萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

山霜act.1―side story「陽はまた昇る」

2011-12-01 23:58:00 | 陽はまた昇るside story
※前半2/5あたりR18(露骨な表現はありません)

離れていても、いつも隣から




山霜act.1―side story「陽はまた昇る」

ふっと目を覚ますと、暗い。
たぶん3:50位、クライマーウォッチのLEDを点けると思った通りだった。
今日は訓練登山で5時半集合。その前に国村と藤岡と朝食を取りながら、今日の訓練の話をする。
それでもまだ時間に余裕がある、英二は携帯を持ったまま起きあがった。

カーテン開け放したままの窓は、無数の星がきらめいている。
こんな澄んだ空だと、霜が降りるかもしれない。
昨日の朝も星がきれいだった。そして昨日の朝は隣に、大切な周太がいてくれた。
愛しい寝顔が想われて、ふっと英二は微笑んだ。

「…周太、よく眠れているかな」

自分の腕に深い眠りと安らいで、長い睫がきれいだった。
すこし紅潮した頬おさなげで、初々しい艶が眩しい寝顔。
その唇には、一昨夜に灯った熱が、艶めかしかった。

暗いままの部屋で、英二はクロゼットを開ける。
救助服をとりだすと、さっさと着替えた。
初めて袖を通してから直2カ月。もうすっかり着慣れている。
そして胸ポケットには、いつものオレンジの飴を入れた。

幼い頃から周太が好む「はちみちオレンジのど飴」
卒配初勤務の前日に、周太に貰ってからずっと、英二は買い足し持っている。
ふと微笑んで、オレンジ色のパッケージをポケットから出した。
一粒とりだして、パッケージはポケットに戻しながら、窓を開ける。

山の闇から樹木の香がふきこんでくる。冷えた風の湿度は低い、今日は良い天気だろう。
風に目を細めながら、オレンジ色の飴を口に含んだ。
オレンジの香に、想う唇の熱があたたかい。口中を転がす甘さに、昨夜も重ねたキスが香った。
そんな記憶が幸せで、そっと英二は微笑んだ。

「…夢じゃ、ないんだな」

そう、夢じゃない。昨夜までの全ては現実だった。
ひどく幸せで熱くて甘い、けれど全ては現実だった。

あのブナの木の下で、初めて名前で呼んで、キスをくれた。
その翌日もブナの下で、この飴に誘われて深くキスしてくれた。

初雪が降った夜、なんども唇を重ねてくれた。
自分の求め全てに応えて、英二に「好きなだけ」体を重ねさせてくれた。
そして約束を何度もねだってくれた。

―愛してる、英二、好きなだけ、抱いて、想いの全てと、約束を刻んで、

あんなふうに言われたら、もう離せるわけがない。
だってほんとうに、うれしかった。うれしくて幸せで、心で涙があふれて温かかった。

『愛している、周太、ずっと 唯ひとつ唯ひとり愛する隣、なにより大切な想い人』

そんな想いのままに「絶対の約束」を、体と心で繋いで刻んで、結びつけた。
抱かれ疲れて眠り墜ちる周太を、何度も抱き起こしては惹きよせた。
想いも熱も結んで、深く繋いで刻んで。自分のものだと印をたくさんつけた。
いつだって周太が、英二だけの隣だと忘れられないように。

抱き起こされるたび、周太は微笑んでくれた。
そして英二の頬に掌をよせて、やさしくキスをしてくれた。
それが幸せで、うれしくて、余計に止められなくなった。

やさしくて穏やかで、甘やかで熱い、周太の唇。
かすかなオレンジの香、ふるえる途惑い、初々しい艶と純粋な想い。
どれもが愛しい周太からのキス。

唇を重ねるたびに、幸せで。
深い想いに蕩かされて、甘さに沈みこんで溺れて。
熱も想いもなにもかも、全てを飲みこんでしまいたくなる。

本当に幸せで、幸せすぎて、なんだかもう理性は消えてしまった。
ちょっと我ながら、どうかなっても思う。
でも仕方ない、自分は直情的で身勝手で、何より周太を愛しているのだから。

