろうし、
個人的には、メイリンが、アスランのそういうところを込で愛しく思えるかっていうのは、まだ未知数な段階だと思うんだよね。タイプないし相性的に。
キラやカガリが、アスランと敵対するに苦しんでいたことも、(無印28話や運命25話から、トリィや指輪から、自分と敵対していても彼らの状況によるもので、相手が自分と敵対しても自分を大事に思ってくれてるってのはわかっただろうし)
アスランの”自分への仕打ち”に対しては、彼らは怒ってないというのもわかってるし、
(そういう意味じゃ、31話はカガリがキラの為に怒ってるし、28話でキラはカガリの為に怒ってる。ある意味で自分でアスランに怒りの感情がないから、双子がそれぞれかわりに言ってる印象もあるかな)

うーん、アスカガの恋は、破局だとすると、アスランにとって都合よく、ラクスとメイリンの間を埋めるつなぎとして作用して感じなるのが
かなり嫌なんだよね、本人のその時々の想いは全部ほんものだったとしても、結果として立ち振る舞いが器用すぎるっていうか。
アスランは、オーブやカガリの為に軍を脱走したわけでもないし(それは無印では自国への疑問と、キラの危機をきっかけに。運命では自国(ってか議長)への疑問と、自分の命の危機にだったし) その間、居場所として作用した感じだし。
カガリ的には、自分を守るって言ってくれた相手を信じて好きになったら
(カガリの気持ちが熱心な恋愛ではなくとも、フレイがキラを信じたように、ステラがシンを信じたように、カガリだって、アスランを信じたんじゃないの? って感じがどこかあって。キラとシンは自分を責めてるけど、アスランはカガリのせいかよってのは正直感じる)
結局、肝心な時に見捨てられてジャッジされたってだけな結果が正直
これがアスランが、ザフトに戻らず、オーブの為を、この戦争段階では貫いたのなら、約束をひとつは守ったで、
ふたりの破局もありかなと思えるけれど。
なんで監督のFBの言動は、正直安心したし、本編から見えてくるものと一致してたな個人的には。
・・・メイリンまで一緒はかなり意外だったけれど。

当時ツイッターに書いたんだけど、
慰霊碑の、キララク、シンルナ、アスメイの三方向に分かれてく絵っていうのは、
思ってた以上に、お互いの今後の生き道が違っていることを示しているんじゃないかと思った。
(次のドラマCDで、アスシンの関係が思っていたより距離があったことに、石田さんと鈴村さんが戸惑っていたのもあるし)

そして、アスランがメイリンが歩いていった道というのは、ふたりに先行してカガリがいるんだと思う。
一歩先か、数歩先か、それとも目に見えないほど先行してるのかはわからないけれど。
アスランの一歩後ろにメイリンがいる。

アスランがいつか追い付くかもしれないし
メイリンが、アスランの袖を引いて、アスランが立ち止まって振り返るかもしれない、
アスランとメイリンが一緒に、別の道にそれるかもしれない。
メイリンだけが、どこかの場面で分かれていくかもしれない。
そして、道が果てた時に、カガリがアスランを振り返るかもしれない。
とりあえず、本編現状では、三人とも、前を向いて歩いていく(アスランはカガリの、メイリンはアスランの背中を見てる)
そして、それ以外のなんらかのアクションを起こす(立ち止まる・道をはずれる。先行する相手を振り向かせる。後ろにいる相手に振り返る)
つもりは、現状の三人にはない。
そんなイメージなのかな、とは思った。

destinyリマスター 27話「届かぬ想い」28話「残る命 散る命」

2013-10-06 15:12:55 | SEED DESTINY
二話続けての放送もあり、ほぼ28話の感想。

ミリィ合流はキラ好きとして素直に嬉しい。


23話、28話は、フリーダム無双そしてキラ叩かれ回の印象が正直今まで強かったけれど、
なかなかどうして、オーブとカガリ回だなと。そしてめっちゃ面白い。

前回の介入は、オーブ側の死傷者数を減らしているけれど、
今回はむしろ壊滅的なまでにオーブを被害を増大させた。

その差はなにかといえば、オーブ兵のすくなくない兵士にとって、
むしろカガリが見ていることで、ここで死ぬ理由を与えたから。

トダカが、23話の介入前に「この戦いをどこかでカガリが様がみてくれることを願おう」といっていたけれど、
オーブ兵にとって、この戦いは、”自分たちの戦いではない””意味のある戦いではない”。

ユウナの言動は、純粋に戦術的には悪くないのかもしれない。
だけど、オーブにとっては、この戦争は自分たちの戦いではない以上、オーブ軍の司令官としては、
連合全体の敗北は困るとしても、ここの戦場では、自分たちの被害を極力少なくして、一人でも多くの兵を故郷につれて帰りたい。
連合ににらまれない程度に無難に仕事とするというのが、オーブ側の本音であるはず。
ユウナがそのあたり汲めないならオーブの司令官としては無能だし、
積極為に、ロゴスの為に、オーブが被害を引き受ける、というつもりなら、売国奴ということなる。


しかし、カガリがでてきたことで事情は変わった。
無謀ともいえる特攻をオーブの軍人達が選択したのはなぜか。
そこには重複したいくつかの目的がある。


①表面上はユウナの命令に従わなければならないという軍人としての立場。
②そしてユウナの命令、あれは偽者だと決定をなぞることで、カガリへの責任追及(だってあれはカガリじゃないから)を防ぐ。
③ここで連合への恭順を示し、連合の為にオーブは壊滅的な被害を積極的に引き受けた、という実績を残すことで、
以降の追加派兵要請について、もう十分でしょうといえるだけの状況を作った。
(オーブがでてくる度に、AAというわけのわからない連中が混乱をもたらす、と思えば、オーブに派兵を求めることはデメリットが大きいという側面がすでにある)

そしてなによりも、
カガリに自分たちの戦いざま、死に様も見せることで、どうか自分たちの想いを、死を、無駄にしないでくれ。
今は無理でも、これからは、もっと為政者として強くなり、
国を担い、守っていってほしいという、期待や希望すら超えた、怨念めいた委託。

カガリの前で死ぬ、という”この戦いへの意味”を、オーブ兵に与えてしまった。

この回の意義は、カガリの涙そのものにあるんだと思う。

なによりすさまじいのは、これは誰か一人が決定して(例えばトダカとか)その意思が伝えられたわけじゃない。
多数のとはいわないけれど、複数のオーブ兵が、自分は軍人であるという立場と、彼ら自身の国やカガリへの想いを両立させる手段として、
個々の軍人たちが、自分で考えて、自分で選択して、行動したというところだと思う。それが正しいことでなくても。

トダカやババは、カガリの”今の”未熟さや間違いを許してるんだと思う。
まだ18歳の女の子で、為政者としてはおろか、人としても女性としても未熟なのは当たり前で。
為政者としての教育もまだまともに受けていない状況で、偉大な父を亡くして、舵取りしなければならない世界情勢は、その父の時よりも難しい。

だけど、それはこれからのカガリへの成長や、そして成果を期待したのもので。
たしかに、このカガリの行為は愚かしかったけれど、オーブ軍人たちに、この人には託すだけの価値があると、認めさせたんだと思う。
だけど、今のカガリでは、それが担いきれないのもわかっていて、それが今のカガリの限界だとわかっていて、
今までのカガリが齎してしまったこと(同盟にせよ、カガリの行為にたいする連合側の責任追及にせよ)
自分たちで命と引き換えに清算していくから、だからどうか、これからを、という。


それは、27話で、カガリが決断する前に、
キラを筆頭に、もう一度、決めたことだから、行こう、とAAクルーが率先した動き出したことも。

残酷なまでに、カガリがオーブの理念の担い手であることを願っている。そのためになら、どんな汚名もかぶるし、命だってかけると。
それがカガリ自身の願いであることも知っているから。カガリがそうであっていってくれるだろうことを信じているから。



この混乱の中、それぞれが守るべきものを見ていた。
カガリはオーブ兵を。
オーブ兵はカガリを。
キラやAAクルーはカガリを。
シン達ミネルバパイロットはミネルバを。

さて問題なのは、アスランで。
正直アスランは、今回見るに、ザフト兵でもなければオーブの人間でもなかった。
次回以降、居場所をなくしていくわけだけど、これはキラに機体を落とされたからじゃないんじゃないと思った。
アスランは、なにも選んでないし、なにも引き受けてない。

アスランの心情にあるのは、秩序回復願望。
ただ、悪いやつをやっつければ、世界はよくなる。(ロゴスや連合を倒せば)
そして、AAさえいなくなれば、戦場は秩序を取り戻す。
自分がオーブ兵を撃つのは仕方ない(だって同盟をなんとかしなかったカガリが悪いんだから)

あるべき状態への固執。それはどこか議長に似ている。
起こってしまったこと、今起こっていることが、自分にとって許容しかねるものだった場合、
世界そのものを作り変えてしまおうというような。
アスランは議長に比べればはるかに稚拙だけど、
ただ、AAさえ下がってくれれば、カガリさえ引いてくれれば。

アスランが、キラやカガリに対して、戦場になんて出て欲しくないという気持ちは本当だし、
キラやカガリの行動に憤りながらも、アスランにとって、誰より大切で守りたい相手なのは、違いないと思う。

だけど、そこにある気持ちは、キラやオーブ兵たちの、自分たちの血に塗れてでも、オーブという国を、オーブという理念を背負っていってほしいという、
覚悟と委託とは次元に違うもので。


アスランは二重の意味で、カガリの主体性を認めていない。

ひとつには、この言葉がけは、カガリ自身が自分の意思で自分の言葉を話している、という認識が乏しい。
だからこそ、フリーダムに固執して、やめろやめろといい続けた。
そして、フリーダムという力を失えば、カガリが、そういう働きかけをやめる、という認識。
この後、カガリは、「このままここで見ているくらいなら、オーブと一緒にこの身が焼かれたほうがましだ」と言い放つわけだけど、
カガリのその信念を汲めずに、カガリを守るというならば、それはカガリ・ユラ・アスハという人間のほぼ全てを否定するに等しい。


アスランは、外からカガリを守ろうとした。
キラともども、彼らが”頑張らなくいい世界”を作り上げたかったんだと思う。
だけど、キラやカガリ自身の願い、彼らが託されたもの(AAにせよ、オーブにせよ)を担い守るには、キラもカガリも自分で覚悟を決めるしかなかったと。

アスランの考えるあるべき世界。
議長とザフトは正しく、連合は撃たれるべき悪で、オーブは同盟を結ぶべきではなく、キラやカガリやラクスは、安全な場所にいるべきだった。
そこからはみ出したものを、アスランは切り捨てていこうとした。
わからないといいながら、仕方がないといいながら。
”そこに収まっていればいいのに、なぜそうしないんだ?それがあるべき姿なのに。それが正しいのに?”

「なら仕方ない、次会うときは俺がお前をうつ」
「わからない、わからないさ俺にも。別れて次あったときは敵だったんだ。なら撃つしかないじゃないか」
「あいつはコーディネイターだ。俺たちの仲間だ」
「終わるまでは仕方ない・・・」
「君がしなくちゃならないことは、そんなことじゃなかっただろう」


「なぜ君はそれがわからない!仕方がないって・・・皆カガリとオーブのせいだって。そう言って君は撃つのか!!?」

「カガリは今泣いているんだ。こんなことになるのが嫌で今泣いているんだ。なぜ君はそれがわからない」

なら同盟をなんとかしろ、と。こんなことはやめろと。できるならそうしている。
カガリにはできなかった。それを見ようとしない。カガリができてくれないと困るから。そこには、キラやオーブ兵へのようなカガリ(の限界)への理解も許しも無い。
そして、たとえこの間違いを背負ってでも、どんなに傷ついてでも、それを超えて背負っていって欲しいという期待もない。
カガリを守れる自分、というイメージにとらわれてる。カガリも、カガリの守りたいものも見えていない。

キラやオーブ兵も、カガリが正しいなんて思っていない。だけど、カガリはなにもすべきじゃないなんて思っていない。
カガリを許し、カガリの為に戦う。自分がたたって死ぬよりも、はるかに重くてつらいものを、自分たちがカガリに期待し背負わせていることを知っているから。


キラやAAの戦闘介入という行動は、戦争解体の手段じゃない。
同盟締結を防げなかったカガリの、二年間でオーブという場所で足場を固められず、反アスハ(反オーブの理念)に囲まれてしまったカガリの、
失地回復(カガリの発言力や影響力)の為の苦肉の策であり、
カガリに同盟を拒否し、オーブの独立を守れるだけの力があればそれが一番よかった。
それができなかった。

ユウナに対するトダカの、アスランに対するキラの、逆切れともみなされても仕方ないような怒り。
そこにある無念。
なぜ、”その時に”カガリの支持者に、支えになってやらなかったんだという無念はあるかも。
同盟締結のその時に。それぞれ公私のパートナーとして一番知近くにいたのに。
トダカやキラは、ユウナやアスランの言っていることが正しいことはわかっていて、でもそれは彼らの正しさに怒っているわけではないと思う。
なぜ、肝心なときに、カガリが正しさを通す力になってやれなかった人間が、今度は正しさでカガリを責めるのか、と。

