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種々

世界の片隅でキラへの愛をこっそりと囁くブログ

DESTINY リマスター43話「反撃の声」

2014-01-23 22:55:41 | SEED DESTINY
アスラン―シンと、ラクス―ミーア。

オーブ戦というのは、無印も運命も、個人のスタンスが問われる戦いになっているけれど、
先の戦争ではディアッカが、今回はネオが、
軍の命令から離れて、自分の意思で参戦。

長いこと軍から離れていたから、軍のマインドコントロールがとけてきた、という当時のツイッターの感じだったから、
捕虜として軍と離れ、いわば気になる女性、というのを最大のきっかけに軍を離脱(というとなんか見もふたもないな)
キラも若干このパターンに近いけど、
ディアッカ、ネオ、キラと、アスラン、シンの違いは、
アスランとシンには、軍に対して、ディアッカやネオやキラのその場での仕事や役割というものを超えた、望みがあったと思う。

家族を奪われた怒りや、理不尽への怒り。こんなことがもう二度とないような、力が欲しい。

シンやアスランは、軍(ないしは所属組織)に、力や正当性を求めた側面がある。
彼らはただ軍に使われているだけではなく、
彼らには、その軍の巨大な力、正当な大義が必要だった。

ただ、軍から離れればいいというものではない、自分自身の傷と向き合わなければならないと。

アスランは、従軍して間もなく、地球軍と戦う=キラと戦うという状態になって、
キラがこちらにくる、以外にその解消策を見出せなかった。

結局、ニコルを殺され、キラを殺し、カガリと感情を共鳴させカガリに許され、ラクスに問われ、
その硬直した思考からは抜け出した。

だけど、それはアスランの極めて個人的な体験と感情に根ざした”学び”だったから、
シンにはなかなか伝わらない。
もともと、アスランにシンを救い上げようという動機をそんなにもってなかったから、
シンの心情に寄り添ってきたわけでもなく、
シンとキラの対立が間近に迫っても、「キラは敵じゃない」としかいえなかった。
アスランにとっては、それが当時の自分に対する、言葉だったこともあるかもしれないし。
だけど、それはあの時のシンに通じるわけがない。


だけど、今のシンは、敵対するのがオーブであり、
アスランとメイリンを討った傷みもある。

撃ちたくないものを撃たなくていい。それは救いでもあるけれど、
”今相手を撃つという正当性”を手放したときに、
寄るべき大義も力もなく、個人で、家族の死と自分の無力に向き合わなければならない。

そして、自分が目を背けてきたことと、/敵だから、だから撃つしかないと。
自分自身の行動とも。/あんたは俺が撃つんだ。 オーブを撃つなら俺が撃つ。

お前は本当はなにがほしかったんだ。

キラは、力があるゆえに、しなければならなかったこと、そしてしてしまったことに起点がある。
そして、アスランとシンは、なぜ力を求めたか、そこが起点になる。

キラは、取り返しのつかないことを。アスランとシンは、取り戻せないものを。
それが彼らのリスタート地点になるのではないかと。
喪失を受け入れて、過去を受け入れるのが。

運命リマスター 42話「自由と正義と」

2014-01-13 16:00:49 | SEED DESTINY
前半はツイッター丸写し~。キラ、カガリ、アスランの新機体搭乗がどうゆう文脈にあったのかな、という意味で。



無印は、希望の物語。運命は、救いの物語なのかなと思ったという話。希望というのは、未来の可能性。救いというのは、過去の精算。

無印では、希望はあっても救いはなかったのではないか(作品コンセプト的に)と思うんだけど、その根拠は、最終回がわかりやすくて(終わらない明日へ) 
フレイの言葉は、キラに届かず、キラは救われなかった。
だけど、キラには希望がある(アスランとカガリとラクス)

クルーゼと戦っている時に「人はそんなものじゃない」というキラの台詞に、アスランとカガリの姿が映り、そしてラスト、守りたい世界があるんだ、と言ったキラを、
アスランとカガリが迎えにくる。キラは笑顔で彼らを迎えて、首にはラクスの指輪がかかっている。

無印では、救いは死者の為のものだった。ウズミにせよ、フレイにせよ、ナタルにせよ。
伝えることを伝え、託すものをたくし、
だけど、託された、カガリ、キラ、マリューは、彼らがどんな想いを持っていたか、どんな想いで死んでいってかは知らない。
生き残ったものは、それを背負って生きて行かなければならない。わからないまま、背負って生きていかなければならない。 
だけど、運命では、救い=過去の清算をかいたと

アスランにとっては、42話。
カガリにとっては、40話。
アスランにとっての「希望(未来の可能性)がカガリ」「救い(過去の清算)がラクス(+キラ)」 
カガリのとっての「希望がアスラン」「救いが、ウズミ(とウズミの代理としてのキラ)」 
救い、の後押し(肯定)によって、MSに乗ると

アスランにとって、希望を表すシーンが「そんなことはない、絶対に」「夢は同じだ」というカガリとの関係。そういう意味じゃ、戦うという意思はもう固まっていた。
一応怪我押して、ブリッジにきて、オーブ軍服を羽織っていたわけで、決めてはいたんだと思う。
42話でみせた逡巡は、それでも再出発の前に、この戦争でずっと上手くいかなかった現実からの怯みというか

ラクスとキラ、無印で、ある意味アスランを選んでくれず、そして否定した二人との関係の決着。「アスランでしょう?」「それが一番つらくない?」 
人生において重要な局面で自分(のあり方)を肯定してくれなかった二人の、
アスランの存在と行動と、その想いへの肯定。それが精算として機能する

過去の清算の方が主題になるから、アスランのMS搭乗という一番キーとなる局面の立ち合い手がラクスになった。んで、カガリの方も、物語の支えては、家族というウズミと同ポジションであり、
ウズミの思想と信念を受け継いだキラが引き受け、一番重要な局面では、ウズミの遺志が帰結になると


無印の続編として、視聴者が期待したものは、無印で示された希望がもう少し具体化されて実現する物語だったと思う。
だけど、希望の描写はさらに先に延ばされて(映像化されるか不明なんだけど) 
過去の清算の描写だったから、見てる側としては混乱した気がしないでもない

具体的にいえば、アスランとカガリが、二人で困難を乗り越える、という展開を王道的に期待したのではないだろうかと。 でも、個個が過去の清算して、未来にむかい始める物語だったから、
アスカガに興味ない人にとっては、アスカガとはなんだったのか?と言われがちな展開になったのでは?とも

キラにも救い、と希望、の物語はあって。キラの場合も「救いはフレイ」(守れなかったトラウマ)「希望はラクス」ではあるんだろうけれど、行動としては、「ラクスを守る」ことが救いになり、
「ラクスとの未来」が希望だった気がする。結果としては、ラクス一択だったから、視聴者側的に了解しやすかったというか

その辺り、無印で示された希望の具体化への期待(ラクスとの安定した関係) 
常識的倫理観からくる期待(ただ一人の異性に一途であること) 作品タイトルへの期待(MSでの活躍)あたりの、シンプルな期待を満たしていたことがキラの強みな気がする。


アスランは、「過去」のヒロイン(ラクス)「未来」のヒロイン(カガリ)「役割」に対する象徴的なヒロイン(ミーア)(ミネルヴァ・AAそれぞれで、出戻りで居場所の不安定なアスランを気遣う的に)
「今」のヒロイン(ルナマリアとメイリン)状態だしな・・・

基本的には誰とも恋仲にはなっていません、というのが製作者側の言い分だけど、アスランに思い入れない人は引くし、思い入れある人は逆に、誰との関係が一番好きか、という部分で対立起こるのは当然だし・・・orz ドラマ的にアスランが主軸にいる故なんだけど・

シンにとっても「救いはステラ」「希望はルナマリア」 無印コンセプトだったならば、ルナマリアという希望はあっても、ステラという「救い」はなかったはずなんだけど、そこは、最終話、ステラの声が届く、ステラはもう苦しんでいない、明日を望んでいるということで、帰結がちゃんと描かれる。

運命作品として、物語上、「描かれるものが」「救い」なら、「示されるもの」が「希望」 逆にいえば、希望というのは、まだ描かれていない物語でもあるから、 描かれた物語としての「救い」パートに、ドラマとしての説得力が劣ってしまう。


キラは、ラクスとの関係において、「救い」と「希望」双方が、短い尺ながら、描かれた。アスカガと、シンルナは、これからの物語、だから、アスカガは今後の展開に評価が分かれるし、シンルナは現状においては、シンステの方が、ドラマ的には厚い。


救い(過去の清算)と希望(未来の可能性)というのは、ウズミとカガリ、タリアとウィル。という関係性もそうで、ウズミやタリアは、世界をこんな風にしてしまった咎を自分が引き受けるから、”子供には”新しい未来を生きて欲しいという。ウズミとって、精算がオーブ。希望がカガリ。

タリアも、文脈的には一緒で、精算が議長、希望がウィル。ただ、これは物語的に、視聴者が”なにを見たかった”で、評価が別れる。まだ未熟な子供を置いていくなんて、いう批判を、ウズミもタリアも受けることになるし、それは、二人で困難を乗り越えるという話ではなかったアスカガ描写もそうかも

======


○カガリ

為政者としてユウナを殴るのは有か?国家反逆罪という罪状は妥当か?という部分はあるんだけど、
文脈的に見れば、為政者としてどうこうというよりは、ユウナがカガリの抑圧者だったから、
それを拒絶し、超越するという部分がキーかなと思う。
(正直、アスランもどちらかといえば、カガリの自信を奪い否定する側になっちゃってたから(アスランの、カガリを守りたいという漠然としたイメージとそれがなせないことでアスラン本人が自信を失い、カガリへの苛立ちになっていてしまった部分、
その反面の、同盟をなんとかしろ、という現実的にカガリには無理な課題を課すことで、カガリに無力感と自己否定感情を与えてしまっていた部分)
アスランと距離を置く、というのもまた、カガリの”成長”としてかかれると。

自分を支配しコントロールする対象だったユウナはぶん殴り、
互いの立場が、為政者としてのカガリに正の方向にいかないアスランに対しては、一端終わらせると。(あとはアスラン次第だとは思うが)


○キラとラクス
相変らずフォローに回っている印象。
カガリに対しては、今までずっとパイロットとしてカガリを守り、時に抱きしめて慰めたり、逆に厳しいこといってたき付けたりと、導いてきたキラが、
カガリの決意の場面にはおらず、
逆に、アスランと陣営を別れ、アスランを手ひどく否定した(28話)キラが、アスランの決意のきっかけになると。

「なにかしたいと思ったときに、なにもできなかったら、それが一番つらくない?」

「でも、今のアスランには」「傷ついた今の貴方に、これは残酷でしょう」
というラクスのいいようみるに、キラが、アスランの現状をどうラクスに説明したのかな?という部分も気になったりしつつ、

ラクスは、とにかく、アスランの傷つきに傷ついてるし、心配してるといった感じ。
こうゆうシーンですぐに、ALALとか、ラクスはアスランが好きみたいになっちゃうのがウザイといえばウザイんけど正直。

ここのラクスの心情というのは追いにくい。(心配してるのはわかるんだけど)
ホワイトシンフォニーのときは、もうすこしアスランに対して、具体的にこうすべき、的な意識があった気がするんだけど、
今回は、ラクス自身、そこのあたりで確信はない気がする。
これは想像なんだけど、ミーアの姿や、それを喜んで受け入れてる民衆を見て、
ラクス自身も、ちょっと人のあるべき姿とか、追うべき夢とかに対して、迷っていたのではないかなとーとも思うんだけど。

カガリもオーブ為政者としてやり直すとなった今、アスランの居場所的に、決意したとしても、いく場所があるのか、という部分もなんとなく察してるのではないかと。
そのあたり、キラへの言葉(貴方にここにいて欲しい。必ず帰ってきます貴方の元へ)から見えるとおり、
ラクスにとっても、居場所というのは人との絆で、ラクスやキラは、アスランの居場所になることを否定してきた事実もあるし・・・。

ホワイトシンフォニーがけじめなら、今回は、落とし前、という印象があるかな。
もちっと、義務的なものがありそうだし、
けっこ、キラの代理、という意識も強い気がするんだよね、今回。

「守りたかった、カガリ、キラも。だから力が」
「行け、キラ」

に対するキラなりの返答が気がする今回。


○アスラン

迷って迷って迷って最後にラクスの言葉で吹っ切れた、というのとは少し違う気がする。
「議長の言葉はやがて世界の全てを殺す」
「いや、そんなことはない絶対に」
ブリッジにきたことや、軍服まとってきたことも。ある程度はもう決めていた。

どっちかっていうと、ジャスティスを前にしたことは、迷いというよりも怯みと、あとコンプレックスがある気がする。
そこにいたのは、ラクスだったから、アスランが止まったというか。
アスランなりに、そのほうがよかったと思って決めた選択が、
結局カガリやAAとの敵対をもたらし、カガリを傷つけただけに終わったこと、
この人は正しい、信じられる、あるいはわかってくれた肯定してくれた、と思っていた人が、自分とは相容れず、また自分も力が必要とされていただけだったこと。
つい直前、カガリをキラが助けたこと、ラクスが、かつて自分ではなくキラを選んだこと。
そういった諸々が、袖を引っ張るように、アスランを止めた感じではないかともちと思う。
ラクスやキラ、同胞を守りたくて選んだ道が、キラと敵対し、ラクスに見限られた。
カガリを守りたくて選んだ道が、カガリと敵対した。
おそらく、ひるがって考えてみても、自分のここが悪かったと思える箇所はないと思う。
どれだけ考えて決めたことでも、また上手くいかないんじゃないか、とか。自分はキラの二番手にしかなれないんじゃないか、とか。
アスランなりに、ふっきって了解して受け入れたとしても、
そこにあるのは、自分が他人にどう見えるか、という部分もあって。自分がどう思われるか。
そういうの全部ひっくるめて、決めるのは貴方だと。
貴方がそうだと思えばそうだし、貴方がここまでと思えば、ここまでだし。

君はやりたいでしょう、行きたいでしょう、必要でしょう、望むでしょう、できるでしょう?

