萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第47話 光面act.2―side story「陽はまた昇る」

2012-06-21 22:48:19 | 陽はまた昇るside story
※後半3/5あたり念のためR18(露骨な表現はありません)

山の肌、光つ面差し



第47話 光面act.2―side story「陽はまた昇る」

点呼が終わると英二は、隣の部屋をノックした。
うす暗い廊下から開かれた扉に入ると、デスクライトのあわい光がやさしい。
気恥ずかしげな笑顔の後ろデスクには、青紫の花がすっくり活けられていた。

「きれいだな、この花、」
「ん、ほんとに。花菖蒲、凛々しくて好き…今の季節らしいのも、」

嬉しそうに青紫の花に微笑んで、そっと花びらにふれている。
やさしい凛とした花の笑顔が愛しくて、そっと掌で頬をくるみこんだ。

「周太、」

名前呼んだ唇を、愛しい唇に重ねあわせる。
ふれるだけのキスに微笑んで、抱きよせながらベッドに座ると英二は、恋人の瞳を真直ぐ見つめた。

「周太、教えてほしいんだけど。関根は俺達のこと、どう想ってるって考える?」

訊かれて、黒目がちの瞳がすこし考えるよう見つめてくれる。
ゆっくり1つ瞬くと、おだやかな声は微笑んだ。

「なんか似合うな、って、いつも関根は言ってくれるよ?…瀬尾だったらもう、気がついていると想うけど、」
「やっぱり瀬尾って、そうかな?」

同じように周太も感じるのかな?
そう見た先で穏やかな笑顔は頷いてくれた。

「たぶんね?…俺の大切なひと、って言った時にすぐ、英二のことだって瀬尾は言ったから。でも、関根…?」

英二を見つめながら周太は首傾げこんだ。
傾げた黒髪に、デスクライトの光が輪を象っている。そんな様子で大きめの白シャツを着た姿は、天使を想わせる。
夕方にも「天使みたい」と想い、それから抱きしめたくて困った事になってしまった。
いまも抱きしめたいな?そう見ている先で、聡明な瞳が微笑んだ。

「もし俺達のこと知ったらね、最初は驚くだろうけど…でも、受け容れてくれるかな、って想う。関根なら、」

やっぱり同じ考えでいてくれた。
この共通が嬉しい、嬉しくて英二はきれいに笑いかけた。

「よかった、周太もおなじ考えなんだ。あのね、周太?関根に話さないといけなくなりそうなんだ、」
「ん、…お姉さんのこと?」

やさしい笑顔で尋ねてくれた、その瞳は深い温もりと見つめてくれる。
すぐ理解してくれた歓び微笑んで、英二は頷いた。

「うん、そうなんだ。このこと、姉ちゃんと話そうかなって思ってる。周太、明日と明後日の予定は?」
「明日はね、美代さんと公園に行って、そのあと実家に帰るよ?…明後日は、家からここに戻ってくるだけ、」

明後日の夕方なら。
そんな想いに英二は婚約者に笑いかけた。

「それなら周太、明後日は17時に新宿で待ち合わせしよ?姉ちゃんと3人で飯食って、話したいんだけど、」
「ん、わかった。待合わせは、いつものとこ?」

直ぐに頷いて訊いてくれる、こんな理解と覚悟が嬉しい。
嬉しい想い素直に微笑んで英二は答えた。

「うん、いつもの改札のとこで。ありがとう、周太。いま姉ちゃんにも電話してみるな、」

きれいに笑って英二は、婚約者にキスをした。
やさしいキス離れて携帯を開くと、電話帳から呼びだした番号に繋いだ。

「こんばんわ、英二。どうしたの?」

懐かしい声が快活に笑ってくれる、けれど少しだけ固い。
きっと関根のことで姉なりに傷ついている、そんな気配に心刺されながら英二は微笑んだ。

「どうしたの、ってさ。周太と3人で飯食いに行きたい、って言ったの姉ちゃんだろ?そのお誘いだよ、」
「あ、うれしい。今、周太くんも一緒にいるんでしょ?」

ほぐれた明るさが電話むこうで微笑んだ。
どうも姉にとっても「周太」は効果があるらしいな?なんだか嬉しい想いと英二は頷いた。

「うん、一緒だよ。もう消灯だけど、今から一緒に勉強するとこ。それでさ、日曜の17時に新宿でもいい?」
「大丈夫よ、ね、周太くんに少し替って?」

楽しそうに姉はお願いしてる、その雰囲気が「湯原くんとね、」と話してくれる時の美代と似ていた。
この共通点が意味するものに少し嫉妬しそう?そんな自分を笑って英二は周太に携帯電話を渡した。