幾度も求めて、幾度も応えられて。
黒目がちの瞳が涙で見つめる、それすら想いの応えだと悦んで。
赤い花の痣に埋められた肌、他人に見せつける独占欲を充たして。
抱きしめてくれる腕の、力が弱まっていくのすら、支配の悦びに酔って。
愛している、唯ひとり欲しい。
その想いが生んでしまう悦楽、その全てを残らず周太に刻みこんだ。
その涯に周太は、悦楽に奪われる艶声ひとつ、慎ましい喉に叫ばされて、零れる涙に瞳をとじた。

いつもは艶めいた吐息だけ。
けれどあの夜は、最後ひと声、深く甘やかに艶めく叫びを周太の喉に響かせた。

やっとこの声を聴けた。
うれしくて英二は漸く「好きなだけ」を全て終えた。
周太の心も体も全て、やっと本当に自分のものに出来た。そんな独善と幸福感に微笑んだ。
そして心の深くで、ひとつの想いが響いた。

― 愛している、絶対に、他には渡せない
  もう、この隣を残しては、俺は、絶対に、死ねない
  どんな時どんな場所からも、絶対に周太の隣に、必ず帰ってみせる

そんな想いに、余計に愛しさが募った。
募る想いにまかせて、周太の貌と体を見つめた。

赤い花の痕に埋もれる、艶やかな肌。
かけらの力も残されていない、美しい肢体。
なんども長い指に梳かれた、やわらかな黒髪。
あわく紅潮した頬、こぼれた涙の軌跡、長い睫の翳、艶めく唇。
そうして、幸せに微笑んだ、きれいな純粋な、安らかな寝顔。

心も体も捧げ尽くし、力尽きて横たわる周太が、まぶしかった。
まぶしくて愛しくて、見つめるうちに、想いが涙になってあふれた。

どんな想いで、どれだけの勇気で、周太は自分を愛しているのだろう?
きっとほんとうは、周太にとっては、どれも全てが決断だったはずだから。

23歳になる今まで、一度もこういう経験が周太には無かった。
父の殉職を超える。それだけに生きてきた周太は、恋愛どころか友情すら知らなかった。
そんな周太にとって、すべての「初めて」が英二だった。

初めて、英二が近づいた。
初めて、英二と友達になって一緒に笑った。
初めて、英二から告白をされた。
初めて、英二の想いを受けいれて、自分も想いを告げた。

普通なら、これくらいまでは小学生で済ませている。
けれど周太には、どれも22歳から23歳を迎える、この6カ月で起きた事だった。
そしてその先の1ヶ月半で周太は「大人の恋愛」に掴まえられた。

初めて、英二からキスをされて、そのまま関係を結ばされた。
初めて、英二の許へ来て、自分の身を差し出した。
初めて、英二に言われるままに、自分からキスをした。
そうして初めて、自分から望んで求めて、心も体も繋いで約束を結んでくれた。

名前を呼ぶ、それだけでも周太には「初めて」で勇気が必要だった。
そんな周太が、こんな短い時間で英二へと、心と体で唯ひとつの愛を捧げてくれた。

いったいどれだけの、勇気と想いで見つめてくれている?
そのことが一昨夜を想うほど、あらためて心にせりあがる。

「…周太、」

一昨夜の、深く艶めく幸福な時間。
熱く甘やかな幸せの時。あんな時間は英二とっても「初めて」だった。
それは周太の想いが、どこまでも純粋で美しいから生まれた時間だった。

純粋なままに深く、やさしく強い想い。生まれて初めて、心に抱いてくれた想い。
心の底から求めて見つめて、唯ひとり唯ひとつ愛する想い。
純粋な想いのままに、周太は英二だけを見つめて、全てを懸けて「絶対の約束」を結んでくれた。

どんな時どんな場所からも、絶対に周太の隣に帰ること
いつか絶対に一緒に暮らすこと、ずっと毎日を一緒に見つめること

そのどちらも、英二の幸せを願ってくれる約束だった。
英二が生きて帰ってくる、そのために結んだ約束。英二の笑顔を心から願って、周太が望んでくれた約束。
ただひたすらに英二の幸せを願う。そうして英二の幸せな笑顔を、ずっと隣で見つめたい。
そんな周太の、ただ純粋で深い真実の想い。