トダカには、貴方だってオーブの理念を守るための為政者じゃないのか、あなたはカガリ様の夫ではないのか、という気持ちはあったかもしれない。
嵐がくる=(再度ナチュラル対コーディネイターの感情の対立が激化する)ことがわかっていたキラは、
アスランが、有事のさいに、同胞たるプラントやコーディネイターを選ぶ可能性も考えていたかもしれない。
アスランはオーブでなにもできなかったわけではい。かげながらカガリを支えるという役割に満足できなかった面はあるとおもう。
だけど、ダーダネルスで、アスランが現状ザフトでありオーブを撃つのは仕方ないと思ってることを理解すると同時に、
アスランの動機的にはオーブとカガリのためだということもまた理解したから、
オーブの敵であることも引き受けず、だからといって、カガリの力にもならずに、正論で責めるばかりのアスランへの憤りはあったかもなぁとも。

アスランは、この戦場で唯一、カガリにただの女の子であることを望んでいた感じがする。
だからこそ、カガリはその手を取れない。
だけど、為政者じゃないカガリを求めることができるのはアスランだけならば、
やっぱりCP的には(すぐに目に見える形で報われなくても)アスカガで決着つけてほしいなと思う。
そして、仲間とかそんなレベルでオーブにいるなら、メイリンと一緒にオーブをすぐにでも出て行って欲しい。
カガリに為政者としての期待しかないのなら、それを求め、そしてそれを引き換えに、命をかける覚悟ができているオーブの軍人はたくさんいる。
その中で、中佐の地位を頂くだけの意味があるとしたら。
多少腕はいいとしても、世界の為という立場なら、ただ正規的な立場が欲しいだけならば、その技量がオーブにとって必要だとも思わない。
(すでに有事の際に、プラントについてオーブを撃った男だし、今日死んでいくオーブ兵を見てもいなかったアスランだし)
アスランの居場所(というか価値は)は、ただ一人の男として一人の女(少女)としてカガリを見れる視線を持たないのなら、正直オーブにはないと思う。
この変は、私の個人的な好み以上のものではないけれど。



トダカの死は、監督が以前ツイッターで、知ればシンは多分立ち直れないでしょう、って言ってたけど、
そうなんだろうなと。
わりと当時の感想とか、シンは知るべき、って意見が多かった感じだけど(それがシンの成長をもたらすはずっていうのも込みで)
わりと、生きて償うとかの視聴者側が軽く甘く考えすぎなのかも思った。
両澤さんは、無印のインタで、ラスト、父親を殺したら、アスランは生きていけなかっただろう的なことを言ってたと思うけど
(これはレイの最後にもこの感覚なんだと思う)
罪とかだけでなくても、人間背負えないものはある、という感じはするかも。
確定ではないけれど、キラが幼い少女含むアスカ一家を吹き飛ばしたかもしれない、というのも込みで、
視聴者だけが認識していればいい、戦場で起こった悲劇や因果なのかなと。
アウルの死ともども、その不条理さ。


destiny リマスター26話「約束」

2013-10-02 23:22:31 | SEED DESTINY
シンステ・キララク回



シンステについては、あまり語るほど思い入れがないので(というか、(二人の関係のみを見ると)純度が高すぎて・・・。

ただ、シンの一人称が僕になっていたのを。
わりと、子供の頃に戻っている、というよりは、
自分が決意の瞬間を思い出している印象を受けた。

アスランも、キラの説得の最中、一人称が僕に戻っていたけれど、
自分はもう大切なものを失くしたくないという思いと、
その為に強くなる、力を手に入れると決意した、その狭間の心境になっている感じ。
失うかもしれない、という恐怖と、そんなことはさせない、という思い。

あまり、シンの理解者とか、キラとシンの仲介者としてのアスランという役回りには疑問符があるんだけど、
重なる部分もあるかなぁ、と。
かつて強く自分を変えたいという思い。
アスランとシンはそれが外からの暴力だったからから、外に対しての変化で、
キラは、どちらかというと自分の選択が先で、その先で自分を手放したくはないというのがあるから、
一人称を変えるという形での変化はでてこなかったのかな・・・とか思ったり思わなかったり。

今回から変わったエンディング、ある程度状況をリセットできる世界だとしても、
キラもアスランもシンも軍服を着てるあたり、
単純に昔に戻りたいという気持ちはなさそう。


プラント側の人間の方が、自分たちを陽の元に。
オーブ側の方が、静かな平和をといったイメージなんだろうか・・・


約束、というタイトルだけど、
今回両方とも、守られなかった約束なんだと思う。
シンの君は俺が守るも、ラクスの貴方のところへ帰るも。
シンはステラを守れなかったし、ラクスはキラのところに戻るよりも使命を優先した。
だけど、ステラとキラがその約束を嘘にしなかった感じがする。
ステラはシンによって救われ、キラはラクスの元に駆けつけた。


リマスタ当初から本編でいくかスペエディでいくか、注目していたけど、
今回は本編で。
監督のツイッタによると、監督自身はスペエディを使いたかったけれど、
大人の事情(多分尺)で本編にあわせたけれど、

悔しいので全部新規にしました、といわんばかりの雰囲気が・・・っ(邪推)
そして監督最近、平井さんの絵への懸念を隠さなくなってきたね・・・。

本編では、一見淡々としてる場面。
アスランに言われたこと込みで(正直言われなくても考えてるだろう内容だけど。アスランから、目新しい情報なかったし)
情報を得るため、ということでプラントにあがるというラクス。
本編の意図としては、キラもラクスも迷っているというあたりをおさえたかったのかな。

そして、13話のキラの「大丈夫」の応じる形での、ラクスの大丈夫。
キラとラクスというのは、自分にとっての相手への感情という側面でなく、
それぞれが相手の決意や過去を追体験してる印象もある。

無印のときに顕著だったのが、「かつて母に言われました。貴方は世界のもので。そしてまた貴方は世界のものなのだと」
言葉だけでみずに、
「僕はなんだったのかな?生まれてきちゃいけなかったのかな?」
というキラの苦しみに呼応してのラクスの返答としてみると、
ラクスもまた自分を否定するような考えや感情に陥り、そしてそれを受け止め、ラクスの生と幸せを願った人がいたこと。
そして、その母親の役割を、ラクスが今度はキラに担おうとしていること。
そのあたりで、キラはラクスの自分への思いや、ラクスのかつての苦悩やそれを乗り越えてきたことを察したのだと思うけれど、

今回は、ラクスがキラに大丈夫だということで、フリーダムに乗ると決めたときの、ラクスの心境、
そしてその決意がけして翻せないものであることが(キラにとってフリーダムに乗るという覚悟がそうだったから)をキラが13話のラクスに自分を重ねて察するシーンかな。

それは自分が命を失うかもしれない道であり、他者の命を奪う道。
そして、自分が死ぬことで、あるいは相手が死ぬことで、もうお互いに二度と会えないかもしれない可能性を飲んでの決意。

フリーダムの時は扉が、今回は、その距離が二人を隔てるわけだけど(そしてそれが39話で距離を越えて、扉を超えて抱き合う二人で解消されるのかなと)

誓いにも近い約束をもって、離れると。


スペエディの方は、もう少しシーンの意味合いが違って、
失う恐怖に対して、エルやフレイを守れなかった(目の前で殺された)キラのトラウマを強調してる印象。(愛情もなんだけど)

(ここのシーン、アスランが優しくて誠実な方だということは~とラクスに言わせるのがけっこいらっとする。
①文脈にあまり関係ない(本編のアスランのことを?ということの名残だろうけれど、本編のキラのテンションならともかく、スペエディではそぐわない気がする。
②キラが、アスランが優しくて誠実であることを疑っているとラクスが思ってると思わせるようなのがかなり嫌。
③そもそも偽者容認というまねをしてるアスランを、ラクスの口から庇わせる脚本にイラつく。)
正直、本編の結果として人気投票でキラとアスランの評価に差がだいぶついたところをなんとかフォローしようとしたんじゃないかと邪推したくなるくらいなんだか不自然だった)


福田監督のことだから(偏見)どうしてもスペエディ基準にしたいというのであれば、力技でなんとかしたと思うので、
本編も嫌じゃなかったんだと思う(絵以外←酷い)

あとは、
①初心を忘れたミーア。
②とりあえずステラやエクステンデットより、ダーダネルスの会談を引きずっているアスランとルナマリア。くらいか。


ところで、本編見る限りでは、別に虎さんはミーアのファンでもない気がする。


おまけCDをきいて

2013-09-25 22:15:04 | SEED DESTINY
26話の感想の前に




アーサーはいい人ですというのがメインな感じだけど、

アスランの果たした役割というか、アスランの考え方みたいなのがのぞけた気がするのでメモかわり
といっても、面倒なので聞き返してないので初見感想・・・



なんとなく思ったのは、ある意味改めてだけど、アスランって他人に興味がないんだなと。

というのは、タリアの死と、残された子供に対して、アスランはまさにタリアが子供を残して「子供がいるの、男の子よ。いつかあってやってね」という言葉を聞いた当事者なのに、それを窺わせるかんじがない。
やりとりのはしばしに、子供に同調したりする場面もあるし、
情がないわけではない。かといって、当事者として動揺してるふうにもみえない。

なにが言いたいかというと、他人と自分の割り切りがきっぱりしてるというか。

メサイアの場面、泣きじゃくるレイの前でキラが足をとめて、そこにタリアがレイを呼んで、
キラが驚いたようにそちらを見てから、悲しげに顔をさげて、そして歩き出し、
アスランはそんなキラを見ている、場面があるけれど、

アスランは撃たれた議長はともかく、脱出できる状態のタリアやレイのことをどう思っていたのか、
という点で、
今回合わせてみるに、わりと彼らが自分で決めたこと、という捉え方をしてるようにみえた。
自分がこうしていたら、とか、自分はこうできたという”仮定”はあまりしない感じ。
だからむしろ、キラの方を気にしてるのかなと。

わりと、遺品を受け取らなくても、それが遺族自身の選択ならしょうがない、といった姿勢なんだけど、
そんな感じで、おのおのが決めたことに対して、過剰に自分がこうしていたら、という考え方はしない。

そのあたり、冒頭のアーサーとは対照的で、今回のことは残念でした、とか、艦長を守れなくてとか、自分がこうしていたら、という思考回路をしてる感じがする。
それで、そんなのはあんまりだろう、と悲しみ憤るアーサーに、アスランがアドバイスをして、
アーサーが奮起する流れなんだけど
そのアドバイスも、
こうしたいなら、こうだし、こうしないなら、こう。
こうでないならこうだし、こうであるなら、こう。

「悲しすぎて遺品を受け取れないのかもしれない」
「副長はどうしたいんですか?
遺品が捨てられるのが嫌なら、副長が保管していればいいし、
遺族がそんなふうにいうのが嫌だというなら、話すしかないでしょうと」

という、状況(ってか心情だけど)を整理して、相手がそれに合わせて自分の望みを見つけれるように、
複数のパターンとその応対の組み合わせを提示してる感じ。

キラやラクスは、所謂質問返し、みたいなやり方で、
相手の望みを露出させる方法とるけど、これは相手の状況や想い、価値観をある程度以上理解したうえで、
望みを見抜いたうえでないとできないやり方かなと思う。


わりと、今回アスランに優しかったな、と思うのは、こういった”客観的正論”でもって、
相手の状況打開する、というパターンが本編のアスランにはなかったから、アスランの考え方が上手く機能した珍しい例なイメージ。

本編だと、これが上手く機能しないパターンがほとんどだったな、と。
対キラ
対パトリック
対カガリとキラ
対シン


なぜ本編状況だと上手くいかなかったのか。
ひとつは、相手にとって話し合いが、正しさを求めることではなくて、現状敵対してるアスランを見定めることを目的としており、アスランがそれに気付いていなかった。
特に、パトリックと、ダーダネルスのキラカガは、
アスランがどうでるか、を見定めるために、会合を設けたようで、
それは間違っている、という指摘は意味がない。
アスラン自身の当事者性を問われると、アスランはわりと状況に対して自分を度外視して、状況を認識した結果、
むしろ相手方に、話にならないと、諦めを想起させる結果に終わったと。
シンの場合は、17話では上手くいったように見えて=アスランの客観的正論が通じているようにみえて、
その実、シンも、アスランに対して”立場への当事者性”への見識を求めていたので、
オーブや現状のザフトへの責任を追えていないことが露呈して意向、アスランの言葉はシンに通じなくなっている。