キラも、ラクスも、カガリも、アスランの為には選べなかったけれど、アスランを否定してるわけじゃなくて。
アスランが、怪我をおして、軍服をまとい、そしてここに自発的にきたのなら。
今まで悩んできたことそのものが答えだと。
いずれにせよ、自分は自分でしかなく、自分は自分にしかなれない。
それは限界でもあり、限定であり、だけど、自分というのは確実にある。それだけは持っている。











んで、以下愚痴

今話、というより、AA合流に対して、「アスランはなぜ謝らなかったのか?」
というのが気になっている。
というのは、アスランが間違っていて、AAが正しいから、じゃなくて、

アスランが謝らなかった心情というのはどこにあるのか。
個人的には、ミーア容認、カガリに無断でプラントに復隊したことは、私は不可逆の選択だと思っていた。それは裏切りだと。
ダーダネルスの態度とあわせて、正直当時、これが、ラクスやカガリ、自分を選ばず自分の面子を潰した女への復讐なんだなと思ったくらい、アスランの。

謝るということは、一線を引くことで。
AAと自分に。それをせず、ただ周囲に受け入れられて、肯定されて、再出発すると、それでいいのかと。

AAというのは、アスラン(の所属する部隊に)親とクルーを殺された艦で。
ヘリオポリスで、ナタルが目を覚ましたとき、大勢の同僚の死体に囲まれていた、
大勢のスタッフ、ハルバートン、トール。

憎しみの連鎖を超えて、一緒にやっていこう、とそうして戦った三隻同盟の仲間を、
アスランは、裏切ったわけで。
それも、自分たちが掲げた旗であるラクスの偽者を容認する形で。
自分たちの掲げた旗に責任をとる気がないとみなされても仕方ないだろうと。

ラクスの行動は、先の戦争で、プラントを二分した。その行動がイレギュラーであるからこそ、
彼らは誠実に、自分がなぜプラント政権に反旗を翻したか、立場を明確にしなければならないはずが、
当のアスランが、それに対して当事者意識がまるでなかったと。

交渉か、弁明か、謝罪か。

AAに戻ってくるにあたって、どれかは必要だったんじゃないかと?
現状、AAにおけるアスランの居場所って、キラのお友達枠だよ正直?
オーブの人間のどこにアスランを信用する理由がある?
いざとなったら、キラが責任持つだろう、という保険込みじゃないと受け入れる理由がない。
いくらアスランが悩み苦しんだからって、アスラン以外やアスランを大切に思っている人間以外に、そんなのなんの価値もないし。

正直、AAのたたかれる部部には関係みたいな扱いで、
AAを出入りフリーのセーフティネットみたいに扱われてたまるかよ

キラは行動で掣肘され、アスランは心情で庇護される。なんか不公平だよなと。

自分はここで必要な人間であると、自分はAAやオーブとここは賛同するけど、ここには反対しますと、
そういう人間だからこそ、自分はここに必要なはずだと、そういう境界はどこにあるのかと?

そういうのは野暮っていうのもわかる反面(ここ数話の演出的にも、キラやラクスとの言語化できない絆をやりかったのもあるんだろうし)
あまりに扱いが幼児じゃないの?歩いて転んでよちよち帰ってきて、そこでいい子いい子してもらってまた歩き出す幼児みたい。
皆アスランが好きで、アスランも皆が好きなんだよ、というところからもでてないし。

望む心が貴方。カテゴリや、肩書き、遺伝子的適性からくる能力からくる自己規定より、望む心が貴方というのは正しいと思う。
ただ、人はその行動によっても、制限されると思う。

守るためとはいえ、銃を撃ってしまった僕だから。

その観点が、アスラン緩くないかと?
望んで軍に入った。キラの友達を殺し、キラを殺した。俺個人の意思だとザフトを抜けた。オーブで間接とはいえ政治に関わった。ザフトに戻った。ザフトを脱走した

その”行動”への結論が、アスラン”だけ”あまりにい観念的じゃないか?

人はその行動がすべてだとも思う。

このあたりまでは建前で、怖いのは、製作者側のアスランへの視線、逆にいえば、キラやラクスやカガリへの視線が気になるというか。

アスランが、AAを、所詮女子供の艦として舐めてかかってきた面はあるかと思うんだけど、

アスランのではなく、製作サイドの、キラやラクスやカガリへの懲罰意識が見えるというか・・・・
キラやラクスやカガリは、アスランに対して酷いことをしたんだからというか・・・
アスランを裏切ったキラとラクスが悪い。
同盟を拒否できなかったカガリが悪い。他の男と結婚したカガリが悪い。
キラの日常を破壊したのはアスランでしょう?ラクスに冷たくしてたのはアスランでしょう?キラにラクスを助けてもらって感謝もしてなかったくせに。
肝心なときに、力になれないと、オーブとカガリから逃げ出したのアスランじゃない。なにもさせてくれないとか、結局シャドーワークは俺の仕事じゃないってことじゃん。

婚約者がいても、人を好きになることはあると思います。いけないこととは思っていません。婚約者って立場に安心してちゃだめですね。

って監督の言葉、嘘だと思う。
嘘っていうのもあれなんだけど、アスランはキラやラクスを許してやる立場だっていうのをなんていうか感じるっていうか・・・
アスランの男の面子に対して下駄はかせすぎってのは、前々から感じるんだけど。
アスラン可哀相っていう視線をさ。
(アスラン可哀相だと思っていなければ、メイリンをアスランの補佐としてつけたりもしなかっただろうし。
今後カガリの背中を追うにしても。)





運命リマスター39話「天空のキラ」

2013-12-31 21:25:47 | SEED DESTINY





監督のツイと合わせて解釈に揺らぎが生じでいるのでそこを。


ストーリー全体の流れとしては、前半のアスランとカガリの会話がメインなんだと思う。
意図としては、
カガリの落ちるところまで落ちて(28話)以降、現在は浮上しかけている(自分を支持しついてきてくれるという仲間を得てかつ、オーブに帰ってきた)からこその”弱音”
これからカガリの課題が具体化するからね。
それに、世界情勢が、正しい議場陣営VS悪として排除される旧主要陣営みたいな構図になっているから、
このあたりは、議長が正しいのか?自分達のやっていることは無意味なのか?という31話あたりのキラの逡巡と似た感じなのかな?

その弱音を受けての、アスランの「いや、そんなことはない・・・絶対に」
これは、この戦争において、ミネルバで過ごしたことで、
”相手側”いわば、カガリを糾弾し否定し、そして現在ザフト側のエースを張っているシンが、
オーブが好きだったことや、一途に求めていることを”知っている”ことが、
キラやカガリの言葉に対して、違った立ち位置で彼らの言葉を否定して、希望を肯定するという役割が果たせるようになっているのかなと。

「駄目なのかな?もう本当に」「いや、そんなことはない・・・絶対に」
「皆の夢が同じだといいのにね」「いや、同じなんだ多分」

カガリが、この局面で弱音を吐いたというのが、カガリの再出発が近付いていることも意味している。
オーブに戻ってきて、もう一度元首として立たなければならない時が近づいていることをカガリは察しているはず。

AAというのは、いわばカガリにとって母体のようなもので、
自分を傷つけるものはいないし(厳しいこと言われることもあるけど、それは否定されるわけではないし)
AAからでる時は、キラが一緒で守ってくれた。
23話でも25話でも28話でも、自分が言葉を発する時は、すぐ後ろにいてくれて、銃火にさらされた時や、アスランに糾弾された時は、前に出て守ってくれたし、
30話、自分では上手く言葉にできなかった方針も、キラが言って、合流したオーブ兵の意思を確認しとりまとめてくれたと。

AAにおいてのトップは、実質的にはマリューとキラで、カガリはいわばゲストみたいなもので、一種のモラトリアムとして、この場にいれたけれど、
オーブに戻れば、またカガリは、代表という、孤独な立場に戻らなければならない。

それが近付いた上での、カガリの弱音の吐露もあったかもな、と。
そういう意味じゃ、ある意味今がどん底なアスランと、浮上しかけのカガリという所では同じ文脈にはいないと。


あと、アスカガ的な仕掛けかな。
アスランに、ろくに話したこともないのに、なぜ助けてくれたんだろう、というアスランに
(恋人に向かって、女の子が命がけで助けてくれました、と躊躇なく報告するアスランも、弱ってんのかカガリに甘えているのか)
蓋然性の高い答えとしては、当然「お前のこと好きなんだろ」と言わざるをえないし、
「私の事を許してくれるか?」というカガリは
どちらかというと、許してもらってやり直したいという意図よりは、
アスランと”別れる”(正確には、別れなきゃいけない)からこそ、そのあたり蟠りを残しておきたくなかった印象。

カガリ的には、すでに多くの人間を犠牲にして(ババやトダカ、キラの人生すら奪いかけたわけで。カガリの立場から、
アスランとの恋を優先するわけにはいかないと。)
腹をくくんなくちゃいけない、アスランには、アスランを好きで力になってくれる新しい女性がいると思えばなおさら。

アスランの「守りたかったんだろう」という言葉は、
後半の「キラ、行け」と合わせて、
自分にとって都合が悪いからという理由で、キラやカガリの命がけの想い、行動をあまりに容易に否定し、彼らを傷つけてきたアスランが、
(アスラン自身の利害も絡んでいるとはいえ=議長には賛同できない。ラクスを失うわけにはいかない)
ようやく 守りたくて戦う彼らを認めた言葉とも言える。


カガリにとっては
弱音について、否定してくれた。
アスランとのわだかまり(結婚)のこともとりあえず解消できた。
そしてアスランには、アスランに付き添える女性がいる。

のあたりから、アスランとの”勘違いの恋”(子供の恋といった方がいいかも)終了へ舵をとったとみるべきか。

運命において、ここ以降、アスランとカガリの会話のシーンはなかったと思うので、
あとは指輪を外したカガリと、それに気付いたアスランが、焦ることはないと、とりあえずカガリを見送る。
AAの出発の時に、無言で抱き合う、というシーンがあり、
そこから二人の関係性を読み取ってほしい・・・とみるべきなんだろうけれど、
恋人としては終わったから、今度は仲間としてなのか、
カガリは諦めてしまったけれど、アスランはそんなカガリごと受け入れて、今度はカガリが望むあり方でカガリの力になっていくことを決意した、なのか、
アスカガCPが好きな人と嫌いな人で解釈がわかれてる感じかと(私は後者だと思う、監督ツイもあるし)

以降、カガリの背中を追うアスランという風になった感じかなと。

んで、カガリの”復活前”の事実上最後のイベントになったアスランとの会話、なんだけど、
それに合わせて、キラのAA離脱。
これは、このタイミングで、キラがAAから離れる必要があったということなんだと思う。

約束の回のコメンタリで、ラクスをキラとアスランがガチでぶつかる(28話)前に、AAから話す必要があって、、
ゆえに、例えばラクスが宇宙でなにをするか、みたいなのはほとんど考えてなかったみたいなんだけど、
おそらく、カガリが立つ段階で、キラがAAにいたら困るみたいなのが、このタイミングで、キラが宇宙にあがったんだと思う。

13話-26話-39話
は、話の”流れ”としては、前半が主要で、
後半は、他のタイミングと合わせての都合で、入れ込まれてるんだと思う。

キラが、議長に疑問を持ちつつ、AAとフリーダムを持って動き出す
ラクスが、AAを離れる。
キラが、AAを離れる。

この要素が、むしろアスランとカガリのドラマの軸に対して必要だったと。
サブタイトル自体は、キラとラクスにかかってるんだけどね(約束も、シンステにもひっかけているけど、メインはキラとラクスにかかってるって言ってたし)



それでキララク。
オオトリストライクは、もう画面見てカッコいいとしか言いようがないので、感想は書きようがないけど、

キラとラクスのシーン。
監督が、26話を、ラクスがあのタイミングでAAを離れることが必要だった、という制作側の実情や、
以前の「キラは運命でまったく変化しないので、運命はキラの物語ではない」という言葉、
聞いた当初は、キラやラクスの便利な使われぶりにカチンときたけど(そりゃもう運命でめちゃめちゃに叩かれたわけだしキラとラクス)