自分の想い人は、本当にきれいだ。
そっと英二は微笑んで、携帯のメモリーを呼びだした。
ひとつの写真を呼びだして、見つめて幸せに英二は笑った。

「きれいだね、周太」

深い眠りにまどろむ周太の、寝顔の写真だった。昨日の朝の、周太の寝顔。
心も体も捧げ尽くした周太、ほんとうに幸せそうに眠っていてくれた。
幸せな寝顔がうれしくて、つい、写真を撮ってしまった。
もちろん誰にも絶対見せたくないから、きちんと保護ロックがかけてある。

そして昨日の朝。めざめた周太の瞳は、別人のように変わっていた。

純粋な瞳、初々しい艶、恥ずかしげな紅潮。
どれも変わっていない。
けれど瞳の奥に、強い勇気と深い愛情が、誇らかに輝いていた。

ここに今あること誇らしい。この隣を愛する自分が、誇らしい―
この想いの為になら、どんな事も出来る勇気が、誇らしい―

そんな潔く明るい輝きが、きれいだった。
きれいで、かわいくて、愛しくて、ほんとうに離したくなかった。
そうして心の深く、ひとつの確信が響いた。

『ほんとうに、自分は帰るべき場所を見つけた
この愛する隣と、一緒にいることが当然で、自然なこと
だからもう絶対に離さない。必ず自分は帰ることが出来る』

昨日の別れは辛かった、もう離したくなかった。浚ってしまいたかった。
けれどお互いに今は、居るべき場所で、やるべきことがある。
男として警察官として、積み上げるべき時間と経験が、それぞれにある。
それを越えなければ、きっと後悔するだろう。

それでも、哀しかった。
だから約束がほしかった、「絶対の約束」を結んで繋いで、信じていくこと。
そうしたら約束の時「いつか」が来ることを楽しみに、今をも楽しんで生きられるから。

それに、初雪が降った。
雪山のシーズンを、初めて自分は山岳救助隊員として迎える。
警察学校時代に見た、雪山での遭難救助の写真。
スカイブルーのウィンドブレーカー姿が、青空と雪山に鮮やかだった。
あんなふうに自分もなりたい。雪山の危険を理解した上で、もう憧れは心に座ってしまった。

雪山のシーズンは一般登山者数は減る。けれど冬の山は、遭難の危険度は高くなる。
低温による凍死、凍傷。凍結による滑落の危険性。降雪による雪崩。
自然の脅威が大きくなる、それだけ英二が直面する危険度も高くなる。
だからこそ「絶対の約束」がほしかった。

直情的で身勝手な自分は、周太を誰かに盗られることなんて絶対に許せない。
たとえ自分が死んだ後だとしても、他のヤツが周太の隣にいるのは絶対に嫌だ。
そんなヤツが現れたら、死んでいたって嫉妬して邪魔して後悔させる。
そうして多分、

「…ま、こういう自分だし。悪魔にでもさ、なるだろうな」

つぶやいて、英二は可笑しくて笑った。
それは我ながら、ちょっと困るなと思う。いまだって親不孝しているのに、これ以上は拙いだろう。
いくら自分でも、これ以上は母に頬を叩かせたくはない。
周太の隣にいる限り、自分は幸せに笑って、真直ぐ生きることを望む。
だから必ず生きて帰って、周太の隣は渡さない。

そんな自分は、周太との「絶対の約束」があれば、どんな事をしても帰ろうとするだろう。
周太は約束を大切にする。そんな周太から願われた「絶対の約束」を、守らない訳にはいかない。
だから約束がほしい、あの愛する隣との約束。
純粋無垢な心と体と繋いで結ぶ、真実の想いの約束。
大好きな黒目がちの瞳を見つめて、愛していると微笑んで、信じてと約束したい。

周太を幸せに出来るのは、自分だけ。身勝手でもそう決めている。
周太を泣かせたくはない。
だから必ず生きて笑って、周太の隣に帰りたい。

そんな想いに笑って、英二は登山ザックを手に持った。
デスクライトを点けて、ザックの装備点検をする。
ヘッドライト、レインスーツ、水筒。これは山の「三品」と呼ばれる大切な装備。
どんな軽登山でもハイキングでも必需品になる。