ふたつは、守るべきもの相手にある場合、アスランの正論の”価値”は、その守りたい相手を守るために役に立つかどうかに比重があり、正しいかどうか、というのはほとんど無意味になるので、アスランの言葉は通じなかった。
キラはAAとクルーを
パトリックはコーディネイターを
ミネルバ同船時代後半、シンはステラを抱え込んでいて、
アスランの言動、行動は、それを守るためにどういう意味をもつか、という方向で聞かれるので、
例えばシンだったら、アスランの言うことをきいていたら、ステラは殺される、
とみなせば、当然アスランの言葉は価値をもたなくなる。
全編通して、”状況が”そんなだったので、アスランが言葉で~というのは通じなかったのかも。

ただ、戦時だからこそで、平時になら、アスランの多角的に物事をみる見方というのは、一般的かつ有効だし、
あまり他人に感情移入しない(情がないわけではないので、ある程度はするけど、過度にのめり込まない)アスランだからこそ
いえる(ある意味で、遠慮がない)こともあり、
今回はその美点が出た感じかな。

本編アーサー台詞では、女性遍歴がネタにされていたけれど(アーサーがカガリも美女のくくりにいれてたな)
アスラン主観的には、むしろアスラン自身が子供の頃を想起してたね。
というか、アーサーとキラを重ねたというか、
ある意味、キラもわりとその場の状況に囚われて行き詰っていたのを、
一歩下がって見てごらん、というアドバイスをしてきたんだなという幼年時代思い起こさせ+
11歳という年齢に対して、難しい年頃かもしれないと、
こちらは正論云々ではなくて、がちに自分を重ねていたっぽいので、
どちらかというと、アスランの幼年時代を思い起こさせる内容。

ウィリアムの年齢設計、アスランがキラとわかれた自分の13歳の設定にしたかったかもなとちょっと思ったけど、
アスランが、父のこととか世界のことをわかりだしたのが11歳くらいと見てよいか。
・・・・アスランは妙に戦争前へのフォローが潤沢なんだよね・・・
そのあたり、脚本に愛されてる強みなんだろうか・・・


DESTINYリマスタ「すれ違う視線」「罪の在処」

2013-09-16 12:04:20 | SEED DESTINY
アスキラ修羅場回。



ミネルバの被害状況。
わりと当時は、タンホイザー破壊の死者っていうのを考えてなかったからねここ見るまで。
最終話の、議長と対峙するキラのシーンを、引いた絵でザフト兵の死体が転がっていたりと、
”殺した人間””残された人間”を一番しっかりと描写されてるのがキラだと思うんだよね
戦い方の違いから、死に際の描写、を一番しっかり描写されてるのがシンなんだけど。

ハイネの遺品描写は、むしろその荷物の大きさに、
かつてのキラとトールの遺品の少なさをむしろ思い出してしまった。
移ってきて間もなくともあれだけの荷物がある正規兵のハイネと、
ほんとに着の身着のままに軍艦生活することになったキラとトールと。


アスランは、ハイネを殺された自分と、ニコルを殺された自分、を同一線においてる感じで、
復讐ではなく、話し合いを、という意味合いで、動くことを決意。
直接殺したのがガイア、ニコルのときと違い、ハイネはどちらかというと守るべき後輩ではなく、先輩、である、
というあたり、あと先の戦争の経験(キラを殺した後悔)から、前と同じことをはしないという意図はあるんだけど、
相手の立場を理解せずに、相手を”排除”する意図が強い、という意味合いでは、
実は変わっていない。

ついでAA。
マリューとバルトフェルド。
キラとラクスとカガリが天使湯でそれぞれの悩み。
マリューとカガリがこれでよかったのかと悩み、
バルトフェルドとラクスが、それぞれの意味合いで消極的な肯定。
意図は示せた。それは正しいからという意味合いではなく。
そしてラクス。
先の戦争での父の死の回想と共に、まず決める、そしてやり通す。
これは、命がけで想いを貫いた父へのシンパシーなのか、残された娘としての覚悟なのかは不明瞭かも。

ラクスもまた自分に言い聞かせる感じで、
カガリの逡巡、ラクスの言葉、ラクス自身の迷いをキラが聞いていて、静かに決意の横顔。

ここ、聞き耳聞き耳と言われるけれど、みる限りは、仕切りはあってなきがごとしで、
声は筒抜けっぽい。


迷うカガリにとって、アスランがくれた指輪は、大切な縁であり、勇気をくれるアイテム・・・だった・・・のだけれども。
そのアスランが誰よりもカガリの決断に怒りをぶつけてくると。

アスランのくれたものって、貰った相手にとって力をくれるアイテムになってる反面(ハロ、トリィ、指輪)
当のアスランは、相手にとって諦めの対象になってるなー
ラクスあたりは、わりと一貫して、ハロとアスランは離して理解してる感じだけど・・・
キラとカガリは、=アスランで、大事にしてる感じ。
監督は、コメンタリで、運命になるとトリィとハロは使いづらくなる。トリィはこの役割(SEEDという作品で最も先に登場し、最後、アスランとカガリをキラに導く)の為にいたけれど、運命になるとペットになっちゃうとは言っていたか。
13話ラストを見ると、キラにとってはまだ、意味合い強く残ってそうだけど。



んで、赤の騎士通信。カガリが嬉しそうな反面。キラは険しい表情。

ザフト、連合、相当共に対して睨まれる行動をしたあとに、もっとも先にコンタクトをとってきたのが、アスランということで、
キラ、ラクスは、アスランがプラント側の立場でコンタクトをとってきたのではないかと察してるっぽい。

カガリがついていくってのを承諾したのも、先の介入と同じく例え辛い目にあってもカガリは自分で接するべきという心情と、
カガリの望み通りにさせてあげたいっていう甘さと両方ある感じかな。
元首のカガリがいた方が、アスランの政治的な立場を引き出せるというのもあるかも。

キラの”目的”としては、プラントの情報が欲しい。とくに偽ラクス絡みの。
アスランの”目的”としては、キラ達にあんなことはやめさせたい。


アスランとしては、”駆引き”をするつもりがなかったから、初手から手札ばらまいて、持ち札を速攻失くした状態に見えた。
先にきて、場の空気を自分側に寄せておかなかったのも、
頭ごなしにバカなことと言って、相手の態度を硬化させるのも(こちらの事情を忖度するつもりはない相手と腹を割って話す気にはならないだろう)
そして、お前たちだって議長のやっていることを見てるだろう、言葉だって聞いただろう、
と、アスランが、議長について、テレビ見てればわかる程度のことしか知ってない、ということが探りいれるまでもなく、さらけ出したこともね・・・

いくらなんでも、あの偽ラクス、について、キラ達がなんの疑問を持ってないわけないことはわかると思うんだけど、
それがわからないのがアスランというか、
議長はいい人なんだ、ミーアはいい子なんだ、と自己完結。


どうしてラクスが殺されそうになるの?


情報としては曖昧かなとも思うけど、
”アスランがザフトだとしたら”ロールアウトしたばかりの機体の上、任務失敗したら即座に情報保持の為自殺を図るような集団だからザフトの少なくとも上層部の関与がある、というところまでいえば、確かにアスランの関心はもう少しひけたかもしれないけれど、

アスランが、ザフトと自分を分けて考えられない以上、あまり具体的な情報を教えたくはなというキラの考えは正直当然。
どちらかというと、アスラン自身の身の安全のためにも。

ラクスが殺されかけたという事実をもって、
プラントに対して疑惑があるということよりも、
そして殺されかけたラクスの心情、ラクスを殺されかけたキラの心情、それによってフリーダムに乗ったキラの心情よりも、

議長じゃないかもしれないだろ、という”正論”を優先。
キラにとっては、そこで、持ち札はあっても展開できなくなった。
中途半端な疑惑を、アスランに持たせるのは、かえってアスランをザフトという組織の中で危険に晒すし、
アスランからザフトに流れた情報が、ただでさえ危ない立ち位置にあるアークエンジェルを危険にさらしかけない。




話し合いの途中で、双方ともに行き詰った感じがする。
キラとしては、具体的なことは言えないし、現状がカガリの限界であるのも事実で、
カガリは同盟をなんとかできるだけの力がないこともわかっている、
かといって、現実問題カガリに不可能なことを、じゃあどうやって現実的にやらせるか、というあたりの緻密な話し合いを、
冷静さを失った、というか、こちらを”信じていない”アスランとはできない。
アスランは、とにかく、自分たちの邪魔をするなの一辺倒。相手に寄り添う気もなければ、相手への具体的なアドバイスをもっているわけでもない。


キラ的に、ラクスやカガリにも言えない”本心”を言えるのはアスランだけだよね。
撃ちたくない、撃たせないで、というのは、ラクスやカガリには絶対言えないだろう。今キラが戦っているのがラクスとカガリの為だから。
ただ、言える相手と伝わる相手は違うというか。
アスランに本心を言いたいという心情、
アスランは、話し合いの相手にならない、理解、
この話し合いを終わらせたい(話し合いという意味合いではすでに体をなさない)という算段、
いろいろ交じり合った推移をたどった気がする。
お前の手だって~の前のキラの発言も、迂闊と言えば迂闊だし(アスランを怒らせるという意味では。アスランが冒頭から怒っていることは見ればわかるわけだし)
それをあえて踏んだキラの意図というのは、いくつかの想いが交じり合っている気がする。


そして、結局のところ、アスランもカガリも”オーブに帰りたくない”んだよね。
自分を孤立させ、否定し傷つけた場所だから。
今は寄り添ってくれる、気持ちを同調できる仲間がいる。
アスランは、その自覚はないし、カガリも自分と同じだという理解がない。
カガリは、アスランがオーブに帰りたくないことも、自分がもっと強い気持ちで向き合わなきゃけないことを理解した感じかも。





以下アスラン罵倒。





個人的に一番ひっかかった台詞は、お前の手だって~よりは、ユニウスセブンのことはわかっているが、なんだよね。

言うに事かいてわかっている。かよ・・・と。
この際、あれだけの虐殺に対して、とは思わない。

当時、この24,25話みて、加速度的に一時アスランが嫌いになったわけだけど、
なんでかなってのが最初自分でもよくわからなかった。
お前の手だって命を奪っているんだぞ、と言うのもひどいけど、 
どっかで、23話の行動は無茶だし、作品的に誰かになにかしら言われても仕方ないんだろうなみたいなあきらめが正直あって、
ここじゃないとは思っていた(しかしこれ意訳すると、黙れこの人殺しが、位の意味あるんじゃないかこれ・・・)

じゃあ、なんでこんなにアスランに腸煮えくりかえったのかな、と思ってたんだけど、
この「わかっている」だった。

「アスランが」「キラと」「カガリと」「ミリアリアに」言ったというのが個人的に許せなかった。
なぜか。

アスランが、無印の時に、ユニウスセブンを忘れるな、という大義を掲げた戦争での軍事行動において、
「血のバレインタインで母も死んだ、僕は・・・」そう言ってキラを黙らしたんじゃなかったのか。
ヘリオポリス崩壊(まぁこの辺やったのキラとAAだろうという見方もあるが)のきっかけになり、
そして、ヘリオポリスでの友人を守りたいというキラを拒否り続けてきたアスランだからというのが大きい。
なら仕方ない、俺がお前を撃つ。という時には、「キラに生涯恨まれてもいい。俺は二度と家族を失えない」くらいの気持ちがあるんだと思ってたのが、
「わからない、わからないさ、俺にも」で、本気でキラのナチュラルの友人はどうでもいいもの、なんだなと。
それでも、それだけ血のバレインタインが重かったんだと、まだ了解していたわけで、
その先で、今度はユニウスセブン自体を凶器にした、コーディネイターによる、ナチュラルへの虐殺行為。

カガリの、お前たちは必死にそれを止めようとしてくれたじゃないか、という言葉を、
軽薄な楽観論として、実質シンと一緒になって否定したのではないかと。
「やめろよこの馬鹿」「それでも破片は落ちた」「俺達コーディネイターだ」「許してもらえるのかな、俺たちは」

これは過度の自虐で、結果としては議長の(アスランへの)言葉が解毒になり、アスランも解放されたし(それがキラやカガリにはできなかったのも事実だろうし)
議長の対応がよかったから、その後の経過は、世論はプラントにとって好ましい方向に向かったと、それはいい。





だけど、そうして”価値観が組み替わったのなら”

”地球のナチュラルを友と呼び、父親を含めて、道を外れた行動をした同胞を、一部の者たち、と切り捨てるなら”







こう、キラや、ミリアリアや、カガリに対して”なにか思うことはない”のかと。
そう思えてしまうわけで。

アスランにとって、ミリアリアは、間接的に事実上、キラに対してさっさと見殺しにしてこいそうしないのはおかしい、と言っていた相手であり、
平和な日常を奪った相手じゃないかと。
ナチュラルだからと。
カガリの言う事が甘い太平楽だと思ったから、護衛対象兼恋人が、他国の軍人に馬鹿呼ばわりされてる状況を離れたのではなかったのかと。
結局カガリが正しかったんじゃん(それにはは議長の手腕もあるわけとはいえ)
カガリが楽観を口にしたからだと。

自体が自分に都合のいい方向に進めば、また態度を変えるのか?