「はい、周太。姉ちゃんが替って、って、」
「ん、ありがとう、」

嬉しそうに微笑んで、電話を受けとってくれる。
そっと耳元に当てると周太は、電話むこうに笑いかけた。

「こんばんわ、…ん、大丈夫ですよ?…じゃあ良かったら、家にどうぞ?…きっと喜びます、…じゃあ14時で、はい…」

短い通話、けれど大切な取り決めをした。
そんな雰囲気の言葉たちを見つめる先で、周太は電話を切った。

「お姉さんね、明後日の午後、家に遊びに来てくれるって。お母さんと話したいみたい…」

穏やかな声が笑いかけ教えてくれる。
いま姉が周太の母に会いたい気持ちは、自分には解る気がして英二は微笑んだ。

「姉ちゃん、お母さんのアドバイスと、許可が欲しいんだろうな。姉ちゃんも真面目だから、」
「ん、似てるよね、英二とお姉さん。ね、また茶席が良いかな?お茶は好きって言ってたし…端午のお節句の、お茶だな、」

楽しそうに明後日の茶席を考えている、そんな様子が幸せにしてくれる。
こんなふうに周太は気遣いが細やかで優しい、きっと明後日も姉の気持ちを解いてしまうだろう。
こういう信頼が出来る、この幸せが温かで自分は確信がまた深くなる。

― このひとを伴侶に選んで、よかった

周太は女性ではないから子供は望めない、そう誰もが言うだろう。
けれど「周太」だからこそ英二を支え、母と父の心の氷壁も融かし始めている。
このひとの隣にずっと居たい、離れたくない。そんな願いに英二は、持って来たファイルを婚約者の膝に置いた。

「周太、今夜はこれで勉強しない?」
「ん、いいよ?…あ、すごい、」

答えてくれながらファイルを開いて、黒目がちの瞳が大きくなる。
丁寧にページをめくりながら、驚いたよう周太は訊いてくれた。

「これ、救急法と人体の鑑識を合わせたファイルなんだね?すごく詳しい、吉村先生と作ったの?」

感心したよう驚いた瞳が見上げてくれる。
こんなに感心して貰えると嬉しいな、嬉しくて英二は微笑んだ。

「そうだよ。この7カ月間でまとめた全部なんだ、これはコピーだけど周太にあげるよ、」

吉村医師から教えられながら作り上げた、救命救急と人体鑑識のノート。
その全てをコピーして英二は一冊に作りあげてきた。

人体の骨格、筋線維、臓器の位置。
動きによる各部位の変化、稼働状態、年齢など条件別での稼働の差異。
外圧に対する人体の損傷度合、毒物による変化、それらに対する応急処置。
それから、筋線維と骨格の連動、稼働状態での支点・起点・作用点の関係性。
致命的または身体運動の破壊につながるポイント、その稼働状態での変化、破壊された反動と修復。

こうした人体における詳細レポートと資料に「付加」を添えてある。
その付加のページを開いて周太は、英二に笑いかけた。

「狙撃のデータまで載ってるね、狩猟区域があるから?」
「うん、奥多摩だと害獣駆除も多いんだ。だから誤射の事故も実際あるし、銃創の処置には狙撃の知識がある方が良いだろ?」

これは本当は半分だけの理由。
本当の目的はもっと別のため、けれど言わなくていい。
そんな想い見つめる隣では、ファイルを周太は目で読み始めた。

「そうだね、銃創は普通の怪我とは違うよね…これ、すごく現場に添ってるんだね、解かりやすい」

素直に感心して嬉しそうにファイルを捲ってくれる。
まだ周太は、ファイルを贈った英二の意図と目的の、全てには気づいていない。
けれど今は、それでいい。今はまだ知るべき時ではないのだから。ただ勉強して修めてくれたらいい。
そして必要な時が訪れたら、必ず周太は自分で気づき、全てを活かしてくれる。