雪の季節、軽アイゼンと防寒着も入っている。意外と役立つのは使い捨てカイロ。
ザイル、カラナビ、レスキューシート、携行食などその他。
それから救急用具。

英二は救急用具ケースを開いた。不足は無いか、一点ずつ確認をする。
器具類はコンパクトな折畳式などの良品が納められている。
青梅署警察医の吉村医師が、英二に譲ってくれたものだ。

「同じセットを他に2点持っています、遠慮なく受け取ってほしい」

その言葉通り、医師など専門家が遣う本格的な器具類だった。
新人警察官が持つような品ではないだろう。
それでも、吉村医師の気持ちを想うと、英二は遣わない訳にはいかない。

吉村は次男を山の遭難死に亡くした、その次男の面影を英二に見てくれている。
次男を山で亡くした。その過ちを繰り返さない為に、英二にこの用具をくれた。
だから英二は、心から感謝して遣わせてもらっている。

卒配最初の訓練登山の朝、この器具を借りるつもりで受け取った。
その下山時に起きた遭難事故で、器具は役立ち救助者の手当てを行えた。
そうして戻った英二に、吉村はそのまま贈ってくれた。
それからもう1ヶ月が過ぎた。この1ヶ月に、この用具で何度救うことが出来ただろう。
想いに、英二は微笑んだ。

「先生、俺、ほんと感謝しているんです」

実の母親から義絶されたまま、英二は実家に一度も帰っていない。
英二の周太との関係を、母は全く認められない。それが原因だった。
良家の娘で苦労知らずの母なら、当然の反応だろう。仕方がないと英二は思っている。

けれど吉村医師は、全て理解して真直ぐに受けとめたくれた。
そして周太まで受けとめて、13年前の細かな心の傷も癒すきっかけを作ってくれた。
いつもそんなふうに吉村は、英二を別個人と理解した上で、次男への想いの分を惜しみなく向けてくれる。
そのことが英二には、心からありがたかった。

救急用具の確認も終わって、登山ザックへと全てを戻す。
終わって左腕のクライマーウォッチを見ると、4:20だった。
今朝の食堂は4:45から。まだ時間がある、英二はデスクライトを消した。
iPodをセットすると、ベッドへ片胡坐に座りこんで壁に背凭れる。
穏やかな曲が、やさしい歌声ゆるやかに流れだした。

Maybe it’s intuition それは直感だろう
But somethings you just don’t question けれど、なにも訊く必要ないよね。君も解っている
Like in your eyes I see my future in an instant 出会った瞬間に、僕の未来を君の瞳に見たように
And there it goes ほら、行こうよ
I think I’ve found may best friend 僕はもう、なにより大切な人を見つけた、そう思っている
I know that it might sound more than little crazy この想いにお手上げなんだ。そう信じられないのは僕も解るけど
But I belive でも僕は信じている

I knew I loved you before I met you 君に出会う前からも、僕は君を愛していたんだ
I think I dreamed you into life 君の人生に生きること、僕は夢見ていたんだ
I knew I loved you before I met you 君に出会う前からも、僕は君を愛していたんだ
I have been waiting all my life 人生全て懸けて待っていたんだ、君を見つける瞬間を

There’s just no rhyme or reason 説明できる根拠なんて無い
Only this sense of completion ほんとの自分に成れた、この感じ唯それだけ
And in your eyes I see the missing pieces 君の瞳に見つけたんだ。僕の大切なかけら、運命の人である証
I’m searching for I think I’ve found my way home 僕だけの場所に帰る道を見つけたって確信。その為に探して。

A thousand angels dance around you 君をとりまく、千の天使たちの祝福
I am complete now that I’ve found you 君を見つけた今、ほんとの自分に成れたんだ


自分の想いと重なる歌詞、そんなふうに英二は思えた。
曲も穏やかで好きだ。たぶん周太も好みの曲だろう。

いつも繋がって、見つめている。

そんなふうに周太と約束をした。
いつも見つめることは出来る。この奥多摩からは、周太のいる新宿がよく見えるから。
けれど想いをいつも告げること、これは電話以外には難しいだろう。

でも、この歌詞。自分の想いと重なる歌詞の曲。
この曲は、周太のiPodにも入っている。これならいつも聴いてもらえる。
そうしていつも、想いを告げることが出来る。
曲を聴いて、翻訳してみてほしい。