謝れとか反省しろ、というのは違う。むしろ、その時々のアスランの行動選択に、なにか間違っていた、というものは特にない。

ただそこには、もう少し”臆面があってほしかった””躊躇があってほしかった”
これは”自分が聞いてはいけない””これは自分が言ってはいけない”
そのとっさの躊躇が、


アスランが、ミリアリアに謝ってほしいとか、知ってほしいとか、そういう気持ちは正直ない
(キラがニコルの墓参りとか、アスランがトールの墓参りとかはきっぱりと反対。
あの時点で、全員正規の軍人だったわけでもあるし)

「誰かを泣かせるものになる」
アスランが、それを自分自身でどのていど考え、引き受けたのか。
逆に、手前でこの言葉さえなければ、”軍人アスラン・ザラ”としてそんなに違和感なかったと思う。
キラやトール達が、引ける時を持ちながら、自分達の意思で残ったのは確かだし、アスランにその責任があるわけじゃない。
撃たれる相手の方が結局悪いというのなら、わかったようなふりをして、シンにこんなこと言うなよ。


「俺たちは軍人だ。人殺しじゃない」ムウのように自己認識していれば。
「戦争の中だ、誰にだってあるし、誰にだってない」とバルトフェルドのように、相対化していれば。
「守る為でも、もう銃を撃ってしまった僕だから」とキラのように引き受けれていれば。

脱走兵であり、今まで”便宜上の処置”としてザフトに復隊しオーブを撃ち、今アスランは、いったいどこにいるつもりなんだ?



この場面で、アスランがミリアリアとトールの関係を知っていたか?というのは大したフィクターじゃないと思う。
アスランが、自分が参加した軍事行動によって実質破壊されたヘリオポリスの日常。
なぜ、17歳という立場で、キラがろくに物も言わず隠棲生活を送っていたのか、17歳のナチュラルの少女が、戦場カメラマンなどという危険なことをやっていることそのものへの、
アスラン自身の”関わり”について、なにも想う所はないのか。
繰り返すけど、アスランのせいというわけじゃない、謝ったり、反省したりしてほしいわけじゃない。

だけど、それはどんなものだったのかと、彼らが失ったものは、変わってしまったものはなにか、考えたことすらなかったのが垣間見えた正直。

「僕は君の友達を殺した」「君もトールを殺した」

この文脈で見れば、自分が撃墜したスカイグラスパーのパイロットが、もともとのクルーではなくて、
キラの友人=ヘリオポリス崩壊まではただの学生だったナチュラルだってわかるよね。
ミリアリアとディアッカのやり取り聞こえてたよね、アスラン反応してたし。

「友達とかいって、どうせいいように利用されてるんだ」
「わからない、わからないさ俺にも」

なら考えたのか?キラが命がけで守ろうとするものの実態を。
アークエンジェルに、短い時間とはいえ合流し、そこで知ろうとしたのかと。

「軍を抜けるってのは君が考えるよりはるかに重いことなんだ」
「貴方がたと同じだと思っています」


そういって軍を抜けたアスランが今またザフトの軍人として、キラ達の前にたち、
それがキラ達の目にどうゆうふうに見えてるか、少しは考えたのか?

「お前はコーディネイターだ。俺たちの仲間だ」
「あいつはコーディネイターだ。地球軍にいることの方がおかしい」


旗を替えるなとは言わない。
ただ、かつての籏の下で、敵対し、誰かの大切なものを奪った、その旗を、
その当人の前で、新しい籏に平然と付け替えて掲げてみせるのか?という不信感がある。
相手の不信感にくらい寄りそえよ。
ましてやその後、一緒に戦った仲間だぞ、アスランにとって命を預け合った仲間っていうのは一体なんなんだ?



そもそも
「その襲撃のことだって、議長の御存じのない一部の人間が勝手にやったことかもしれないじゃないか」
プラントを地球に落とし何億人も虐殺したようなのと同じようなのが他にもいたらそっちの方がマズイんじゃないか?
議長さえ白ければいいの?議長さえ正しければ、それでいいの?その下についてる自分が正しければそれでいいの?
同胞に殺されかけたラクスが、ラクスを目の前で殺さかけたキラがどんな気持ちだったよりも、自分の今の正当性と居場所の方が大切なら、
アスランによって優先順位はそれだと自覚すべきだ。おためごかしは言うな。



キラが、目の前の友人を見殺しにできない、というのは「わからなく」て
コーディネイターが、罪のない人間を何億人も殺すのは「わかる」の?

一連の不誠実な行動と言動に対して、言ってることは正論、なんて薄っぺらい立ち位置が余計腹がたつ。

個人的には、このアスランの姿勢で、
「血のバレンタインで母も死んだ・・・僕は」
「俺たちはプラントを守るために戦っている」
「君は俺が守る」
「俺はパトリック・ザラの息子です」
は重みが薄れた。
アスランは、被害者としてのユニウシセブンと加害者としてのユニウスセブンを繋げるキャラだと思ってて
(過度に民族としての被害者意識を振りかざさず、でもそれを忘れず、被害者に寄りそい、
過度に民族としての加害者立場に委縮せず、でもそれを忘れず、自分達の中のそうした芽に向きあう)
それは今から思えば、無茶な期待をかけていたと思うけど、
ここまで無神経な物言いをするとは。正直、嫌いになったというより、興味が薄れた。ユニウスセブンを背負う気はないんだなと(背負わずに済んだなら、それでそれでよかったと思うけど)
個人的に、運命戦後、アスランがザフトに戻ったら、SEEDシリーズは見限ると思ってるんだけど、
アスランの口から金輪際、プラントの為とか、同胞の為みたいな言葉を聞きたくないというのが大きい。
そのくくりから脱却したんでしょ?まだザフト軍人を全うしたうえでならともかく。そう何度も、”戻られて”たまるかと。立場としてではなく、価値観として。

アスランのなにが悪いというわけではない。
だけど、なにも内在化していない。自分の言葉も。それを誰に言ったのかも。自分の行動も。人を殺したことも、なにを自分で選んできたのかも。

正直、アスランのパトリック・サラの息子のしての傷みたいな言説見ると白けた気分になる。
この人なにも気にしてないよ。すくなくとも、アスランがパトリックの息子であることに傷ついたのは確かだけど、それでパトリックによって、あるいはその名の下に、
殺された人間に関心があることとはまた別。
自分が、キラの目の前でキラの友人を殺意を持って殺したことすらまともに心に留めてないのに、パトリックの命令によってどうこうなんて因果を気にしてないと思う。
(だから、アスランがラクスの父を、パトリックが殺したことを気に病んで、みたいなのはファンの願望の域をでてないと思う)

アスランがそういうキャラであることでなく、
製作者やファンがやたらと優しくて誠実だの真面目だの思慮深いとか考えすぎてとか、言い募るのがいらっとする。
キラやシンの方がよっぽど考えてるし、自分自身の言動行動に対して自覚的かつ誠実だと思う。

これからでも、オーブの為というのなら事実ならば、生涯かけてでも、心情ではなく、行動で、それを実行してみせてほしい。戦時より平時の方が有益な人材だってことはわかっているんだから。
そうでないなら、ここ以降、二度とオーブに戻るべきじゃなかったと思う。


destiny リマスター23話「戦火の蔭」

2013-09-06 22:31:03 | SEED DESTINY



 かなり個人的な印象といえば、なんだか無印40話の続きだな、という印象を受けた。
見る前はこの感覚はなかったからね、ちょっと新鮮だった。

無印は、40話がオーブが敗北し、宇宙にあがってから、
オーブという国、理念は棚上げされ、
パトリック対アズラエル、ナチュラルとコーディネイターの図式で展開し、その間にあって、
とりあえず、最悪の破壊は回避した三隻同盟は、どちらかというとラクスが中心で。
中盤のキラを支えたカガリも、出生のことが判明して後は、むしろキラに心理的な負担をもたらす存在になり、
物語的に、アスランとの関係こそあれど、オーブのリーダーとして、その組織全体の牽引役としては、
およそ影の薄い状態で終わった。

運命の一話以降、カガリは仮面をかぶっているのではないか、と書いてきたけれど、
ある意味では、今回で、始めてカガリは、素顔で世界と接した気がする。
ウズミやキサカ、アスランに守られてきたカガリが、
姫としての自分を守ってくれる相手ではなく、自分を掲げる相手を従えて、多くの人間の前で言葉を発する。

すでにアスランが離脱しているけれど、
28話にいたるまでに、さらにバルトフェルドとラクスが一時離脱し、逆にミリアリアが参入し、

先のオーブ戦で、
正しいと思うよ、オーブのとった道。一番大変だと思うけれど。
オーブは私の国よ。
小さくとも強い灯はきえぬと、私たちも信じています。

オーブという国に、理解と賛同を示した人間が、カガリの側にたち、
初めてカガリが誰の言葉でもなく、誰のふりでもなく、誰の背中ごしにでもなく、自分で言葉を発する。
泥まみれの決意表明。

当然、筋の通らない立場から発されたそれは上手くいくはずもないんだけど。


各人の思惑的には

①キラ。

おそらく、オーブが参戦することについては、遅かれ早かれ実現するだろうことは考えていたと思う。
それをカガリがリアリティをもって想定していないことも。
ただ、それが実現した時に、じゃあどうするか、という部分で決めていたことはなかったと思う。
カガリの出方次第・・・というところで決めていたと思うけれど、
あくまでカガリの心情的な揺らぎに、叱責にせよ慰めにせよ、対応するつもりはあっても、
カガリが出る、と言いだすことは予想外だった気がする。
驚いていた様子はあるし、
キラ的な懸念は
①戦場でカガリを守り切れるか。
②これが連合のオーブ侵略の口実にならないか。

だとは思うけれど、後者においては、連合にはオーブを侵略するだけの余力はないと判断していたのなら、
カガリ誘拐も合わせて、合点がいくかとは思う。

ここでのキラは、カガリの決断最優先、それが失敗に終わることを前提としても、
カガリが自分で思い知ることを優先した、というあたりかなと。


②カガリ

心情的には、無印の時の”いてもたってもいられなくて”AAでスカイグラスパーに乗ったり、オーブ戦ででようとしてキサカに叱責されたのと同様だと思う。
ただ、”味方に向かって”話しかける、というあたりは、カガリの立場がかわったかな、と。
あの様子だと、カガリだけが、あれでオーブ軍はひく、と信じていた様子。
キラとカガリには、わりと生々しく先の戦争の傷が残っているイメージがあって、
コックピットを狙わないキラ、撃つこと自体ができず、武器を放棄すれば戦争は起こらないと本気で信じてそうなカガリ、
というのがありそう。

キラ達のやり方、AAのややり方と、このカガリのトラウマからくる武器放棄思想がまじりあって、
AA側が誤解されているような気がする。

オーブの理念は、武器放棄とか戦争放棄とかではなく、他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の争いに介入しない、
問題解決のための戦争を放棄とか、そういう類の性格のものではない。

切り口的には"義憤の戒め”くらいのものがある気がしてる。

1クールのセイラン家達の、ユニウシセブンの被害に対しての、これを許せる人間なんていないという考え方。
アスランが口にする、連合がなにをやっているか知っているだろう。それはやめさせなくちゃならないんだ。


そういう類の、感情的な動機づけを徹底的に排除し、
自国の侵略、自国の理由のみにて、武器をとるべき。
それは、他人の戦う理由に与することで、戦火を拡大、冗長させることを防ぐ、という意味合いもある。

ここでのオーブ対プラントの戦いは、理想対現実、という観点で捉えられがちだけど、
理想というのは、むしろプラント側で、冷たい現実路線、はむしろオーブ側な印象。

オーブという国は、”この世の中には戦争がある”ということを前提にして理念を組んでいる。
戦争を終わらせる、という観点にたっている議長やシン側とは根本的な立ち位置が違うので、

むしろ、AAやキラ達を理解するには、そのあたりの”この世の中から戦争がなくなることはない”という冷たい視線と認識、
そして時々の”大きな流れに”個人として、あるいは少数として抗い続けることの覚悟を前提とすべきかなと。



カガリ絡みで、SEED全体に散らばるモチーフとしての

「言葉がわからないのか?」
「あれは偽物だ」

自分と違う者、自分の利益に反するもの、自分に都合のわるいもの。
そういったものの"処理の仕方”

偽物か本物か。

ミーアはラクスを庇って死ぬ、という結末を迎えたけれど、
SEEDシリーズは、偽物と本物を取替可能なものとして描いていると思う。
偽物ながら歓喜をもって受け入れられているミーアと、
本物でありながら、偽物として切り捨てられたカガリ、
それは、受益者となる人間の都合もあれば、”状況に添うのはどちらか”という場合もあるし、
複合的。
どちらがどう、というよりは、種シリーズにおける、絶対的なものなどない、という観点からきてる気がする。
カガリあるいはラクスにしても、本物だから価値がある、わけではない、という辺は含んでいるかもしれない。