素直に見てみると、キラが本当に 運命でなにも変化していないなら、 ラクスとの関係は、空白の二年間の間にできあがっていたのではないか?ということ。
これが今回解釈揺らいだ部分で(まぁどっちでもいいっていえばいいところなんだけど)

「こうして君がここにいる。それが本当に嬉しい」
「私もですわ、キラ」

これが、作品構造的には、ラクスの「貴方にここにいてほしい、私は」のアンサーになっていることは間違いないと思うんだけど、
じゃあ、キラの意識的に”返答をしたのはここなのか?”もしくは、二年間にあったのか、というのが正直わからないなーと・・・。

「こうして君がここにいる」その言葉をキラが”準備していたのか?””それともとっさにでたのか?”その時に、自覚できるレベルで、ラクスの「貴方にここにいてほしい」が頭にあったのか(当然覚えているんだけど)

あまり意識してなくて、とっさにでた言葉が、かつてのラクスの言葉に似通っていたのか。

ラクスは、「生まれてきちゃいけなかったのかな?」なキラに対してそういっていて、
キラは、ラクスの命が危険にさらされて、なんとか間に合った時に、とっさにでた言葉がそれなら、

たましいの場所として、キラからの答えが、ここでなされたという所で、ここでキラになんらかの心情的な”変化”(前向きに、ラクスとの未来を望むこと)と見るべきか、
そういった”受容”はすでに二年の間に行われていて、ある意味 対視聴者に対する、答えの提示として、このシーンがあったのか。
もし、キラが文言的な「あなたにここにいて欲しい」という言葉を念頭においての、「こうして君がここにいる」ではなくて、もっととっさの、純粋な本心としての言葉だったとしたら、
キラとラクスにも、君は僕に似ている、がかかってるとみなせるかも、とも。


以下若干生生しい話。

2年間でキラとラクスの関係でほぼできあがっていて、運命で離れるとか再会するとかいうイベントはあっても、お互いの関係性に変化はない、とすると。
フレイとキラとラクス、について、二年間がどうなったか気になりすぎるというか、トレースできない。

個人的には、無印段階で、キラが女性として惹かれてたのがラクスであり、フレイに対しては、異性としての執着は一切なかったことほぼ確信してるけど
(ただ、負い目とか込みでいうなら、ラクスよりもフレイの方が”大切”もしくは優先順位が上、というのはあるかもとは思う。
もともとキラは、無印の戦争を生き延びようという意識がなかったので、どちらを選ぶかとか、どちらが好きかという考え方自体がキラになかったと見る方が自然かな)

正直、フレイのことは、ただ傷つけたとか、守れなかったトラウマだけじゃなくて、
性的なトラウマもあったかと思う。無印46話で、覆いかぶさるフレイの幻に対して顔を背ける様子みるに。
そういうのも込みで、それなりに整理ついてるのかな、と思うと。
かなり密度の濃い二年間だったのではないかと。

わりと、視聴者にとっては、無印のラストの関係から、一度ストップされていた関係が、運命で動き出したとみちゃうところなんだけど、
逆に、2年で決着がついてて、運命で見られるものは(13-26-39)その”答え”が、外圧的な状況によって、見えている状態とすると、
その”物語”が、少なくとも制作側の頭の中には、はっきりとあるのかな?と。
なにか劇的なドラマがあったという印象でもないんだけど、
日々の営みの中で、すこしずつ関係でできていったと思うと、二年は短くも感じるし。

キラとラクスの関係は、スペエディ追加がないと、あきらかにおえないし(無印だったら、貴方を見つけて私は幸せになりました、貴方にここにいてほしい」のシーン
あと、運命スペエディで大きいのは、冒頭の、砂浜の散歩のシーン。それも、特にラクスの表情。
あの”距離感”は、大方の人の予想通りのものだったと思うんだけど、わりとラクスが悲しげにキラの背中を見てるシーンとみなす人が多かったと思うけど、
それを覆してくれた感じというか。
あれは、これから距離が縮まるというよりは、
一度一緒になって、それから”外圧(そとの脅威)がない状態”での二人のごく自然の距離な感じがする。

運命リマスター40話 「黄金の意思」

2013-12-31 21:00:03 | SEED DESTINY
カガリ決着回。

ただ、この決着は当初予定通りに着地してるんだろうけれど、
いまいち、個人的には乗れなかったのが正直なところ。

とりあえず、”私が個人的に読み取った、これがやりたかったんじゃないかな”的な経過としては、


カガリを躊躇させていた2つの傷。
ひとつは、先の戦争自体の傷。
父親や友達を亡くしたこと(これはアスランがいっていた通り)
力への拒絶心。
1クールで議会の中で孤立したことによる無力感。


カガリというのは、太陽のような子、というイメージが先行してて、
確かに、カガリには、フレイやカズイのようなわかりやすい差別意識はもっておらず、”目の前にいるキラやアスラン”に対して、
対個人、特に彼らの傷つきに対してストレートに接したことにより、彼らの救いになったけれど、
そんなカガリにも弱点があって、
”目の前のものを、先入観や固定観念抜きで、理解し接することができる”ことが長所なら、
”目の前にないもの、自分の目からは見えない者、他者、他国に対する想像力・共感能力に対しては、やや弱い”という短所がある気がする。

カガリの力への拒絶、というのは、画一的に頭ごなしに必要してるわけでもないし、
強すぎる力、というバランス的な感覚もあるし、
同時に、例えばカガリは、キラが奮う力に対して恐怖心を抱いたりはしていないと思う。出撃してくれとキラに頼んだのはカガリだし。
全ての国が武力を放棄したら戦争になるという極端な考えも抱いていなかったと思う。

この辺り、カガリにとってな何より信頼できる力=フリーダムが、シンやステラにとっては、恐怖の象徴になっていたり、
逆に、ステラにとって、シンが乗っているとわかってるインパルスや安らぎの象徴であり、
ステラが乗っているとわかったデストロイは、シンにとっては恐るべき殺戮兵器ではなく、救うべき対象になったりするので、
カガリもほぼ似たような文脈にある。知ってるものは怖くない。知らないものは怖い。

「撃ってはならない。自身の敵でないものを撃ってはならない」

このあたりのカガリの言動を、武力放棄という極端な形で解釈しようとすると、ただの綺麗事になるけれど、
武器をもつにあたっての、量と方向性(剣の向き先)の話でみようとすれば、そう綺麗事ばかりともいえないと思う。
(こういうストッパーをかけずにいけば、やっつけなきゃ、怖い物は全部!という方向性にいって、アズラエルなりパトリックなりの道に一直線だし)

反面、
「やはりそういう考え方なのか!?お前たちザフトは!?」

という言葉に代表されるように、自分の知らないもの、自分にとって”外部”の世界や力、未知のものに対しては、拒絶心が強い傾向がある気がするし、
目の前にしたもののみに影響されやすいという側面は、

ボディガードとして、自分の背後に立つ立ち位置になったアスランの心情をわかってやれなかったことや、
カガリが目の当たりにした、シンの糾弾や、議会の面々の意見に捕らわれて、あるいは”否定され、叱られたことで”委縮してしまい、
多くの兵や国民が望んだ、オーブの理念を守り抜く、という姿勢を崩してしまったこと。

運命のカガリの物語は、そうした”恐れ”からの脱却であり、為政者リスタート物語かなぁと。
同時に”信じて託す”側面もね。

カガリは、自分が前線に立ちたがる傾向があったけれど、
自分の仕事はそれではない、ということを知ること。

そういう意味では、色々な意味で、周囲を信じること、に繋がる視線だと思う。




ユウナの道化ぶりは、ある意味、初期カガリのパロディというか、
カガリもまた、表面上、ウズミのやり方を真似ていた側面があるので(デュランダルに対する口のきき方やドレス拒否等)
状況のコンテクストや、自分の器を無視した、他人の真似、やり方をしても上手くいくはずがない、という部分を表してる感じかなとは思う。

カガリが、アスランの所に相談せず、またアスランを気遣うメイリンという構図が今回以降しめされることになる感じかなとは思うけど、

カガリにとって一番大切なものは、
「オーブと一緒にこの身が焼かれた方がまし」という意識。
先の戦争以降の傷、自分の出生への疑問、力への懐疑、自分を否定し孤立させた議会への恐怖。

それらをすべて超えて、オーブが自分の全てだという、その着地。



行かないで/扉の向こうへ
やわらかな額に残された手のひらの記憶/優しい手を振りかざして
優しい手にすがる子供の心/空に咲く花を子供達は指差して
哀しみに染まらない白さで/哀しみよ今は静かに私もを見守って
暁の車を見送って/暁のドアを開くよ

傷ついた指で 


行くのもは自分に
優しい手の持ち主は自分に
子供に見られるのは自分に
哀しみは、自分のものでなく、自分以外のものに
ドアを開く。傷ついた指で。

多分、暁の車と、焔の扉は歌詞的にリンクさせてるし、
カガリの歌として両曲を統一したかった監督の意図はわかる気がする。

子供から大人へ。
すでにいない人間の為でなく、今生きている人間の為に。


ウズミの仮面をかぶってきたカガリは、ウズミの代わりではなく、また父の死も乗り越えて、その死の直前に、血の繋がらないことを知らしめられ、
そこからリスタートをきる為には、ウズミの言葉で決着をつけなければならなかったと。

ただ、オーブ側の描写なんとかならなかったのか、とは思う。
どうも、カガリ復帰の前振りが、白けた目でユウナを見る将兵だけってのがね・・・。
カガリのオーブ帰還に対して、どうももちっと緊張感を高めておくとか・・・
なんだかカガリとアカツキとウズミの軸はいいんだけど、
これは、アスランとシンとカガリ三人ともなんだけど、
この三人の変化が、運命のメイン軸なんだけど、
”オチ”が、三人とも、いわば青い鳥、オチに近いから、
そのあたり、三人それぞれ好きで、ある程度以上感情移入して、その心情推移を追える人でないと、
傍で見ていて、物語の帰結にカタルシスに乏しく、
今回のオーブ将兵の書き方、アスランのAAに戻り具合もそうだけど、
戻れるということが、予定調和的で、その経過で振り回されたり傷つけられたりした周囲(カガリは国政放棄、アスランも無断復隊⇒再度脱走だし)が正直いい面の皮っていうか・・・。

それに特に、アスランについては男のプライド的な部分に下駄はかせすぎだと思う。



以下愚痴







個人的に、アスランとカガリの物語に対して、私がキラとラクスが便利使いされた(-_-メ;)という所もあるので、
最初から客観的な視線ではないんですが、

カガリの経過は、大部分がキラにおんぶにだっこ。
アスランの経過は、自分が参加し手に負えなくなった段階で放り出し、その尻拭いをキラとラクスにやってもらった、という印象がある正直。
アスランのカガリとミーアについては、カガリとミーアが、梯子を登っていく中で、はじめは下で支える立場、あるいは見守る立場にいたんだけど(ただし女の子達はそう思っていたけれど、アスラン自身は必ずしもそうおもっていなかった節がある)
にいながら、その梯子の上った先に、自分の望む世界がないと察して、高所にふたりをそれぞれ置き去りにしたまま、自分だけ先に逃げた印象が強い。
そのままそこにいたならば、カガリの時はアスランの心が、ミーアの時がアスランの命が危なかったので、
逃げたこと自体は、逃げるべきだったとは思う。けど。アスランが逃げ出した自覚くらいは持ってほしかったと。
正直、アスランの立場から、カガリやミーアを庇ってキラやラクスが責められる構図には本当に腹立たしい。

世界の為にといえば聞こえはいいけれど、アスランとカガリ、あるいはミーアも、世界に影響する自分でありたい、というのは立派な野心であり、
彼ら彼女らには、自身の野心にふさわしいだけの、器量や覚悟がなかった。

それを、やればできるのに、サボっていたキララクもせいで、みたいな論調になるのが苛立たしい。

あそこまでキラとラクスに対して頼り切りな経過じゃ、彼らの物語に求心力や説得力がなくなるのは当たり前だとすら思う。

辛い心情心情心情って、行動でキャラが評価されるのは当然だろう、以外の感想がない。


destiny リマスター37+38話「雷鳴の闇」「新しき旗」

2013-12-27 22:36:00 | SEED DESTINY
殺さなければならないという立場-シン―同時にそこが居場所であるということ。

「裏切るな、基地に戻れ」

その必死さは、どうか自分に貴方を殺させないでほしいという思いなんだと思う。

アスランとキラは”お互いに戦わなくてはならない”局面はたくさんあったけれど、
”お互いを殺さなければならない局面”というのはなかった。

トール・ニコルの仇討戦にしても、キラやアスランは、純粋に個人の感情で相手を殺そうとしているからね。
絶対に相手を殺せという命令に背中を押されていたわけでも、
”仲間達”に、相手を殺せと、けしかけられつつ、監視されていたわけではない。