クライマーウォッチを見ると、4時半だった。
周太は起きている。なんとなくだけど思う。
今頃きっと窓を開けて空を見て、自分の心配をしてくれている。

声を聴きたい、曲のこと、想いを伝えたい。
英二は携帯の履歴から、通話へと繋いだ。

「周太、起きていたんだ?」
「ん、さっき起きた。おはよう、英二」

大好きな声。今日最初に聴けてうれしい。
そうして周太が、今日最初に声を聴いて、話した相手が自分。
この隣の「初めて」をなんでも、自分が独り占めしていたい。

そんな独占欲はみっともないかな、とも思う。
けれど許してほしい、だって自分は人生の全て懸けて、この隣を探して見つけた。
そうしてずっと、守って笑って生きていくのだから。


4:45、切りたくないけれど電話を切った。
食堂へ行くと藤岡がもう席についている。
英二もトレイを受け取って、おはようを言いながら藤岡の前に座った。
おはようと笑って、藤岡が英二の顔を見ながら訊いてくる。

「宮田さ、なんかすごく良い顔になってるよ?なんか良いことあった?」
「うん、まあね」

良いことなんか、ありすぎだ。

周太に、名前で呼んでもらえるようになった、ほんと良かった。
周太に、初めてキスしてもらって、ほんと幸せ。
周太に、初めて「好きなだけ」を許されて、求めあう夜を過ごせて、ほんと充たされた。
周太に、葬式の朝のキスまで思い出してもらえて、ほんと嬉しい。
周太と2つも「絶対の約束」を結べた。これできっと大丈夫。

この丸3日間は本当に有意義だった。
天気にも山にも、心の底から感謝できる。

「宮田、すごい顔エロいよ?」

淡々とした声に振り向くと、国村が隣に座っていた。
国村は気配を消すのも巧い、けれど全く今は気付かなかった。
ほんとこいつ面白いな、英二は国村に笑いかけた。

「おはよう国村。うん、俺さ、今、エロいことばっか考えてた」
「だろね、」

あっさり答えて、国村は生卵に醤油を混ぜた。
感心したように藤岡が、ほうれんそう炒めを飲みこんで言った。

「ほんと宮田ってさ、エロい顔まで爽やかで、きれいだよな」
「そう?まあ、俺、美形だから?」
「ははっ。そう言うのもさ、普通は厭味なのに、宮田が言うと納得」

藤岡は明るくて、柔道家らしい快活と人の好さが気持い。
楽しいなと思いながら、英二は答えた。

「惚れそう?」
「うーん、ちょっと美形すぎてアウトかなあ」
「ふうん、藤岡って、美形より可愛い系なんだ」

卵かけご飯を掻きこみながら、国村が微笑んだ。
そうだなあと藤岡も、笑って考えている。
国村とは一昨夜、周太と国村の彼女と4人で河原で飲んだ。
国村のお蔭で、ずいぶん周太も楽しんでいた。
礼を言いたいな、英二は横へと微笑んだ。

「一昨日はさ、ありがとうな」
「うん、こっちこそ高い酒ありがとな。旨かったね、あれ」

細い目を微笑ませて、国村が満足げな顔をした。
きっと余程あの酒が気に入ったのだろう。
ほんとに山と酒が好きなんだな、そういう国村が英二は好きだった。

「ああ、また飲もうよ。国村の奢りでさ」
「いいよ、その代りにさ、高い条件だすけどね、」
「あ、あの酒飲んだんだ?やっぱ旨いんだ」
「うん、かなり良い。藤岡もさ、今度は一緒に呑もうよ」
「うん、飲みたい。夜稽古が無い日なら飲めるよ」

他愛ない話が楽しい。
丼飯の2杯目を皆で持ってきたところで、国村が登山地図を折り曲げて広げた。

「食いながらで話すよ、今日の天祖山」
「うん、頼む」

それぞれ丼飯を持ったまま、登山図を見る。
国村は箸で地図を指しながら、説明を始めた。

「この孫惣谷にね、よく滑落する」
「そこってO工業の敷地内なんだよな」
「そう、だからここの捜索のときはさ、社用車に乗せてもらったりするよ」

国村の説明は、具体的な体験に裏打ちされて解りやすい。
3人で飯をかきこみながら、今日のチェックポイントを確認していく。

「でさ、意外と危険なのが、八丁橋登山口からハタゴヤ尾根に出るまでの九十九折り」
「あ、ここってガレの急斜面だろ?」
「うん、しかもさ、結構道が細いんだ。で、下りが特に危険。疲れた足に最後の30分の急斜はキツイ」