どうか、このファイルが救いになってほしい。
時が来たら、この一冊がきっと周太を救ってくれるだろう。
このために7カ月間、自分は警察医の仕事に携わってきたのだから。

「じゃあ周太、勉強、始めよっか?」

きれいに笑いかけて英二は、自分のノートとペンをベッドで広げた。



カーテン透かす白い光は、恋人の深い眠りを醒まさない。
黎明のこる朝未だ刻、警察学校寮は静謐の底から目覚めていない。
ぼんやりと白い布越しの空を見つめる時間、きっとまだ5時にもなっていないだろう。
だから起床時間まで、2時間くらいある。

「…周太、」

そっと名前呼んで、懐に抱いた顔をのぞきこむ。
けれど黒目がちの瞳は長い睫ふせられたまま、眠りから目覚めない。
やさしい唇の微笑が今、恋人は安らかな夢にいると告げてくれる。
すっかり安らいでくれる寝顔の愛しさに、英二は微笑んだ。

「…昨夜、遅かったからな、」

昨夜、英二の説明を楽しそうに聴いてくれていた。
きちんと昨夜分を終えて、それから一緒にベッドに入って時を過ごした。
この2つの共にした時間は、どちらも幸せで大切な記憶になっている。
この幸せがどうか、数十年後の自分と周太の時間に繋がってほしい。
この願いと祈りをどうか、叶えてほしい。シャツの胸元ふれて英二は、小さな合鍵を握りこんだ。

「…お父さん、どうか…力を貸してください、俺と周太に、」

どうか50年の連鎖を断ち切らせてほしい、この束縛を解放ちたい。
この7カ月間が作りあげた一冊に、希望を手繰るザイルになってほしい。
7カ月前の初めての夜、繋げた体と心に誓った祈りのままに生きた時間と努力。
その全てを懸けて作り上げた、運命を繋ぐ一冊だから。

この7カ月間ずっと自分は、生と死の現場に立ち会い続けた。
山岳救助隊としての人命救助と死者の返還は、歓びと哀しみの連続だった。
そして警察医の補佐は心と向き合い、無残な遺体たちと対話をする時間でもあった。

まだ白布を掛ける前の、デスマスク。
死の瞬間が凍結された顔、それは安穏と悶絶とが廻らす最期の聲。
この聲たちに向きあっていくことは、医学の世界から遠く生きてきた自分にとって容易くは無かった。
人間の最期の姿は美しいばかりじゃない、その現実が時に苦しいから。

けれど自分は最初に教えられた、あの最初の縊死遺体が「死」への祈りを示してくれた。
だから自分は覚悟が出来た、警察医の業務全てのサポートをすることを自然と決めて行けた。
あの最初の縊死遺体、彼女が遺してくれた言葉が無かったら?
きっと吉村医師の全てのサポートをすることは出来なかった、人の「死」に向きあえなければ出来ないことだから。
すべての警察医業務をサポートする立場、この立場あるからこそ7ヶ月間の一冊が作り上げられた。

毎日の朝晩と余暇を、吉村医師の手伝いに過ごす。
それは英二自身にとって掛替えのない安らぎの時間、これも真実。
それは最高のER医師から救命救急を学び、最高のレスキューになる夢を叶える時間。これも真実。
けれど、いちばんの目的は、最高の警察医から現場と法医学の精錬された知識を得るためだった。
そして、いつも共に過ごす信頼感から、全ての業務を任される立場から、最も得たい情報があった。
それが「付加」の部分に籠められている。

この「付加」は、運も良かった。
きっと普通は得られないデータも、この「付加」には採取することが出来ている。
この幸運は辿るなら、あの最高峰の竜が贈ってくれたものかもしれない。
あの冬富士の雪崩が無かったら、このデータを得る実験は行われなかった可能性もあるから。