シンは力を求めて、軍に入り、ある意味、インパルスでフリーダムを撃つことで、その”目的”は頂点に達した。
だけど、それゆえに、シンは、自分でも無自覚に、目的を失った状態に陥ったんだと個人的に思っている。
”やっとこれで・・・”あの狂気じみた笑みは、自分の目的を失った。
守るべきものを失い/ステラ
撃つべき敵を撃ってしまった/フリーダム

だけど、デュランダルに新しい機体を授けられた。
それは、ただ認められて嬉しいとか、新しい機体が嬉しい、といっただけではなく、

自分にはまだやるべきことがある。
自分はここで必要とされている。

自分はここでやっていける、というふうな喜び。

家族を失い、故郷を憎み、守りたい相手を守れず、最強の強敵に勝利した。
もし、アスランの裏切りがなければ、過去の因縁を超えたところで、もうすこし穏当な形で、新しい人生を始められたかもしれない。

しかし、インパルスが、求めた力の象徴として、当代最強のパイロットを撃つ、という最高の形でかなえられた。
だけど、次に与えられた機体は、いわば義務としての象徴として、シンと共に闘っていくことになる。


アスランを撃ちたくはない。それ以上にメイリンも。
アスランは一度は認めた相手である。メイリンはアカデミーから一緒にやってきた仲間であり、なによりも、軍人とはいえ、年端もいかない女の子で。

絶対に殺したくはない。

だけど、彼らは軍人として極めて重大は罪をおかし、
そして、彼らを殺さなければ、議長に賛同して集まった多くの人々。彼らに希望を託した世界上の多くの人々の、その全てを裏切ることになるといわれて、反論余地があるかと。
シンが個人的感情で彼らを見逃せば、どれだけ多くの人が苦しむことになるか。その命題の前に。

もうひとつの問題として、本来の彼の居場所、に帰ろうとしているアスランと違って、
シンにとって、レイにとって、彼らがいまいる場所は、彼らの全てであり、居場所。
議長が正しくなかったとしても、それで”選ばない”という選択がそう簡単にできるわけもない。
アスランと、レイ・シンの対立は、ただ議長を信じるかどうかの、その部分だけで対立しているわけではない。

「あんたが悪いんだ。あんたが裏切るから」

人は狂気に陥らずにして、親しい人を殺せるわけがない。
シンは狂ったから、アスランとメイリンを殺したわけではない。
”殺さなければならないから”一時的に狂って、そして殺した。

”やるべきことをやったんだ、お前は”

それは、対デストロイ戦でも同じで、

シンはデストロイに乗っているのが、利用されたステラと同じ子供たちであることを知っている。

”じゃあ、それが撃たなくていい理由になるかといえばならない”

撃たなければ、今苦しんでいる世界中全ての人間が、今一緒に戦っている全ての人間が、今まで苦しみ死んできたマユやステラをはじめとした戦争被害者全ての人間が、
さらに苦しむことになる、もっと苦しむことになる。報われることも救われることもなく。

できるなら助けてやりたい。優しい温かい世界へこに行く資格がある。

だけどそれはできない。
できることは、すべきことは殺すことだけ。なら殺すしかない。

「こんなことをする奴ら、ロゴス。絶対に許すものか」
「あいつらが全部悪いんでしょ」

彼らは、その理屈を、緻密に検討したわけでもない。もしかしたら、彼ら自身、信じていなかったかもしれない。
だけど、ロゴスが悪い、それは彼らにとって必要だったと。どんな正義よりも正論よりも。

”やらなければならないことが決まっている時に、問題とされるのは、なぜやるか、ではなく、どうやるか”になるのは明白。

それをやる為に、自分達を納得させるために、ロゴスが全部悪い、は必要だったと。


ルナマリアがもし、シンを糾弾していたら、姉として、人間として、シンを糾弾していたら、
ミネルヴァという組織は瓦解していた可能性が高い。
軍人としてシンに肩入れするものと、人間としてルナマリアに肩入れするものと、
ミネルヴァが二部されるのは明白。
ただでさえ常に最前線にある艦が、そんな状態にあれば、遠からず、艦が落とされ、300人からのクルー全員が死ぬことになる。
彼らは”ここ”で"今まで命を預け合ってきた仲間と一緒に”やっていくことを選んだ、とそんな感じもするかもな、と。













OP締め(の手前)で、アスランとシンの対決が強調されたことに正直まぁそうなるだろうなと、思ったわけだが、
アスランにとって、アスランが関わった関係で、かろうじて落とし前つけられたのは、シンとの関係だけだからねと。

カガリ関係はキラに、ミーア関係はラクスに、ミネルヴァ関係はシンとルナマリアにケツもってもらう形になったと。
このあたり、アスラン自身でケリつけらりゃね・・・と思いつつ、
んで、アスランのやった仕事って、ユニウス7破壊に、ローエングリンゲート破壊による圧制下の現地民と解放、レクイエム破壊にシンの説得と、
いいよね、批判のでない仕事ばっかで・・・と思いつつ、

アスランの物語上の本筋というのは、アスラン自身の”失敗した人間関係”の中にある。

カテゴリ依存に、他者依存。
それは、無印のときに、キラが対個人の関係から、敵軍の歌姫であり、他人の婚約者であるラクスから生涯ものの好意と信頼を寄せられ、
固定観念化した差別意識と無力感からくる反ば自棄に凍てついていたフレイの心を溶かしたものの裏側ともいえる、

人間関係の失敗。

二度に渡って敵対したキラとの関係を筆頭に、
国中から期待された婚約関係という圧倒的アドバンテージを、たかが一度会って数日過ごしただけのキラに、愛情と信頼の行方をひっくり返されたラクスとの関係、
君は俺が守るといっておきながら、頭かち割った上に敵対し、挙句のはてに、自軍から追われて逃げ戻ってきたカガリとの関係、
そして、口では否定的なことを言いながら、事実上明確に反対の意思を示さず、消極的容認のまま、取り返しのつかない所にまで追いやってしまったミーアとの関係。

キラとラクスは、同じコーディネイター、婚約者という関係を疑わなかった結果、彼らの中で自分が占める立ち位置を失い、
運命ではそれの再構築が行われると(39話及び42話)
カガリに対しては、焦りから、指輪という形にこだわったり、カガリを守れる力ある自分の自己イメージに固執して、
カガリにとって本当に必要なパートナーとはどういう姿か、を見失い、お互い見限り、諦めかけ、それでも途切れず、
これから細い糸を手繰るように、その形は変えていくかもだけど、新しく始めなおすカガリとの関係。
皆の力になりたい、あるいはこういう自分でありたいという気持ちの部分で共感しつつ、
そこに含まれる欺瞞やすり替えから目を背け続けて、自分自身も相手の想いも見失いかけ、取り戻せたけれど、それが相手方の死との引き換えになってしまったミーアとの関係。

どれも、形と想いの不一致ゆえの”失敗”
カテゴリや肩書きに依存したゆえに、相手の立場になって考えなかったゆえに、他人から与えら得れるものを疑わなかった故に。

SEEDのテーマに直結するあたりが、このあたりの、アスランの人間関係の失敗であり、
しかしただ敗残者としてアスランがいるのではなく、関係はやり直せるというところでしめている。

無印でキラがカテゴリや肩書きに囚われなかった故に、成し遂げた事が、テーマ描写の中核なら、
囚われたゆえに、上手くいかなかった事が、運命のテーマ描写の中核になる(無印でのキラとラクスとの対立を運命で蒸し返した上で関係の再構築してるのも)
故に、無印の主人公はキラであり、運命の主人公は、アスランであるという側面もあるのかもな、と。

そうした面々の中で、アスランの”唯一の成功体験”がシンとの関係にあたる。
シンの本当の想いを看過し、シンにとっても守りたかったはずのルナマリアやオーブをシン自身の手で害することを止めたと。

ただ、アスランとシンの関係も重要ではあっても、テーマ的には重要度は高くない。
シンの思想上の対立者はオーブの理念であり、その担い手であるカガリであり、敵(仇)役はキラが引き受けているからね。
アスランが、先の戦争以降のオーブ側の当事者であることを引き受けていない以上、シンとアスランの関係性はテーマを引き受けてはいない。

アスランのもうひとつの役割は、AA側とミネルバ側、シンとカガリ、シンとキラ、そしてラストのメサイアでの”立会い者”として、

テーマ的・あるいは思想信条的に、逆に無機的な対立者として配置されたキャラを、
その双方をしる人間として、人間対人間としての有機的なリンクをもたらすことにあると思う。

「気持ちだけはまっすぐな奴だよ」
「キラはお前を殺そうとはしていなかった!」
「・・・グラディス艦長」

アスランが仲介者というのは少し違う。
アスラン自身は、確たる思想を担っていないし、キラ側の主張もシン側の主張も必ずしも理解していない。
事情にもけっこう疎い(例えばキラの出生についてまるきり無知だったりとか。それは知る必要がないからでもあるんだけど)

作品の思想を背負っているのは、キラ(カガリ)とシンだったり、キラ(ラクス)と議長だったりするけど、
アスランはその間に、思想背景をあまり背負わないまま、立つことで、思想(テーマ)と思想(テーマ)としての双方を、
人間と人間との関係としてリンクさせる役割かな、とも思う。
逆にいえば、アスランとシンの関係性だけをピックアップしても、あまり意味はないというか、
本編でアスランの”成し得た事”=(シンを止める)本編でのアスランの動きの”功”を強調しようとすると、
アスランとシンの関係性が前面にだされることになるのかな、とは思う。

監督が、本編以降、アスランとシンとの関係について、本編ではシンよりになりすぎたとか、別にシンを救い上げようとは思っていない。そんな理由はない的に、
セーブかけようとしてるのは、アスランとシンの関係、アスランの”成功体験”を強調すると、
作品テーマがわからなくなるかな、とは思う・・・んだけど、
やっぱ作外宣伝では前面に押し出されるよな、と。ジエッジあたりは、かなり臆面なくその辺やってるけど、
アスランの”功”って、シンとの関係だけだし・・・アスランはシンの理解者とか、シンを救おうとしていたとか・・・
アスランが、オーブの理念への糾弾とか、フリーダム絡みで死んだ人間について他人事だから(マユやステラのことを知らないしねアスラン)そういうポジションだからこそだし。
本編外の動きで、本編の意図が捩れてってると思う。

ついでにいえば、アスランと、キラやラクスやカガリやミーアとの関係の失敗を、
アスランの不器用さや考えすぎさに求めるのも、意図がわかりにくくなると思う。頑張ってけど、報われなかったという話でもないし。アスランに明確な非や怠惰はあるし。
この構図を仕掛けた製作者側ですら、アスランを肯定・免責しようという意図を感じるしね・・(スペエディのアスランは優しくて誠実な方というラクスの台詞の脚本からの言わされ具合は露骨だった)
監督自身、つい最近、人をカテゴリで判断するのは、その人の本質を見ないこと、みたいにいっているけど、
カテゴリ依存とか相手を型にはめてとかは、言い方はマイルドだけど、相手を舐めていた、相手への尊敬、尊重がなかったに他ならないんだけど、
不器用なアスランみたいなところに押し込むから、伝わらないわけで。
アスランが悪い人間である、とゆうふうにかきたいわけじゃないから、そのあたりさじ加減の問題なんだけど、
あまりにキラやカガリやラクスやシンが、身勝手だ冷たい生意気だというふうに演出が偏った気もする。アスランがまた自分を疑わないタイプだし。
ついでにいえば、特定の思想を背負わないからこそ、意見や立場は玉虫色で、すべての場面に善意の第三者として、平たくいえば当事者能力のない人間として関わることになるし、
どこかの時点以降(42話以降)、アスランにもっと主張させてもよかった気もするんだけど・・・。
正直、陣営自体自体が、叩かれ仕事から避難させてるように見えるしさ。


アスランとの人間関係で強調されるべきは、キララクとの関係、カガリとの関係、ミーアとの関係だとは思うんだけどなーという個人的な感触な話。





DESTINY リマスター35話「混沌の先に」

2013-12-06 00:23:11 | SEED DESTINY



○アスラン


キラが抱え込み、具体的には形にしきれなくても、それなりに整理をつけてきた心情を、
極端な形で体験することになる。

「きっと、プラントも地球も、平和に暮らせる世界が欲しいだけなんです」

自分達は平和を求めている。だけど相手は求めていない。 だから撃つしかない。
自分達は正しい行いをしようとしている。だけど相手は正しい行いをしようとしていない。 だから撃つしかない。

彼らは言葉を聴かないのですから。


相手が、敵だから、間違っているから撃つのか?

アスランのこの思想のベースになっているのは、無印のラクスとカガリの言葉だとは思う。

「敵だというなら私を撃ちますか?」
「キラだって、守りたいものの為に戦っただけど。それがなんでお前に殺されなきゃならないんだよ!?」

自分に守りたいものがあるように、相手にも守りたいものがある。
それは敵なのか?

キラが守りたいものを守るとして事で殺されなければならないのか?
キラが守りたいものを守ろうとすることが、アスランにとっての敵ということになるのか?