登山では下りの方が危険。これは鉄則だった。
疲労のせいもあるが、登りより下りの方が膝にくる。
膝にかかる荷重は、平地歩行時でも体重の約3倍、階段の昇降時で約7倍となる。

「それでさ、ダブルストック。あれが結構ヤバイんだよ」
「あ、ストックに甘えるんだ?」
「そう。それで足がもつれて、滑落する」

ストックの軽量化が進んだ為もあり、気軽に使うことも増えている。
登りでは良い推進力になるが、確かに下山時では精神的な緩みが怖いだろう。
こんど吉村医師に、医学の論点からの話を訊いてみよう。
そう思いながら英二は、国村の話を聴いていた。

説明が一通り済んで、4杯めの丼飯を3人とも貰って来た。
藤岡も最近よく食べる。柔道の練習もあるせいだろう、小柄でも随分逞しくなった。
惣菜も食べきって、食卓の胡麻塩で飯をかきこみながらの雑談が楽しい。
藤岡が何気なく口を開いた。

「国村の彼女ってさ、どんな子?」
「うん、逞しいよ」

道迷い遭難捜索でのビバークで、英二に答えたのと同じ答えだった。
国村の彼女は、幼馴染で農家の娘で、味噌でも何でも作る。
そのことを「逞しい」と国村は表現していた。
藤岡はなんて反応するのかな。思いながら英二が箸を置くと、藤岡が訊いた。

「農業やっている子とか?」

正解だった。藤岡すごいなと英二は素直に感心した。
人の好い藤岡だけれど、無自覚に鋭いところが藤岡にはある。
茶を飲み始めた英二の横で、笑って国村が答えた。

「そう、俺ん家の隣でさ、同じ農家なんだよ」
「そういうのってさ、いいよな。かわいい子なんだろ」
「うん、かなりね、かわいいよ」

国村も箸を置いて、茶を飲啜っている。
確かに国村の彼女、美代は可愛らしい。きれいな瞳が明るく、穏やかで静かな佇まいが感じ良かった。
河原で一緒に飲んだ時は、周太と楽しそうに話している。
どことなく似ているふたりは、双子みたいな雰囲気で可愛かった。

「宮田は会ったんだろ?」
「うん。明るくってね、きれいな瞳の子だったよ」
「いいね、そういう子」

確かに、きれいな瞳の子はいいなと英二も思う。
そして周太の、黒目がちの瞳が一番きれいだと英二は思っている。
残り1/3ほどの丼飯を口に運びながら、藤岡が何気なく訊いた。

「誰に似ているとかってある?」
「うん、そうだね、」

ちょっと国村が考える顔になった。
美代は誰に似ているだろうか。あまり芸能人とかでは、いないタイプだろう。
というよりも、多分いまどき珍しい。一緒になって考えながら、英二は湯呑に口をつけた。
その横で、おもむろに国村が唇の端をあげた。

「うん、湯原くんに似ているな」
「へえ、湯原に?」

英二は湯呑から口を離した。
啜る前で良かった、そう思いながら二人の顔を眺めてみる。
国村の唇の端は相変わらず上がっていた。
なにかしら転がされるのだろうな、英二はちょっと笑った。