種の場合は、血縁関係も代替可能な関係として描いていると思う。
単純に価値観をひっくり返しているわけでもなくて、人間関係の質は、血縁や肩書に左右されないと。
そのあたり、キラとカガリと、カリダやウズミとの関わり。
(カリダは、血の濃さでいえば、キラと同様のカガリに対して、特に積極的に働きかける様子がない感じや、
キラを秘密(多分オーブとかカガリからも)遠ざけたがっている様子がうかがえることや、
ウズミも、カリダの願いもキラの意思も無視して、カガリに秘密を暴露し、キラのカガリへの助力を期待してる辺り、
できた大人というばかりでなく、養い子へエゴにも等しい愛情を見せていたり)
あたりで特に顕著かなと。
2年間のマルキオハウスの様子とか。ネオとステラ達の関係もそうかも。
作品自体に、血のつながらない家族、というようなものに対するシンパシーのようなものがある気がする。
キラとラクスの関係も、恋人というよりは、家族的な絆に近いものを描きたがっている気もするし。生きる理由に直結するような。


と話がそれたけど、
あと、言葉が通じる=相手が自分の想う通りにする、という認識ね。
これはアスランあたりはわりと露骨だし、
終盤のレイも言ってるけれど。

自分の言葉が正しい≠相手がそれをする理由(利益)があるか。
というあたりで、齟齬をきたす。

”議長の言葉は正しいんだから、それを聞けばいいのに”
もの凄く素朴な”疑問”
だけど、ものすごく愚かで傲慢な疑問でもある。

それは間違っている、の”それ”が相手にとって正義はおろか、命よりも大切なものかもしれない。
それは、国かもしれないし、友達かもしれない、家族かもしれない、プライドかもしれない、

ただ、それは正義と”それ”が対立してるわけでもなくて、
ただ、”相手のそれ”がじぶんにとってどうでもいいだけなのかもしれない、という視点もあるし。



③ラクス


やや不明瞭かもしれないな、とは思う。
ラクスが、”言いすぎ”なキラを諫めつつも、キラが言っていることが正しいことは同じだろうし、
逆にキラがカガリを慰めるような言動をとれば、キラの役回りをラクスがやった可能性が高い。

ただ、ラクスも、またカガリの言葉通りにオーブ軍が退くとは思っていなかったと思う反面、
カガリがオーブ軍に討たれた時には驚いた様子をみせている。
(キラは驚いてなかったので、考えていたとおり(ある意味では期待通り)の展開だった気がするけれど)

そのあたり、撃たれるとまでは思っていなかったか、その”絵”がショックだったのか、
あるいは、”味方”に語りかけて、銃でもって報われる、という先の戦争の自分の経験が、
覚悟はしていても、傷として残っていたのか。


ラクスは、限界も弁えつつもだけど、それ以外、
わりと、”味方”であるはずの相手に言葉がつずいなくてショックを受けるパターンも、
とくにアスランもよくやっているけれど、
むしろ、自分の言葉を聞け、的なものは、愚かさ傲慢さとして、罰を受けるパターンになってるとも思う。
仲間だから、友達だから、自分の言葉を聞いてくれる、自分の想う通りの行動をとってくれる的なのは。

そのあたり、言葉が通じる、というのはどうゆうことが、
相手の立場や心情への理解を欠いた言葉もまた暴力でしかない、という側面はありそうだけど・・・



④ネオ


この戦場に置いて、一番優秀だった。
状況をいちはやく読み取り、自軍(連合)に有利なように(オーブの責をとり、言質をとり、矢面にたたせる)
状況を利用した。
それに比べてグダグダなのがザフト(逆切れ開き直りでも決断してるだけユウナのがマシ)。ハイネが比較的マシだったんだけど、最後はあれだし・・・
あえて、(小説版や高山版でやったような後輩を庇ってじゃなくて)
死にかたに説得力をもたせなかったのかな、とも思うくらいだけど・・・



⑤トダカとユウナ

このふたりのどちらの肩をもつか、といのも視聴者側で意見別れるところだろうけどひとつ。

「僕に恥をかかせるようなことをするわけがない」

これがこの男の本心だってのが、トダカの最大の苦痛かな。
ユウナの言ってることが(現実問題連合にオーブを攻めるだけの余裕があるかは置いておいて)この場に置いて間違っていない。
ただ、本物のカガリなら、こんな形でオーブを苦境に立たせるわけではない、とかではなく、自分に恥をのあたり、
この男にとって、オーブやカガリよりも、自分の方が大切だというのがあまりにありありとわかる。
どんなに正論めいたことをいっても、それが方便でしかないことは明白ってのが、トダカやオーブ将兵のジレンマなんだろうなと


運命リマスター22話「蒼天の剣」

2013-08-30 22:11:28 | SEED DESTINY


今回は、じつはパソコン不調で前半が見られませんでした。
最後の三十秒以外はどうでもよかったので、とりあえず前半中に復旧してくれてよかった。


今回は、キラ対ザフト勢の対立激化の前に、
なぜ私がキラを支持するか、というところをうちの、というかなぜザフトを支持しないかを、うちのブログの姿勢を明らかにするという意味合いで、
書いておこうかな、というか。うちは考察目的じゃないので。姿勢をかいとこっかなと。
ようはなぜ運命のザフトが嫌いなのか、という部分を。
(キラが好きだからAAを支持というばかりでなく、運命ザフトが嫌いなんですよね。
どのキャラが、というわけではないんですけど)



ただ、その前に本編でそれぞれ気になった台詞を。


「この戦いをどこかでカガリ様がみていてくれることを」

トダカがとくに、オーブの理念そしてそれを担うカガリとフリーダムに対して思い入れが強い、というのをわりひかなきゃだけど、
カガリ愛されてるなぁ、という台詞。

ある意味ラクスよりも国民に愛されているんじゃないかな。
というのも、アスランも含めて、例えば、ラクスのせいで不利益をこうむったときに、それでもラクスを尊敬する心をプラントの人間が持ちえるか、という観点で。
(ラクス個人のために、ラクスの為に自分が辛酸を舐めてもラクスを恨まないのは、キラやヒルダといったラクスを個人的に愛してる極少数なイメージがある。
現状、アスランもミーアも、ラクス(の名前、婚約者という肩書)を自分の虚栄心を満たすための道具にしてる気配があるし)
わりと、ザフトの面々は、上が正しく、自分たちは十分に報われるはず、くらいの意識が強いイメージがあって、
為政者が完璧じゃないことを受け入れて、彼らの力不足や限界をわきまえたうえで、
自分たちが掲げた人間だと、自分たちが託した人間だと、そういう心情を持ちえてるのは、
カガリの方が上な気がする。
キラもそのあたりわかっているから、自分がプラントについって行った気もするし。

小説では、カガリが一般兵と同じ訓練を受けて前線にたったからこそと、オーブ軍人からカガリへの敬愛の動機付けを補強してたけど、
カガリへの敬愛が、アスハの娘だからなのか、オーブの理念を支持する心情からなのか、カガリ自身の人柄に対するものなのかは、不明瞭かな。
トダカがとくにアスハの対する忠義心の強いタイプで、相手の個性には関係しない可能性もあるが。



フリーダム介入の前フリのように、どちらかというとカガリ誘拐を肯定的に考えてると思われたトダカとアスランあたりから、
懐疑的な心象なのかな?と思われる描写がでたなという印象も。

さてアスラン。ある意味でキー台詞である、君は本当はオーブが好きだったんじゃないのか?

どう評価していいか正直わからない台詞。
というのは、おそらくこれは事実であり、アスランはシンを理解していた、という意味合いでは、”いいシーン”であるのだけど、

個人的には当時からひっかかっていた台詞で。
これは私の中で
「作品の意図」と「個人的な感触」がかなり乖離してる台詞なんですよね。

というのは、ひとつは、「オノゴノで家族をなくしたと言ったな?」
という台詞。アスランが、その戦闘に自分も参加していた、という事実をどう了解していたのかというのが見えてこない。
アスランが言うことは正しい。ただ、アスランは「自分がどこにいるつもりなのか」「どこにいたいのか」というのを平然と棚上げにしてることが多い印象。
1クールの、「今の彼に言ってもきっとわからない。自分の気持ちでいっぱいで」
17話の「俺たちは軍人としていくんだ」アスランが、果たしてザフト軍人を全うする意思はあったのか。便宜上の処置なんて都合のいい言い方で復帰したのに。
そして今回。あと数話的の、君がやらなきゃならないことは、もそう。

アスランがオーブ(というか先の戦争でのオーブの判断)に対して、どうみなすのか、そしてどのくらい責をおうつもりがあるのか、
どうも、否定も肯定もしませんという曖昧な立ち位置、当事者であることと人事であることと傍観者であることを、巧みに使い分けているようにもみえる。

アスランがオーブに対して、わりと肯定的であろうことは覗えるんだけど。
かといって、それを担う覚悟があるかというと見えない。背負う覚悟どころか、割り切れよといわれて、苦渋の表情で(撃たなきゃならない俺こそ”被害者だ”とでも思ってそうな感じで)
「撃ってしまっている現実」。
そして「その上で」カガリに対して、オーブのためにもそのほうがいいと思ったと言えてしまえる神経。

たしかに「アスランの言っていることは正しい」ただ、言っていることが正しいことは、説得力や正当性を担保するかな?とも思える。

シンに対して、君はオーブのことが好きだったんじゃないのか?という言葉は、正直酷いと思った。本当に酷いと思う。

というのも、「好き」か「嫌いか」という項目を持ち込んだことによって、
シンは「好きか」「嫌いか」答えなければならなくなる。

好きと答えれば、シンの糾弾は力を失う。
かといって、それが嫌ならば、”本当は好き”なのに、「嫌い」といわなければならなくなるのかと。
それに、そう答えれば、本当の気持ちは好きなんじゃないのか?とアスランに混ぜ返されることになる。
袋小路に追い込む言葉だよね。

とにかく、不誠実としか思えない。この問いかけは。
目下の意見・不満を封じ込めるために現実世界でよく使われると思うんだよね、この論法。
「好きだよね?」といわれたときに、問題は別のフェーズにいく気がするんだよね。

「シンがオーブを好きか嫌いか?」

という方向に問題がすりかえられてしまう。
例えば、キラとかラクスなら、こうゆうのにはひっかからないと思うけど、
シンは素直だし、アスランのことを認めてるときだから、その問いかけは無視できない。

アスランが、もっとオーブのことに当事者意識をもって、アスランなりに先の戦争のオーブの戦争の”理”をシンに言葉を尽くして問いで、
それでもシンが「理解はできなも納得できない」という葛藤にたいして一石を投じる意味合いでそういう”情”を持ち出したのならわかる。
ただ、アスランは、オーブという国に対してなにも引き受けていない。
なぜオーブにいたのか、なぜザフトに戻ってきたのか、のシンの問いかけにも答えていない。
現状のアスランのミネルバで勝ち得た信頼は、議長に与えられたフェイスという称号と、ザフト軍人としてのアスランの功績のみで成り立っている。
シンのオーブへの理解はまるで進んでいない状態で、本当はオーブが好き、という結論に近い問いを、アスランから言ってしまったのは果たして正解だったのかと。
アスランが、オーブという国にたいして無責任なことをしてるからこそ、ひっかかる。
(アスランにとってオーブという国で過ごした二年が居心地のいいものでなかったことはわかっている。
ならこれはオーブ(とカガリ)への復讐なのか?ということならば、ちゃんとそう書いてほしい。
周囲(作外)が勝手に、アスランオーブで可哀想!ってオーブやカガリを責めるのではなくて、(ファン同士で代理戦争やるんじゃなくて、アスランの姿勢を明確にしてほしかった)
オーブがこうであれば、とアスランは条件ばっか他者につけてたけど。
アスラン自身が、オーブは理解できない、オーブが憎い、という感情ならば、それを表明してほしかった)

カガリ、AA、オーブとの対立を前に、本当はオーブを信じたがっているシンというのを入れたかったのなら、
例えば、ルナマリアとかレイあたりが、(オーブとかかわりが無い者が)言った方が筋よかったと思ったりも・・・

故郷のないレイにとって憧憬的な問いとして、故郷(ルナにとってのプラント、シンにとってのオーブ)というものに対する共通的な想いとして。

アスランはシンとキラの仲介というシナリオ上の役割が先行した結果、台詞だけが先行してしまった場面な気がしてる・・・
15-22話で、アスランが、オーブやカガリへのシンの理解を深める役割ではなく、
アスランにとって、ミネルバ及びザフト現状が居心地良くて執着していったんだな、というのはまぁ、伝わるんだけど。

アスランがもうすこし自分の努力でシンのわだかまりに寄りそって、シンの心を溶かしかけた所に、
キラとカガリの乱入ですべて台無しにという展開なら、まだしも、
アスラン現状、先の戦争の決断(オーブ戦介入+脱走)についての責任はいっさい問われず、
アスランのペースで仕事をしていたら、周囲はアスランを慕う者ばかり(シンにルナにミーア)
というぬるま湯環境で、そこにキラが思い知り冷水浴びせた形になったというわけで、個人的にはアスランの積み上げてきたものが壊されたというよりも、
目を背けていたものに直面させられたイメージもあるかも。