注ぎ込まれた疑問はしかし、アスランの心のなかで失うことはなくとも、
状況という水が流れ込むことで、どんどん薄くなっていった。

パトリックの乱心、キラとラクスにとって一番大切な人間であることから滑り落ちてしまった(ように感じた部分もあったのではと)寂しさ、
カガリの力になれない悔しさ、オーブという国と人への隔意
パトリックの言葉による無差別大量虐殺。議長の肯定。示され与えられた力と居場所。カガリの裏切り。軍人としての成果。新しい仲間。
オーブとの敵対。またキラに友を殺されたこと。かつての仲間への怒り。カガリへの未練。

プラントの人々の差別意識や復讐心は、パトリックの狂気に回収され、
なにかするには、力が必要で。
連合とロゴスという、撃てば世界がよくなりそうな”敵”がいる。


状況という水位は、アスランの背丈よりも高くアスランの周囲を満たし、
そこに映し出された虚像は、わかりやすい世界だった。
ザフトが正義で力を持ち、連合は悪で、撃たれるべきで、オーブは自国で、アスランの大切な者達を抱えたまま、自国の平和のみを守っているべきで。


その水位を多量に蒸発させたのは、28話のキラの言葉。そして、キラに負けたこと。

「でも、カガリは今泣いているんだぞ。こんなことになるのが嫌で、今泣いてるんだ。
なぜ君はそれに気付かない?
なのにこの戦闘も、この犠牲も・・・仕方がないって・・・すべてをオーブとカガリのせいだって・・・
そう言って君は撃つのか!?
今カガリが守るとしているものを!?」


ここには2つの指摘がある。
”今”アスランが、カガリを守らず、むしろカガリを傷つける人間になっていること。
そして、相手が悪い、自分は悪くないという他罰的・懲罰的な思考回路。


そしてキラに負けたことで、アスランは、力でもって負けることによって、力ない人間、力では勝てない人間の立場を味わうことになる。

アスランは、どこか今まで、力があれば、状況はいい方向に動かせるし、
そして、自分が力でもって相手を排除しないのは、一種の温情であり、相手に”改心の機会”を与えているつもりだったのではないかと。

「一緒にこいと何度も言った。なのにあいつは聞かなくて」
「そのときは・・・私が撃ちます」
「あいつを撃てなかった俺の甘さがニコルを殺した」

そこに、キラ側の事情を忖度する気持ちはない。
相手の事情も踏まえた上での、なにか取りえる手段を模索する頭もない。

その”慢心”により、アスランはあまり深く考えてこなかった。
なぜ、キラは敵対するのか。「僕だって、君となんか戦いたくない。」「撃ちたくない。撃たせないで」

でもあの船には守りたい人が・・・友達が乗ってるんだ!

その言葉は、アスランは耳では聞いたけれど、心では聞かなかった。

「撃ちなくないといいながら、なんだお前は!?」

いざとなったら殺せばいい。いざとなったら殺すしかない。

相手が悪いから。相手が間違っているから。相手が言葉を聞かないから。

アスランが、どこか、自分でも無意識に切り札のように、無意識に感じていた、それを、全て封じられた形になる。

相手と相手の守りたいものに銃を向けながら、これはお前の為にやっているだという欺瞞。/この方がいいと思った、自分の為にも、オーブの為にも。
相手の言い分を聞かず、あいての立場を考えず、ただ、お前が引けばそれで済むのになぜそうしなんだという傲慢。/オーブに戻れといったはずだ。
いざとなったら、相手を撃つしかないという自惚れ。


セイバーが切り刻まれたように、アスランの現状認識はズタズタにされた。

否応なく、考えなければならなくなった。
なぜ、キラは戦うのか。なぜアークエンジェルは戦うのか。自分達は本当に正しいのか。自分たちがいきつく先はどこか。
そこで示された対ロゴス。
それに熱狂する人々。
これが、本当に、正しい道なのか。



もうひとつ、アスランがこの事態について向き合わなければならなくなった、その理由。

それは、無印からみて初めて、キラの命の選択権が自分から離れたから。

以下、放送後のツイッターからの丸コピ

アスランはどっかで 一貫してキラの命は自分の一存でどうとでもなるって思ってたと思う
ストライク時代 上は積極的にストライクをどうこうしようって気はなかったし
息巻いてたイザークにせよキラとの技量はひらく一方だったしアスランにはイザークへの命令権があった

フリーダムを追う任務もアスランに一任されてた 運命になってもアークエンジェルを認める言動をしていた議長を信じていたし
技量的にフリーダムは誰にも及びもつかない場所にいた アスランはキラの命は自分次第だと思ってたとおもう

だけど 初めてキラの命は自分の手を離れた キラが殺される状況が整った プラント上層部の判断 キラが撃たれるべき理由 キラが敗北するに足る技量と戦術


計画的にフリーダムを落とそうとするシンとレイ。そして、一見正論ともいえるその、フリーダムを撃つべき理屈。
だけど、シンとレイは、軍属であり、軍の命令に縛られている。
そして、自分はシンからある程度の信頼は得ていたはずだった。
しかし、そのアスランの認識も踏みにじられ、上層部から、アークエンジェルとフリーダムを撃てという命令がくだる。

「私はあの船にも期待している。かつてのアークエンジェルのような働きを・・・」
「私には、彼女の力が必要なのだよ」
「キラが・・・いえ、あの船がでるのに、彼女を置いていくはずがありません」

議長が、アークエンジェルを撃てと、そんな命令をくだすはずがない。

「この命令は絶対におかしい!もう一度司令部に確認を」
「そんなことはもうやったわ!」

シンに直接話そうとしても、その扉は鼻先で閉じられた。
オーブ戦で母艦を守らず、ステラのことも見捨てようとしたアスランが、シンからの信頼を少なからず失っていたことを、アスラン自身気づいていなかった。

最後の望みは、キラの、他に及ぶ者のいないはずの、MSの技量。
なのに、フリーダムはどんどん追い込まれていく。

「シン。やめろキラはっ」

キラが罪人だとしても、その首に刃を落とすギロチンの綱は自分だけが握っているはずだった。
だけど、気付いたときは、その綱は別の人間の手に握られていた。
それでも、しっかり繋がれているはずの綱は、しかし一本一本ぶちぶちと切れていく。


処刑台を遠くから見つめる見物客の一人でしかないことを、
そしてこの処刑を間違っていると思っているのが自分だけであることも。

弁護人を務めなければならない。
たとえ、処刑が行われた後でも。

「キラは敵じゃない」
「あいつには、撃たれなければならないわけなどないっ」

でもなんて言えばいい?

「キラは敵じゃない」お前があいつの何を知っている?
「キラは敵じゃない」フリーダムを撃てば平和になるのか?
「キラは敵じゃない」キラのしたことが間違っていたとしても、なら自分達は正しいのか?
「キラは敵じゃない」フリーダムを撃てたのがそんなに嬉しいか?人を殺したことが?

言葉は他にない。
だけどそれは伝わらない。



○ルナマリア

以下ツイッター丸コピ(わりと思いつきに近いです)

ルナマリアは 自分やシンやレイの 自分達をアスランに預けたっていう感覚があって
特に家族も故郷も失ってアカデミーの時から危うさを見せていたシンを導いてやって欲しいって感覚が結構強く
信じて託した面もあったのかも そこを放り出された感じというか

東京バビロンで 北都が星史郎に昴流をいい方向に変えてやって欲しいと願って預けた
そんなふうな (いやもちろん比喩ですが) だけど結局シンをズタズタに傷つけるだけで終わった メイリンまで巻き込まれて ルナには自責めいたものがあったのではと


もちろん ルナマリアが勝手な期待をかけていただけなんだけど
ルナも女性としてアスランに惹かれていた部分はあったろうけれど
アカデミーで学び 戦場で背中預け合って戦う仲間との絆って また特別なんじゃないかなと パイロットという1人コックピットで戦う人間は特に

確かにルナは男としてはシンを見てなかったけど(そうゆう意味でのアピールもアスランにしていたし)
初めからアスランよりシンの方が大切だった フリーダム戦のアスランの様子で この人にとっては 私達 よりもあっちにいる人達 の方が大切なんだなと思ったというか


今回 決して無邪気にじゃなく「凄かった…あんな戦い…」とアスランもいる所でシンに言うルナマリアは
アスランの心情に寄り添うよりも シンを肯定することを優先した シンが変わってきてることを察して
自分もまたシンを支える為に関係性を変えていかなきゃならない


だけどその方向性も覚悟も定まらないまま アスラン脱走
メイリン共々シンがそれを撃墜させられる 恨むならシンよりアスランを
自分がシンにとって一番近い人間に そして自分は軍人としての自分を選ぶ(脱走兵が追撃されるのは当然そこを否定するならザフトの自分を否定することになる)


初めからルナマリアがそれほどシンについてそれほど思いつめていたわけでもなくて
姉御肌の彼女が危なっかしい年下の同僚を気にかけてたくらいで
このあたりラクス→キラへの恋心もそうで ラクスもあの方好きですわといってた時や頬にキスした時は自分自身のふわふわした恋心を楽しんでた感じも


だけど 状況の中で 自分達にとって引き返せない選択場面が立ちはだかる
ルナにとってはシンが自分から立ち去りながらごめんと言った時に ラクスにとっては父が死んだ時とキラが自分自身を否定した時に
迷っていたら間に合わない 一度決めたら引き返せない







キラがコックピットを狙わないってことに対して アスランとシンとルナマリアで認識が違うってのもありそう
ルナマリアはそもそもコックピットを狙わない云々事態をよくわかってなかったっていうか
あまりフリーダムの戦い方みたいなのに関心がなかった 直接ぶつかったことないしね

だから アスランの キラはシンを殺さないって部分への信頼がルナマリアやシンにはわからない
シンは戦術に取り込んでれるし当然わかっているけど なぜかって部分が当然わからない キラが人を殺したくないからなんだけど そんなことはシンにはわからない


それが わかる には少なくともキラがどうゆう経緯で戦争に巻き込まれていったか知らないと駄目だし
でないといくら殺したくないからって聞かされても フリーダムは呼ばれもしない戦場に現れて 好き勝手に敵を討つ 存在でしかないからね

この、”フリーダムがコックピット”を狙わないって、ことに対する。アスランとルナマリアとシンの認識の違い、

ルナマリア=そもそもフリーダムがコックピットを狙っていないということ自体おそらくあまり意識していない。
シン=コックピットを狙わないことはわかっているけれど、それは自分の技量をひけらかすためだと思っている。/いつもそうやってやれると思うな!!
アスラン=キラが人を殺したり傷つけたりするのをいとうているのを心の底から理解している/あいつはお前を殺そうとしていなかった。いつだってあいつはそんなこと。それをお前は。


このあたりの認識の差も、ルナマリアとシンとアスランがすれ違った。シンとルナマリアの心情(俺が撃たれればよかったっていうんですか!?)。
アスランへの不信とも失望ともいえる感情をもたらしてると思う。そしてアスランの怒りにも。
なにを言ってるんだという周囲と、なぜ伝わらないんだというアスラン。

「当てようとしないよね、やっぱり」
このあたり、タリアもまたわかっていたし、理解も多分アスランに近いんだろけど。

ついで
「強敵をやっと倒せて喜んじゃいけないんですか!?」
「やめてください!人を殺してきて・・・そんな・・・よくなっただなんて」


明らかに対比させてるふたつのシーンだけど、単語でみてもふたつの対比がある。
「強敵」と「人」
「倒す」と「殺す」

敵であるということは、殺すということではない。

「俺たちは軍人だ。人殺しじゃない」

軍人としては正しい。それは軍人としてはレイの言葉が正しいことと同様に。

だけど、軍人として正しいことと、人として正しいことは、本当に同義か?