「へえ、どういうふうにさ、湯原と似ているんだ?」

意外だなと言う顔のまま、藤岡は丼飯に口を動かしている。
国村は細い目をすっと笑ませて、言った。

「うん、すっごい愛されています。って感じのとこ」

ほらきた。
湯呑から手を離したまま、英二は微笑んだ。
たぶん藤岡がまた、何か言ってくれるのだろう。
眺めていると、感心したように藤岡が英二の顔を見た。

「宮田、すっごい愛しているんだ、湯原のこと」

ほんと、湯呑を持っていなくて良かった。
英二は長い指を卓上で組んだ。
微笑んだまま英二は、藤岡に訊いてみた。

「なんで俺だって、思うんだ?」
「だってさ、湯原と一番一緒にいるのって、宮田だろ?この休暇もずっと一緒でしょ」

確かにその通りだ。
だって自分は、他の誰にも周太の時間を譲る気が無い。周太の母は別として。
藤岡の目から見ても、そうなんだな。思いながら英二は訊いてみた。

「藤岡の目から見てさ、俺達ってどんな感じ?」
「俺達って、宮田と湯原?」
「うん、」

藤岡は鳩ノ巣駐在所勤務で、山岳救助隊の同僚になる。
そして英二や周太と同じ、遠野教場の出身でもある。
警察官になってから、ここまで一番長い期間を英二と一緒にいる。
そういう藤岡の見解を、ちょっと訊いてみたい。

そうだなあと人の好い笑顔で、藤岡が口を開いた。

「なんかね、似合うよな。それでさ、一緒にいるのが自然な感じだな」

ひとくち茶を啜って、また藤岡が続けた。

「うん、それでさ、なんか湯原きれいになったよ。幸せそうでさ。
だから一番一緒にいる宮田がさ、愛しているのかなって思ったんだ」

ふうんと呟いて、国村が藤岡の顔を見た。

「藤岡ってさ、意外とボーダレスなんだ?」
「ん?ボーダレスってなんだ?」

明るい藤岡の問いに、国村が首傾げながら答える。

「男同士でもOKってこと」
「ああ、そういうのか。うーん、人によるかなあ?あんまり深く考えた事は、無いけどさ」

なんだか藤岡らしい答えだな。
思いながら英二は、ひとくちだけ茶を啜ると、また指を組んだ。
国村が湯呑を持ったまま、藤岡に訊いている。

「ふうん、で、宮田はOKってこと?」
「うん、そうだなあ、」

いつも通りに明るい目のまま、藤岡が言った。

「警察学校からずっと見てるけどさ。宮田と湯原って、なんか良いよ。だからなんか、OKなんじゃない?」

なんだか「なんか」が多いところが面白い。ちょっと可笑しくて、英二は微笑んだ。
藤岡は人が好い癖に鋭い。
無自覚な鋭敏さが「なんとなく」になるのだろう。
国村が微笑んで、藤岡に言った。

「そうだね、なんかいいよね」
「だろ?そういうのってさ、なんか男女とか関係なくさ、雰囲気みたいので感じるかな?」

藤岡は英二と同じように、山岳救助隊員として厳しいこの奥多摩に立つことを選んだ。
国村や自分と同じ、山ヤとして山と歩いて楽しんでいる。
そして自分と同じように、この奥多摩に廻る山の生死を見つめている。
自分と同じ道を選んで、覚悟してここにいる。そういう男だから、漠然とでも理解してくれるのだろう。

組んだ長い指を、すこしだけ解いてみる。
そして藤岡を真直ぐに見て、目だけで笑いかけると英二は口を開いた。

「うん、俺ね、ほんと周太のことをさ、愛してる」

英二は、きれいに笑った。

横から国村の細い目が、楽しそうに英二に笑いかけてくれる。
前に座る藤岡が、快活に笑って頷いた。

「あ、やっぱり宮田、すごく良い顔だな。うん、なんかさ、お前らって良いよ」
「そっか、ありがとう」

漠然とでも、認めて頷いてくれる。
うれしいなと英二は微笑んだ。
そんな英二を見ながら、何気なく藤岡が訊いてくれた。

「でさ、やっぱ宮田のエロい顔ってさ、湯原のエッチなとこ思いだしているわけ?」

がたっん

3人が座る食卓が、英二の掌を起点にひっくり返った。

ごろり、食卓の醤油や胡麻塩が、床に転がっている。
食堂中の視線は、3人に集中されていた。
やれやれと言う顔で、登山地図と湯呑を持った国村が言った。

「あーあ、醤油とか駄目になったね。でもまあ、誰も怪我無かったしさ。良かったよ。ねえ?」

横から可笑しそうに、国村は唇の端を上げて見せた。
さすがにちょっと困ったな。思いながら英二は、素直にふたりに謝った。

「ごめん、」
「いや、大丈夫だよ。誰も怪我してないしさ。訓練に支障ないし」

涼しい顔で言って、国村は茶を飲みほした。
ほんとうに国村は、山と酒さえ無事ならいい。という所がある。
そういうのも好きだなと思いながら、英二は食卓を元通りに起こした。
向かいの藤岡の目は、まんまるになっている。目を丸くしたままで、藤岡が息のむように言った。