んで、なぜ私がザフトが嫌いなのか。
それは、運命になってからの感想で度々描いてきたけれど、”ブレイクザワールド”の扱いの軽さ。

これはきわめて個人的に、「私が」「私の」「期待を裏切られたから」「ザフトが嫌い」 なだけなんですが。

序盤の展開で、
「俺達オーディネイターだ」「許してもらえるのかな、俺たちは」
という展開になり、

「ユニウスセブンが、コーディネイターにとって絶対的ひがいしゃの象徴から圧倒的加害者の象徴になった今。
コーディネイター、特にアスランはどう動くのか?」

というのが、作品の根幹になると思っていたから、2クールに入ってからの展開に違和感があった。

あのシーンの肝は、「あの人が可哀想だよ」だったということに、最近ようやく気付いた。

もし、加害の象徴と貸したユニウスセブンという路線でいくなら、キラは運命に確かにいらない。ユニウスセブンの被害者でも加害者でもないからね、キラは。
だけど、すでにプラント側のコーディネイターに、
被害者側として、コーディネイターの尊厳を何よりも守るも、加害者側として取り返しのつかない被害と混乱に向きあうつもりが、ザフトの人間にないのなら、
キラがでてこないと話が行き詰っていた気がする。



今回のハイネとアスランのやり取り。

「命令通りにワーワー群れなきゃ戦えない地球軍のアホ共とは違うだろ」

という台詞。
確かに、命の奪い合いをしている相手を対等な相手として扱えというのは、外野の無責任な良いようだけど、

そもそもこの戦争は、コーディネイターによる虐殺行為がきっかけになっている。
大勢の人間が、生活や人生を破壊された。
確かに、連合の上層部はこの破壊を自分達の地位拡大のために利用しようとしているけれど、
末端の兵士の中には、ただ食うために、あるいはコーディネイターへの復讐の為に軍人にならざえるをえなかった人間だってたくさんたくさんいるはずで。
それをコーディネイター側の人間が、混乱するのが悪い、みたいな認識でいるのが凄い違和感。
自分達が血のバレンタインに示した反応はなんなんだと?
アスランはカガリになんていった?
「何の罪もない人達が、一瞬のうちに死んだんだぞ。子供まで。それで黙っていられるか!」
連合の末端の兵士に、そうやった怒りや正義を抱えた志願した人間が皆無とでも?
辛酸舐めてる民衆と、連合末端の兵士は間違いなく地続きのはず。
無印の時ならわかる、運命段階でのこの言いようはあまりに傲慢ではないかと。


そういった姿勢、考え方が、あまりに見えてこない。

たしかに言い掛かりの上げ足とりだと思う。
だけど心情的に納得できない。
序盤で描かれるであろうと想定されたものが”たいしたことじゃない”と流されてる感じがする。


あれだけの破壊の後には、地球で抱えていた問題が噴出するのも、分裂を促すのも当たり前。
そういう意味では、オーブだって、ブレイクワールドがおこったからこそ、ああゆうふうに対立がおこり、
圧倒的少数派になったカガリは、元首という肩書きを持ちながら、自分の立ち位置を守りきることができなくなった。

どんな困難にも一致団結して立ち向かうべき。
だけど現実にそんなことは不可能で、その混乱を利用してのし上がろうとする人間も、逆に困難から立ち直れない人間だっているはずで、

それをきっかけになった側の人間であるザフトが、上から目線で断罪していいのかと。
確かに、ザフトの介入や支援に救われた人間だってたくさんいるだろうけれど、
それだけがザフトの全てじゃないだろうと思うし、

コーディネイターの面々が、じゃあ、これを機会に、ナチュラルを対等な同胞とみなし、助け合っていこうと思っているとも思えない。
連合と、可哀想なナチュラルとに二つを分けて、そしてどちらにせよ双方とも見下しているように思える。
従順さで両者を区切り、自分たちと利害が一致し、自分たちを迫害せず、自分たちに感謝し、自分たちが助けてやらないといけない可哀想な存在になら手を差し伸べると、
そんなくらいの姿勢じゃないの?と思えるわけで。

ザフトの介入に感謝し、コーディネイターに好印象を抱く人間や地域に悪い印象があるわけじゃないけれど、
”そうでない”人間が、あまりに”悪者”にされてないかと。
確かに、ロゴスの面々が、同胞(ナチュラル)の苦境を踏み台にし、また既得権を守るために画策してんのは事実だけど、
それを、プラントが裁くものなのか?とも思うし。
じゃあ、一般のナチュラルの人間は、自前の考えや感情をもたず、ロゴスに洗脳されてるだけで、
遺伝子操作自体や、コーディネイター側の攻撃に対して、怒りや違和感を持っている人間はひとりもいないのかと?その描写の不自然さ。


本編の描写とは矛盾することを承知で言えば、運命ザフトの行動って、同胞がやらかした虐殺による混乱に乗じて侵略をしかけているようにすら見えたりも。


これはプラントを守るための戦いでなく、そもそもはコーディネイターによるテロ行為がきっかけで各地大混乱に陥って、
そこに介入してきてる。
そこにはもう少し”躊躇”があって欲しいというか。
ミネルヴァ側の、正義の味方のような描写や、青春を楽しんでいる様子(とくに、先のアスランとミーアの描写とか)
そういう”楽しんでいる”様子に、なんだか全然笑えない。

ある意味じゃ、アークエンジェル(カガリ)の方が、よっぽどこの戦争の当事者に思えるし、当事者としての必死さがあるからこそ、
その中の息抜きとして、天使湯とかあってとしてもそれは許容できるんだけど、
実際ブレイクザワールドによって国が二つに割れてしまったわけで、オーブは。
カガリは孤立状態から、じぶんを立て直さなければならくなった。
それこそ落ちるところまで落ちて。


ザフトには、他人の戦争で”楽しんでいる”、という感じがどこかしてしまう。特にミーア絡みの描写で。
償いの為の介入、という重さもないし、
なによりも、終盤、国防をほったらかしにしたプラントは、レクイエムの被害を受けた。
先の血のバレンタインの犠牲者を裏切る結果だと思う。
それも連合とオーブのせいだけにする演出になってるけど。

たしかに、核での報復を受けたし、ここで連合の力を殺ぎ、一般のナチュラルのコーディネイター嫌悪を拭うことは、
プラントの国益に利することではあるけれど、
代償が大きすぎたと思う。(レクイエムの被害も考えれば)

現状の混乱に対する(Nジャマーによるインフラ壊、ブレイクザワールド)に対して、コーディネイターがあまりに無謬に書かれているというか。

「我らコーディネイターにとって」といって、あれだけのテロ行為を行った”同胞”に対して、
そしておそらくまだナチュラルの怒りや蔑視を内包しているだろう、プラントで、普通に暮らしているコーディネイターに対して、

それは決して自分たちの総意ではない、自分たちは血のバレンタインや、数々の迫害を超えて、ナチュラルとやっていく覚悟がある。

と、例えば、そういうふうに”向き合って”そんな描写こそを描くべきだったんじゃないかと。


結局パトリックにせよ、サトーたちにせよ、”一部の者たち””一部の者たち”と切り捨てるばかりで、
彼らの行動(ナチュラル皆殺し)を否定すればこそ、彼らに対して、ナチュラルを排除するのとは違う、そしてコーディネイターにとって安全な世界もまた作ってみせる、
そういう形で向き合う描写がほしかったのかも。
最終的に、結局、デュランダルに騙された、みたいなのも興ざめの一言。

オーブという国での、コーディネイターであることのリスクをキラとアスランとシンで描いたのなら、
では、プラントは、同朋意識を超えて、困ったナチュラルを助けるというならば、どういう共存を描くのか
ただ、自分たちの中で、極端な形でコーディネイターの安全を確保しようとするあまり、ナチュラル皆殺しという極端な道に走った人間を
ただ、狂った間違った存在だと切り捨てるだけでなく、
連合が悪い、ロゴスが悪いといって、そいつらすら倒せば、世界は平和になるという安易にも走らず、
たとえ、”相手が従順じゃなくても””コーディネイターを嫌い憎んでいても”ともにあれる覚悟があるか。

それはキラは見せてくれたと思う、AAで、冷たい扱いを受けても、偏見にさらされても、今ともにある人と一緒に生きて、この場での責任を果たしていくというような。



運命のザフトは、自分たちは正しい、ばかりに思えるし、
色々描いたけれど、やはりブレイクザワールドへの想いが”軽く”思える。

そのあたり、どうしてもザフトに対して共感できないというのが正直なところ。

いろいろ言ったけれど、
結局、コーディネイターにとっての同胞意識というものが、

自分達に都合の悪い同胞よりは、自分達に都合のいいナチュラル、程度のものならば、
無印でのキラの苦しみはなんだったんだろう、と思えるからかもしれない・・・


コーディネイターの同族意識が、一部のコーディネイターが間違いを犯しtあ
それによって解体されたのが、面白くないんだろうなとそうおもう


運命リマスター21話「さまよう眸」

2013-08-18 15:17:23 | SEED DESTINY
・・・正直苦手な回でしたorz
というわけで全体的に愚痴っぽい・・・orz


さて冒頭のシーン・・・・
やっぱなんかムカつく・・・
絵的にだらしないだけのシーンなのに、ミーアもアスランも可愛らしいでしょう、微笑ましいでしょう的な押しつけというかさー
アスラン仮にも一応とりあえず(保留つけとく)彼女いるだろうがとか、
ミーアは他人を騙ってる立場だろうかと思うと、これを”ギャグだから”ってのはなんだか暴力的にすらさ思えるっていうか・
まぁ、それはさておき・・・


逆にミーアの方は、ある程度心情追えるかもなとも思う。
ほんとに”私はラクス・クライン”なんだからってわけでもない気がする。
アスランが、ラクスはそんなことはしないというのと同じ面を、
ミーアも見ていたはずだし、
たしかに、ラクス様だって女の子なんだからと日記に書いていたあたり、
たまに会う婚約者と一緒にいたいよね、という想像をして、それをなぞったという見方もできるかもしれないけど。

ただ、ミーアは、ラクスでないことも知っているはずで、
アスランになにを期待したのか、という部分は追いきれないのも事実。
ミーアが、アスランの恋人になりたち?という心情があるとも思えない。
(憧れはあったとは思うけど)

ミーアには、「私はラクス・クライン」って意識と、
「私はラクス・クラインではなく、ミーア・キャンベル」って意識は相当共にあった気がする。

「ミーアよ、ミーア・キャンベル。でも他に人がいる時はラクスって呼んでね」
「私の歌、命。忘れないで」ずっと持っていた写真。

ミーアは、「自分を」嫌っていたわけでもない気がするんだよね。捨ててしまいたかったわけでもない。
だけど、ラクス・クラインっていうのは、あまりに華やかで、あまりに”楽しい”

ミーアが、その2つ「ラクスとミーア」に対して、ストレスを抱えていたってわけでもない気がする。
ただ、どこかで怖さのようなものも感じていて。

アスランに対するある種の”執着”というのは、
ラクス・クラインである自分にとっての婚約者、
ラクス・クラインである自分は、アスランのような素敵な男性とも繋がれる
アスランは、自分がミーア・キャンベルであることを知ってる、ある意味では嘘をつかなくていい相手でもある。

どうだろう、このあたりの心情って、無印22話のフレイに近いのかな?
私の解釈の引き出しが少なすぎるわ、という感じなんだけど、
フレイ→キラと
ミーア→アスラン。

どちらかというと、恋とか愛とかいうよりは、
自分に必要だからという感じ。
フレイは自分を守ってくれる相手として、自分がここにいる理由としてのキラ。
ミーアは、ラクスの婚約者であるアスラン、自分の正体を知る相手としても。

積極的に関係を望んだわけではないにせよ、
そうなってもいいという感じだったかな・・・

フレイは、薄着になってキラを誘惑した後、「部屋に戻りましょう」と言ってるし、
ミーアは、もうまんま半裸の状態でアスランのベッドにもぐりこんだと。

それが目的でもなかったにせよ、そうなってもいい的な。
あと2人とも(ミーアとフレイね)他の女性(カガリとルナマリア)に対するシンプルなライバル心もあったよね。
フレイ→キラって、カガリへの敵愾心っていう”はずみ”がなければ、あそこまで気持ちが進まなかった気がする。

ルナマリアの苛立ちってのは、かなり的外れっていうか、
ルナマリアが怒る筋合いのことじゃない話ではある、アスランになにを期待していたんだということもあるが、
どちらかというと、憧れの人(これは、アスランだけでなく、ヤキンの英雄である、カガリやラクスに対してもあるかな)
が期待外れだったことへの失望はあると思う。
そういう意味では、ここの場面、アスラン、ミーア、ルナマリア、ともに、他人にかってな願望を投影してる人々の悲喜劇、という感じもする。