キラの回想(あれを落とされちゃったら僕は)のシーンでのラクスの頬キス
レイの回想(刺し貫かれるプロヴィデンス)
も気になるんだけど、いまいち解釈がまとまってないのもあるのと、それより力尽きたので、今回はここまでで。
大貫美麗キラのオレンジTシャツ姿が一番の見所であったことだけ宣言・・・

運命リマスター33話「示された世界」34話「悪夢」

2013-11-22 22:41:34 | SEED DESTINY




ステラの水葬から、シンの復讐。そこに、対ロゴス。そして、フリーダム撃墜。

ステラ水葬に対しては、やっぱ土掘って埋めてやれよ、と思う。
演出優先にしてもね、
あと、シンに対して手を伸ばす描写やりたかったんだろうけれど。

顔をあげたシンが浮かべた表情は、クルーゼに向かっていったときのキラの同じ。
シン、明確に「誰かを討つ」という意識になったのって多分これが最初で最後だと思う。
もともと、復讐の為に軍にはいったわけじゃないからね、無力であることに耐えられない。
このあたり、アスラン、シン、フレイは同一だと思うし、キラは逆に常に機体が一緒にあったんだけど、
ある意味ではアスラン以上にわきまえてる。だから、フリーダムが用意されていた、ことに対して、周囲に対する不信を持たなかったし、
アスランに機体を届けることを望んだ。

今回は、わりと復讐が主題で、
後半のデュランダルとミーアの演説によって想起されたものも、結果としては復讐だと思う。

あえて遠慮のない言い方、かつ極めて個人的な認識だけど、
ミーアがなぜあれほどまでに民衆に受けたのか、といえば、
ミーアの歌に酔っていたわけでもなく、そしてラクスの名前と言葉を信頼していたわけでもないと思う。
個人的な感触では、ミーアの支持者は血に酔ってた印象。
ミーアは、それがラクス・クラインというラベルが貼られた、良薬にもなりえる美酒だと信じて、生き血を人々のグラスに注いで回ってた印象。
個人的には、それを美味しいと飲んでた舌と頭の持ち主に、救われるべき理由の何者も見出せないけど、
その血を絞り取られている 存在があったのも確かで。それが連合であり、ロゴスであり、そして以降の、”運命プランに反対するものたち”

ミーアの演説は、2度とも、戦いをやめましょうとか、落ち着きましょうだけど、
以降、ザフトないし、彼らの支持者が武器を手放すことはなかったし、
慰安の名の下、平和の為に頑張ってくださいと、積極的に兵士たちを後押しした。

ミーアと議長というのは対・大衆にたいして相互補完関係で、
ミーア(ラクス)の言動の責任は議長がとるだろうし、
議長の言動の責任はミーアがとるだろう、という
いわば、一見、方向性の違うように見える二人がセットでいることで、
双方補完しあってくれるだろうし、お互いの間違いは諌めてくれるだろう、という”期待”が、
民衆を思考停止に導かせてる印象。

先の戦争で、パトリック(=評議会議長=自分たちの正式なトップ)を糾弾したラクス、という構図を、逆手にとっている印象だね。
政治的なトップと、象徴的なトップが一体になってように見せかけてるというか、
実際は、ミーアは議長の操り人形にしか過ぎないんだけれども、
相互に批判しあう柱が二本あれば、勝手に補完しあってくれるだろうという先入観をもたらすことに成功してるっていうか、
結局、中盤ミーアの、「打ち合うばかりの世界にやすらぎはないのです」と、厭戦的なイメージを与えつつも、
「ロゴスを討つ」と、一方的に討つ側として、自分たちが正しきものとしての宣言する。終わらせるためにと。
討ちあうだと続いていくけど、討つ、だと討ったら終わるからね。
議長のもたらしたものは、
打ち合いですらなく、討伐であり、彼ら彼女らは、戦いを厭う自分たちの自己イメージを損なうこともないまま、
一方的に相手を討つという大儀を手に入れた。
”多分、連合をうっても、ザフトを討っても駄目だ。そんなことは今まで散々やってきたんですから”

「今度こそ」と。”新たな夢に熱狂する世界”

「いつかは、やがていつかはと。そんな甘い毒に踊らされて、いったいどれほどのときを戦い続けてきた」
「それでも」「守りたい世界があるんだ」
「それを求めて、永劫に、血の道を彷徨うのだろう?君たちは」

今度の”敵”は”真の敵”だとは、すくなくとも、AAは思っていない。

「今また二色になろうとしている世界で、本艦はただ、邪魔な色なのかもしれません」

民衆の大儀、奪われてきた自分たちという自己認識。正義の名の下に私刑にはしり、
シンもまた、私怨を、戦場を混乱させる、という軍の命令を装って晴らす。

シンは憎悪もそうなんだけど、ただ、例えば、相手がどんな人間かっていうところにあまり興味がない感じもする。
アスランがなぜ止めようとするか考えてないみたいだし、
酷い人間だって決め付けてるっていう感じでもない。
そこに、どこかシステマチックに、強敵を倒すところに、目的設計してる感じもして、なにかしらの達成感(=目的)を欲しがってるようにも見えるし、
反面、「逃がさないといったろう」あたりに、キラが、離脱を優先してるということもわかっている、
正面から、技量を競っているわけではないことも感じながら、
そこには、先のステラのように、怖いものを排除する、という印象もある。

ところでマリューの「なぜザフトが?」はけっこう叩かれてるイメージなんだけど・・・
小説版では、「優先順位」の問題としてた感じだったかな・・・
個人的には、確かに撃たれる理由はあるけれど、現状、プラントないしザフトは、対AA(オーブ)について、
なんらの立場も表明していない。
デストロイ戦でも、フリーダムを筆頭にいないものとして扱ったし、もし敵として扱うなら、
先の放送で、AAやフリーダムも敵としてあげてしまえばよかった。
どこか秘密裏に、ことを勧めようとしてる気配を感じ取ったというのもあるかもだし、
タンホイザー破壊やハイネのインパクトが大きいけど、
トータル的に、AA介入がザフトに不利益ばかりともいいきれなくて、二度目の介入時は、介入なければ間違いなくミネルバ沈んでいたし。

このあたりの叩かれ方は、客観的にAAには討たれる理由あるだろ・・・というのを超えて、
AAやキラやラクスは、問答無用で殺されても仕方がない、という”価値観”を、ファンですら内在化してるような気もする。
よく人間くさいとか人間らしくない、という言葉が種界隈じゃ飛び交っているけど、
自分の言葉かな?それと感じることもある。
都合がいいから、誰かが言っているのを使ってるだけじゃないの?とか。


33話では、デストロイの惨禍の後がうつっていて、
その処理をしているのがザフト。
わりとザフトに肯定的な視聴者の認識ってこうゆうところも大きいんだろうなと。
アスランはそれを見てて、シンは部屋に篭ってフリーダムの研究。

しかし、ベルリンみたいな大きな都市に、ザフト・・・ってかコーディネイターが駐在してるってことは、
コーディネイターは、かなりの規模で受け入れられてたってことになるけど、
どうも無印から見ての運命の期待はずれ感って、対コーディネイターへの意識が、運命において、
ロゴスの陰謀みたいなところになっちゃったのも多きのではないかと。
頭で考えてもどうしようもない違和感や嫌悪感、その本能的な意識という、種族間のそのテーマの一角を放棄しちゃった雰囲気もある。
コーディネイターの方を信頼したり慕ったりするナチュラル勢力も当然あるだるけれど、
ちょっと安易だったかなーとも思うし、
そのあたりの、持つ者と持たざる者の対比を、持つ者側がキラとラクスになって、不自然な生まれゆえの業を背負ったのは、メンデル組だけになった印象があるんだよね。
コーディネイターという種族の立ち位置自身が、運命ではややなくなってた印象もある。

あと、ジブリール、恐怖政治にしても、デストロイで焼き払うはあまりに意味不明だし、
こうゆう所も、安易に連合・ロゴスを悪役にしすぎてるきらいがある気がする。

ついで。アスランとシンの戦う理由(対外的な大儀)って、アスランは同胞。シンは弱者(民間人)なんだけど、
具体性を欠くがゆえに、その重さや意味合い(ないし範囲)が、その都度本人の都合でコロコロ変わるよあ・・・という印象もあるかも。



以下、アスランとキラ。

アスランは、実のところ、先の戦争のラクスやカガリの言葉で、あんまり変わってない印象あるし、
ミネルバクルーとの交流でも、正直、そう変わっていない。
変わりかけたところはあるんだけど、結局振り子が元に戻るように、多少視野は広くなったかもしれないけれど、
一貫してあまり自分を疑っていない。

ただ、ここのきてだいぶ変化が見えてきてる感じがするんだけど、
そのきっかけになったのって、
○キラにぶった切られた
○キラが撃たれた

にある気がしてる。
この2つというのは、アスランが自分ではどうしようもできなかった、ということを思い知らされたってところにある気がする。

アスラン、キラを殺して「敵なんだ、今のあいつはもう。なら撃つしかないじゃないか」「一緒にこいと何度も言った。でもあいつは聞かなくて」
という感じで、
キラは敵
キラが言うことを聞いてくれれば

という感じだったんだよね。
キラを殺したことを含めて、キラは自分のコントロール下にある、そしてコントロール下にあるべき、
そして手に負えなくなったら、いわば保護者の責任として罰を与えるという意識もあったかもしれない。

ただ、ここにきて、キラに言葉でも行動でもきっぱり拒絶され、敵認定されて、

アスランと違う場所に立ち、場面によっては敵対してる キラ を個別の対象として、評価し、認めざるを得なくなったと。

キラは敵じゃない、

は別に、キラが正しいって思ってるわけでは当然ないけれど、
じゃあ、排除すべき”悪”では当然ない。

アスランは、血のバレンタイン以降、自分の無力感に苛まれてきて、
力が欲しかった、という思いは常にあったと思う。それは、オーブで何もできなかった、という後悔にも恨みにも似た気持ちも同一で、
だからこそ、力が必要だろう?という議長の誘いにのった。

ただ、今度は、自分(達)と対立状態にある相手、相容れず、遺恨もあるけど(介入)
”自分たちとは違う存在を、力で排除したくない場合”というところに、アスランは直面する。力が欲しい。その思いの限界。

怖いものをなくす、邪魔な相手を消す=キラを殺す。 それは違うと思ったときに、そしてキラにもまた想いがあると知ったときに、どうするか。

”違うもの。己と違うもの。ただ相容れようもあるはずのもの”(いやここ後半クルーゼなに言ってるのか上手く聞き取れないんですが)”

そのもどかしさが、キラは敵じゃない、という言葉に表れてると。


さらには、キラが目の前で恨まれ、国・軍自分が所属してる大きなものの意思で排除されようとしている現実の中で、

アスランと、そしてアスラン以外の大きなものに対して、どういえばいいのか。

キラが正しいわけじゃない。
キラによって殺された人間がいる。

アスランだけなら、キラの間違いも奪われたものも許せるかもしれない。

だけど、キラに対して面識すらないほかのクルーはどうか?
許せといえるか。
言わなければならないなら、それはなにによってか。

キラ(AA)は正しいというか。
自分たちもまた相手からみれば、別の視点から見れば、敵であり、誰かの仇であるという、客観的な自覚からか。
キラ達を殺せば、将来的に自分たちが不利益をこうむるという打算からか。
自分たちの方が相手より間違っているからという自戒からか。

”敵対してるキラ・ヤマト”を艦で唯一知るものとして、
無印時代には引き受けていなかったその問いを、(キラはコーディネイターであり俺たちの仲間なんだから、こっちにこないキラが悪いで済んでた)
運命では引き受けてることになる。

アスランって、新キャラと絡んで、AAとは違った視点、AAやオーブに対する批判的な思考を取り込んで、
AAに対するアンチテーゼを掲げたり、違う道を歩んだりってところが期待されたんだと思うけれど、
アスランの役割って、この命題を抱え込むことだった気がする。

キラに討ってキラは敵だといい募っていたものが、キラに撃たれてキラは敵じゃないって言い出したのはけっこポイントなんじゃないかなぁ、とも。




○キラ

デストロイ戦より、シン側の情報(=ステラのこと)の欠落したキラにとっては、
まさしく、”わけがわからない”状態であると思う。

ただ、その中でも、おさえるべきところはおさえているのがキラで、
○情報戦としての相手の狙い(=撃たせるのが目的かもしれない)の可能性
○優先順位としての戦う目的

AAという艦は、いわば今AA組とオーブ組の2組が乗り合わせていて、
微妙に想いの違うがでかけた。
カガリの立場最優先のアマギと、
おそらく、自分達の使命をわかってはいても、キラを捨てることはできなかったであろうマリュー
キラ自身は、おそらくAA組のくくりで(たとえば、デストロイ戦。行きますとマリューにつげてでるキラは、
抱え込んだ国家元首であるカガリよりも、この艦の艦長であるマリューを自分達の頭として認識してるとおもう
タリアの勧告はキラにも届いていた、そして、AAのブリッジが揺れているこることも察していたと思う。
ある意味では、キラの命か、カガリの政治的立場か
そこで、キラ自身が背中をおす。

はんば脅迫でもってコックピットに押し込められて艦を守れといわれてはじまったキラの戦いが、
ほんとうに、こんなところまできたんだなという感じもする。
ひとりでコックピットで戦って、守ることが、すでにあたりまえである、そんなふうな。
一機も欠かさずオーブにつれてかえるから。
それは、あれだけ辛い思いをした(ある意味ではキラがさせた)カガリが得た成果だからというのもあるかもしれない。





○この戦いは三重構造になっている気がする。
当事者としてのキラとシン。その中核にあるのは、ステラというひとりの少女の死
傍観者としてのアスランとカガリ。
ある意味ふたりのここまで積み上げてきた”限界”の先で、
アスランにとっては、幼馴染と自分の仲間が、
カガリにとっては、弟とオーブの民が戦い合う

カガリが、ミネルバで会ったときに、シンと毅然とむきあえていれば
カガリが同盟を拒否できていれば
カガリがこの戦闘を放っておけないと介入しなければ(ザフトにAAを撃つ名分をあたえなかった)

アスランが、カガリを支えれていれれば、
アスランが、なぜオーブにいたのか、ザフトに戻ったのか、シンに誠実に向き合ってシンの信頼を得られていれば
アスランが、なぜキラが敵ではないか説得できていれば