「…うん、大丈夫じゃないの宮田」

藤岡が持ったままの湯呑から、ひとくち茶を飲みこむ。
そして目を丸くしたまま首を傾げた。

「宮田ってさ、すっかりパワー系になったな?たぶん同期のヤツら、驚くよ」

ほんとうに、自分は随分と変わった。
ここへ来てから随分と筋力が付いている。次回の測定値はどうだろう。
こんなふうに、ちょっと困ることもあるけれど、悪くは無い。
なによりも今の自分は、周太を軽々と抱き上げ背負えている。

そんな自分がちょっと誇らしい。
微笑んで英二は答えた。

「うん、力つけたんだ。だって俺、背負いたいものがあるからさ」

そんなふうに英二は、きれいに笑った。




(to be continued)


【歌詞引用:savage garden「I Knew I Loved You」】

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2 コメント

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Unknown (深春)
2011-12-04 17:26:25
イイ。宮田、やっぱりイイです。

もともと得な要素をたくさん持ってる宮田が、まさか、
湯原に関してだけは胸中、
こんなにも切なくて、いじらしくて、とってもデリケート。

そのくせ、あの一筋縄でいかない国村とも互角にいられて、
どんな口撃をも風のようにかわし(笑)、
宮田と国村の、高等な牽制っぷりは、毎度ほんとお腹をかかえて読み返してます。
好きです~、これからもこういう宮田ころがし(宮田はかわしが巧いけど)読ませてください。

それと今回、藤岡が良い味出してましたね。
ドラマ本編でビジュアルがイメージできるので、うん、彼らしい台詞回しでした。
一方、国村キャラは、智さんのオリジナルですよね?素晴らしく好きです。
具体的にイメージされてる役者さんとか、いらっしゃるのかな?

あと前髪下ろしの湯原は「とめはね」系でしたか。
なるほど、純な可愛さに納得です。
DIVE要一風なヘアスタイルを浮かべましたが、あれでは警察官としての固さ不足ですね(笑)
先日なんとなく動画サイトをググっていたら、放映直前のプレス会見にヒットしました。
宮田と湯原は「敬礼を見せてください」のリクエストに、制帽を被るのですが、
そこでふと、宮田が湯原の帽子の傾き?を直す場面があるのです。
直されて、ちょっと照れ笑いの湯原。
リアルでビックリしました。。。。
智さんの作品を読むのにフィットしすぎる材料でもありました(苦笑)お知らせまで。。。
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深春さんへ ()
2011-12-05 02:28:01
宮田イイですよねー。こういうヤツと呑み行きたいです。
宮田は心から想っています。カテゴリーに関係なく「湯原周太」まるごと全部を。
だから切ないしデリケートだし、拘りもたくさん。
「名前で呼んで」「隣は俺だけ」「服も俺が買う」しまいには「運命だって背負う」etcそんな多くの拘り、まるでザイルです。そのザイルでアイザイレンして、死んでも離さないぞみたいな。笑

藤岡はドラマでは山岳訓練くらい?けれど設定が深いキャラクター、それが宮田の進路と被っています。大らかな明朗の底に強いものがありそうで好きです。ドラマ設定の部分を今日UPした回に書きこんでみました。

国村は実在のトップクライマーの方がベースモデルです。ビジュアルや性格・家族設定はオリジナルですが。
けれど、ぴったりくる役者さん居ないんですよね、今のところ。
身長180cm・細身筋肉質・色白、明眸細目・黒髪ストレート・上品な文人的風貌。
男性的で繊細な容貌、しなやかで強靭かつ剛直な性格。
明治時代の日本男性いわゆる「明治の男」がイメージです。
国村は一番、自分には書きやすいです。

オリジナル登場人物は全員、実在の方がベースモデルです。今まで会った人、書籍で出会った人、色々ですが。

制帽の話。この話を描きだす前に、ドラマのレビューサイトを幾つか拝見した際、みなさま大騒ぎでした。笑

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