さて、だけど、アスランお前は駄目だ(理不尽)

中途半端な却って煽るような言動をミーアやルナマリアにしたこと。
(ラクスはそんなことしないっていうか、ラクスがそういうことをする人間ならそれを真似ていいのか?という話でもないだろうと)
ミーアの”危うさ”にきちんと向き合わなかったこと。
(調子に乗ってきてること)
アスランは、ミーアを”やめさせる”ことができた。
真実の一端(自分にはこの類のことでけして傷つけたくない女性がいるからこういうことはやめてくれてくれとか、
ラクスには他に想う相手がいるからとか言えばそれで済んだ話で、
こうゆうところが、アスランはラクスに未練があるんじゃないかと言われる一端な気もする。

アスランの世界って、わりと外と内にわかれてる気がする感じでもある。
外の世界のことは内に持ち込まず、
そして外の世界のことは内に関係ない。
キラやラクスやカガリは、内のことを、家庭のことを職場で話したがらない男性的な価値観、
同時に、外でのこと(ある意味でのこういった浮気未満の異性との接触含む、あるいは仕事として人を撃つことも←並べるなよという話だけど)は内とは別次元のことだと。
二重の意味で罪深い。
相手に真剣に向き合っていないこと。
カガリ、ラクス、ミーアの方が、アスランよりはるかに政治的な立場にいることを軽視したこと。



ステラとシンについては、実はシンステはちと苦手なので(すみません・・・ステラのキャラにやりすぎ感を感じてしまって)
あまりに触れずに。
守りたい相手を得たシンというか、ステラに守られたい自分の童心を投影することで、逆にシン自身の軍人である仲間には見せようとしなかった素の部分がでたようにも見えるかも(わりと慰霊碑でのキラにも素で接している感じ)
守られるべき罪なき者という、シン自身のトラウマからくる信念が、
連合兵を虐殺まがいの方法で排除し、現地民を解放したこと、
19話での、議長への言葉「平和に暮らしている人達は守られるべきです)
20話での、「大切なすべてを守るために」という動機
それらが、もっとも純度の高い形で表面化するエピソードな気がする。

しかしシンって本質的な意味で頭がいいと思う。
溺れた相手に後ろから対応したり、相手に届く言葉を見つけたりと。



シンは、守るべき力よりも、守る相手が先行する。
アスランは、運命では、守るべき相手よりも、守るための力を先行させた印象もあるかなと。








それで次はフリーダム。
ものすごく正直に言えば、やっと面白くなるという心情もある。

というのも、ここ数話のエピソードで書かれてもおかしくはない対立が書かれてこなかった
それは、この戦争の発端となったコーディネイター”側”の虐殺行為であることを発端とした、
ナチュラルとコーディネイターの対立が書かれなかったことと、
先の戦争で、オーブに与してこの二年オーブにいたアスランとシン、
そして先の戦争で、軍を裏切ったアスランとの同僚との敵対。
確かに、そこに対立が生まれなければならないということではないし、
それぞれに理性的ならばそこに対立が生まれなくてもおかしくはないけれど、
そこに対立や葛藤がなければ、ドラマは直に行き詰る。
ミネルヴァ側のコーディネイターに業を背負わせるつもりがなく、
コーディネイター同士の慣れ合いでここ数話進んでいたわけだけど、
ただ、正義のザフトと悪の連合という単純なストーリィ―で突き進むつもりがないならば、
コーディネイターの業、
力の業
の物語の投入としてのフリーダム参入というのは、ある意味必然だった気もする。




運命リマスター 20話「PAST」

2013-08-11 15:30:01 | SEED DESTINY
19話は見れてないんだけど、気になる部分だけ。


デュランダル-アスラン-シンの話が、当時から微妙に噛み合ってない気がして、
「どうすれば戦争は終わるのか」
「平和に暮らしている人達は守られるべき」
「殺されたから殺して~とある人に言われたことがある」

噛み合っていないというか、
議長が戦わない選択をするのは難しい、
シンが戦うべき時には戦わないと、
アスランが、しかしそれでは連鎖は終わらないという感じで繋がっているんだけど、
「平和に暮らしている人達は守られるべき」
という部分を、アスランが受けてないのが気になる。

というのも、アスランは、シンとそしてキラが日常を破壊されたまさにその戦場において、
それが軍の命令と、アスラン自身の意思それぞれによって、武装した人間としてそこに参加していたから。
アスラン自身、ユニウスセブンの怒りを、農業プラントが核攻撃され、なんの罪のない人達、子供が殺されて黙ってはいられないとカガリに主張していたけれど、
アスラン自身の当事者性についてが奇妙に俎上にあがってこない。

キラもまた、自分達は戦争が嫌だからヘリオポリスを選んだ、という主張を
「戦争をしているんです、貴方方の外の世界では」
とマリューに退けられている。
そしてオーブの平和には「偽りの平和」というふうに呼ばれていたはずで、
その辺りのテーマが再登場したわりには、シンの主張がどこか空回りしてる印象。
それを当事者の一角として噛み合わせる立ち位置にいたはずのアスランが噛んでこないのが最大の要因だと思う。
シンのその辺りの主張は、キラを知っているアスランが、キラの先の戦争の経験を踏まえた言動で、
シンに対してなんらかの描写ができれば、
例えば、シンとアスランで、
「結局あんただって力が必要だって思ってるんだろ?それも武力が。国民は国家の為の力だと。それが正しいと思ってるから、
守るべき国民を無為に死なせたアスハの腰ぎんちゃくやってたんだろ?
今またザフトに戻って戦っているんだろ?」
「戦争をしたくないからオーブにいたと言ったな?なら教えてくれないか?血のヴァレンタインが起こって、同胞の独立の為に必死に戦っていたプラントのコーディネイターをオーブのコーディネイターはどう思っていたんだ?・・・あいつには、聞けなかったんだ・・・あいつ、ボロボロだったから・・・」
みたいな観点で、先の戦争、終盤微妙に「共通の敵(=パトリックとアズラエル)」への一致で棚上げにされた、
プラントのコーディネイターとオーブのコーディネイター。
平穏を壊された民間人と、それをした軍人(ヘリオポリスのキラとアスラン)
その対立軸を、アスランとシンでもう一度できたはずだし、
その対立から、シン→キラ(=オーブの理念)に対しても、多面的な感想ないし感情を想起させることができたと思うんだけどなー
もちろんこれは私の個人的な感想だから客観性があるわけじゃないけれど、
キラとシンの仲介者してのアスラン、というわりには、アスラン先の戦争の加害者としての当事者性込みで、
あまりに引き受けてないというか・・・
キラ(ないしカガリ)とシンの仲介をするってことは、アスラン自身、先の戦争でザフトを裏切っている、というのも込みで(ミネルバでの立場)、無印前半のAAでのキラでの以上の泥仕事になるはずだと思うんだけど・・・
脚本がその辺り忌避してる気がする・・・
アスランがキラとシンの仲介ってのがどうしても機能してるように見えないんだよね・・・
そういう構造にしたかったんだろうな、という骨格はわかるんだけど。
監督が、陣営移動への評価厳しくなるってわかってなかったはずないんだよね・・・
以前もツイッターで、スタッフを選ぶさいに、「最後までやってくれる」ことを重視してるみたいなこと言ってたし・・・

・・・ただこのあたりの感覚は、私が序盤のキラの戦わせ方に未だに納得いってないから
余計にひっかかってるだけだとは思う・・・
だって人殺しを強要だし・・・それがあまりに作内で軽く扱われてるんじゃないかと・・・



というわけで今回本編。


先の戦争の時間軸に合わせて、シンの当時の様子や考えていたことを編入して再構築、
この辺り、「熱いシーン」として書かれた無印のシーンシーンに対する視聴者側の意識を変えるという意味では
自作に対して容赦のない姿勢も感じる。
23話にミーティアとフリーダムを使うことで、35話の解体をしているのも同様な意図で。


ただ、今回感じるのは、オーブの理念のせいでシンの家族が死んだというのにはちょっと違うかな、という感じもする。
正直、戦争の影は世界中にあったわけで、
世界中の大半の国が平和なのに、オーブが理念のせいでオーブ国民だけが犠牲になったならともかく、
オーブにいたことで、キラにしてもシンにしても、戦争に巻き込まれるのが遅れた、というだけにも正直見える。
(あまり本編中ででてこないけれど、Nジャマーのせいで地球には深刻なエネルギー不足が起こっていて。
オーブは原子力にあまり依存していない地熱エネルギーを主に使っていたから影響が少なかったという設定もあるっぽいし)
他の国にいたら、やはり戦争で、あるいはNジャマーによるインフレ破壊により、餓死凍死に追い込まれるか、あるいは当然それによって齎される治安の悪化によって、やはり死かあるいは悲惨な状況に追い込まれる可能性は高いし、
プラントはプラントで、プラントごと破壊されるという自体も想定できる。
オーブの理念のせいで、というのは、アスカ一家に対しては確かにそうなってしまったんだけど、
じゃあ、オーブの理念のない他の国なら国民は豊かで平和な生活を享受できてたか?といえばけしてそんなことはないはず。
その辺り、描写に公平性がないんだよね。
オーブが理念を捨ててたら、という想定は、すなわち、連合(=アズラエル)の下で、
オーブがザフトと戦うべき(マスドライバー設備もモルゲンレーテ技術も連合に提供すべきだった)ということと同義で、
例えば、アスランとかルナマリアあたりが、シンに対してそのあたりを指摘していてもよかった気がする。
オーブの理念、というのをあまりに象徴的に描写した上で小突きまわしている感じがする。
連合に与していたらというのは、それは今度はザフトにオーブを攻めさせる口実を与えることで、
事実運命ではそうなった。
理念を捨てたことでもまた、国土を焼いてしまった。
そういう意味では、シンの言ってることもまた理想論な気もする。
ただ、シンはオーブを完全否定してるわけでもない気がするんだよね。
「誰が死ぬことになるのか本気で考えたのか?」
というのが、シンの主張で、カガリが考えているように見えなかった、というのが、序盤のシンのカガリ(アスハ)への怒りの内訳だろうし。
国民を絶対に一人も犠牲にしない、なんてのは、プラントだって連合だってできていないわけだし。
正しいことをするために少数の犠牲は必要というのもまた、シンもまた力持つ者として終盤抱えるジレンマになっていくんだとは思うけど(プランの為にオーブを討つ)



今回の総集編はラクスの出番があまりなかったけれど、
今回は、外枠的なテーマに対しての総集編だったからな気がする。
つまり「憎しみの連鎖」=殺されたから殺して、殺したから殺されて~な部分と
「持つ者と持たざる者」=ナチュラルとコーディネイター。
シンの語りと、アスランとキラの先の戦争の描写、なによりも、フレイがここでは双方のテーマのキーパーソンとして使われている。

「君こそなんで戦争をしたりするんだ」というキラの言葉に目を見開くアスラン。(=連合に母を殺された)
それに繋がる、父を殺されて泣き叫ぶフレイの描写。
さらにシンのコーディネイターに対して、そう悪い事じゃないでしょ?そんな駄目とか言われなきゃならないような怪物じゃないじぁない。
「なのにその中にはそういうのは絶対駄目と言う人達もいて」

に重なって、フレイがストライクを見上げる場面に重なったりと、
双方にフレイを使っている。
(フレイが病気でもないのに遺伝子をいじるのは間違った行為と言っているシーンではないけれど)

ただ、遺伝子操作の是非はシン(とキラ)が肯定的に言う反面、
フレイのように駄目という人がいるというのを忍ばせる程度で、

「力だけが僕のすべてじゃない」に対して、本編はシャトルごしにフレイが写されるけど、
ここでは、その場面はなく、フレイのシャトルをクルーゼが落し、
キラがクルーゼを撃つという流れ、
ただ、守りたい世界があるんだ、というキラの言葉を聞くと、
フレイの仇としてクルーゼを撃ったというと違う気もするんだよね・・・
どっちかっていうと、
「だから僕は貴方を撃たなくちゃならないんだ。それを知っているから」
の感じに近い気もする。



今回の総集編、ラクスの回想はあまりなく、ただ使われた台詞が
「討たれるいわれなき人々の上に、その光の刃が突き刺されば、また果てない涙と憎しみを呼ぶ」

この辺りは、シンの言動にもある部分だね。
シンの今後のわかっていて軍人になった俺達はとは違う、とか
キラの「守るためとはいえ、もう銃を撃ってしまった僕だから」
という見方みるに、オーブ勢+ラクスと、アスランを筆頭にしたザフト勢には、このあたり考え方の違いがある気がする。

キラ達オーブ勢は、戦争をする人間と戦争をしない人間というくくりであり、
アスラン達オーブ勢は、正しいコーディネイターと間違った劣ったナチュラルというくくりが見える気がする。
罪なき者の死寄りは、同胞の死に対する感覚の方が敏感っぽいしザフトの面々。