できなかったこと、やらずにすめばそれでよかったことを、
その積み重ねがこの結果を招き、ふたりは見てることしかできない。
”仲間ですら”想いを重ねられない
アスランの要求をタリアははねつけ
カガリの及ばないところで、AAの方針は動く

ふたりにとっての悪夢だったと思う


そして最も外枠に、この状況を整え望んだものがいる デュランダルとレイ
友の仇として、そしてあるべきでない夢の結晶としてのキラ
彼らにとっては、キラ自身が悪夢かもしれない





運命リマスター32話「ステラ」

2013-11-15 22:21:03 | SEED DESTINY




メインキャストは、ステラとシンと、そしてキラとネオ。
それが、ステラの死という結末にむかって、知らず知らずのうちに役割ともいえる行動を行い、それが結末を招いた感じも。


シンとキラは、最初。まるきり同じ動機と感情でたたかっている。

「なぜこんなことを平然とできる!?」
「なんでこんなに殺したいんだ!?」

デストロイの、無分別な虐殺ともいえる行為に憤り、そしてなんとしてでも止めるという心情は共通。
だけど、ネオの「あれに乗っているのはステラだぞ」と聞いた瞬間、当然シンは戦えなくなる。


キラとシン(ステラを止めたい)

ネオ、ステラを討たせたくない(シンの手でステラを殺させたくはない)

シンがコクピットを裂く(のちのステラの肉体的ダメージを大きくするきっかけにも、小爆発やフリーダム目視でステラ狂乱のきっかけにもなる)

シンは、ステラを助けたい

キラが、ネオに気付いてウィンダム破壊

それを見たステラがさらに精神のバランスを崩す

シンの言葉にステラの心が一度安定

様子を窺っていたフリーダムの姿が目に入り、ステラもう一度心を手放す

フリーダムがデストロイ破壊

直接の死因は不明瞭ながら、ステラ死亡



キラがかなり皮肉な部分を押さえちゃってるというのが現実。ウィンダムを落としたところが特に。
一応、状況読んでデストロイが止まっている時は攻撃してなかったんだけど・・・

ただ、どれががずれていれば、ステラを”保護”できていたかもしれない。
しかし、最終的な結末=ステラの死 はどうあっても動かない。
そして、かなり皮肉な展開を見せたものの、それが最悪の推移だったというわけでもない(シンが知らずにステラを殺してしまうという結末もありえたわけで)



ステラにとっては、肉体的精神的ダメージはそうとう惨たらしかった反面、
シンの腕の中で逝けたことは、まだしも救いともいえる最期だけど、
むしろシンのほうが、ステラの手が落ちた瞬間、シンのこれからの生きていく中での、
なにか大きな可能性が完全に絶たれたイメージがあるというか。

それはステラが助かり、ステラと一緒に生きていく可能性、というよりは、
世界への信頼ともいうべきものが、信じて託して駄目だったという部分も込みで、
取り返しのつかない死だったとも思えるかもと。

EDの使い方や、そして星になったステラをイメージして、という監督の言葉みるに、
ステラ・ルーシェというのは、作内でも聖なるものとして、どこか特殊な立ち位置にいるキャラだなとは思う。

版権絵は、あどけなく笑うステラを導き守るシンという構図で一貫してるね。
OPにせよ、DVDのコレクションジャケットにせよ、小笠原さんの絵にせよ、今回にせよ。
キララクが、向き合っての恋人イメージの絵が多い反面、シンステはもうすこし守るシンと守られるステラというイメージで統一してる。


ただ、以降は個人的な感覚なんだけど、
シンステに感情移入しきれないのは、シンとの関係だけが、ステラの人生の唯一の光だったという感じになるのに違和感あって、
それはネオやスティングやアウルとの関係や、
そしてステラには、誇り高き戦士、としての側面もあった。
「私を・・・私をよくも・・・」「なんであろうと、私はーーっ」

そこには確かに自我と自負があると思う。地球軍に植えつけられた力と役割の中でも、
そこに彼女の自我がある以上、ステラの生きた証、はそこにもあるのではないかと。
シンは、ある意味では、ステラの全てを見てるわけでなくて、可哀想な戦争被害者としてのイメージを重ねていた部分もあった感じで、
シンとステラの関係だけで閉じてしまえば、そこには悲しいからこそ美しい関係があるけれど、
その周囲には、シンの私怨や、ステラの自負、そしてステラによって殺された多くの人間、エクステンデットが、対ザフトとしての切り札になっている連合側の現実、そのあたりを
シンは見ていないというのもある。
家族の中でのステラ、戦士のしてのステラを知るネオも込みでこそ、ステラを悼めるのではないかな、と思う。


シンやステラが好きな人にキラが睨まれる反面、基本的にキラアンチながら、ここでのキラの行動は肯定する人もいる今回の行動、
約束を果たさなかったネオ、
直接ステラの死をもたらすことになったキラ、
シンの戦後の感情はどうなるか、と思われていたけれど、
すくなくとも、感情的な恨みは抱いてない様子であり、
そのあたり、ネオやキラの立場なら、そえせざるを得なかった、というのを理解してる様子がある。


シンの言い分は
「誰が死ぬことになるか本当に考えたのかよ!?」
「なにも・・・なにも知らないくせに。あれは、あれには!」



という感じで、力あるものの無知や無想像にその怒りは向けられている。




ただ、今話では、個人的な難点としては、
キラ・ネオ・シンが、それぞれの”役割”を果たす役割が前提になっている反面、
その間の行動がややおざなりというか、
正直にいうと、キラがビームに固執して、それが跳ね返され、さらに街を壊しているじゃないかの
批判はもうどうしよもないというか、
今回は戦闘回じゃないから、そのあたりのキャラの動きまで注力しろは酷だろうけど、
こうゆうところも便利にキラが使われてるなという印象が・・・
キラが早々にデストロイ抑えちゃったら話にならないというのはあるんだけどさ当然・・・

運命リマスター31話「明けない夜」

2013-11-04 21:17:45 | SEED DESTINY



①オーブとキラの立ち位置


カガリが決意を表明し、カガリ支持を改めて表明するオーブ兵。
ここが、23-28話のカガリの戦いによって得た成果といえるかなと。

今までカガリは、自分と、自分及びアスハ家、オーブの理念を支持する兵及び国民を、セイランを筆頭とする閣僚たちに阻まれ隔てらてる状態に二年置かれていた。
そこに、シンの糾弾がさらに打撃になり、オーブの理念を貫く、ということに対して挫折してしまった。
そこの建て直しのため、カガリがその”囲い”を突破し、彼らに”出会う”ことで、カガリの物語は、一歩進んだと。


現状のAAという組織は、役割的にも願い的にも必ずしも一枚岩ではなく、重複してる。

①ウズミの遺志を継ぎ、カガリを掲げたオーブの理念の箱舟としての役割。
②コーディネイターのそれも正規軍に狙われたラクスの保護

クルー的には、
カガリとラクス(姉と恋人であり、前対戦の心の恩人でもある二人) を心身も信念も守りたいキラ(ラクスは心身重視、カガリは信念重視)
を中心に、仲間としてラクスやカガリを守りたいと同時に、各人が各人なりに、先の戦争での反省を生かし、かつ本来はまったく関係なかったのに、
誰よりもAAという場所に取り込まれてしまったキラに対する信頼と覚悟的な部分もある気がする。

個々人の思いは、同じ方向を向いてはいても、かならずしも利害が一致してない。
13話のラクス襲撃で起こったことのみを起点にすれば、
身を潜めつつ情報収集に専念、もしくはキラとラクスとバルトフェルドあたりで宇宙にあがってエターナルと合流した後、情報収集というのでいい。

ただ、カガリを抱え込んだことで、AAには別の役割が果たされる。カガリの為政者リスタート物語。
そして、本来はオーブの船であり、また先の戦争で、ウズミと話し、ウズミに託されたこの艦にとっては、カガリの為の役割の方が、重要度があがるよう、
最初から運命付けられた艦だったともいえる。

カガリの、この戦闘を黙ってみてられない、という決意(AAへの依頼)によって、
AAは、ザフト・連合双方に対して、討たれる理由を与えてしまった。

そして、ザフトに睨まれると同時に、
最初にブレイクザワールドがきっかけとなり、ナチュラルVSコーディネイターという火種が最熱するかと思いきや、
情勢はどんどん変わってきているし、情勢をリードしているのは、あきらかにプラント側。
しかも、その牽引役になっているのが、”自分の偽者”という状態になっていることになっている状況に対して、調査も兼ねて、、
ラクスが、AAから離れることを決意。

AAという艦にとっては、ある意味で、目的が一本化したともいえる。
ラクスと入れ替わり的に、AAに参加したミリアリアにしても、”オーブは私の国よ””世界を守りたいと思った”
という、先の戦闘でオーブの人間であることで戦う決意を固め、
今度は、世界のためといい、オーブの理念を守ることがすべてを守ることに繋がる、というカガリの立場ともまた重なるところがあるミリアリアの参入。

26話で、ラクスとバルトフェルドが離れ、AAは、オーブの理念及びカガリのための艦であることに、特化した反面、
キラにとっては、もっとも守りたい相手との離別という形で、引き裂かれることになる。

このあたりは、AAを守ってアスランと敵対という無印の時の状態の再現だと思う。
表面上再度敵対してるのは、またアスラン、だけど、アスランは焦ってザフトに取り込まれているだけで、カガリとオーブの為という気持ちはキラと共通だからね。
抱えた矛盾は、無印では、AAか友(同胞か)であり、運命では、AAか恋人か。というあたりにある。

AAに、オーブの兵士が参入し、AAが、カガリのリスタートとしての母体の役割をさらに強化する反面、
キラがひとつの役割を終えて(AAを守る、オーブという国で挫折したカガリをリスタートさせる)キラがまたAAから離別するフラグであるともとれるし、
それは、アスラン(恋人としてカガリを守りたい)との入れ替わりによって、なさせる。
そして、その背を押したのは、今回の”大切な人を守りたい”という気持ちを肯定したマリューであり、
また39話で全員でキラ君のサポートを、と支持したマリューでもあると思う。
そして、行け、といったアスランの言葉を伝達したムウは、かつてキラに、AAを守って”同胞”と戦え、と強要した人間でもある。
先の無印の、舞い降りる剣以降、キラは自由にはなったんだけど、それは動機と責任の部分を自分で追う、という意味合いで、
AAの剣、ラクスやカガリの為の剣であることを自分に課したんだと思う。すでに人を殺した人間として、キラなりの落とし前。
舞い降りる剣、よみがえる翼、蒼天の剣。メンデルで自分の異質さを思い知らされる前に、キラはある意味人間であることを、責任・役割の方に明け渡していた。
そして、人としてのキラを繋ぎ続け、求め続けたのが、ラクスであり、39話で、キラがそれを受け入れる。
「あなたにここにいて欲しい、わたくしは」「こうして君がここにいる。それが本当に嬉しい」
天空のキラ。地上(天の下)の剣から、人へ。

今回の”決起会”に、キラが同席していなかったこと、そしてオーブの兵たちも、キラの同席を求めなかったことは、
キラという(個人としてのキラを犠牲にした上での)力に頼るのでなく、
自分たちと、そしてオーブの理念を掲げる、為政者たるカガリ、という図式を受け入れてるという部分で、正しい姿だと思う。


もともと、キラの14話の誘拐や、23・28の戦闘乱入を 正しいか、正しくないか、などという文脈で論じるのは無意味で、
そんなのは正しくないに決まっている。
キラにとっても正しさは、カガリ(とアスラン)が二年でオーブの中心で足場を固め、
同盟を拒否し、中立の立場を守ることが一番正しくあるべき道だったのは事実。
そうすれば、ラクス暗殺未遂がおこった後でも、逃亡生活を続ける必要もなく、オーブを拠点にしてラクスを守りながら、情報を探れば、それが一番よかった。

だけど、カガリもアスランも、そういう正規ルートで挫折した。結局、大人の保護に逃げ込んだと。
カガリが、同盟を結び、反アスハ(理念)と言っても過言ではないセイランとの結婚を受け入れた段階で、”本来ならゲームオーバー”だったんだけど、
それを、キラが”ルール無視の”やり方で、再度カガリにやり直せるチャンスをあげた。
キラが、正しい行い、を優先するなら、カガリとオーブはもう諦めるってのが、正道だったからね。
それ自身には、カガリ自身も苦悩の道を(眼前で大勢のオーブ兵を見送り、オーブ兵がオーブの敵はない相手をうつ姿を見なければならないという試練をこえてなお立てるか)
通らなければならなかったんだけど、
キラ自身、作内外から、批判と非難を受けて泥まみれになった。