「…最高峰の竜の、爪痕、」

長い指先で自分の頬にふれる、いま指先には何も触らない。
それでも指ふれる肌の奥には、あざやかな裂傷の痕が遺されている。
この傷は最高峰の竜が刻んだ護符、そう山っ子と周太は言祝いだ。
ほんとうにそうかもしれない、そんな確信は雪山の日々に何度見つめてきただろう?
この傷への想い見つめながら、懐の寝顔に微笑んだ。

「必ず、君を護ってみせるよ?」

見つめた寝顔の衿元は、ボタンが3つ外れている。
白い衿元から赤い花の痣が見えて、そっと英二は眠るからだのシャツを捲り上げた。

「きれいだね、周太…」

あわい暁の光に艶やかな肌いっぱい、きれいな赤い花びらが散っている。
夜のキスが刻んだ微熱は、あざやかに恋人の肢体へと愛撫の痕を残していた。
まばゆい暁の肌に見惚れるままキスふれて、そっと英二はため息に微笑んだ。

「…今日、外泊日で良かった、」

外泊日の今夜なら、周太は実家の風呂に独りで入れるから、良かった。
こんなに赤い痣だらけでは幾ら何でも露骨すぎ、寮の大浴場では困るところだった。
外泊日の後でなら未だしも、この痣が平日に出来ていたら規則違反で問題になってしまう。
こんなにも痣を残す自分自身が信用ならない、もう平日は絶対に控えるべきだろうな?
そんな反省と、けれど充ちたりた幸せごと英二は大切な婚約者を抱きしめた。

「ん、…」

かすかな吐息こぼれて、長い睫がかすかに揺らいだ。
もしかして起きてくれるのかな?そんな期待に英二は恋人の唇にキスをした。
やわらかな温もり重ねて、すこしだけ舌ふれる。そっとキス離れて覗きこんだ寝顔は誘われるよう、ゆっくり睫を開いてくれた。

「おはよう、周太…」

笑いかけて、視線が掴まれた。
いま目覚めた瞳が見つめてくれる、その眼差しが呼吸を忘れさす。
きれいだと、ただ見つめる想いの真中で恋人は微笑んだ。

「おはよう、英二…はなむこさん?」

長い睫の奥、やさしい艶が明るく笑いかけてくれる。
明るい透けるような清楚がきれいで、なにか切ないまま英二は愛するひとを抱きしめた。

「ん…どうしたの?」

穏やかな声が聴いてくれる、その声の優しさに心ほどかれていく。
ほんとうに自分はどうしたのだろう?
自分で不思議に想いながら、腕に抱く大切なひとに笑いかけた。

「あんまり周太がきれいで、切なくなったよ」
「そうなの?…うれしいけど、恥ずかしいよ…」

羞んだ笑顔が幸せに見つめてくれる。
この笑顔と一晩、離れなくてはいけない。ため息吐いて英二は微笑んだ。

「あんまり、そんな顔されたら困るよ?離したくなくなるから…」

ほんとうに困る、今もう反動は大きいから。
この4日間を隣で一緒に過ごした、この一緒の日常が手放せない。
こんなふうになるなんて自分でも想っていなかった、傍で過ごせない日常の7ヶ月に慣れたと思っていた。
それなのに、4日間で前よりも離れ難くなってしまった。この途惑いと抱きしめる恋人は、優しい掌で頬をくるんでくれた。

「英二、明日には逢えるよ?だから、大丈夫、」

優しいトーンの穏やかな声が微笑んでくれる。
頬ふれる掌の温もりが幸せで、昨夜の続きを望んでしまう。
望みと見た目覚まし時計は4時45分を示す、この時刻に英二は微笑んだ。

「うん、明日の17時からは一緒だな。でも周太、今すぐ君を抱きたい…昨夜みたいで、いいから、」

昨夜みたいに。
そんな言葉に誘惑こめて、愛するひとを見つめてしまう。
見つめた純粋な笑顔は紅潮に染められて、それでも微かに頷いてくれた。

「ゆうべみたいなら…でも、起床時間は守ってね?」

昨夜は指と唇と、舌とで恋人を愛した。
この警察学校寮では自由な入浴も出来ない、だから深く繋げる交わりは控えた。
本当はいつものような愛しかたをしたい、けれど体触れあうこと自体がこの場所は禁じられている。
それでも体温を重ねあう時間がほしい。この温もりの幸せは、迎える季節の向こうでも与えらるのか解らないから。
今は深い体の繋ぎあいは出来ない、それでも今から2時間を愛しい体温にふれあえる。
この喜び素直に、英二は微笑んだ。