シンがラスト、
ならば俺は戦う!戦って今度こそ!大切な全てを守ってみせる。

なんだけど、そこに被る絵は、シンの大切な者ではなく、オーブ艦隊をなぎ払っている様子。
今のシンに自覚されてる大切な全て、などない。
(シンの一番大切なものは、家族を失ってから出会って共に時間を過ごしたルナマリアとレイだという流れだけど
この時点じゃ自覚できてない)

そういう意味では、どちらかというと、守るためというのはあくまで方便で、
無力だった自分への悔いからくる、力への執着、という意味合いの方が強そう。

ただ、次回が、ステラとの出会いであり、シンの空虚な動機付けが具体化する。
その為に、この総集編をこのタイミングでいれた気もするな・・

わりと「力がないのが悔しかった」「力が欲しかった」
というのは、アスランにもかぶる所で、
アスランの場合は、守りたい具体的な対象は(シンと違って)あるんだけど、
その対象であるところの、カガリとキラ(とかつてはラクス)
は、カガリは他の男と結婚しちゃう上、同盟を結んだと思ったら、戦闘乱入とかしてザフトに犠牲を出すし、
キラは敵対して、何度も言っても効かない上に、イザークに傷をおわせ、ニコルを殺すし、
ラクスは、婚約者である自分ではなく、(ある意味じゃ寄りによって(=アスランの友人しかもアスランが大切に思いつつも下に見てた)キラを選ぶし。

と、守りたい対象が、こうであって欲しいという思いを盛大に裏切ってる(べき論でいえば、アスランの望みのカガリ(オーブを守り外で戦うアスランの居場所を守る)キラ(コーディネイターなのだからコーディネイターと敵対しない)ラクス(婚約者のアスラン以外の男を見ない)という意味でアスランが一般的に間違っているわけではない。キラやカガリやラクスの固有の感情や立場を無視したならば)
ことがアスランの悩みどころな反面、シンは、ステラが「守られるべき戦争被害者」であるイメージは脅かされなかった
という面があり、
今後、アスランとシンがすれ違っていくのは、そのあたりの抱えている問題の違いもありそう・・・


無印のテーマが、「憎しみの連鎖」「遺伝子操作(科学技術)に対する倫理観の対立」「持つ者の驕りと持たざる者の嫉妬」
ならば、もちっと運命は、近しい人間同士のスレ違い
(生き方を重ねていけるか、含む)であり、
今回の総集編が、戦争の外枠のテーマなら
29話の議長が語り手となった総集編が、婚姻統制の設定をもちだして
遺伝的適正及び周囲の要求の関係→アスランとラクス
当人たちの気持ちによる関係(自身の魂の要求)→キラとラクス、議長とタリア
当人の優先順位→子供が欲しいというタリア
あたりの関係性で、個人と個人の生き方の対立と重なりあい、そして出会いがテーマな気もする。
(アスランとカガリの関係も子の範疇か)




さて次回予告。

・・・・はっきり言ってドン引きだったんだけど・・・orz

視聴者視点のみでのシーンでお色気UPっていうならまあ、サービスシーンってことで理解できるけど
(シャワーシーンから湯気が消えるとかルナのパンツとか)
物語文脈上とかそのキャラの肉づけに関する部分での”不自然さ”は看過できない。

前やらかしたのは、フレイの描写だったけど、
敵軍の捕虜になってる状態で裸で寝る女の子はいないし、
恋人ではない(むしろ相手は婚約者がいる)実質それほど交流のない男のベッドで半裸で寝ちゃう女の子はいないよ。

もともとは、わりとベビードールに質感ありそうな感じだったし、それゆえ幼いデザインにも見えたからまだしもさ。

結局のところ、キスやセックスで女の子が受けかねない(それは例え相手が好きな男でも)メンタル及び肉体へのダメージに対する想像ないし想定が監督にないんだと思う。
だから文脈的な使い方がおかしな描写になってる場面は、例えば、20話のアスランとラクスのシーンでの新規も不自然なことになっていて、
あれは、ツイッターみれば、「女の子がキスを許したりキスをしたからといってその相手を好きとは限りません。もっと表情や行動を見ないと」というあたり、ラクスもフレイも相手が好きだったわけじゃない、という意図にしたかったんだろうけれど、
好きじゃない相手とのキスに大した意味はないじゃなくて、好じゃない相手とのキスは女の子にとって苦痛、
ってのがわからないんだろうな、と思う。フレイの方はその覚悟でやってるしキラもわかっているからいいけど・・・

CP絡みの話が種では揉めるのが、リアリティさと非現実的さの混ざり具合がおかしくて、
ところどころで女の子描写が”男の妄想”になってるのもある気がする・・・

そこに可愛い女の子キャラがいるから服とっちゃえじゃなくて、もう少し客観的に描写して欲しい・・・
本筋に関わりないサービスシーンだからって匙加減を間違えてる部分ある気がする

DESTINYリマスター18話「ローエングリンを討て!」

2013-07-28 17:15:04 | SEED DESTINY
わりと王道展開な感じがする~~

むしろ逆にひっかかる部分を。


最初の方のミーティング、ああゆうのって事前にメインパイロットに話つけとかないか?とは思った。
16話の、実際出撃してから、アスランの指揮下に入れっつったり、
今回、作戦開始が迫ってる中で、シンにとっての初耳の作戦提示ってどうなんだろ?
アスランとタリアの話の持っていき方おかしくないだろうか?
ってもこれは、アスランとかのせいっていうよりは、あそこでアスランとシンをぶつけたかった製作者側の都合だけど・・・

というところから連想したんだけど、
アークエンジェルって、そういう意味じゃ、組織として機能してなかったよね、と。というか、必要な形成をしてなかったのに機能してたなぁ、とか。
いや、各々が命令に従うって部分じゃそれぞれこなしてたんだけど、
敵(ザフト)が現れて、マリューないしブリッジで第一種戦闘配置の発令がでると、キラがストライクででて、敵を撃破する。
この警報がでた時に、キラがストライクに走らなかったことは一度もなかったなとちょっと飛躍した。
本来、軍人の肩書がついたところで、キラが事実上の訓練も受けていない民間人であることに違いはない。
そのキラが、一度の例外もなく、発令と同時にストライクに乗り込む、という事が完全に前提になってた。
ものすごいキラに依存した状態だったんだなぁ、と。
(軍人なんだから当たり前っていう話としても、意志ってものがある以上ね、どうしても体が動かないとかそういうことだったるだろうし)

もともとアークエンジェル自体が寄せ集めの艦だったから(キラ達のみならず、マリューだってもともと技術士官だったわけだし)
おかしな運営されててもしょうがないけど
(一番核になる、ザフトがきたらキラが出撃して撃退ってところで機能しなかった時がないし、
あえてそのままにしてた可能性高そう・・・(とくにムウあたりは自覚的に))


そういう意味では、軍全体の戦略的な位置位置づけの中で、友軍と協力して、
多数パイロットの役割分担、
及びそれに先立つミーティングってのは無印やAAにはないシーンだったかな、と。
ただ、キャラ立て優先でディテールが後回しな印象はあるかもなとは思った。
アスランの乗せ方はわりと楽しいし、こうゆう所はけっこうまいよね・・・人使うのは下手でもなさそう。



ただ、やはり現状の混乱に対して、もうすこしブレイクザワールドの影響ってのも前提にしてもよかったと思う・・・
何度もいうけど、あれだけの惨事の後の描写として、その影響が見えてこないのが不自然だと思うんだけど・・・
確かに連合の酷さが噴出したってのも一面なんだろうけれど・・・
コニールと、コニールの事情へのアスラン達の同情や共感だけじゃなくて、そういう意味での負い目とかさ・・・
コニールも元凶というか、こんなことになった理由の一端がコーディネイター側にある、それでもこの人たちは必死に地球を救ってくれた側なんだ、的な・・・。
ナチュラルとコーディネイター、虐殺した「側」とされた「側」(当事者じゃなくても)
みたいな無印から続いていた構図が、わりと運命2クール以降から急速に薄れている気はする・・
(んでそのあたりの違和感の理由付けがキラ(やラクス)のテロ行為のせい、みたいなことになってる気もするし・・・)

現状、アスランもシンも自分が疑わない・・・というか、
以降の展開のすべてが、連合が悪い、という前提の演出で進むからね~

しかしこういう戦術的な話は珍しいよね。人気も高いっぽい。
ただ、さすがに種であって双方的。
その双方性が一番わかりやすく描かれてるのが、シンで、
生意気さと表裏一体の真っ直ぐさ。(それはアスランに楯突く様子と、ディスクを受けとった時の真摯な表情)
シンの活躍と、シーンシーンで描かれる残酷さ。
(でも、閉まりかけの砲台を、撃って爆散寸前のダガー(だっけ?)を投げ込んで破壊するシンのとっさの判断力は凄いと思う。
こうゆうとっさの気転だけみりゃ、キラやアスランより勝るんじゃ?とも・・・
んで、喜ぶ地元民と、復讐される逃げ遅れた連合兵。

それに気づかず喜んでいるシンと、沈痛な顔をしてるアスラン。
一見、未熟なシンは視野がせまく、アスランは視野が広いから、という演出にみえるし、それが正解なのかもしれない。
ただ、見方を変えれば、とめようとしなかったアスラン、ともとれる。
アスランの心情はわかるし現実的でもある。
ここで連合を庇うような言動をとれば、今までの恨みにザフトまで巻き込まれる、せっかく困難なミッションを果たし功績をたて、感謝を受けてるシンからその報わた気持ちをも奪ってしまうかもしれない。
現実的に、連合が彼らに非道を働いてきたのは事実、自分達を虐げてきた者、仲間や家族を殺した相手、殺しても殺してもまだ足りない。

ただ、もし、仮定の話として、シンが気づいたら止めたかもしれない。
「やめろよ」「それじゃ連合のやってることと同じじゃないか」
そう声をあげたかもしれない。
たとえばキラだったらどうか、止める、とまではわからない。
キラだったら、シンだったら、どうなるかはわからない。やっぱりアスランと同じ態度をとったかもしれない。
けれど、やはり、アスランほどには割り切らなかった気がするのも事実。
・・・シンって復讐するためにザフトに入ったわけじゃないからね・・・
連合やオーブを撃ってやる、というつもりはみじんもなかった。
だから、実際に戦争になった時に、カガリと同じように悔しがった。守るための力という意識はシンもまた一貫してる。


アスラン、もし、殺しているのが、あるいは殺されているのが、あるいは双方が、コーディネイターだったらどうしたか?
かつて、イザークは、同僚が投降した連合兵を虐殺する様子を見て、動けない敵を撃って何が面白いと呟いたけど、
監督はツイッターで、無印40話付近で、アスランとディアッカに対して、軍から離れたことで軍のマインドコントロールから抜けてきたと言っていたけれど、
イザークは、一貫してザフトに籍をおきつつも、おおむねアスランとディアッカ程度の距離をザフトとは置けた気がする。

どこかで、ナチュラル同士のやってることと突き放した差別意識はないか?と。

「戦場でなにもご覧になりませんでしたか?」
「仕方がないって、そういって君は撃つのか?」

ザフト復帰以降、アスランは、沈痛そうな顔をしながら、難しそうな顔をしながら、いくつのもことを見逃してきた。
それは自身の復帰そのものであり、ミーアのことであり、そして今回のことであり。
仕方ないから。相手が悪いことをしているから。

アスランが、連合が悪いのだから、自分たちは正しいと思っていることは、のちのダーダネルスでの言いようからみても、うかがえる。
アスランとシンに、状況認識ないし自己認識がそれほど違っているわけではない。
都合のいい側面からしか見えていないシンと、都合の悪い側面を、仕方ないからと目を背けるアスラン。

ミーアのことについては、のちに「俺がはじめから認めなきゃよかったんだ。こんなことはダメだと」と後悔することになるけど、
仕方なから、と軍の命令に従い続けた先が、どうなったか。

どこかで声をあげなければならない。自分でこれはおかしいって気づかないといけない
(前回の感想で触れたけど、ラクスがなぜアスランではなく、キラに惹かれたのかっていうのも、こうゆう所もあると思うから。
これが現実だと思いながら、ひたすらに現状迎合して、与えられた命令だけをこなすこと以上の役割を自分に課さない態度)



とすると、シンに先行してアスランがいるというよりは、もっと対比的に描かれている気もする。
・・・スペエディではこのあたりの展開けっこはしょってるよね確か。
夕日のシーンは、アスランがシンを殴った時の台詞にひとまとめにされてるし、
この回も、ミーアのライブに合わせての要約だった気がする・・・
どうも、アスランとシンの関係で、でてきたものが思っていたものが違った、ないし視聴者に誤解させた、部分はある気もする。
アスランをキラとシンの間に立たせる(=アスランを主人公として立たせる)が先行して、
どう絡ませるかが、スタッフ間でも一致してなかったんじゃ?とは少し思うけど・・・


あと、今回の見どころは、予告でした(キリッ