このあたり、キラファンとカガリファンにも温度差あって、
キラが二年前の段階から助けてくれるべきだった、と、
なんでキラがカガリの為に、こんなことしなくちゃいけないの?という対立もね・・・
カガリは自分の愚かさ、力不足さを自覚し嘆く反面、キラも今までなにもしてあげられなくてごめんと(キラにカガリを助ける義務はないはずだけど)言ってるし、
もともと内包してる議論ではあるけれど、
キラファン(特にキララクファン)の中には、キラにはもうカガリやオーブに関わって欲しくないという意見もサンプル数が多いとは言わないけれど、今まで何度か見てきたし、
このあたりは、どっちに肩入れするかで、永遠に対立する話だよな、本人たちの想いとは別に・・・
正直、キラは二年間カガリを助けてあげられなかったことを反省すべき的なこと言ったり、28話のキラの言葉を、やたらカガリ視点で持ち上げたりするカガリファンより、
キラファンの方が、なんていうか冷めてる気がする。
(他人事みたいに言ってるけど、けっこ私も、オーブ・カガリ支持とはいえ、けっこうんざりきてるんで)


ついでに、今後の構図をすでに現しかけているシーンはもうひとつあって、
考え込んでいるアスランを、見ているメイリンという図が今話にはあったなと。
メイリン→アスラン→カガリ の構図はすでに内包していたと。ただ、この→の意味合いはイコールじゃないけど。


②アスランとシン

シン→アスラン(タリア)に対する反発。 
軍という規則の観点で、シンに処分を迫るタリア。
ステラの置かれている客観的状況から、シンのしたことの無意味さ”自分の意思で戦場を去ることができないなら”の指摘。

アスランの言葉というのは、事実ではあるが、”指摘でしかない”
ある意味ではそれがでていた場面でもある。
アスランの言葉が、キラに対して、パトリックに対して、カガリに対して、シンに対して、正しくはあっても、響かなかったのは、
それが彼らにとってむなしい言葉でしかなかったから。むしろ相手を追い詰めるだけで終わった。
たとえステラが”ここで”苦しみぬきながら死んでいったとしても、アスランはそれを背負わない。
心を痛めるだろう、だけど、仕方がない、と割り切ってしまうことがわかっていたと思う。
それは、28話で、キラが激した理由とも同じ。 仕方がないで、結局切り捨てられてしまうものは、キラやシンにとっては命に代えても守りたいものなのも事実。
ただ、今回は、アスランのいう正しさ、が現実となって。
自分の意思で戦場を去ることができない。より巨大な兵器で、より大きな犠牲を。
あえて、厳しいことを言うならば、シンは自分の行動で、「誰が死ぬことになるか、本当に考えたのか?」

アスラン的な立場、言葉も必要な役割でもあり、ただそれを損な役回り、という意味合いで同情する気にもなれないのが個人的な心情なんだけど。



そして、シンが不問に帰されたことで、アスランに、”議長は本当に正しいのか”という疑念が生まれた気がする。
軍のルールを無視する決定を、トップがする。

かつて、ザフトを脱走したアスランは、事実上プラントを追放されていた。
それを議長は”なかったことにしてくれた”アスランを必要だと、アスランの気持ちが尊いと。

カガリやオーブの力になりたい、戦争になるのを止めたい、世界の為に働きたい、父の名の元で行われた蛮行に対して、できることをしたい。
その気持ちに恥じることはなかった。男として、人間として、極めて正しく全うな感情だったはずだった。
ただ、その為にないのは、力だけだと。そんな自分を、
”わかってくれる人は、正しい人”であるという、無意識の傲慢。

”だったらあのまま死なせればよかったっていうんですか!!?”
”あんなに苦しんで、怖がっていたステラを!”

間違いのはずはないと。

”だが、嬉しいことだよ、アスラン。こうして君がきてくれた、というのがね”
”君の力を必要としているのと同じにね”


”不問だって?あれで?”
”上層部にも俺のことをわかってくれる人いるみたいですよ”

ここで、ダーダネルスで、キラ達の目に、”自分がどう見えていたか?”アスランにようやく察せられた気がする。

「本当にそう?」「そのデュランダル議長って人は?」

人間誰にも、自分が一番特別だという思いはあると思う。
自分が一番正しい。自分の感情が一番尊い。そして、自分はルールを破っても、誰かの大切なものを奪っても、”自分は”許してもらえると。
それをどれだけ相対化できるかが、理性、なんだろうけれど、
議長は、どこか人がもっているそんな認識(それは自尊心に直結する部分だろうから、自分と自分の大切な人は、他人とまったく同価値である、と心から思い込める人間はそのほうが歪んでいるし、正しい意味で生きられないのだろう、とは思うけど)
の隙間を突くのが上手いんだと思う。

これは皆のためなんだ。正しいことなんだと。 本来彼らのものでないものを与え、許し、結果、彼らを操る。
ラクスの名と姿を与えらたミーア
かつて失った(アスラン自身がすてたはずの)立場をもう一度与えられたアスラン
銃殺刑相応の罪を、不問にされたシン

自分の気持ちは正しい(私嘘だから気が引けるけど、だけど皆を励ましたいって気持ちは嘘じゃない) だから自分は正しい、自分は許される。議長だってそう言ってる。自分を否定する人間が間違っている。

これはわたしのものなんだ。

「上層部にも、俺のいうことをわかってくれる人はいるみたいですよ?」

「彼は・・・人を・・・」



③3つの場面のコントラスト

種の脚本の性格の悪さが存分にでたところで(※誉めてる)

大切な人を守るとする気持ちは正しい。だからこそ、人は頑張れるし、世界もまた愛せるというマリュー。
貴方のいう正しさがすべてではない、とアスランに言うシン
そして、街を、そこに住む無辜の人々ごと焼き払うステラ。そんなことをさせてでも、ステラを生きさせたかったネオ

マリューの言葉はシンもまた肯定し、しかし、その結果起こったことは、アスランの言う正しさが、正しかったと。

正義と正論と、無力と、生きようとする意志と。
その重なった部分で起こった大虐殺という。最後の数分の、
AA,ミネルヴァ、デストロイのそれぞれのシーンが映し出されながら、
ステラが、”最も極端な正解”を叫ぶ。”自分と自分の大切な人を守るための、もっとも”極端な正解”
かつて、砂漠でキラが、そしてアズラエルと、パトリックが掲げた心情。

”やっつけなきゃ! 怖いものは全部!!”

大切な者を守るために。





運命リマスター30話 「刹那の夢」

2013-10-26 00:58:31 | SEED DESTINY
メインは、シンのステラ返却と、そこに絡むレイの言動だけど、
3主人公のそれぞれの立ち位置的に印象的な回だと思う。

○暗闇の中にとどまれるか

演出的出色は、冒頭のアスランのシーンだと思う。スペエディ移植だと思うけど。
怒りでも困惑でも沈思でもない、ただ静かにしかし頼りなげな表情で、
ザフトの赤服をきて、暗いロッカールームから、外にでていくアスラン。


キラはこの回で、わからない、という言葉を使ったわけで、わからないのにテロ行為するなよって批判を受けやすい部分だけど、
ある意味では、わからないものをわからないまま抱えていられる強さがあるともいえるんじゃないかと。

わからないまま、”明るい方へ”でていってしまったのが、アスランなイメージなんだよね、今回の演出的にも。
ザフトの制服をきて、明るい方へでていっても、しかしそこで自分の居場所は無くしかけている。
機体をなくしたのが直接原因じゃない。むしろ、機体を無くしたことで、最低限の面目を保てた側面すらある気がする。
アスランは、ここにいるミネルバクルーと想いを同じくしてザフトに戻ったわけではないことに気づいて(思い出して)しまったし、
タリアをはじめとしたクルーの面々も、それに気付きだしている気がする。
アスランの人間性を疑っているわけではなく、そこは信頼できる。
だけど、それと自分の命を預けられるかってのは別だからね。
優しくて誠実だからこそ、かつての仲間を裏切れるのか?って疑念はあるし・・・。

アスランが議長の言葉に真実を見て、手ごたえを感じて、
感じる疑問(ミーアのこととか、報復される連合兵士とか)を、大事の前の小事だと切り捨ててしまっていたんだと思う。

だけどそうして選んだ道が徹底的にキラやカガリと袂をわかってしまった。自分はなんのためにザフトに戻ったのか。


一方シンは、シンはシンで、ある意味で、オーブとの繋がりを絶たれてしまった部分はあったと思う。
オーブ近海の戦いから、先の戦いにおいて、完全にオーブはミネルバの、つまりシンの敵になり、
そして、シンとオーブを繋げる役割を果たせたはずのアスランは、
むしろ、アスラン自身がオーブと敵対し、切り捨てられたことで、その期待も潰えた。
シンが、オーブというより、故国というひとつの縁を失って、その代わりになったのが、ステラとの約束という感じもある。
アスランはシンの軍人としての上司という役割もあったから、アスランの失墜は現在のザフトとシンの繋がりも薄れさせ、
そしてそれは、タリアのステラへの冷たい言動(ステラに対してだけでなく、ステラを思いやるシンに対しても冷たい言動)を聞いて、
故国という過去、軍属という今、それらに対する信頼を失った時、
自分はひとりだ、ということを自覚した時に、彼がした約束、彼しか守れない(守ろうと思っていない)女の子、の命と幸せは、
意味合いをかえた。 誰のせいにもできず、誰のせいにもしない。それを受け入れた時に、できることをするしかない。
力がなくては守れない。今の自分は力がある。
シンの力=軍の力でもあるから、シンにはザフトに戻らないという選択肢はなかったし、ここでのレイとの絆と、彼が示した命への、弱きものへの誠意は、薄れかけたシンとザフトの絆を再構築するものでもあったかもしれないなと。


シンがステラを返したことで、果たして救われたものがあるのか。
ステラの魂を救ったかもしれない、だけど厳しいことを言うなら、ここで返さなければ、ステラは何万のいう人間の命を奪わなくて済んだともいえる。
カガリを糾弾したのはオーブ国民として、キラを落したのはパイロットとして、アスランを落したのは、軍人として、
評価の対象になりえるだろうけれど、ステラのそれは人間として、だろうかと。
ただ、このシンの行動こそが、シン・アスカという人間の核であるのも事実なんだろうなと。
それは結果や評価で左右されるものではなくて、もっとも、ただ美しいものとして。


「ただ戦いたいとか、仇を討ちたいとか」

キラの言葉を受けての、アマギさんの言葉だけど、
奇しくもこれは、アスランとシンに重なる。
シンは元々、仇を討つという目的で軍に入ったわけではなく、戦争を起こさせない、という気持ちでザフトに入った。
もし、家族の仇を討つためにオーブや連合を撃ちたいという気持ちがあるのなら、
開戦にいたった時に、沸き立つものがあったはずで、シンには一切それがない。

だけど、力を得て、その守るべきものを失った時に、自分の無力感を乗り越える手段として、
フリーダム打倒という目標を掲げることになる。ただ、憎い仇としてだけでなく、強敵を倒すという目的も込みで。

アスランの想いは、真摯なものだったけれど、アスランもまた自分の無力感に耐えられなくて、
何かしたい、という真摯だけど、具体的な形のないおもいのまま、
議長に提示されるものに乗ってしまった。
それ自体は間違いではなかったとしても、 アスラン自身の想いから離れていってしまったと。


「ただ連合を撃っても ザフトを撃ってもダメ」

素朴な言葉だけど、これさえ撃てば、という誘惑を振り切るために、
「悪いのは、ロゴス。彼ら。貴方ではない のだという言葉の罠にどうか陥らないでください」
「戦うしかない、か」「キラ?」「あっ、いや。むこうもそう思っているんだろうなって思って」

こちらは平和を求めているけれど、相手は平和ではなく、戦いを求めている。
そう思えば楽だと思う。きわめて初期のプロパガンダ。
相手が悪いと、仕方がないと言いながら、相手を撃てば、平和になるんだから。

キラはその考え方を自身に禁じているし、先の戦争で学んでいるんだと思う。コーディネイターでありながら、ナチュラルの軍に味方することになったキラは特に。アスランと敵対したキラは特に。

相手もまた平和を求めている。と知り、信じること。
それがキラの大前提なんだと思う。

”ならなぜ”平和にならないのか?

どうしてアスランと戦うようなことに、とマリューにいうキラ。
国と国。個人と個人も同じ。

どちらかが間違っているから、戦いになるのか?

相手も自分も同じものを目指している。
だけど、立場や価値観、優先順位、思想によって、その平和の形も様々で。
だからこそ、オーブの理念がでてくるんだと思う。

他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の争いに介入しない。

真実のオーブの為に戦いたい。


オーブの理念を掲げるにあたって、一番重いのは、自分(達)が、”絶対的な正義ではなく”
相対化された立場を守るにすぎないということを自覚しないといけないところかもなぁと少しおもった。


シンとアスランにとって、ステラとカガリ・キラというのは、自分が戦った守るための、
一緒の聖域のようなものなイメージもある(だからEDで、アスランにとっての願いとして、オーブという安全な場所るいるカガリとキラとラクスというのは、それも込みで願いなんだろうなと)

キラの場合、守るべき相手は、共に戦う相手でもあるから(ラクスにせよカガリにせよマリューにせよ)
もし、フレイやエルが生きていたら、また違ったキラの側面が見れたかなとちょっと思ったかな・・・