「うん、守るよ…周太、」

呼びかけるままキスを重ねて、長い指をベッドサイドに伸ばす。
置かれたサラシを指に拾いあげ、静かにキス離れた恋人に笑いかけた。

「ごめんね、周太。また口のとこ、させて?」
「ん、…はい、」

素直に頷いて気恥ずかしげに微笑んでくれる。
微笑んだ唇にもう一度キスふれて、そっと離れるとサラシを恋人に噛ませた。

「きつかったら、教えて?」

笑いかけながら、噛ませたサラシを首の後ろで結びつける。
そうして猿轡をさせた恋人の姿に、鼓動が引っ叩かれてしまう。
昨夜も惹かされ狂いかけた、その記憶に英二は微笑んだ。

― なんか、いけない気分にさせられるな?

真白なサラシの猿轡かまされる、桜いろに羞んだ貌。
すこし困ったよう黒目がちの瞳が見つめてくれる、その視線にも煽られる。
視線を見つめ絡めとりながら、白いシャツのボタンに指をかけ英二は微笑んだ。

「ね、周太…また暴走しないよう、気を付けるから、」
「…、ん、」

かすかな喉の奥からの返事で、恥ずかしげに頷いてくれる。
慣れない姿への途惑いが初々しい、昨夜もこんなふうだった。
白いシャツを肩から脱がせ朝陽にさらす、あわい光ふれる素肌が艶めかしい。
惹かれる艶に見惚れるままコットンパンツも引きおろして、しなやかな脚を空気にさらさせた。

「きれいだ、周太…」

全身に赤い痣を散らす肢体、猿轡かまされている唇。
どこか嗜虐的な姿は妖艶でもある、けれど見つめてくれる瞳は純粋に清楚で、そのアンバランスに見惚れてしまう。
こんな姿を見せられたらもう、自制の自信が消えて恋の奴隷に成り下がる。

「ね、周太…ちょっと俺、変態でも良い?」
「…?」

我ながら危ない問いかけに、黒目がちの瞳が「どうしたの?」と見つめてくれる。
そんなふうに純粋だから尚更、煽られてしまうのに?
困りながらも英二は自分のシャツを脱いで、恋人の手首に巻きつけた。

「…?」

不思議そうに黒目がちの瞳が見つめている。
大丈夫だよ?そう目で笑いかけながら英二は、恋人の両手をシャツで縛り、やわらかな黒髪の頭の上に纏めあげた。
これでもう自分の恋の主人は逃げられない、されるがまま愛撫を捧げられ時を過ごすしかない。
こんな独占めと、大切な恋の主人に捧げ尽くせる歓びに英二は笑いかけた。

「ね、周太?こんな格好は、嫌?」

問いかけながら体を重ねて、素肌のはざま熱が通いだす。
体の下に抱きこんだ恋人は素直に肌ふれさせて、黒目がちの瞳は恥ずかしげに瞬いた。
気恥ずかしげな紅潮が、縛られた両手にまで昇りだす。けれど拒絶の意志はない瞳が、英二に微笑んだ。

「周太、このままさせてくれるの?」
「…、ん、」

肯定の頷きをした微笑が羞んで赤くなる。
お赦しが出た、その微笑が嬉しくて幸せで堪らない。でも自分はやっぱり変態だなと、心つぶやいてしまう。
だって声を出さない為とは言ったって、手首まで縛る必要なんて無いのに?けれど「されるがまま」が嬉しくて仕方ない。
こんな自分の嗜好と思考を危ぶみながらも、今、与えられた幸せな時を愛する体に抱きしめた。



御岳駐在所での昼休憩、入替わりに岩崎が自主トレーニングに出掛けるとパソコンを立ち上げた。
すぐ光一はパソコンデスクの前に座り、白い指でキーボードを叩いていく。
幾度か画面が切り替わる、そしてファイルは開かれた。

「警務部人事二課、卒業配置の担当…うん、これのことだろね、」

透明なテノールが微笑んで、白い指が画面を指し示す。
その指先には昨秋の卒業配置一覧と、複数の担当者氏名が記載されていた。
このなかに、周太を「新宿署」に指定した人間がいる。

警務部は警察組織の中で最もエリートコースとされ、歴代の警察庁長官・警視総監の殆ども警務部を経験する。
それはノンキャリアでも同様で、警察署長や警視庁・道府県警察本部の部課長クラスは警務部の経験者が多い。
一般的には公安警察を担う警備部・公安部がエリートコースと思われがちだけれど、実際は警務部がトップになる。
この警務部の人事第二課は警部補以下の人事を担当し、警察学校学生の採用選考や卒業配置も業務に含む。
そして人事第二課長のポストは、ノンキャリアの警視正が就くことが多い。

「ノンキャリアの警視正だと、知り合いって事も考えられるよな?」

誰の知り合いか?
言わなくても光一なら解るだろう、そんな信頼に微笑んだ先でパートナーは飄々と笑った。

「だね、期は違うかもだけど。ちょっと事情聴取させて欲しいよね、」
「させて欲しい、出来るかな?」

あの人も多忙でいる、きっと時間を作るのは難しい。
すこし考えた英二を底抜けに明るい目は見、からり笑った。

「タイミングを合わせれば、いけるんじゃないの?ま、考えてみるよ、」

透明なテノールは先を見通すよう、どこまでも明るい。
底抜けに明るい目も画面のデータを記憶しながら、ちらり英二を見遣り笑ってくれた。

「こんなトコロにまでお仲間いるんだね、あいつら?ま、不思議は無いけどさ、」
「うん、不思議は無い。中枢部に近づくほど多いと思う、あの人達が望んでいる事は、確かに今の社会を守るのに必要だろうから、」

答える推測が、自分でほろ苦い。
この答え通りなら自分がしている事は、自分の所属する組織にとって「造反」に他ならないから。
けれど自分はこの目的のためにこそ今、ここに立っている。
これは組織の人間として矛盾、それでも警視庁山岳会の次期セカンドとしては矛盾しない。
こんな複層構造にある警察組織を生み出した、この矛盾は何だろう?この矛盾が生んだ陥穽に英二は微笑んだ。

「でも、そのために犠牲を作ることは、俺には頷けない。本来は人間を守るのが『社会』なんだって、俺は思うから。
それなのに『社会』が人間の犠牲を求めることは、正しいって思えないよ。1人の警察官として、山岳レスキューとして、頷けない。
男として大切な人を守りたいから頷けない、俺に幸せをくれる人を奪われたくない。自分勝手でも、俺は犠牲を否定したいんだ、」

こんなことを、1年前は考えることも無かった。
こんなふうに警察組織を、警察官を考えて選んだ進路では無かった。
本当の最初の動機は「母の手許から離れたい」それが本音だった。

英二は中学から地元の私立学校に通い、そのまま大学も同じところを卒業した。
けれど自身が選んだ学校ではない。ここなら実家から通えるし、いわゆる良家の子供と友達になれるからと母が決めた学校だった。
でも本当は父の母校の国立大学に行きたかった。けれどセンター試験すら受けさせず、母は内部入学の手続きを進めてしまった。
なんとしても手元から離すつもりが無い、そんな母の意志と「美しい人形」である現実を思い知らされた。

それで警察官の道を選んだ。
警察官なら独身時代は全寮制、実家を出ることが出来る。就職の為なら母も否定できない。
警察官は厳しい環境だから自分を見つめられる、公務員だから安定して自立しやすい、それだけだった。
けれど周太に出逢って、自分の運命は目覚めるように奔りだした。

― 周太、君が俺の運命の全てなんだ、

あのひとに出逢ったから、自分は自由になれた。
誇らかな自由に生きる山ヤの警察官、その夢に出逢わせたのは周太だった。
自分に正直に真直ぐ向き合って、泣いても逃げない。そんな生き方を教えてくれた人。
そして全てを懸けた恋愛を自分に生んだのは、唯ひとり周太だけ。だから今、自分はここにいる。
そんな想いに立つこの隣で、透明なテノールが微笑んだ。

「大切だね、ほんとにさ。おまえにとっても、俺にとっても、あのひとは、」

底抜けに明るい目が笑いかけてくれる。
この明るさが嬉しい、こんな自分が「造反」する重たさを明るい目は軽やかに払拭する。
だから実感してしまう、この隣に立ってくれるパートナーも「唯ひとり」だ。
この大切な「唯ひとり」に英二は微笑んだ。

「俺にとっては、光一も大切だよ。俺の大切な唯ひとりのパートナーで『血の契』だ、」

告げた想いに透明な目が笑った。
大らかな優しさと慕ってくれる想いと、羞んだような眼差しが見つめてくれる。
笑いかけてくれながら光一は、パソコンデスクから立ち上がると黒髪を掻きあげた。

「今夜、あの小説のこと話しに行くね?そのまま同衾してね、ア・ダ・ム、」

からり笑って、ガラス戸に白い手をかける。
そのまま潔く扉を開いた光一に、英二は笑いかけた。

「ベッド狭いけど、おまえなら良いよ?どうせ広くても、くっつくんだろうしさ、」

なにげなく言った言葉、けれど雪白の貌には薄紅が昇りだす。
どうしたのかな?そう見た先で透明な目はゆっくり瞬いて、テノールが恥らった。

「あのさ?俺、ほんと初心でエロだから、言葉も過敏なんだよね…またあとで迎えに来るけど、羞恥プレイなこと言わないでね?」

きれいな羞む笑顔を残して光一は、初夏の陽ふる外へ出て行った。
その背中を追って駐在所脇に行くと、農業青年姿はもう四駆の扉を開きかけている。

「光一、」

呼んだ名前に、驚いた顔が振向いた。
どうしたんだろう?そんな問いかけの隣に立つと、英二は率直に訊いた。

「なあ?俺いま、羞恥プレイなこと言った?」
「馬鹿、」

短く応えて、薄赤いままの貌が困ったよう笑ってくれる。
きれいな文学青年風の顔は物言いたげで、けれど白い手は運転席の扉を開いた。
このまま行かせてしまいたくない、英二は駐在所の蔭で雪白の頬を掌にくるんだ。

「アンザイレンパートナーは、秘密を作らない。そうだよな、光一?」

問いかけて笑いかけて、そっと唇を重ねた。
ふれるだけのキス、それでも微熱が熱い瞬間をくれて想い交される。
すぐ離れて見つめたパートナーの黒髪に、ふわり薄紫の花がこぼれおちた。
ゆるやかな風がふく、風誘う花房のゆらめき見上げて、透明な目が笑った。

「今年もちゃんと、ここでも咲いたんだね、藤の花?」

声に見上げると、駐在所の脇に聳える檜から豊かな藤紫があふれていた。
この色は懐かしく恋しい色、婚約者との大切な夜と暁を彩った花と衣を想いだす。
穏やかな風に花がほろり散りかかる、やさしい藤色の花ふる下で山っ子が英二に笑った。

「ほんと悪い男だよね、おまえって…さっき『くっつく』って、言ったのはさ?服は着てるって意味でイイよね?」

くっつく、が「羞恥プレイ」な言葉だったんだ?
納得に心裡うなずきながら英二は、すこし虐めたくなって微笑んだ。

「裸でも俺は良いけど?好きなだけ仕返し、させてくれるんだよな、」
「まだダメって言ったよね?焦らないでよ、エロ別嬪男、」

桜いろの貌のまま笑って光一は、くるり身をひるがえすと運転席に乗り込んだ。
エンジンをかけながら窓を開けてくれる、透明な目が英二を見上げて悪戯っ子に笑った。

「今夜も俺、ちょっかい出すだろうけどさ?ここんとこ俺、寂しかったから許してよ。でも、生娘なんだから仕返しは赦してね、」

純粋で初心な笑顔とエロオヤジの発言が混じっている。
つい可笑しくて笑った先で、光一は四駆のアクセルを踏んだ。

「また後でね、ア・ダ・ム、」

悪戯っ子な笑顔残して山っ子は、黒髪に藤の花をこぼしたまま走り去った。




(to be continued)

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